「予告編テレビ放送」
先日、朝の情報番組で映画の予告編がちらりと流された。 今まではウェブのみであり、作品に興味を持ったひとだけが好んで見ていた。しかし、公共の電波は違う。 ジョーはそう思い、放送前夜は暗澹たる思いに捕らわれたものだった。 あまりに暗澹たる思いに捕らわれたのでフランソワーズに電話してしまっていた。 「イメージが違う、って言われるかもしれない」 思い切り愚痴るジョーに苦笑混じりに「そうね」を繰り返していたフランソワーズだったが、ちょっと詰まってしまった。 「――フランソワーズ、なんだよそれ」 聞き分けのないジョーに電話の向こうでフランソワーズはため息をついた。 「――んもう。どうしてそんなに気にするのよ。その、…自分の走る姿を」 予告編の撮影は大変だったのである。 「だって天下の009だぞ。かっこ悪い走りをするわけにはいかないじゃないかっ」 ちゃんと我慢しました――とはさすがに言えない。 それに、本当にジョーの走る姿に笑ったのではないのだ。 「――もう。かっこよかったわよ。それより冒頭のシーンのほうが私は気になるわ」 実はスナップボタンで留める仕様のマフラーに苦労していたジョーだったのだ。 「うまく編集されていたらいいわねぇ…」 スナップボタンを見ないで留めるという神業(?)がどうしても出来ずもたもたしてしまうジョーだったので、結局、余所を見ながら颯爽とマフラーを巻くジョーはうまく編集でつながれたのだった。 翌日。 二人がほっとしたことに、放送後に反響があった場面はジョーの走りでもマフラーでもなかった。 「…ま、練習積んでるからね」 自慢げに言ったジョーに対し、スタッフから練習したんですかと驚かれ 「いや、そういう練習じゃなく」 と言いかけて、いやというほどフランソワーズに足を踏まれたジョーだった。
興味あろうがなかろうが、無作為に流れてしまうのだ。
だからきっと賛否両論あるだろう。
「だって天下のゼロナイだぞ。昔ファンで、ああ映画になるんだ…って初めて知るひとだっているだろう?」
「そうね」
「そうね」
「髪型が違うとか」
「そうね」
「それに、そうだよ、走り方が違う、とかさ」
「…そう、ね」
「えっ?何が?」
「だって今、笑うのを堪えただろ」
「そんなこと…ないわよ?」
「嘘だ」
「嘘じゃないわ」
「嘘だっ」
「嘘じゃなわよ」
「だったらなんで言葉に詰まったんだよ」
「え?それは、ホラ、くしゃみが出そうになって」
「それも嘘だ」
「だから嘘じゃないわよ、って」
「いいや、絶対嘘だっ」
特にジョーが走る場面はテイク20を軽く越えた。
「だからかっこ悪くはなかったわよって」
「でも笑っただろっ」
「笑ってません」
自身で「やっぱりこれはだめだ。もう一回お願いします」と食い下がっていたジョー。
その姿に惚れ直したのよねぇと思い出し、自身にやあね私ったらと笑ってしまったのだった。
「え?冒頭?」
「そう。ジョーがマフラーをする場面」
二人の間では話題にも上らなかった、ダイビングしたフランソワーズをジョーががっちり受け止めたシーンだった。
自分の走りにはテイク20を出したのに、このシーンは一発OKであった。
ピンヒールの破壊力はサイボーグの足の甲も破壊する…かどうかはジョーしか知らない。