「新年の誓い」

 

 

「――よし、出来た!」


平ゼロ009は満足そうに筆を置いた。


「今年の目標!」


うんとひとつ大きく頷く。
目の前の半紙には彼の言うところの今年の目標が書かれていた。
書き初めである。


「頑張るぞ」


拳を握り締め誓いをたてたところで、ちょっと思案顔になった。
目標を掲げたのはいいけれど、どこから手をつけたらいいのかわからない。


「――そうだ」


けれども今日はなんと5組の「サイボーグ009」が集合しているのであった。
新年の挨拶ということで旧ゼロのギルモア研究所にいるのである。
主人公である009と、もちろん003を伴って。

みんなはリビングで飲んだり食べたり喋ったり――がひと段落して、今は思い思いに過ごしていた。
テレビを見ている者、ひたすら飲んでいる者、酔いつぶれている者、風呂に入っている者。
平ゼロ009はナインが書き初めをしたと聞いて自分もと部屋と道具を借りたのだった。
そして今、それは出来上がった。
更に言えば、さっそく今年の目標をかなえるための第一歩を踏み出そうというのである。
もちろんそれは容易ではない。容易なことを目標にしても仕方がないからである。かといって、難しすぎては早くもくじけてしまう。
が、彼にとって目標は既に決まっていたし、だから書き初めをして決意を表明したかったのであった。

そして。

その目標に対する参考意見をこれから聞きに行こうというのである。
ちょうどみんなが集まっていて良かったなぁと思いながら。

 


 

 

「――あら、ジョー。どうしたの」


平ゼロジョーはとことことキッチンにやって来て――ひょいと中を覗いた。
目当てのひとはここにいると聞いたのだ。

「え、と、あのぅ」
「ビール?お水?」
「いえ、そうではなくて」

同じ003とはいってもひとの003だと妙に緊張してしまう。
が、ちょうど彼女はいまキッチンにひとりきりだし、と気合をいれた。

「ちょっと伺いたいことがあって」
「私に?」
「ええ」

003が手を止めてこちらを向く。
同じ003といってもひとの003だと妙に緊張してしまう。

「あ、あの」
「なあに?」
「――009のことなんですが」
「ジョーがどうかしたの?」
「その。どうしたら彼のように堂々とできるのかと――思って」
「…堂々と?」
「はい」
「…ジョーが。堂々としてる?」
「はい。ええとその、女の子に対してというか、フランソワーズさんに対してというか」

思い切って言ったのに、目の前の003はぽかんとこちらを見つめるばかり。
たっぷり一分は見つめられただろうか。
同じ003といってもひとの003に見つめられると妙に落ち着かない。
なんだか悪いことをしているような気分になってきたら、

「…ジョーが堂々としてる…」

ぽつりと言うと003はころころと笑いだした。

「いやだわ、そう見えるの」
「え、だって」

超銀ジョーさんはかっこいいじゃないですか。
いつだって超銀フランソワーズさんをリードしてて、それもスマートで。
オトナの男のひとだなーって憧れの目で――

口早にそう言ったけれど、超銀フランソワーズは更に笑い続けた。
とてもおかしなことを聞いたというように。

「――ああ、おかしかった」

目尻の涙を拭って、超銀フランソワーズは目の前でちょっと憮然としている平ゼロジョーを見た。

「ごめんなさいね。でもあまりにも誤解しているから」
「誤解?」
「ええ、そうよ。うちのジョーが堂々としてる、って…あなたにはそう見えるのかもしれないけれど」

そこでちょっと声をひそめた。内緒話をするみたいに。

「実はいくじなしの弱虫さんなのよ」
「えっ!?」

まさか。
いつもリーダー然としているのに。

「だってね。『僕もパリに行こうかな』って言ったりするのよ」
「はぁ…」

それが?

「それって一緒に行こうって意味なのよ!一緒に行くって言えないからそんな遠回りな言い方するの。私がイヤって言ったらどうしようって顔色窺ってびくびくしながら言うのよ。おかしいでしょう」
「……」
「だから全然堂々としてないの。お手本になんてしないほうがいいわ。あなたはあなたらしく、ね?」
「…でも…」

平ゼロジョーは手にしていた半紙を握り締めた。

「あら、それはなあに?」
「…今年の目標、です」
「見せてもらってもいいかしら」
「はい」

超銀フランソワーズはじっとそれを見つめ、ああ、だからジョーのことを聞きたかったのねと思案顔で言った。

「うーん。これは別のひとに聞いたほうがいいわ。誰かを参考にするならね」
「そうですか」
「ええ。でもね」

そこで超銀フランソワーズはにっこり笑った。

「あなたのフランソワーズと一緒に考えるのが一番いいと思うわ」

 


 

 

笑顔でキッチンを追い出され、平ゼロジョーはリビングへ向かうことにした。が、その途中の廊下で平ゼロフランソワーズに出会った。

「フランソワーズ。何してるの」

フランソワーズは廊下の壁に寄りかかってそこにいた。別段、何をしている風でもない。

「別に。なんでもないわ」
「ふうん…?」

でも誰かを待っているような顔だなと思いながら、ジョーが通り過ぎようとしたら。

「…超銀フランソワーズさんと何を話してたの」

険を含んだ声で聞かれて驚いた。

「えっ」
「楽しそうだった」
「別に、大したことは話してないよ」
「どこに行ったのかしらって思ってたのよ」
「――ああ、書き初めしてたんだ。言わなかったっけ」
「聞いてない」
「ごめんごめん。今年の目標を書いておきたかったから」
「今年の目標?」
「うん」
「…そう」


あれ?


話の流れから、今年の目標ってどんなことなの見せて見せて――とくるものだとばかり思っていたのにフランソワーズのテンションは低い。

「フランソワーズ?」

どうかした?

と顔を覗きこむとふいっと目を逸らされた。

「別になんでもないわ。行けば?」
「いや、だってなんでもないって顔じゃないよ」
「放っておいて」
「イヤだよ。どうしたんだい?」
「どう、って――」


あ。


気がついた。


そうだ。最初に「楽しそうだった」って言ってたんだ。


平ゼロジョーは今年の目標をぎゅっと握り締めた。


そうだ。まずは一歩、踏み出さなければ。
誰に聞くのでもない、自分たちで――二人で。

「フランソワーズ」

精一杯、凛とした声――のつもり――で言ってみる。

「僕はフランソワーズと一緒の方が楽しいよ。だから一緒に行こう?」
「…」
「ひとりで向こうに戻ったってフランソワーズがいなかったらつまらない」
「……」
「フランソワーズは僕がいないほうがいい?」
「そんなわけ、ないじゃない」
「うん。ね?だから一緒に行こう」

そう言ってフランソワーズの手を取った。フランソワーズはどうするだろうかとドキドキしながらだったけれど、フランソワーズはあっさりとジョーの手を握り返して素直に一緒に歩いてくれた。

――なんだ。意外と簡単じゃないか。

でもその一歩のための言葉が今までは出なかった。
が、もちろんジョーは気付いていない。拗ねていたフランソワーズが笑ってくれただけで胸がいっぱいになったようで彼女のことしか見えてない。


平ゼロジョーの今年の目標。

それは。


『脱草食系男子』


今年は積極的に行くぞ。ゆとりっこなんて言わせないんだ。


とりあえず、最初の一歩であった。

 


 

 

「誰がいくじなしの弱虫だって?」


いきなり背後から抱き締められ驚いたが、耳元で聞き慣れた声がして超銀フランソワーズは警戒を解いた。

「もうっ、急になあに?驚くでしょう」
「ふん。浮気の現場を押さえられたから動揺してるな?」
「なによ浮気って」
「ぼうやの009と」
「してないわよ、浮気なんて」
「そうかな。かなり楽しそうだったぞ」
「――酔ってるのね?」

いつになく絡む超銀ジョーにフランソワーズは眉間に皺を寄せた。

「お酒くさいし、そろそろお茶にしたほうがいいんじゃない?」
「そうやって話題を変えようとするところがますます怪しい」
「怪しくないわよ、もう、離して」
「嫌だね」

キッチンで片付けの途中だったから、フランソワーズは背後にぴったりくっついているジョーを鬱陶しそうに肩を揺すった。が、009は離れる気は全くないようでますます身体を密着させてきた。

「ちょっとジョー」
「うん?」
「大体あなた、何しに来たのよ」
「……酒を取りに」
「嘘ばっかり。リビングに山盛り置いてあるでしょうに」
「……まぁ、そうなんだけど」

歯切れが悪く言い淀んだ後、ジョーはフランソワーズの首筋に鼻を寄せた。甘えるように。

「……だってさ、……いつの間にかいないから」
「あら、他の009と楽しそうに酒盛りしてたじゃない」
「…………」
「ジョー?」
「…………ぼうやと楽しく話すためにひとりでいたのかい?」
「はあ?」
「…………」
「ジョー?」
「……………だから嫌なんだ、他の男がいるところに君を連れて来るのは。でも003同士で話したいっていう君の気持ちはわかるし、女の子同士で話す機会もそうそうないから、いいかなって思ったんだ。でも」
「ちょっとジョー?何よどうしたっていうの?」
「………………………」
「えっ?なあに?聞こえないわ」
「………………僕が妬いたらおかしいか」
「えっ?」

フランソワーズが体を捻ってジョーに向き合おうとしたが、ジョーの強靭な腕がそれを阻む。

「ちょっとジョー?いったいどうしたっていうの?」
「…………他の009と話してもいいなんて言ってない」
「相談されただけよ?平ゼロ009と彼の003のことで」
「だけどここでふたりっきりだったじゃないか」

フランソワーズは大きくため息をついた。

まったくもう。酔ってるのね?

「ジョー」
「うん?」
「ヤキモチ妬きね?」
「………僕が妬いたらおかしいか」
「そうね。意外に弱虫でいくじなしさんだからおかしくないわ」

そう言うと、強靭なはずの009の腕による戒めをあっさりと外し、フランソワーズはジョーに向き合うと有無を言わせず彼の頭を引き寄せその頬にキスをした。

「でもそんな弱虫でいくじなしなところも好きよ?」