こちらはオトナ部屋です!!
御注意ください!

「機転」

 

 

『もしもし、ジョーォ?明日のことなんだけどぉ、いつもの店で待ち合わせで大丈夫でぇーす。
で、えっとぉ、今夜はちょっと電話に出られないので……メールにしてね。じゃあ明日』


他人の留守電なんか聞くもんじゃない。

フランソワーズはしみじみそう思った。
これは教訓として胸に刻みつけておこう。そう、いついかなる時でも、他人の留守電を聞くのはよくない。
例え、本人が目の前にいて別に構わないよと言ったとしても。
否、今回の場合、別に構わないよとは言われていない。
が、あっ留守電があるなの一言でさっさと再生ボタンを押されたのだ。
フランソワーズが止めるひまもなかった。

そして今、ジョーは変な笑みを片頬に張り付けたまま凝固している。

「……ふぅん」

フランソワーズはいちおう、鼻を鳴らしてみせた。
とりあえず、不機嫌であることの意思表示はしておくべきだろう。

「待ち合わせ」

いつもの店、というのがまたしゃくだ。
つまりジョーたちは「待ち合わせ」を日常的にしていることになる。

「ハスキーボイスなひとね」

仕事関係なのかそうではないのか。留守電内容からはわからない。
ただ、仕事関係ではフランソワーズの知る範囲にハスキーボイスのひとはいなかった。
ということは、仕事関係ではなくジョーの個人的な知り合いということになる。

「明日……予定があったなんて知らなかったわ」

そう。
ジョーはそんな話はしていなかった。

フランソワーズが日本に来ると知ってから、いつまでいるの予定はあるのとしつこく尋ね、
僕はなんにも予定がないからずっと一緒にいるよと胸を張った。
だからフランソワーズもそう思っていたのだけれど。

「嘘ついたの?」

その瞬間、ジョーの凝固は解けた。

「嘘じゃないよ、本当に予定なんかないんだっ」
「あら、だって電話……」
「あああもう、ちっくしょう!!」

ジョーは固定電話機を床に叩き付けた。

「きゃ、何するのジョー」

プラスチック製の電話機は衝撃であちこち割れ、破片をばらまいた。

「くっそ、だから嫌なんだっ」
「ジョー、いったい……」

突然の乱心にフランソワーズは戸惑うばかり。

「疑ったよな?いま」
「え?ええ……」
「僕が嘘ついたと思ったよね?」
「ええ……だって」
「待ってろ」

そうしてジョーは携帯電話でどこかにかけ、数語交すとそれをフランソワーズに渡した。

「話せ」
「え?で、でも相手はいったい」
「いいから話せ」

しぶしぶ耳にあてると、さっき聞いたハスキーボイスが聞こえてきた。

が。

そのハスキーボイスはだんだんだんだん低くなっていって……しまいには、男性の声になった。

『フランソワーズさん、驚きましたー?もちろんジョーは浮気なんかしてませんよ!
すみません、仲間うちのちょっとした余興ってヤツです。』

電話の相手は、ジョーのチームスタッフだった。
どうしたって遠距離恋愛になる仲間同士、彼女が家に来る日を狙って怪しい留守電を残しておくというゲーム。
彼女がどんな反応をするかにより、自分が不在の間、彼女こそが浮気をしていなかったかどうかわかるのだという。
と、もっともらしい説明をされたが、結局はただの悪ふざけだろうとフランソワーズは思った。
なにしろ、ジョーのチームはそういうおふざけが大好きなのだ。

「ええ。驚いたわ。だから今から別れ話をするところよ」

電話の向こうが大騒ぎになった。
あっけにとられるジョーに携帯電話を渡すと、フランソワーズはそのまま彼の首に腕を投げ掛けた。
耳元で小さく言う。

「嘘よ」

お・か・え・し

と囁くのにジョーはにやりとすると、フランソワーズを抱き締めた。
機転が利く恋人っていいなあと思いながら。

 

 

***

 

 

 

「でも……」


本当におふざけなのだろうか?

ジョーとキスを交わしながら、フランソワーズは頭の隅で考えていた。
確かに今の留守電は、ジョーのスタッフのいたずらだった。それは確かである。
ジョーがかけた電話の相手の声は留守電と一致していたし(音声を解析した)、その声の持ち主が男性であることもわかった。
更に言えば、帰宅して留守電があることを確認してすぐ再生ボタンを押したジョーである。
少しでもやましいことがあるなら、フランソワーズが席を外したときにチェックするだろう。
だから無防備に一連の行為をしたことが、とりもなおさずジョーに後ろ暗いことはないという証明になっている。

はずである。

が。

うがった見方をすれば、実はそれらは最初から仕組まれており、ジョーが無防備に再生ボタンを押してみせたのも演技であるとしたら。
一度そういう光景を見て、スタッフのいたずらと思ってしまえば以降は疑わないし、疑いの目を向けることもしないだろう。
それを狙っての行為だとしたらどうだろうか。

「ん……」

ジョーの吐息が首筋にかかり、フランソワーズは身じろぎした。
考え事をしていたせいか、いつの間にかジョーのキスは唇以外に進出していた。
気付けば半裸状態である。
久しぶりの逢瀬だから、こうなることはわかっていた。
とはいえ、床にはさっきジョーが壊した電話機の残骸があるし、このまま雪崩れ込むのは危険である。

「ジョー」
「ん。なに」
「待って」
「いやだ」

明快な拒絶が返ってきて、フランソワーズは眉をしかめた。

「怪我するわ」
「気をつけるよ」
「そうじゃなくて」

だったらリビングじゃなく寝室に移動するとかあるでしょうと言いたいところである。
がしかし、ジョーの勢いは止まらない。
会うと大抵はこうなるのだが、それにしても性急すぎる。

「ジョー」
「……なに」

明らかに不機嫌な声。それを隠そうともしない。
これ以上遮ると、本格的に臍を曲げそうである。

「いやなの?」

ほらきた。

「いやじゃないわ」
「だったらどうして待ったをかけるんだ」
「だって……足場が悪いでしょう。落ち着かないわ」

するとフランソワーズの胸に執着していたジョーがやっと顔を上げた。

「落ち着かない?」
「ええ」
「……」

いつの間に脱いだのか、ジョーも上半身は裸である。

「僕がいやってわけじゃ……」
「ないわ」

するとやっと安心したようにちょっと笑った。

「そうか――」

よかった、と小さく言うと同時にフランソワーズをぎゅうっと抱き締めた。
どうやら先刻の留守電の一件でジョーも不安になったらしい。
あれが何かのカモフラージュかもしれないとフランソワーズが疑っているんじゃないか、疑っていないにしても
何かあるんじゃないかという小さな不安の種が植えられてしまったのではないかとそう思い、不安に捕らわれてしまったようだった。

どうやら互いに考えていることは一緒らしい。

そう思うとフランソワーズは不安が消えていくのを感じた。
胸の奥の霧が晴れていくように清清しい。
もしもジョーに少しでもやましいことや隠し事があるのなら、彼が不安になることなどないのだ。
ましてや、フランソワーズに疑われているんじゃないかと思い悩むこともない。
しかし彼はいま、まさにその渦中にいるのである。こうして肌を合わせているのにもかかわらず。

「……ジョー」

フランソワーズはジョーの首筋にキスすると、彼のジーンズに手をかけた。

「えっ」
「黙って」
「でも、ここじゃ落ち着かないんじゃ……」
「気をつけてくれるんでしょう?」

愛しい気持ちを伝えるのに、寝室までの距離ははるか彼方に感じられた。とてもそこまで待っていられない。

「え。う、うん」
「ジョーを信じるわ」

果たしてジョーは足元の破片を気にしながら、互いに怪我をしないようコトを進められるのか。
いまフランソワーズから新たに課題を提示され、ジョーは男としての能力を試されようとしていた。

 

 

***

 

 

「ん……ジョ……はげし……っ……」

汗のなかからフランソワーズが苦悶に似た声を漏らす。

「う……っ、ふらんそわ……ず……っ」

対するジョーも汗びっしょりである。

足元の破片を気にしながらの行為は、ふたりにとって重い枷にはならなかった。
最初は傍らのテーブルにフランソワーズを抱き上げ押し倒し、ふたりは愛を交わしたのである。
が、それも最初だけで、フランソワーズが背中を痛がったのでジョーがすぐに抱き上げた。
そして彼女を高く抱き上げたあと、ゆっくり下ろし……そのまま深く繋がった。
フランソワーズは自らの重さでジョーを己のなかに深く引き込み、ジョーはその熱さに我を忘れた。
ふつうであれば、あまりに無防備な彼女の重さが全て男性にかかり支えることすら難しいだろう。
がしかし、ジョーにとっては全く苦にならない。
否、多少は苦しいだろう。
が、それを数倍凌駕する快楽にジョーは溺れた。

終わったときは、互いに心身共にクタクタだった。
心地良い脱力感と心からの満足感。
離れたら崩れ落ちてしまいそうだったから、ジョーは最後の気力を振り絞り
フランソワーズを抱き締めたままなんとか寝室に向かうことに成功した。
フランソワーズはというと、ジョーにしっかりすがりついたまま既に意識がない。
ジョーはよろよろとベッドに向かい、フランソワーズもろともベッドに倒れこんだ。

そのあとのことは覚えていない。

気がついたのは数分後なのか数時間後なのか。
執拗なインターホンの音に起こされた。

「……なんだ?こんな時間に……」

しかし動く気にならない。
フランソワーズはジョーの下敷きになっていたが、ぴったり目を閉じたまま眠っている。
薔薇色の頬が綺麗で、ジョーは眠り姫にくちづけた。

丁寧に。

執拗に。

唇から離れ、改めてあちこち唇と舌を這わせたところで、インターホンがまだ鳴っていることに気がついた。

「――しつこいなぁ……」

何かの勧誘だろうかと思い放っておくことに決め、再びフランソワーズに向き合った。
が、インターホンは静まらない。これではフランソワーズもいずれ起きてしまうだろう。
今は眠っているフランソワーズを愛でたいのに。

ジョーはしぶしぶ体を起こすと、そのままの姿でリビングに舞い戻った。
散乱したプラスチックの破片と散らばっている衣類に目もくれず、インターホンに応答する。

「――はい」
「あっ、ジョー。すまん、さっきのお詫びに」
「――え!?」

さっきのお詫び。

ってなんだっけ――と思い、はっと気がついた。

「え。な。なんだって」
「すみません。これ、持って来たんです……が」


断っておかねばなるまい。
ジョーのマンションのインターホンは、映像が映るのである。
それを見る限り、申し訳なさそうな顔をしたジョーのスタッフは複数いるようである。
しかも「お詫び」と言って何か持っている。これでは玄関先で帰すわけにはいかないだろう。

「え……と」

困ったなと言い淀んでいると、全員が何かを察したようだった。

「えと。俺たち、ちょっと時間を潰してきますんで……」
「え。あ。そ。そうだな――うん」
「小一時間くらい。そこらでお茶してからまた伺いますんで」

ジョーはリビングの惨状を確認した。

「――そうだな。そうしてくれ」

通話を切った。

さて、どこから手をつけようか。

とりあえず、まずはぱんつを穿くのが先だとジョーは思った。

 

 

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