「予告編テレビ放送」

 

 

先日、朝の情報番組で映画の予告編がちらりと流された。

今まではウェブのみであり、作品に興味を持ったひとだけが好んで見ていた。しかし、公共の電波は違う。
興味あろうがなかろうが、無作為に流れてしまうのだ。
だからきっと賛否両論あるだろう。

ジョーはそう思い、放送前夜は暗澹たる思いに捕らわれたものだった。


「だって天下のゼロナイだぞ。昔ファンで、ああ映画になるんだ…って初めて知るひとだっているだろう?」
「そうね」

あまりに暗澹たる思いに捕らわれたのでフランソワーズに電話してしまっていた。

「イメージが違う、って言われるかもしれない」
「そうね」
「髪型が違うとか」
「そうね」
「それに、そうだよ、走り方が違う、とかさ」
「…そう、ね」

思い切り愚痴るジョーに苦笑混じりに「そうね」を繰り返していたフランソワーズだったが、ちょっと詰まってしまった。

「――フランソワーズ、なんだよそれ」
「えっ?何が?」
「だって今、笑うのを堪えただろ」
「そんなこと…ないわよ?」
「嘘だ」
「嘘じゃないわ」
「嘘だっ」
「嘘じゃなわよ」
「だったらなんで言葉に詰まったんだよ」
「え?それは、ホラ、くしゃみが出そうになって」
「それも嘘だ」
「だから嘘じゃないわよ、って」
「いいや、絶対嘘だっ」

聞き分けのないジョーに電話の向こうでフランソワーズはため息をついた。

「――んもう。どうしてそんなに気にするのよ。その、…自分の走る姿を」

予告編の撮影は大変だったのである。
特にジョーが走る場面はテイク20を軽く越えた。

「だって天下の009だぞ。かっこ悪い走りをするわけにはいかないじゃないかっ」
「だからかっこ悪くはなかったわよって」
「でも笑っただろっ」
「笑ってません」

ちゃんと我慢しました――とはさすがに言えない。

それに、本当にジョーの走る姿に笑ったのではないのだ。
自身で「やっぱりこれはだめだ。もう一回お願いします」と食い下がっていたジョー。
その姿に惚れ直したのよねぇと思い出し、自身にやあね私ったらと笑ってしまったのだった。

「――もう。かっこよかったわよ。それより冒頭のシーンのほうが私は気になるわ」
「え?冒頭?」
「そう。ジョーがマフラーをする場面」

実はスナップボタンで留める仕様のマフラーに苦労していたジョーだったのだ。

「うまく編集されていたらいいわねぇ…」

スナップボタンを見ないで留めるという神業(?)がどうしても出来ずもたもたしてしまうジョーだったので、結局、余所を見ながら颯爽とマフラーを巻くジョーはうまく編集でつながれたのだった。

 

翌日。

二人がほっとしたことに、放送後に反響があった場面はジョーの走りでもマフラーでもなかった。
二人の間では話題にも上らなかった、ダイビングしたフランソワーズをジョーががっちり受け止めたシーンだった。
自分の走りにはテイク20を出したのに、このシーンは一発OKであった。

「…ま、練習積んでるからね」

自慢げに言ったジョーに対し、スタッフから練習したんですかと驚かれ

「いや、そういう練習じゃなく」

と言いかけて、いやというほどフランソワーズに足を踏まれたジョーだった。
ピンヒールの破壊力はサイボーグの足の甲も破壊する…かどうかはジョーしか知らない。