「明日から忙しくなるわね」


電話の向こうでフランソワーズが言う。
さすがに公開直前となると互いに別々の仕事が入るから、ずっと一緒にいるわけにもいかなくなる。
そんなわけで、今夜は別々の場所にいる二人だった。


「そうだな。試写会もそうだけど、テレビ局回りとかあるしなぁ」

メンドクサイ、と呟くと、果たしてフランソワーズに叱られた。

「ジョー?大切な仕事よ?大体、映画を観にきてもらわないことには始まらないんだから」
「わかってるよ。ただちょっと」

メンドクサイだけさ、と息をついた。

何しろジョーは、明日から(いやもう今日の話だが)、午前中の情報番組に連日生出演するのだ。
おそらくワンショットCMだろう。が、それだけのために連日テレビ局に行かねばならない。
それはジョーにとって非常にメンドクサイ話であった。

「大体さ」

ジョーの愚痴が始まった。

「朝ならともかく、午前中の情報番組ってなんなんだよ。学生も社会人もいないぞ」

いったい誰が視聴してるんだ、と言うと

「仕事してないひととか、主婦のかたとか」

あっさりとフランソワーズが答えた。

「それから、職場でテレビがつけっぱなしのところとかあるでしょう」
「だったら、僕たちの映画のターゲットは何才なんだ」
「別にいいじゃない。たくさんのひとが観てくれたら」

だけどさあと言い募るジョーにとりあわず、フランソワーズは話題を変えた。

「ねえ、ジョー。そんなことより。……明日、忘れないでね」
「…えっ」
「覚えてないの?」
「あ、いや…そんなことはないよ」


覚えてる。

覚えているが、だがしかし。


「ちゃんと、おはようの電話してね。約束したんだから」


約束――は、したわけではないし、厳密には電話するとも言ってない。

 

――わかってないなあ、フランソワーズ。

 

けれどもジョーは、わかったよと答え、おやすみと言うと通話を終了した。


途端にしんとなる部屋。


ジョーはフランソワーズの名残を探すように、携帯電話を撫でた。


フランソワーズ。
電話するなんて、誰も言ってないからな。


明日。


いや、明日だけでなく。


毎朝のおはようは、――決まってる。

 

ジョーはいつだって、声を聞くより会いたい派なのだった。