web拍手ページに載せていた小話です。

「ふたりの場合は・・・」

 

@

「ねぇ、ジョー?」
「うん?」
「『眠れる森の美女』ってお話知ってる?」
「・・・なんとなくなら」

いきなり何を言い出すのかとジョーは訝しげにフランソワーズを見た。
とある日の昼下がり。リビングのソファに並んで座り、ジョーは雑誌をパラ見し、
フランソワーズはそのジョーにもたれてこちらも雑誌を読んでいた。平和な午後だった。

「・・・また何か書いてあった?」

フランソワーズの手にしている雑誌に目を落とす。
以前、雑誌に書いてあったことを散々試されてきたジョーなのだ。
いくらなんでもそろそろ警戒してみたりはする。

「ううん。そうじゃなくて、ちょっと思いついたの」
「――何を?」

どうせろくなコトじゃないんだろ・・・と思いつつも、とりあえず心理的に身構える。
大体、彼女がこういう出だしで何かを話し始める時は危険な兆候だった。
適当に聞いているとヤケドする。

 

A

「そのお話だったら、やっぱりジョーは王子様かしらね・・・って」
「――はあ?」

いきなり王子様役を割り振られ、ジョーは目を瞠った。

「そうよねぇ・・・お姫さまを助けるために、危険をものともせず戦うのよ」

ゼロゼロナインだもんね、やっぱり王子様よねぇ・・・と、ジョーの反応には全く頓着せず
胸の前で両手を組み、あさってのほうを見つめている。

「・・・・俺が、王子様」
「そうっ!ジョーが王子様」
「ありえねー・・・」
「――何か言いました?」

小さい声で言ったのに、彼女の耳は全ての音を拾うのだった。彼の言葉は特に。

 

B

「王子って柄じゃないよ」

ため息をつきつつ、自分の見ていた雑誌を脇に投げ出す。
そうして、フランソワーズの腰に腕を回し、彼女の肩ごしにいまフランソワーズが観ている雑誌を覗く。果たしてそこには『恋愛パターン・あなたはどれ?』と書いてあり、シンデレラや親指姫や、チャート式でどこかのお姫様にいきつくというものだった。

「・・・ふーん。フランソワーズは眠れる森の美女ってわけ」
「ヤダ、見ちゃだめっ」

あっという間に雑誌を閉じられてしまう。

「なんかヤバイことでも書いてあった?」

彼女が彼に見せないようにするということは、おそらくそういうことなのだ。
果たしてフランソワーズは真っ赤になった。

「もうっ・・・いいの、ジョーは知らなくて!そうじゃなくて、ジョーは王子様よねって話」
「んー・・・王子、ねぇ。俺はどっちかっていうと」

 

C

「王子というより、お姫様を警護している一兵卒って感じだな」
「ええっ!?」

フランソワーズが驚いてジョーの顔を見つめた。

「どうしてっ??」
「どうして、って・・・。俺は王子って柄じゃないし。どちらかというと、どこかの王子が迎えに来るまで、大事な姫を守るっていうほうが性に合ってる」
「・・・お姫様の事は好きじゃないの?」
「好きなんだろうな、きっと。だからさ、傷ひとつつけないように王子に渡す」
「でも、王子様が来たら、お姫様は行っちゃうのよ?」
「そうだね」
「そんなの、・・・悲しいじゃない」
「平気だよ。それが使命なんだから」

 

D

フランソワーズはちょっと下を向いて黙った。何か考え込んでいるらしい。
ジョーは、なんだか今日はマジメに答えちゃったなぁ・・・と気恥ずかしかった。

けれど。

そのお話で言えば、「眠っている姫」は間違いなくフランソワーズだった。
ならば、彼女を目覚めさせる王子がやって来るまで「幸せな眠り」を保証するのが自分の役割に違いなかった。

――今のこの状況と同じだな。

お話の中だけではなく、今こうしている時も。
彼女を迎えに来る誰かに渡すまで、彼女を守るのが自分の仕事だと思っている。

 

E

「・・・ジョーは、王子様じゃないのね」
「うん。違うね」
「お姫様を守って、そして・・・見送るのが役目?」
「うん」

今みたいにね。と、うっかり言いそうになり黙る。
そんなことをフランソワーズに言った日には、夕ごはんがインスタント食になるのは目に見えている。
だから、代わりに

「お姫様といえば、フランソワーズだろう?」

そう言ってみた。

が。

「え!?お姫様???」

頷くかと思いきや、「やだわ、お姫様なんてやりたくないもの!」と言うのだった。
普通、女の子ってお姫様に憧れるもんだよな・・・と思いながら、今の今までこのお話でいけば姫はフランソワーズ以外にないと勝手に決めていたので、彼女の発言にひどく驚いた。

 

F

「いやよ。どのお話のお姫様だって、やらないわ」
「え。いや、だって」
「いやよ。だって、どのお姫様も、王子様が来るのをただぼーっと待ってるだけなのよ?もし、王子様が途中で挫けちゃったり、ケガしたり、道に迷ったり、別の姫と間違えたりしたらどうすればいいのよ!?」

そんなことを訊かれても、自分は王子じゃないし。というジョーの反論はもちろん聞いていない。

「迎えに行かなくちゃいけないのよ!?のんびり待ってたら、絶対どっかに行っちゃうんだから!」

誰かさんみたいにね。と、ちらりと見つめられ、ジョーは、だから俺は王子じゃないんだってば。を繰り返した。

「え・・・と、じゃあ、フランソワーズはお姫様じゃないならいったい・・・」

 

G

「そうねぇ。女官ってところかしら。お姫様の身の回りの世話をするの」
「女官・・・」

それはまた、随分と綺麗な女官だろうな。王子が間違えて見初めるぞ。と、変な心配をしたりする。

「そう。王女がいつ王子様と会っても大丈夫なように、常に綺麗に整えておくのよ」
「・・・・それってさっきと何だか話がずれているような気がする」
「いいのよ。実は隣の国の王女って設定にするから」
「は?」
「隣の国には、5人のお姫様がいて、4番目の私はお城を抜け出してこちらの国の女官になってるの」
「なんで」
「だって、そのほうが面白そうだから。噂にきく「眠り続けるお姫様」を近くで見られるのよ。自分の国で深窓の令嬢をしているより絶対、わくわくするわ」
「わくわく・・・」

それはもう楽しそうに目を輝かせて話すフランソワーズに、そうだった、彼女はこう見えてじっとしててはくれない子だったな・・・と思い出すジョーだった。

 

H

「でね、いろいろなお作法をちゃあんと知っているから、お姫様付きの女官になるのも簡単なのよ」
「・・・そうだろうね」

でも、元お姫様という設定なんだな。結局、お姫様じゃないか。と思ったけれど黙っていた。

「――でもさ」

よいしょ、とフランソワーズを抱き寄せる。
そうして髪に頬を寄せ――

「楽しいかもしれないけど、眠りっ放しのお姫様だろ?毎日同じ事の繰り返しになって飽きるんじゃないのか?」
「・・・そうかしら」
「そうだよ。それに・・・王子様は彼女を目当てにやって来るかもしれないけどきみの事を好きになったらどうするんだよ」
「え?」
「だって、きみも隣の国の姫なんだろう?そういうの、ばれると思うけどな」
「あら」

フランソワーズはくすりと笑い、そして

「大丈夫よ。だって、あなたが守ってくれるんでしょう?」

 

I

「え?違うよ、俺は姫の警護で」
「女官だってちゃあんと守ってくれなくちゃ。でしょ?」
「・・・ま、そりゃそうかもしれないけど」

なんだか丸め込まれたような気がした。

「でも、そんなことをしていたら、婚期を逃すぞ。何しろ眠ってる姫は何年たっても年を取らないんだろう?」
「んー・・・。でもね、大丈夫なのっ」

くすくす笑いながら、ジョーの胸にもたれる。

「だって、女官は姫の警護をしている兵隊さんと恋に落ちちゃうんだものっ」
「なんだよそれ」

つられてジョーもくすくす笑う。

「それじゃ、姫とか王子とか関係ない話になるじゃないか」
「いいの。そういうお話もあるかもしれないじゃない?それとも、ジョーは・・・やっぱりお姫様が好きだから、守るの?」
「いや。お姫様は王子にくれてやるよ。俺にはこの子がいるからね」

そう言ってぎゅうっと抱き締めた。