「――あ。ダメだよ、ズルしたら」
「してないもーんっ」

迷路の入り口で、いままさにスキップして中に消えようとしていたフランソワーズの手首を慌てて掴む。

「だから、ちょっと待てって」
「どーしてよ?競争でしょう?ジョーと」
「・・・そうだけどさ」
「わかってるわよ。目は使わない。耳も」

片手を挙げて宣誓する。

「フェアプレイの精神で頑張りまーす」

 

***

 

北海道にあるひまわり畑。
テレビに映ったその地にどうしても行きたいと言ったのはフランソワーズだった。
群生するヒマワリと、造られた迷路を目の前にしてフランソワーズはずっとはしゃいでいた。
頬を紅潮させ、瞳をキラキラさせて。
そうして、どちらが先に迷路を抜けるか競争しようと言い出したのだった。

「3,2,1、スタート!」

勝手にカウントダウンすると迷路の中に消えていった。

ジョーは軽くため息をつくと、背の高いヒマワリを見上げた。

迷路とはいっても、簡単なもののはずだった。――が、聞けばそれは間違いで、軽く30分はかかるというシロモノだった。

「ふぅん。でも私は10分で抜けて見せるわ」

そう宣言し、闘志を燃やすフランソワーズ。

「目と耳を使わなくても、そういう空間感覚とか方向感覚には自信があるの」

全く自信のないジョーは、「一緒に行こうよ」と言いかけるのだが、

「003と009の勝負よっ!」

そうきっぱり宣言されては、従うしかないのだった。

 

***

 

案の定、迷った。

 

大体、僕はそういうのは担当していないんだ。リーダーだから指示は出すけれど、敵の情報とか、距離がどのくらいとか、そういうのは――

隣で教えてくれる存在は必要不可欠だった。

 

自分で思っているより、頼ってたんだなぁ。

 

改めて思う。
フランソワーズはいつも「自分は守られているだけで何もできなくて」と言って目を伏せる。

でも。

――守られていたのは、こっちのほうだったよ。

何しろ、こんな人造迷路でさえ、簡単に迷ってしまう。
こんなに行き止まりばかり選んでいるようでは――無駄に体力を消耗してすぐに倒れてしまうだろう。
どこをどのくらい行ったらどこを曲がるとか。いつものように最短距離を教えてくれる存在が懐かしかった。

 

「5メートル先を左に進んで」

 

ぐい、と手が引かれるのと同時に耳慣れた声がした。

「・・・フランソワーズ」
「もう。ジョーったら遅いんだもの。――迎えに来ちゃった」
「遅い、って、まだそんなに経ってないだろう?」
「――30分も待ったのよ!?」

30分?

腕時計を見ると、確かに30分が経過しているようだった。

「ホラ。こっちよ」

手を引かれながら歩く。握り合った手は決して離さずに。

「本当に目は使ってないんだね」
「さっきから言ってるでしょ?――もう、置いてくわよ?」
「どのくらいでゴールしたの」
「ん?・・・ふふっ。10分よ」
「へえ――凄いな」
「うん。楽しかったわ」

嬉しそうなフランソワーズを見つめ、ジョーの顔にも笑みが浮かんでいた。

「でも、待っても待ってもジョーったら来ないんだもの」
「苦手なんだよ、こういうの」
「全く、――ダメね。ジョーは」

ちらりと隣の彼を見つめ、

「――私がいないと」

そうして、両手で彼の手を包み込んだ。