……なんだかなあ。


睡眠不足の頭を抱え、ジョーは唸った。
既に外は明るく、つけっ放しのテレビからは朝の情報番組が明るい声をあげている。

しかし、今のジョーは明るさとは無縁だった。

足元には空いたワインの瓶が数本転がっている。
昨夜、帰宅してから呑みたくなり、ストックしてあったものを手当たり次第に開けた。

その余韻が頭にたっぷり残った朝だった。

朝の光が眩しく、賑やかなテレビの音がうるさい。


「……どんだけ鈍いんだよ」


昨日の朝の会話が脳内で再生されてゆく。

ヒルズに移ればいいと言ったジョーに、フランソワーズはきょとんとして、その一瞬後にこう言ったのだった。

『空き部屋ができたの?』
『え?』
『やだわ、ジョー。それでも無理よ。ジョーと違って私は薄給だもの、とても払えないわ』
『あ、いや…』
『それに、ここだってセキュリティのしっかりした素敵なマンションよ。ジョーが言うみたいな侵入をするひとなんて、普通はいないし。それに、ここの立地が気に入ってるの。お引っ越しなんて嫌よ』
『……そ、そうか。そうだよな』
『そうよ。コーヒーいれるわね』

そうしてその話は終わったのだった。


ジョーは再び唸った。

フランソワーズはわかってはぐらかしているのか、本当に鈍いのか。
どうにも判断ができない。

そうこうしているうちに、テレビにゼロゼロメンバーが登場する時間になった。
今日は007である。


――そういえば、この時刻はフランソワーズと居たな。


ここ一週間はずっとそうだった。
だからだろうか、一緒にいないのはなんだか落ち着かない。

とはいえ、一緒にすごそうねと約束をしているわけではないのだ。
むしろ昨日の今日だ。
ジョーのような立場の男性としては、反故にしても許されるはずだ。
と、勝手に思った。


しかし。


脳裏になぜかフランソワーズの涙が浮かぶ。


泣いている。


『ジョーばっかりずるいわ。私だって、毎朝ジョーにおはようって言って欲しいのに』

 

……くそっ、なんだよもう!

 

ジョーは上着を掴むと部屋を飛び出した。

 

『昨日とは違う自分になれるぞ』

007の声が背を追いかけた。