「男子会」


―1―

 

「あまり変な話はしないでね」


そう念押しされたことが頭によぎった。
変な話って一体なんだろう――と思ったが訊く機会を逃した。

なにしろ、

「男子会なんでしょう。楽しみね」

と笑顔で言われたからだった。
男子会ってなんだよと思ったら、それが顔に出たのか

「女子だけの会を女子会って言うんだから、009だけ集まるのって男子会でしょう」

くすくす笑いとともに返事がきた。

「なんだかんだいっても仲良しなのね」

いや、絶対にそんなことはない。断じて、無い。
が、そうもいっていられない場合もあるのだ。ある意味、この集いは「仕事」に近い。
しかしひとりで納得している003にそう言ったところで無意味である。
彼女からみれば、どうしたってこの会は男子会であり女人禁制であるのは間違いないのだから。

 



―2―

 

そんなわけで今日、009たちは集まっていた。
しかし。

「席が六つ…ということは、奴も来るのか」

誰にともなく発せられた疑問。

「ああ。そのための会だろう、今日は」

その問いに答えたのはいずれの009であったろうか。

陰気な席だった。
個室というせいもあるかもしれない。他のグループの喧騒は遠くここまで届いてはこない。
酒席ではあるものの、空気はどんよりと濁っていた。003がいないとこうも暗い会になるんだな――とどの009もしみじみ思ったものである。

「しかし、映画化とはね」
「3Dだってさ。凄いな」

暗い空気に関係なく会話を楽しんでいる風なのは原作009とナインである。
原作009は「元祖」でありリーダー格であるとともに、次世代の009がどんな姿形になろうとも既に達観しているようであった。

「そうだ。映画を経験しているのは新ゼロジョーとナインだろう?」

明るく話を振ってみる。が、振られた側のナインと新ゼロジョーのふたりの口はなぜか重かった。

「どうなんだい?」
「どう、って…言われてもなぁ」
「僕の場合は教育的見地から前髪を短くして両目を出さなければならなかった」
「ふうん」
「俺の場合はその、見た目は全然違う…」

新ゼロジョーは気を遣うようにぼそぼそと呟くとコップを口につけ酒と一緒に飲み込んだ。気を遣われたほうの超銀ジョーはというと、聞こえなかったのか赤ワインを楽しげに飲んでいる。

「うん。このワインはいいな。来月はボジョレー解禁だし、フランソワーズとまた来ようかな」

にこにこしながら飲み干した。

「…六本木ヒルズに住んでるらしいよ」

窮屈そうに末席に座っていた平ゼロジョーがぽつりと言った。

「凄いなぁ。…経済的事情はどうなってるんだろう。働いているのかな」
「レーサーじゃないのか」
「…さあ。どうなんだろう」

そのあたりも訊いてみなくちゃなと全員が心に留めた。

「――そういえば、平成009は今まで一人だけだったからなぁ。仲間ができる感想はどうだ?」
「えっ」
「嬉しいか」

昭和009たちに注視され、平ゼロジョーは居心地悪そうに尻をもじもじさせた。

「うん、まあ、ちょっと」
「ゆとり世代だろう。――働いてない可能性もあるかもしれないな」
「それで六本木ヒルズ?」
「まさかフランソワーズに養ってもらってる、とか」

超銀ジョーの言葉に、いやあそれはないだろうと全員が笑った。

「いくらゆとり世代といってもそれはないだろう」
「ああ。もしそうならちょっとイヤだぞ」

ナインが顔をしかめた。

「男として駄目だろう、それは」
「それはお前がそう思うだけで、今時の奴はそう思わないかもしれん」
「そうかなぁ」
「とりあえず、来ればわかるさ」
「そうだな」

まだ埋まっていない席に全員が目を遣った。

re:009がやって来るのは一年後である。

 



―3―

 

「――そういえば、変な話はするなって言われたよ」

原作ジョーがそう言うと、他の009たちも口々に自分も言われたと告白した。

「変な話っていったいなんだろう」
「さあな」
「男子会だから、って念を押していたが」
「あれじゃないか、男ばかり集まるから下ネタだろうって」
「ふん。バカだなぁ、フランソワーズは」

そうして全員がちょっと笑った。

「下ネタっていったって、決まってるじゃないか」
「ああ。――他の女の話をしたって面白いわけがないし大体興味もないしな」
「えっ、でも…それを気にしてるんじゃないのかな」

おずおずと言った平ゼロジョーに全員の視線が集まった。

「その、自分のことを話されるのは…って」
「ふん。オコサマだなぁ、きみは」

隣に座っていた超銀ジョーが平ゼロジョーの鼻先を指でつついた。

「そんな話をするわけがないだろう」
「え、でも003しか興味ない、って」
「そりゃ当然だ。しかしだな、どうして自分の大事な003の話を他の奴にするんだい?」
「そうそう」
「勿体無くてするわけがない」
「だからそんな心配をするフランソワーズはバカなんだよ」
「ま、そこが可愛いんだけどね」
「で、でも、みんな同じ009なんだし」
「じゃあきみは自分の003の話をするつもりかい?」
「えっ…」

平ゼロジョーはちょっと考えた。頭のなかに自分のフランソワーズの映像が展開されてゆく。

「………だ、駄目だ」

何を思い出したのか、真っ赤になって前髪の奥に隠れた平ゼロジョーの頭を超銀ジョーは笑いながらぐしゃぐしゃと撫でた。

「お前、いったい何を思い出したんだい?」
「い、言えない…」
「そうだろう?一番可愛いフランソワーズは自分の胸のなかにしまっとけ」

平ゼロジョーをからかいつつ大笑いしている超銀ジョーを横目に、新ゼロジョーが小さくため息をついた。

「…胸といえば、…全然、違うよなぁ」
「うん?何がだい?」

原作ジョーがワインを注ぎながら尋ねる。

「いや、…re009の003はスタイルがよかったなぁって」
「…確かに」
「脚も綺麗だったな」

うちのスリーには負けるけど、と心のなかで付け加えてナインも同意した。

「いや、脚じゃなくてその」
「…うーん。3Dになったらさぞや迫力だろうな」

そうしてまだ実際に会ったことはないre003に全員が思いを馳せた。
自分の003があんな感じのスタイルだったら、間違いなく自分は窒息するだろうと各々が思っていたことは秘密である。

 



―4―

 

「――っていう話を絶対しているわよ!」

ぷんぷんしながら言う新ゼロフランソワーズにそこに集っている003全員が頷いた。

「変な話はしないでね、ってちゃんと言ったけど」
「守るわけないでしょう、009が」
「でもナインは守るわ、きっと」
「あら、ナインだって男子だもの、怪しいもんよ」
「…そうかしら」
「そうよ。まったく、スリーはなんにも知らないのね」

なんにも知らなくはないもん…と思ったものの、それでも他の003に比べたらもしかしたら「なんにも知らないレベル」なのかもしれないと思い、スリーはおとなしく黙した。

「でも今日は新作映画の話だって聞いたけど」

平ゼロフランソワーズがとりなすように言った。

「いくら男子会っていってもそういう話にはならないんじゃないかしら」
「あまーい。甘いわ、あなた」
「まあ、確かに平ゼロジョーはそういう話に興味なさそうだけど」

まだまだオコサマだしね、と言って笑う超銀フランソワーズと新ゼロフランソワーズに平ゼロフランソワーズは顔を真っ赤にして怒鳴った。

「オコサマじゃないわ!だってジョーは」
「だってジョーは?」
「だってジョーは」
「だってジョーは?」
「だって…ジョーは…」

最初の勢いはどこへやら、追及されると更に真っ赤になって撃沈してしまう平ゼロフランソワーズであった。

「でも、確かにスタイルは良かったわよね。映画の003」

スリーがポツリと言った。ちらりと自分の胸元に目を遣りながら。

「そうねぇ。でもいい方向に考えましょう。今までの私たちがちょっとかわいそうすぎたのよ。それが改善されたと思えば」
「そうそう。多少はスタイル良く描いてもらわなくちゃ!」
「そうよ。原作フランソワーズはけっこうスタイルいいのにどうしてアニメになるとこうなっちゃうのか納得いかないわ」
「あら、私、そんなにスタイルよくないわよ。ふつうよ」
「…自分でアフロディーテ編や眼と耳編を見たことある?けっこうきてるわよアナタ」
「そうかしら」
「そんなに言うなら神々との戦い編の熱病的愛情ページを見てきたら?」
「あら、やあねぇもう」

頬を染めつつ、なんだかまんざらでもない様子の原作フランソワーズに新ゼロフランソワーズはそっとため息をついた。

「うらやましいわ、ほんと」
「いいじゃない。今度こそ映画版はちゃんと描いてもらえると思えば」
「そうよ、それを楽しみに待ちましょう」
「そうそう、早速感化されるひとだっているんだから」

そう言ってにっこり笑った超銀フランソワーズはミニスカートから伸びた脚をおもむろに組んだ。
その脚を包んでいたのは、re003が穿いていたのと同じ網タイツであった。

「似合うから、ってジョーが」


このあとしばらく、003たちの間で網タイツが流行した――らしい。