―5―

 

ガラスの棺に安置された白雪姫。
周りを守るように紅い服を着た小人たちが立っています。

そこへ颯爽と現れた黒衣の騎士。

黒い馬に黒いマント。魔界の王子、ジョーの登場です。

「む。アヤシイ奴。誰だ、お前」

小人たちがいっせいに睨みます。

「うるさい。俺は王子だ。ほら、どいたどいた」

ジョーはうるさそうに手を払うと、拳でガラスのケースを割りました。

「おい、乱暴するな。傷がついたらどうする」
「うるさいな、一刻を争うんだ」

そうしてジョーが白雪姫に口付けしようとすると

「お前っ、死体にキスする気かっ」
「うっわ。変態だ変態だ、この王子っ」

小人たちが後ずさってゆきます。

「・・・うるさいなあ。こっちだって不本意だ」

ジョーとて死体にキスなんてしたくはないのです。が、おとぎ話の世界では「キスすればどうにかなる」という決まりがあるのですから仕方がありません。

「・・・本当に起きるのかなぁ。・・・フランソワーズ」

見つめる先のフランソワーズ姫は、生前と何も変わりがないように見えます。
ただ、薔薇色だった頬が白いだけで。
ジョーはその白い頬に胸が痛みました。

こんなはずじゃなかった。
だって僕は魔法使いなんだから、フランソワーズだってもっと警戒していいはずで――

ジョーはぎゅっと目をつむると白雪姫にキスしました。

 

――しばらくの後。

 

「けほっ」

 

白雪姫がごほごほと咳き込むと、その唇からリンゴのかけらがぽろりと落ちたのです。


「――ああ、苦しかった。死ぬかと思ったわ」

――ん?死ぬかと思った・・・?

白雪姫は死んだはずでした。

「・・・あのぅフランソワーズ?」
「喉にね、リンゴがひっかかってて辛かったわ、ジョー」

あー、すっきりしたわと大きく伸びをする白雪姫。
ジョーは無言でリンゴのかけらを拾いました。

「・・・これがひとくち?」
「そうよ」
「でかくない?」
「うるさいわね」
「こんなにでかかったらひっかかるのも当たり前だよ。いったいどんな口なんだ」
「うるさいわね、お腹が空いていたの!」

ジョーはくすくす笑い出しました。

「・・・毒で死んだんじゃなかったんだ」
「当たり前でしょう。あなた、毒薬を作るのいつも失敗してたじゃない」

だから平気でリンゴを齧ったというのです。


「さて・・・これから、どうしよう」

ジョーは白雪姫を腕に抱いたまま空を仰ぎました。
もう宮廷には戻れません。
白雪姫を生き返らせたなどと女王に知れたら、おそらく死刑です。

「魔界に帰るしかないよなぁ・・・」

すると、それを聞いた白雪姫はジョーの首に腕を回しぎゅうっと抱きつきました。

「イヤよ、会えなくなるのなんて!」
「しかし」
「イヤっ」
「姫」
「イヤイヤイヤイヤイヤっ」

ジョーは途方に暮れました。

「フランソワーズ。困らせないでくれ」
「だって、お姫さまは王子様と一緒にどこかへ行くものでしょう?」
「俺と一緒に行くっていうのか?」
「ええ!」
「だけど・・・魔界だよ?」
「平気よ。ここにいるよりずうっといいわ。嫉妬深い継母なんてもうたくさん」
「なるほど」
「それに、私はジョーがいればいいの。ジョーは私がいたら迷惑?」

ジョーはフランソワーズをじっと見つめると、にっこり笑いました。


「迷惑なわけないだろう?」

 



―6―

 

そんなわけで、魔界の王子である魔法使いジョーはフランソワーズ姫を連れて魔界へ戻ることにしました。


「ねぇ、ジョー?」
「うん?」

ふたり、黒い馬に揺られながらの道行きです。

「あの、さっきのキス・・・」
「・・・ああ」

何故か頬を染める二人。
何しろ、「喉にひっかかっていたリンゴが出てくる」ようなキスですから、普通とは違うのです。

「・・・びっくりしたわ」

ジョーは答えず、まっすぐ前を見たままです。

「魔界のひとってああいうキスをするものなの?」
「・・・どうかな」

フランソワーズ姫はジョーの黒衣をぎゅっと握り締めました。

「魔界に行ったら確かめてみてもいい?」
「駄目だ」
「あら、どうして?」
「俺以外の奴とキスなんかしたら許さない」
「まあ。独占欲が強いのね」

ちょっと笑って、フランソワーズはジョーの胸に顔を埋めました。

「・・・嘘よ。あなた以外となんてしないわ。絶対に」

 


END

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作中のイラストは水無月りら様より頂きました♪