「ひどいわ!」
フランソワーズはタオルケットを胸元に引き寄せ、体を起こした。
「何よ、その格好!」
「うん?変?」
「変じゃないわよ、変じゃないからひどいのよ!」
ジョーはわざとらしく自分の格好を確かめた。
シャツにジーパン姿である。ちっとも変ではない。
「だけど、フランソワーズ」
「ひどいわ!」
「いや、だって・・・二人で素っ裸でいるわけにはいかないだろう?」
「知らない!」
フランソワーズは頬を紅潮させ、潤んだ瞳でジョーを見つめた。
ジョーは、綺麗だなあ、怒っている時の君には惚れ直すよと言って枕をぶつけられた。
「怒るなよ。ほら、きみの服だってちゃーんと確保してあるんだし」
確かにジョーの手には、さっき脱いだ彼女の下着や服があった。
「そんなこと言ってるんじゃないの!何よ、ひとりだけ冷静になっちゃって」
「うん?」
「冷静になって、一瞬後には服を着てるなんて!」
「・・・何だ。怒っているのはそっち?」
「そっち、って何よ」
「だから。僕が冷静になったのが許せないんだろう?」
そう言うとジョーはフランソワーズの側に来た。
「心配しなくても、ちゃんと続きをするよ?」
「そっ・・・そんなこと言ってないわ」
「そう?」
明け方に襲った震度4の地震。
地震に慣れないフランソワーズがパニックになるくらいの時間、揺れた。
フランソワーズはぎゅうっと目をつむり、しがみつくはずの人に手を伸ばした。
が、、抱き締めて守ってくれるはずの人は、彼女をベッドに残し自分だけきちんと服を着ていたのであった。
「自分だけ服を着て逃げる準備をするなんて」
「心外だな。僕が君を置いて逃げるわけないだろう」
「だって」
ジョーは、なおも言い募ろうとするフランソワーズの唇にひとさし指をあてて言葉を封じた。
「大体、きみは起きられる状態じゃなかっただろう?」
甘い声で確認するように言う。
「そっ・・・それとこれとは」
フランソワーズの肌が染まる。
「だってそんなの、ジョーのせいじゃないの」
「当たり前だろう?それとも何?僕以外の誰かのせいだとでも?」
だったら妬けるなと耳元で言って、フランソワーズの頬にキスをした。
「僕はいざとなったら加速するから、特殊繊維の服を確保しなければならないんだよ」
「それは・・・わかるケド」
「ん。いい子だ」
唇にちゅっと音をたててキスしたあと、今度は本気の恋人同士のキスをする。
・・・綺麗で可愛い僕のフランソワーズ。
僕は009だから、絶対に君を危険な目には遭わせない。
さっきの地震だって、もちろん僕だって君から離れたくなんかなかった。
だけどもし万が一にも何かあったら、僕は君を守らなければならない。
そのためには――裸では何にもできないじゃないか。
加速して助けたとしても、二人とも裸だ。どこにも避難などできやしない。
普通の服を着たのではだめなのだ。
だからともかく――本当に名残惜しかったけれど、君から離れて手早く特殊繊維の服を着込んだ。
先刻から甘えるように僕の名を呼びすっかり力を抜いて僕に身を任せていた君が
地震に怯えているの、わかっていたけれど。抱き締めていたかったけれど。
「ん、待って、ジョー」
フランソワーズはジョーの肩に手をかけた。
「うん?何」
「だってまた地震がきたら・・・」
取り込み中に無理矢理中断されるのはイヤだった。
さきほど、ひとり残されたフランソワーズとしては。
「大丈夫。今は非常事態だからね。さっきみたいにはしないよ」
「ん、でも」
先刻までの、執拗な――しかも、焦らすような彼を思い出し
ちょっとだけ暗い気分になった。
それでまた放置されたらたまったものではない。
「大丈夫。今度はすぐだよ。すぐ」
すぐ?
「え、待って。それも嫌だわ」
「だってまた中途半端になるかもしれないだろ。いいの?」
「嫌よ。でも」
「だろう?僕も嫌だよ」
「でも、ちょっと待」
***
「・・・ひどいわ、ジョー」
ジョーは苦笑して頭を掻いた。
「もうっ・・・また地震がきても、私はもう動けないわ」
「大丈夫。僕がだっこするから」
「嫌よ、そんなの。恥ずかしいわ」
「・・・じゃあ、起きられる?」
フランソワーズは無言で体を起こし、ベッドから足を下ろそうとした。
が、頬が急に染まり、ゆらりと揺らめいた。
「おっと」
待ち構えていたジョーがフランソワーズを抱き締める。
そして耳元で小さく言った。
「ほら。動くと僕のことを思い出すだろう?」
フランソワーズは真っ赤になってジョーをにらみつけた。
「もしかしてわざとなの」
「何が?」
「いつもより、その・・・」
語尾が小さくなり消えてゆく。
ジョーはフランソワーズの肩にキスすると、そうっと寝かせた。
「今、笑ったわね」
「笑ってないよ」
「だって、唇がぴくって」
「ん。じゃあ、嬉しいからかな」
「え?」
「フランソワーズがこうなっているのは、僕がすごく君を大事に思ってる証拠だし、
君もそれを嫌がっていないということだし」
フランソワーズは一瞬黙ってジョーの褐色の瞳を見つめた。
そうしてポツリと言った。
「もうっ・・・ひどいわ、ジョー」
そんな風に嬉しそうに言われたら、何も言えなくなってしまうではないか。
「うん。僕はひどいんだよ。知らなかった?」
知ってたわ、というフランソワーズの声は、ジョーの唇に消されてしまった。