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「リーダーは誰だ・番外編」

 

 

 

「フランソワーズ。ちょっといいかな」


険しい声で言われ、ブリッジに緊張が走った。
誰もジョーのほうを見ない。

ミッション終了後のドルフィン号の中だった。
操縦をジェットに任せ、ジョーは立ち上がった。


「なあに?」


フランソワーズがきょとんと答える。
眉間に縦皺を寄せた剣呑な表情のジョーにも全く動じない。


「ここではちょっと」
「あら、みんなの前だと困るお話?」


フランソワーズの言葉を受け、ジョーの眼光が鋭さを増す。


「・・・フランソワーズ」


食いしばった歯の後ろから押し出される声。
ブリッジは既に氷点下だった。
たまりかねてジェットが小さくフランソワーズに言う。


「いいから、行ってこいよ」
「私は別にジョーに用はないもの」


小声で言ったはずが、あまりにも静かなブリッジでは誰もが聞き取れる音量だった。
そう。誰もが。


「フランソワーズ」


再度呼ばれるが、フランソワーズはきっぱり無視した。

更に空気が冷たくなってゆく。
周囲のメンバーは、はらはらとフランソワーズに目を遣るが、彼女は涼しい顔を崩さない。
ジョーだけが無視された格好になった。


「003、来るんだ」


うおおっ。ナンバーで呼んだっ。

と、一同は内心ざわめいた。

かつてのジョーは、フランソワーズだけをナンバーで呼んでいたものだった。
それは確か、二人が付き合う前ではなかったか。


「イヤよ、009」


こちらも負けじとナンバーで呼ぶ。
見えない嵐を避けるように、メンバーはひたすら首を縮こめる。


「用はないって言ったでしょう?」


噛んで含めるようなフランソワーズの声。


「僕はある」


はねつけるように言うジョー。

いったい、二人の間に何があったのか。
誰もが知りたく思ったが、とても間に入るような雰囲気ではない。
さすがのピュンマも手が出せなかった。


「来るんだ」
「イヤ」
「だったら、ここで言ってもいいと言うんだな!」
「いいも何も、何を言ってるのかわからないわ」
「わかった。だったらここで言う」
「どうぞ」

ジョーが息を吸う。
全員が耳をそばだてる。


「いい加減にしてくれ!」


・・・何が?(メンバーの心の声)


「毎朝毎朝、ひどいじゃないか!僕に何の断りもなく勝手に」


・・・何の話?(メンバーの心の声)


「あら、そのこと」

フランソワーズがふふんと鼻で笑った。

「いいじゃない、ジョーだって慣れなくちゃだめよ」


これってもしや・・・えっちな話?(メンバーの声)


聞くともなく聞こえてくる二人の会話に、メンバー全員が嫌な汗をかき始めた。大体、このふたりのそっち系の話など聞きたくなかったし、ジョーはともかくフランソワーズは女性なのだから。


「あの・・・お取り込み中すみませんが」

グレートが年長者らしく割って入った。こういう場合は経験値の高い者のほうが動きやすいのだ。

「そういう話は二人でゆっくり別の場所でしたほうがいいんじゃないかねえ、フランソワーズ」

別の場所で、を強調して言う。

「あら、どうして私に言うのグレート」
「いや、そりゃ・・・お前さんは女なんだし」
「関係ないわ」
「いや、そうでもないのではないかと」
「男女差別よ」
「あ、いやー・・・そういうわけじゃなくてだな、我輩は」

困ったなと禿頭を掻く。

「グレート。余計な心配はしなくていい。ここでいいと言ったのは003本人だ」

珍しくリーダーシップを見せるジョーだった。
グレートはでもなぁと言いながら首をひっこめた。


「003.慣れるとか慣れないとかの話じゃないだろ」
「慣れてください」
「イヤだね。大体、ちょっとおかしいよ」
「何よ、おかしい、って」
「君だけだよ、そんな風にするのって」
「ま。そりゃ、私は今まであなたと関係のあった他のひとのことなんて知りませんけど、さぞやお上手だったんでしょうね」
「なんだよ、その言い方」
「だってそうでしょう?だから私みたいのはイヤなんでしょう」
「イヤだなんて言ってないじゃないか」
「いい加減にしてくれって言ったわ」
「全然、違うだろっ」
「同じよ!」

睨み合うふたり。ひたすら貝になるメンバーたち。

ドルフィン号のブリッジは今や修羅場と化していた。
鋭い眼光の009.そしてそれを真っ向から見据える003.一歩も引かない。


「003」

「なあに009」


少し黙ったあと、ジョーは深く息をついた。
眼光がふっと優しくなる。


「・・・頼むよ、フランソワーズ」
「イヤ」
「だけど、もう無理だよ」
「駄目」
「フランソワーズ」
「もうっ、うるさい!」

フランソワーズが足を踏み鳴らした。

「いい加減にするのはジョーのほうだわ!なによ、おかずひとつに文句ばっかり!」


・・・おかず?(メンバーの心の声)

やっぱりあっち系の話?


「僕は卵焼きが食べたいんだ!」
「そればっかり作るわけにはいかないでしょ!?バランスってものがあるんだから」
「だけど僕は食べたいんだ」
「あらそう。私は博士の健康のほうがずうっとずうっと大事よ」

博士の健康は切り札だった。

「・・・」

ジョーはうなだれた。


静まり返ったブリッジ。


「ジョーのわがまま」

フランソワーズが小さく言う。

「・・・本当にわがままなんだから」

ふっと頬を緩めると、うなだれているジョーの顔を覗き込んだ。

「・・・でも、いいわ。作ってあげる」
「本当?」
「ええ。だから泣いちゃ駄目よ」
「泣いてないよ」
「怒るのも駄目」
「・・・わかった」
「みんなが心配するでしょう」
「・・・うん」

そうしてフランソワーズはジョーの肩に手をかけた。
やっとブリッジの室温が元に戻る。大きくため息をついたのは誰だっただろうか。


――ジョーったら子供みたいなんだから。

でも、とフランソワーズは思う。

ジョーには今までこういうわがままを言える相手がいなかった。だから、上手に甘えることができなくて今だって――最初は怒ってみせた。
私はそんなジョーをわかってあげたい。読み違えたり、間違ったりしないで解りたい。
彼が感情をぶつけてくるのをちゃんと受け止めて、教えてあげたい。

 

 

***

 

 

「いやあ。さっきはどうなることかと思ったよ」


数分後。
収拾がついたところでグレートが朗らかに言った。


「最初は睦言のほうかと思ったんだが、いやはや、朝ごはんのおかずだったとは」

グレートの声に一同は大きく笑い合ったのだったが。

「いやん、グレートったら!やだわ、私そんなつもりじゃっ・・・」

何故か真っ赤になったフランソワーズ。

「だ、大丈夫だよ、誰もそっちの話だとは思ってないよ」

慌ててフランソワーズに駆け寄り、なだめるように肩を抱き締めるジョー。

「でも」
「大丈夫。みんな鈍いし」
「・・・そうかしら」
「うん。朝ごはんの話だと思ってるからさ」
「・・・ほんとう?」
「うん」


――えっ????


朝ごはんの話じゃ・・・なかった??


「でもさ、卵焼きをそろそろ出してくださいっていうのはほんとだよ?」
「わかってるわ、ジョー。あなたってほんとうに・・・」
「ほんとうに、なに?」
「うふ。内緒」
「なんだよ、言えよ」
「やあよ。もうっ、くすぐったいわ、ジョー」

 

・・・・・。

 

いったいどっちのなんの話なんだ。とブリッジは謎に包まれた。が、当のふたりは周りが何をどう思っていようが知ったことではないのだった。


「うわーっ、お前ら、ちゅーはヤメロ!!」


「えっ?」

と顔を上げたジョー。
その顔を両手で挟んでひきよせたのはフランソワーズだった。


「よそみしちゃ、ダメ!」