「かぐや姫」(超銀)

 

 

 

輝くような姫といわれるフランソワーズかぐや姫はとってもわがまま。
あれが見たい、あれを獲ってきて欲しいなどなど、現世にあるのかどうかもわからないものを所望します。
でも、近くにいるのは姫の気を引きたい者ばかりですから、皆その願いを叶えようとあれこれ策を巡らせなんとか体裁を整え姫にお披露目します。
もちろん姫は、それが偽物や造り物だと瞬時に見抜くのですが(姫にはなぜかわかるのでした)、必死の思いで取り繕う姿が面白くてますます無理難題を言いつけます。なんとも趣味が悪い話ではあるのですが…姫はそう、たいそう退屈していたのでした。

そして、今日も無理難題を押し付けます。
求婚者たちはみな必死ですから、そんな無理難題に悩みつつも皆果敢に挑んでゆきました。
広い謁見の間には既に誰の姿もありません。
姫はひとりただっぴろい中に座っておりました。さて、今日はこのあとどうやって暇を潰そうかしらなどと考えながら。

が、しかし。

たったひとり、出掛ける気配のない者がおりました。広い間の隅のほうにひっそり居たので、姫も気付くのに時間がかかったのです。
せっかく独り気楽な時間を楽しんでいたのに、なんだか邪魔されたような気がして姫はちょっと不機嫌になりました。

「あなたも早く行ったら?誰かに先を越されますよ」

基本的に、姫の願いを叶えるのは早い者勝ちです。だから皆、我先にと飛び出していったのでした。
なのに、ここに未だに留まっているなど姫には理解できません。なにしろここに集った男たちは皆、姫の気を引きたくて仕方ない姫の崇拝者ばかりなのですから。そのはずなのに、控えめに座したままとはいったいどういうことなのか。

しかし、若者は動じません。
しかも、顔を伏せることなくじっと姫を見ています。
時と場合によってはとても失礼な振る舞いにフランソワーズ姫はなんだか落ち着かなくなって、そわそわしました。

「もうっ、早く行きなさいよっ」
「いいえ、行きません」

よくよく思い返すと、確か若者はジョーという名前の混血児でした。月の国の血がはんぶんあると言っていたような。
甘い声に憂いを含んだ涼しい目元。
一瞬、姫は見惚れましたがすぐに我に返りました。が、見惚れたことがきまり悪くて視線を逸らしました。
それは油断しすぎだったかもしれません。なにしろ今、広間には彼と姫の二人しかいないのです。なぜかいつも控えているお付の女官たちも警備の者もいません。

「姫のわがままがすぎるので、お仕置きをしなければなりません」

そうしてすっくと立ち上がると、ジョーは姫のそばへやって来ました。音もなく。
距離を詰められたのがほんの一瞬しかかからなかったような気がして、姫が気付いた時にはジョーはとてもとても近くにいました。

「な、なによお仕置きって。帝に言いつけるわよ」

まるで耳元で囁かれたかのように聞こえたのは何故なのか――顔のほてりを誤魔化すように、最高権威である帝の名前を盾にします。が、ジョーには全く効かないようでした。

「フランソワーズ姫。あなたはなぜ月から地球に左遷されたのかわかってますか?」

やはり、囁くような声――なのに、なぜか耳に心地よく響く声。

「知らないわ、そんなこと」

なぜそれを。
姫は動揺を抑えきれず、視線が泳ぎます。

「それは、私が仕組んだのです」

ジョーはにやりと笑うと、姫の手首を掴みました。その力はとても強くて、姫が手を引いてもびくとも離しません。

「地球人の血が入っている私は月には行けませんからね。あなたに来てもらうしかなかったんですよ」
「なっ…なによそれ、どういうこと?」

すると、ふっとジョーの顔が曇りました。

「なるほど。どうやら…大気圏突入の衝撃で記憶が飛んでしまったようですね」
「えっ…?」
「そのような言葉遣いなども姫らしくもない。もっと綺麗な言葉を遣っていたはずなのに」
「……」

悪かったわね――と言い返そうとした姫は、でもなぜか声に出すことができませんでした。
それが、ジョーの悲しそうな顔を見たせいだとは姫も自覚していません。

「あなたと私はずっと前からの知り合いなのですよ」
「えっ…?」
「知り合い――というか、もっと深い」
「えっ…?」
「それを忘れてしまうなど薄情な」
「そ。そんなこと言われても…」

知らないものは知らないのに。
ああ、でも。
もしかしたら、知っている――のかも、しれない。
至近距離で見るジョーの瞳は何故か懐かしく胸を打つのです。

「毎日、テレビ電話で話したのに」
「テレビ電話?」
「…何度も申し上げたのに」
「申し上げたって…何を?」
「愛していると」
「あ…」

途端。真っ赤になったフランソワーズ姫。
ジョーはそんな彼女を抱き寄せると、頬をつんとつつきました。

「なーんて、ね」
「まあ!嘘なのね、ひどいわ!」
「ふん。私を忘れているからですよ。こっちの身にもなってください」

ジョーはもがく姫をぎゅっと抱き締めると耳元に囁きました。

「私に言えば何でも望みのものが手にはいるのに、なぜ言わないんですか」

姫が退屈しのぎに出す無理難題。常人にはとても入手不可能なものばかり。
それは、実は万が一にも誰かが取って来れたりしないように出されたのでした。何故なら、それを持って来られては困るのです。求婚を受けねばならなくなる――かもしれない。そんなわけにはいかないのです。
それは。

それは――

フランソワーズ姫はもがくのをやめました。

そして、ジョーの瞳をじっと見つめました。
瞳のなかに自分が映っているのが当たり前のような、懐かしい気持ちになって。
一瞬瞼を閉じたフランソワーズ姫。その瞼の裏に映ったのは――褐色の瞳の青年。

『僕はもう待てない。フランソワーズ、きみに地球に来て貰うしかない』
『そんなの無理よジョー』
『いや…いい手がある』
『でも、それは』
『すべて僕に任せて』
『わかったわ…愛してるわ、ジョー』
『僕もだよフランソワーズ』

ジョーがどう手を回したのか。フランソワーズが地球に左遷されたのはそんな遣り取りがあってから数日後でした。
その時の会話が脳裏に甦り、ふっと目を開いた時にはフランソワーズ姫は全ての記憶を取り戻していました。

「…だって、叱って欲しかったんだもの。あなたに」

あなたのことをすっかり忘れてしまっていた自分を。

 

**

 

やがて満月の日が来ても、姫が月に帰ることはありませんでした。
が、帝とジョーとの間の不穏な空気は日に日に増すばかり。もちろん原因はフランソワーズ姫に他なりません。
さて、どう決着をつけるのか。

「それはもう駆け落ちしかないだろう?」

さらりと言ってのけたジョーにフランソワーズ姫は半ば呆れながら、あるはジョーなら可能かもしれないとも思うのでした。もしかしたら、ジョーなら帝の追手も振り切ることができるかもしれない。
そしていつか、ふたりでここで――地球で、ひっそりと暮らすことができるかもしれない。ジョーが山へ芝刈りに行って、フランソワーズは川で洗濯をして。そして大きな桃を拾う日もくるかもしれない。あるいはジョーが竹やぶで光る竹を見つけるかもしれない――って、あ、それはダメだわ、だってそれは月からの使者に違いないもの、絶対にダメ。

「うん?何がダメ?」
「あっ、ううん、なんでもないの」

そうね、ジョーは竹やぶに行かずに私と一緒に川で桃を拾うほうがいい。
フランソワーズ姫はそう考えながらジョーにもたれ、ジョーはそんな姫を抱き締めました。
いずれやって来る帝との対決。でも今は。

ふたりで月見をしている。

そんな夜があっていい。
ずっとそうしたかった二人なのだから。