「素直じゃない」

 

 

――いっつも二番。


委員長は模試の結果表を見つめ、ため息をついた。
成績は常に上位であり、志望校も全て合格圏内。全国での順位も良いものだった。
他人から見れば、何を悩むことがあるだろうと口を揃えて言うだろう。あるいは、贅沢な悩みだと嗤うか。
だから委員長はいつも誰にも相談できないでいる。愚痴る相手もいないのだ。

たった一人を除いては。

その相手は今、公園でバスケットをしていた。
委員長はベンチに座り、ぼんやりと彼を眺めているところだった。
どこから持って来たのか、バスケットボールを構えフリースローを繰り返す彼。
憎たらしいことに――フォームも腕も完璧だった。一度も外さない。


――別に二番でもいいんだけど、ね。

自嘲気味に思う。
進学するわけではないのだから、実はこんな成績表など何の意味もないのだ。
ロシアに新体操で留学することが決まっており、それには勉学の成績など添えられる程度で重視はされない。だから、席次を気にするのは単に――ちょっとしたライバル意識だった。

二番というからには、一番が存在するわけで。

その一番とは、つまらなそうにこちらへやって来る彼――島村ジョーだった。


「全部入るからツマラナイ」

彼も他人が聞いたら贅沢者と怒りそうなことを平気で言う。
だから因縁つけられるのよ・・・と思うけれど、自分も彼と同類なのだとわかっているから何も言わない。

不良と委員長。

共通点があるとは誰も思っていないけれど、それでも二人には通じるものがあるのだった。

隣に座る彼は汗だくで、シャツの前をはだけて風を送っている。
タオルを渡しながら、

「じゃあバリエーションをつければいいじゃない」

と言ってみる。

「バリエーション?」

彼の目だけがこちらを向く。
汗を拭くためか、今日は前髪はかき上げられたままだ。両目が見える。
両目が見えると意外にも――可愛らしい顔立ちだ、ということを知っているのも委員長だけであった。

「ええ、そうよ。打つ場所を遠くしてみるとか、あるいはステップ踏んでから打つとか」
「メンドクサイ」
「それから――ええと」

指を折りながらバリエーションを語る委員長を見つめ、ジョーは頬を少し緩ませると目を逸らした。


「・・・お前さ。何か悩んでるだろ」
「えっ?」
「そういう顔してる」


委員長が両手を頬にあてる。


「そんな顔なんて、してないわっ」
「ホラ。それが証拠。焦ってる」


指摘され、委員長はそわそわとスカートの裾を直し、髪を直し、制服のリボンを直した。


「――別に悩んでなんか」
「そうかな。・・・言ってみれば?」
「えっ?」
「ホラ。独り言でいいから」


ジョーはバスケットボールを指の上でくるくる回す。
委員長は彼をちらりと見遣り、しばしの逡巡のあと口を開いた。


「・・・いつも二番だなぁ、って」
「二番?」
「席次よ。一番をとったことないの」
「嘘だろ」
「ほんとよ」
「一年の時とか」
「ないわ。ずうっと二番」
「ふうん。俺は一年の時は株式のように変動してたけどね」

面白かったぞと言う彼に顔をしかめてみせる。

「どうせわざとでしょ」
「波があったんだよ」

5番とか200番とかさ、と楽しそうに話す彼にいらいらしながら言う。


「そういうのって良くないわよ、ジョー」
「ハイハイ、委員長様」
「やめてよ、そう呼ぶの。イヤだって言ってるでしょう」


するとジョーは真顔になり、バスケットボールを下に置いた。


「――だったら、取らせてやろうか。一番」
「えっ?」
「取りたいんだろ?一番。今度の模試で取らせてやるよ」
「・・・何よ、ソレ」


真剣な顔でこちらを見るジョーを見つめ――次の瞬間、委員長は思い切り彼の頬を張っていた。


「ってえ・・・んだよ、突然」
「バカにするのもいい加減にして!なんなの?何よ、急に」
「なにって、だから一番をとらせてやる、って」
「手加減されて嬉しいわけないでしょう!何よ、バカにして」
「してないよ」
「してるわ!何よ、もう――あなたっていつもそう。私のことをバカにしてるんだわ!」
「違う、って。卑屈になるなよ」
「なるわよ!あなたみたいに何でもできるわけじゃないもの!」
「委員長。座れよ」
「そう呼ばないで!」
「――座れ、って」
「イヤ!もう帰るわ!」


鞄を掴むとくるりと踵を返す。
その白い腕をジョーが掴む。


「離してっ」
「イヤだ」
「何よ、不良っ」
「そうだよ」
「ばかっ」
「よく知ってるね」
「温情かけられたって、嬉しくも何とも」
「だから、温情じゃないって」


ジョーは委員長を引き寄せると抱き締めた。


「イヤ!離して!」
「イヤだ」

「だって、汗臭いもの、ジョー」
「・・・んだよ、それ」

ジョーがぱっと両手を広げ、彼女を解放した。
そしてそのままベンチにどっかり腰を降ろし背もたれに身体を預ける。

「酷いなぁ。汗くさいのなんて仕方ないだろ。運動してたんだし――わっ」

目の前に制汗剤スプレーを差し出され、振り掛けられた。

「うわっ、ヤメロっ」

しかし委員長は容赦なかった。

「ヤメロ、ってば。男がフローラルの香りをさせるなんてキモチワルイだろーが」
「ふん。知らないわ、そんなこと」

ひととおりスプレーすると、委員長は鞄を膝の上に載せて彼の隣に座った。

「バカにしてるんじゃなくて温情でもないって、だったらどういうこと?」
「うん。――俺は受けないから。今度の模試」
「・・・えっ?」
「だからって手を抜くなよ。せっかく一番を取るチャンスなのに」
「でも、どうして」
「だって、俺には成績なんて関係ないし」


彼もまた留学する予定であった。フェンシングでフランスに。


「――それは知ってるけど」
「ちょっと向こうに行ってくるんだ」
「向こうって・・・フランス?」
「そう」
「言葉わかるの」
「まあ、ちょっとだけなら」


委員長はジョーから目を逸らし手元の鞄を見つめた。


「じゃあ・・・いないんだ。来週」
「うん」
「どのくらい行ってるの」
「三日くらいかな」
「・・・そう」


急に元気の無くなった彼女を横目で見て、ジョーは笑った。


「なんだ。寂しいんだ?」
「別に」
「素直じゃないなあ」
「別に寂しくないもの」
「ふうん。・・・そういうのはちょっと傷つくなあ」


委員長が顔を上げる。


「こういう時は、嘘でもいいから寂しいって言うもんだよ?フランソワーズ」

「・・・バカ」