「消失!」続き


―6―

 

それは一種異様な光景だった。
女性6人が無言で全員が違う方向をじっと凝視しているのだ。

同じ一室で。

視線の先に窓があるわけでもなく。もちろん、視野が開けているわけでもない。ふつうの一室である。
そこで似たような容姿の女性が似たような格好でそれぞれ微動だにせず何かを観察しているのである。

否。

何かを探索しているのであった。
たまに小さく唇が動く。

「――どう?」
「だめ。そっちは?」
「同じく」

焦りの色はない。が、緊迫した空気といえばいえるかもしれない。決してのんびりはしていないという意味で。
かといって楽観視している者はいない。

「事件…なら、連絡がくるわよね?」
「ええ。私たち抜きで解決できるとは思えないわ」
「アラ、そうでもないわよ。いざとなったらあの人たちはあっさり私たちを捨てるわ」
「――そうね。意外にもあっさりとね」

剣呑なセリフを冷めた口調で言い放ったのは原作フランソワーズと超銀フランソワーズである。二人とも過去にゼロゼロナインに置いてけぼりにされそうになった過去がある。もちろん、いずれも「君の幸せのため」という大義名分の元にであった。その時を思い出したのか、二人とも少し唇をひき結び多少の腹立たしさを押さえ込んだ。

――全く。君の幸せのためにってバカじゃないの?アンタと一緒にいるのが幸せだっつーの

――君が危ない目に遭うのが怖いって、どんだけ意気地なしなのよ。お前が守れっつーの

そして同時に小さなため息を飲み込んだ。

――まあ、そんなジョーだから一緒にいたいんだけど。

――そういう意気地なしだから、放っておけないんだけど。

原作フランソワーズと超銀フランソワーズがやや己の記憶の波に潜り込んでいたこの瞬間にも他の者の探索は進んでいた。

「まったくもう。どうしてロストしたことに気付かなかったのよ」
「私だけに責任を押し付けないでくれる?」
「30年もモニターしてたのに今さらミスるって信じられない」
「好きで30年もモニターしてたわけじゃないわ」
「好きじゃなきゃ30年もモニターできないでしょ?」
「そういう意味じゃないわ。だったら言うけど、いつでもどこでも何をしている時でも見ているのって結構アレなのよ?」
「アレって何よ」
「――楽しいのよ」
「でしょうね。って、だからどうして今さらミスるのかって話でしょ」

言い合っているのは平成組である。お互いに探索しつつの口げんかである。

「まったく物好きね」

――まあ、観察対象がジョーなら楽しいでしょうよ。

――ジョーじゃなかったら見てられないわよ。

「もう。ケンカしてないでちゃんと見て頂戴」

一方、ひとり焦っているのは新ゼロフランソワーズだった。

「落ち込んでいたんだから。もしかしたら、彼…」

嫌な想像がよぎる。が、

「しっかりして。大丈夫よ。ナインがついているんだから」
「無理よ。二人とも仲が良くないの、知ってるでしょう」
「仲が良くなくてもナインは見捨てたりしないわ。恋敵だってちゃんと助けるひとよ」
「待って。恋敵って何。アナタ、ナイン以外に好きなひとでもいるの?」
「そうじゃなくて、…その、勝手に好かれてるっていうか」
「え。何、その設定。すっごいうらやましいんですけど。私なんかジョーばっかりもてて大変なのよ?」
「あ、ええと…もちろん、ナインもすっごくもててるけど」
「いいなあ。私ももててジョーをヤキモキさせたいぃ」
「ヤキモキ…は、してくれてないと思うけど…もう。いいから探索しましょうよ」

いいなあいいなあと鼻を鳴らす新ゼロフランソワーズは可愛かったけれど、ちょっと持て余してしまうスリーだった。

――新ゼロの二人って案外似たもの同士なのかも。

 

**

 

各々のジョーたちが自分が姿を消した後にどう反応しているのかを女子会さながらにモニターしていたフランソワーズたちであったがそれが一変したのは約1時間前のことだった。
きゃっきゃしながら持ち寄ったケーキなぞ広げていたところへ

「――えっ?」

REフランソワーズの声が響いた。

「なあに?」
「どうかした?」

そして全員が目を使ったのだが。

「え」
「嘘」
「いない?」

ゼロゼロナインたちは忽然と姿を消していたのだった。

 



―7―

 

「――どうやらこの建物の中にいるようだ」
「監禁されているのか?」
「わからん。が、しかし…」

険しい表情に最悪の事態が浮かび、それぞれのゼロゼロナインに焦りのようなものがよぎった。

「ゼロゼロスリーが一箇所に集められている訳はないと思う。危険すぎる」
「いや、別々の方が危険だろう」
「それは、」

どういう意味だろうか。

互いに顔を見合わせ、各々のゼロゼロスリーを思い浮かべた。

「…確かに一箇所に集められていたら危険だろう」
「そうだ…な」
「かといって別々というのも…」
「…うむ」

無言になって顔を見合わせ、微かに顎を引く。そして二人一組になって散っていった。特に組み分けなどしていない。
が、ゼロゼロスリー救出となると自然に団結するのだった。
気配を殺し、三方向からの侵入を試みる。一組は屋上から。一組は裏から。もう一組は正面突破であった。誰が囮で誰がどのように陽動を行うのかなど特に話し合ってはいない。ただ、互いがゼロゼロナインである限りわかるのだった。
思う事はひとつ。

――フランソワーズ、絶対に助ける…!

彼らのなかで「自分の前から姿を消したフランソワーズ」というのは、イコール「さらわれたゼロゼロスリー」に違いなかった。それ以外の理由など見つけられなかった。ゼロゼロナインに愛想をつかして、とか、ジョー以外に好きなひとができたので、とか考えたこともない。

否。

考えることを脳が拒否するのだった。

だから、平ゼロジョーが

「…僕らの面倒を見るのが面倒になった…とか、はないかな」

とボソリと言っても聞こえないふりを貫いた。だから平ゼロジョーも黙るしかなかったのだった。
実際問題としてゼロゼロスリーは姿を消したのだし、その理由など見つけたら問い質せば良いわけだし。むしろ、そんな平和な理由ならいい。本当にいままさに救出を待っているのだとすれば一刻を争う事態なのだから。
そうして、レーダー不在であり加速装置以外なんの取り得もないゼロゼロナインたちは頑張った。頑張って知恵を出し合い、地図とにらめっこし――これは全く無意味だった――とにかく色々頑張ってやっと突き止めたのだった。
とあるビルを。

「しかし、本当にここにいるのか」
「いなかったらお手上げだな」
「僕は諦めないぞ」
「本当に攫われているのかわからないがな」
「僕らに黙って姿を消すなど何か事件に巻き込まれたに決まってる」
「ちょっと黙れ」
「集中しろ」

そして。

あっけなく侵入に成功し、三方向からゼロゼロナインたちが行き合った一角。
ドア越しにひとの気配は――ない。

まさか、意識を失っているのか?

そう嫌な想像をした瞬間、全員がドアを蹴破って室内に殺到していた。

――が。


「いない…っ?」

 

部屋には誰もいなかった。