こちらはオトナ部屋です!!
御注意ください!

 

「いつもと逆」
〜玄関ではいけません!〜

 

 

今回のミッションは僕にとっては最悪のものだった。
約2週間にわたり調査をした上で突入・・・という、何の変哲もない簡単なミッションではあったけれど。
保護すべき研究員は若い男でフランス人だった。
そのせいか、同じフランス人のフランソワーズと一緒に居ると落ち着くらしく、しょっちゅう彼女のそばにいた。
フランソワーズは「003」として彼を庇護し、時には自分の身を盾にして彼を守った。
それはあくまでも「003として」の行動だった。
けれども、彼はそれを誤解した。
自分は003と気持ちが通じ合っていると勝手に信じ込み、
その結果、まるで恋人同士であるかのように彼女に触れるようになったのだった。
もちろん、フランソワーズが彼になびくなんていう事は有り得ない。
が、標的になっている要救助者の彼を無下にするわけにもいかず・・・
結果的には彼の思いを受け容れたかのようになってしまった。
どこにいても、何をするにしても、彼は彼女から片時も離れない。
あまつさえ、腰に腕を回したり頬にキスしたり。
でもフランソワーズは全く動じていなかった。
確かに、フランスではエスコートするのもされるのも当たり前の事で
頬にキスなんて、それこそ挨拶以外の何者でもないのだから。

だけど。

それを見せ付けられるこちらは面白くなかった。
面白くない――というよりも――辛かった。
何しろ僕が「009」の間は、フランソワーズが僕の恋人であると敵に悟られてはいけないのだ。
もし知られてしまったら、彼女は僕の弱点となりうる訳で、つまりは彼女が狙われてしまう。
そんな事はできない。
だから僕は、彼女とは「仲間」以上の遣り取りはいっさいしなかった。
2週間も。
いいか、2週間だぞ?
その間、フランソワーズと彼が親密さを増してゆくのをただ見ているしかできなかったんだ。
006と007は「いつもと逆だな」と笑って言った。
いつもと逆?
確かに、いつもなら要救助者が女性であり、僕が彼女を守らなくてはいけない場合が多く・・・
そう考えれば、僕がひとりイライラしているのもお門違いな反応でしかない。
だって003はいつもその光景を目にしていたのだから。
「もう慣れたわ」
ある時そう言っていた。少し哀しげな瞳をして。
だけど、僕は慣れていない。
僕以外の誰かが君の視線を独占し、君の声を聞き、君の体温を感じているなんて
そんな状況に慣れたくも無い。
嫌だ。

ミッションは2週間で終わったけれど、その間僕は一度も003のそばには行かなかった。
そしてミッションが終わった帰投中のドルフィン号の中でも003は僕のそばには来なかった。

何故だ?
まさか。
まさか・・・「本当に」アイツに気持ちが移ったというのか?

いや、まさか。

それはない。

違う。

フランソワーズは、それならそうとちゃんと言ってくれる子だ。
でも何も言わない。
ということは、アイツに気持ちが移ったかもしれないなんていうのは僕のくだらない誤解で・・・
でもだったらどうして、フランソワーズはミッションを終えた今でも僕のそばに来ないんだ?

いい加減、我慢の限界だった。

僕の中のフランソワーズ密度は殆どゼロに等しかった。
足りなかった。彼女のぬくもりが。
彼女の愛が。
彼女の声が。
彼女の微笑みが。

全てが。

 

 

***

 

 

「ジョー、シャワーくらい使わせて」
「嫌だ」
「だって・・・」
「僕は構わない」

私は構うのよ。せめてシャワーくらい使わせて。
こんな防護服なんてさっさと着替えてしまいたいのに。
それに、ジョーだって少しは眠らなくちゃ。
私や他のみんなが順番に仮眠をとっている間もひとりずっと起きていたのを知っている。
それに・・・ここは玄関よ?
もうすぐ博士だって起きてくるのに。
博士はまず新聞を取りに行くのが日課なの。
だから・・・
ねぇ、どうして夜まで待ってくれないの?

 

 

***

 

 

ギルモア邸に帰ってきたのは早朝だった。

今回のミッションは二手に分かれて行われた。
ひとつは009、006、007、003で
もうひとつは002、004、005、008。
異なった地で派生した2つの事件が実はつながっていた・・・という展開。
009のグループは一足先にミッションを完遂しており、ドルフィン号で帰投した。
002のグループも明日には帰れそうだと連絡があった。

日本に入ると006と007は早々に店に帰って行った。
ミッション中、ずっと離れていた009と003のふたりに気を遣ったのかもしれない。
ともかく、003と009の二人がギルモア邸の門をくぐったのだった。

 

「疲れたわね・・・少し眠らないと」

夜通しドルフィン号を操縦していた009を003が気遣う。

「朝ごはんの時にはちゃんと起こしてあげるから」
ね?と009を見つめた途端、抱き締められた。

「なっ何?ジョー?!」

どうしたの?という問いは彼の唇に阻まれた。

 

 

***

 

 

久しぶりに聞くあなたの甘い声。
あなたの熱い吐息。
全身で、私が欲しいと訴えている。
離れるな、って言っている。

離れたいわけがないでしょ?

そんなの、あなたは自分だけそう思っていたと思っているの?
私だって、ずっと我慢していたのに。
あなたのそばに行くこと。
あなたに触れること。
あなたを見つめること。

だけど、私は彼を守らなくてはならなかったから・・・だから、あなたのそばには行けなかった。

ごめんね。
きっと寂しい思いをさせた。

要救助者の彼はとても気が弱くて・・・そして狡猾でもあった。
もし私の恋人が009と知ったら、あなたを窮地に陥れるためだけに敵の元に走りかねなかった。
そういうひとだった。
だから、常にそばにいて監視していなくてはならなかった。
仲間の誰もを失わないためにも。私が人質にされることもないように気を配って。
だから私は、あなたのそばに並んで立つことさえできなかった。
009はただの仲間よ。そう言うしかなかった。

「いつもと逆だな」
006と007はそう言っていた。
確かに、いつもと逆だった。
いつもは009が女の人を庇って守っていた。そして大抵はその女性は009に恋をして、
そして009はそれを邪険に振り解くわけにもいかず結果的にはまるで恋人同士のように振舞ってしまう。
そんな光景は、私は幾度も見てきたし、免疫もある。
でも。
009は――ジョーは、慣れていない。私ほどには。
だから・・・不安だった。
私の気持ちがジョーから離れてしまったなんて、まさか思ってないわよね?
私が彼に心を移したなんて、まさか本気にしてないわよね?
ねえ。
私に背を向けたりなんて、しないわよね?
信じてくれるわよね?
私が好きなのはいつだって、あなたひとりしかいないということ。
わかってる・・・わよね?

 

 

***

 

 

「いつも」は、ミッション後に私が彼に甘える。
ずっとくっついて離れない。
離れるのが嫌で、泣いたこともある。
ずっとずっとジョーに触れたくて。抱き締めたくて。声を聞きたくて。
でも、それができなくて、してはいけなくて・・・
そんな我慢をしていた期間が長いミッションほど、私はわがままな甘えん坊になってしまうのだった。

だから、「いつもと逆」の今は、おそらくジョーはあの時の私の気持ちと同じはずで・・・
だから、愛しかった。
少し強引だけど、甘えてる。私に。
それがわかる。

「ずっと我慢してたんだ」
君を抱き締めることをね。
そう言って、何度も何度もキスをする。

私はジョーの髪にキスをした。
甘えてくれるあなたが好き。
私を欲しがるあなたが好き。
もっともっと甘えて、そばにいて。離れないで。
そして2週間の空白を埋めて欲しい。
ずっとずっと、あなたを見つめたくてもできなかった期間を。

目尻に浮かんだ涙を見つめ、ジョーはそっと唇で拭ってくれた。

 

 

***

 

 

「博士、そろそろ起きてくるかな」
「ん・・・そうね」
「・・・まだ時間大丈夫そう?」

そう言って首筋に唇を寄せるジョーを軽く押し戻す。

「だめよ。もう部屋に行きましょう。いくら何でもここじゃ・・・」

玄関に散乱した防護服やマフラーを見つめ、ため息をつく。
こんなの、博士に見られたら大変だわ。血圧が上がってしまう。

「嫌だ。まだ行かせない」
「どこにも行かないわよ」
「離れたくないっ」
もう嫌だ・・・!と繰り返すジョーを抱き締める。
愛しくて嬉しくて幸せだった。
私の不安はいつの間にかすっかり消えてしまっていた。

 

こんなに情熱的になるのなら、いつもと逆というのもたまにはいいかもね?

 

「冗談じゃないっ」

ジョーの声が聞こえた。

 

 

 

 

2008/2/15初出

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