「不良と委員長」

 

 

今日は終業式。
既に殆んどの学生は下校しており、残っているのは部活のある者などだった。


「島村くん、見なかった?」


ピンクのカチューシャがトレードマークの委員長が顔を出す。
教室内には数人が残って将棋をしていた。
長考中の相手をちらりと見てから、髪をつんつんに逆立てた学生が答えた。


「知らねーな。もう帰ったんじゃねーか」
「まだ鞄があったわ」
「じゃあ、あれだ。すっぽかされたんだな、委員長」
「何よ、それ。別に約束してたわけじゃないわ。大体、どうして私があんな不良と」
「図星だな。委員長」


長考中だった学生が顔を上げた。シニカルな笑みが浮かぶ。


「人間、本当の事を言われると怒るもんだ」
「そうそう。顔、赤いぞ」
「!!」


委員長は引き戸を思いきり閉めると駆け去った。


「素直じゃねーな」
「ま、そこが委員長さ」

 

 

 

 

委員長は体育館の裏を恐る恐る覗いた。
が、思い描いた光景はそこにはなかった。


・・・そうよね。イマドキ体育館の裏なんて溜り場にもならないわ。


しかし、だとすればあとはどこにいるのだろう?

屋上は出られないようになっている。
教室にも図書室にもいなかった。
彼のお気に入りの理科準備室も数学準備室も空だった。

後は?


「・・・そうだわ」


焼却炉の前。
以前、彼がそこにいるのを見たことがあるような気がする。

委員長はスカートの裾を翻し、そこへ向かった。

 

 

 

 

 

当たりだった。
そこには彼と、彼を囲んだ目付きの悪い生徒が親密な話し合いの最中だった。


「何だ、その目は」
「俺はお前のその目が大嫌いなんだよ!」


突き飛ばされる。が、数歩後退したのみでよろけたりもせず、彼は相手をにらみつけた。


「・・・もう一度言ってみろ」
「ああ、何度も言ってやるさ。俺は貴様の目が・・・うがああっ」


親密な輪の中に躍り込んできたカチューシャの女学生は、凄む巨体をものともせず飛び蹴りをくらわせた。相手は鼻血を撒き散らしながら、どう、と倒れた。


「ぶ、部長っ」
「大丈夫っすか」


口々に言われる。
部長は鼻血にまみれた顔を上げ、今自分に飛び蹴りを見舞った相手を見つめた。


「・・・ったく。たまには手加減しろよ」
「だったらちゃんと一対一にしたらどう?多勢に無勢で卑怯だわ」
「だからって、毎回委員長のパンツを見る羽目になる俺の身にもなってみろ」
「やらしいわね!」
「だったら顔面キックはやめろ」
「あら、急所蹴りしてもいいの?」
「フン。・・・今日は白か」


そう言った途端、今までおとなしくしていた彼の拳が炸裂した。
再びあがる血しぶき。再び倒れる部長。


「もうっ、島村くん!」


剣呑な彼の頬を平手でびんたしてから、委員長は多勢のほうに向き直った。


「で?ケンカの原因は何」
「・・・あいつがおれたちのおやつを一人で食ったんだ」


恨めしそうに彼を見つめる柔道部の部長とその一同。


「本当なの、島村くん?」


くるりと振り返り背後の彼をひたと見据える委員長。


「まさか。バナナひとふさが食えるわけねーだろ」
「――今日のおやつがバナナだとなぜ知っている」
「あ。やべっ」
「・・・まったく、もう!」


委員長は彼のポケットから財布を無理矢理取り出すと、一味に向かって千円札を一枚差し出した。


「おやつ代よ」
「え、でもこれじゃ多すぎっすよ」
「いいの。後で私にバナナパフェをおごって頂戴。このバカに反省文を書かせたら行くから」
「・・・ってコイツも一緒に?」


空気の読めない一年生が指差した。


「お前、当たり前だろうが」


拳で頭を小突きつつ、まだ鼻血の止まらない部長は一年生を引き摺り「行くぞ」と声をかけた。
そうして右手を上げる。

「じゃあ、後でな」
「ええ、後で」

なんで当たり前なんですかという一年生の声が遠のいて――ここには委員長と、島村という生徒だけが残った。

 

 

 

 

 

「・・・まったくもう。どうしてバナナひとふさなんて食べたのよ?」
「俺ひとりで食ったわけじゃないよ」
「じゃあ誰が食べたの」
「・・・ジェットと、ハインリヒ」


それは先ほど教室で将棋をしていたあの二人の名前だった。


「・・・あいつら・・・っ」


委員長が拳を握り締める。


「平然と、島村はもう帰ったんじゃないかなんて言ったのよ!」
「ふうん」
「だから私はジョーを探して――」
「・・・探してたんだ?」


あっと思った時はもう遅い。
委員長は島村ジョーにぎゅうっと抱き締められていた。


「ちょっと、ジョー。校内でこういうことするのは校則違反・・・っ」
「へえ。そうなんだ?」


くすりとジョーが笑う。


「そうだよなぁ。品行方正な委員長と不良の俺がいい仲だなんて知られたら、大変だよな」


その言い方に委員長は何か引っかかるものを覚えた。


「ちょっとジョー?・・・いい加減にしないと怒るわよ?」
「ふうん。また殴る?」
「そうじゃなくて。――どうしてそう、自分を卑下するようなことを言うの?」
「――別にそんなこと言ってないよ」
「嘘よ。わざと――こんな風に不良ぶって。それって、私はあなたと釣り合わないから諦めろって言ってるように聞こえるわ」
「・・・」


ジョーの腕が緩んで、委員長は自由になった。


「だって――釣り合わないだろ」
「ジョー?」
「君はお嬢様で、委員長で、新体操部のエースで、――僕ときたら」
「ジョー!それ以上言ったら怒るわよ?」


委員長はジョーの胸の中から彼の顔を見上げた。


「お嬢様なのなんて私のせいじゃないのに、そんな風に言うなんて酷いわ」
「でも委員長なのは事実だし」
「生徒会長を辞退したのは誰?」
「・・・新体操部のエースだし」
「柔道部と剣道部とフェンシング部の部長よりも強いのは誰?」
「・・・それに君は頭もいいし」
「でも、いつも二番目しかとれないわ。首席は誰なの?」
「・・・・」
「不良のふりしたって、私は騙されないわ。だって、」

好きなんだもの――という声は、ジョーが彼女を胸に抱き締めたので彼の胸に埋もれてしまった。

「もっと本気をだしてよ、ジョー。どうしてそう嫌われようとするの。どうして他人と距離を置こうとするの」
「それは――」
「私がいるじゃない。あなたのこと、全部わかっている私が」
「無理するな」
「してないわ!酷いわ、ジョー」
「僕は酷い人間なんだ。だから、」
「イヤよ!酷いからって離れたりなんてしてあげない。知ってる?酷い人間を更生させるのも委員長の役目だ、って」
「・・・役目なんだろ」
「そうよ」
「だからなんだろう」
「だから、もう――そうじゃないってば!どうしてわからないの!」

好きだからに決まっているじゃない。

目に想いをこめて彼を見つめる。
泣いたりなんかしない。

ちゃんと――わかってもらわなければ。


「うん・・・」


どこか迷うようだった褐色の瞳が彼女の瞳をじっと見つめ返す。


「――そうだったね」


だけど、俺は――僕はいつも不安なんだ。誰かを信じても最後には裏切られることに慣れてしまっているから――
だから、部活動もやらないし、生徒会長もやらない。誰も信じられないからだった。


「・・・委員長」
「イヤ。ちゃんと名前を呼んで?」


彼女は校内でも「委員長」としか呼ばれない。
才女で新体操部のエースで――完璧すぎて、周りのものは距離を置く。
だから、彼女には友人がいない。
表面上の友人はいるけれど、本当の彼女をわかってくれるひとはいなかった。


「・・・フランソワーズ」


彼以外には。

 

 

 

 

 

「ジョー?はい、あーん」

「うん」

 

バナナパフェを挟んで、店内にはハートが飛んでいた。


「・・・部長、これって」
「ふん。いつものことだ」
「いやでも、・・・あの「島村」がまさか「委員長」と」
「しっ!ここで委員長と言うな。殺されるぞ」

ひそひそ話しながら、柔道部の部長と一年生が隣のテーブルのふたりに目を遣る。


「不良」と「委員長」はお互いに歩み寄り――その境界を簡単に乗り越えていた。