「試写会の夜」
フランソワーズが体の向きを変えたらベッドが微かに揺れたので、ジョーは片目を開けた。 スプリングが良いというのも考えものだ。 フランソワーズの髪が頬にあたってくすぐったい。 傍らの時計を見ると午前4時だった。外はまだ暗い。 反応はどうだっただろうか。 ツイッターやフェイスブック等で試写会の感想を追うことは可能だったがフランソワーズに止められた。 何しろ、何度もテレビ化されている名作なのだ。 しかも歴代009はいずれも人気を博しているのだ。 ――現代の009ならこうだろうと、観るひとに思ってもらえるだろうか。 いや、あれは009ではないと拒絶されるだろうか。 自分ひとりで作った映画ではないが、とはいえ題名は「009」なのだ。 「……眠れないの?」 くすくす笑う。振動でベッドも揺れる。やはりスプリングが良いというのは考えものだ。 「ね。考えても仕方ないわよ?」 眠れないよと身体を起こそうとしたら、フランソワーズに押さえ込まれた。 「駄目よ、寝てなさい」 フランソワーズに両肩を枕に押し付けられ、ジョーは起きるのを諦め力を抜いた。 「自信を持って、ジョー」 しかし。 彼女がそう言うなら、大丈夫のような気もしてきた。 余計なことは後で考えればいい。そう、フランソワーズの言う通り、映画が公開されてからのことだ。 だから、今は。
その彼女はジョーの胸に頬をあててすやすやと眠っていた。
――試写会はどうだったろうか。
今日は――いや、もう昨日になるが、石巻で映画の試写会が行われた。
俳優の舞台挨拶は新宿と決まっていたから、当地には監督とスタッフが行っていた。
もう映画は撮り終わったのだし、私たちにできることはないわ……と。
(そして、今できることをしましょうと誘われこうしている)
ジョーは知らずため息をついた。
気にするなと言われても気になるものは気になる。
その主役というプレッシャーは、演じている者にしかわからないだろう。
その009のなかに自分も肩を並べる。不安になるなというほうが無理だ。
作品をしょって立つ存在といっても、おそらく過言ではないだろう。
眠っていると思っていたフランソワーズから声がした。
「――ん。起こされた」
「ん?」
「くすぐったい」
「ま」
「……そうだけど、さ」
「起きる」
「起きてどうするの?どうせネットで試写会の感想を捜すだけでしょう」
「う――」
「そんなの、全国公開されたらいやというほど目にするのよ?」
「……わかってるよ」
「いいじゃない、賛否両論どちらでも。宣伝になるんだし」
「……ポジティブだなぁ」
「おかげさまで。誰かさんがネガティブだから、そのせいね」
胸の上にフランソワーズがいる。
「…………」
「きっと大丈夫よ?」
フランソワーズは主役じゃないからわからないだろうとは思う。
「――そうか、な」
「そうよ、……」
ならば今は、できることをするしかない。