―5―

 

一方、連絡を受けた三人のフランソワーズも時を同じくして困っていた。


「どうしましょう。ジョーは私たちがこうして集まっているのを知らないのよ」


だから、自分の家もしくはギルモア邸から着替え一式を持って来て欲しいと言ったのだ。
しかし、いまはどのフランソワーズもジョーの自宅にもギルモア邸にもいない。従って、ジョーの着替えを何事もなく持っていくというのは至難の技であった。

「――いったん帰る?」
「でもその間、あのひとたち……」

全裸よ、と新ゼロフランソワーズが頬を染めた。

「まったく、いったい何をしたのかしら」

超銀フランソワーズが呆れたようにため息をついた。

「何か事件じゃなければいいんだけど」
「事件…とは言ってなかったわ」

平ゼロフランソワーズは、ジョーのどこかひとごとのような声を思い出していた。のんびりしていて切迫感も危機感も感じられなかった。だからおそらく事件絡みではないのだろう。
ただ、物凄く恐縮していた。

――今さら、まだ遠慮するなんて。それもこの私に。

そういう他人行儀さに腹が立つと同時に寂しくもあった。
平ゼロジョーにとって自分はまだまだ恋人のポジションにはいないのかもしれない。

――でも。ふつうにキスだってするのに。

そういう行為を誰とでも平気でできるようなひとではない。だから、きっと自分は恋人でいいのだろう。
そう思うのだけど、ジョーの言動がそれを支持してはくれないのがもどかしく、時にいらいらしてしまう。

「…どうかした?」

急に黙り込んだ平ゼロフランソワーズを心配して超銀フランソワーズが顔を覗きこむ。

「ううん。なんでもないわ。――ねぇ、どこかで調達するしかないんじゃない?」
「そうね。でも開いている店なんてあるかしら」
「今の東京は大体遅くまで営業しているわ」

そうして三人の索敵士は別々の方向に向かって目を細めた。

 

数分後。

 

「――ファストファッションの大型店舗発見。行きましょう」
「その店、上から下まで全部売っているかしら」
「あるわ。下着もあるし、靴も売ってる」
「じゃあキマリね」

三人揃って歩き出した。

そして更に数十分後。

店から出てきた三人は揃って同じ大きさの紙袋を提げていた。
あとはジョーの元へ行くだけだった。

 


―6―

 

急にしんとなった部屋。先程までの賑やかさが嘘のようだ。
七人だったのが三人に減ったという物理的な理由以外に、ここにいる三人がみな初対面であることも大きいのだろう。

しばし無言で料理をつつき、ワインを飲んだ。

と。

「ね、reさん」

スリーが思いきったように声をかけた。
reフランソワーズは話しかけられたのが嬉しくて、にこにこしながらスリーを見た。
個人的には、この幼い感じのスリーが可愛くて、是非仲良くなりたいと思っていたのだ。

「わたし、ちょっと訊きたいことがあるんだけど…いいかしら?」
「まあ、なにかしら」

にこにこするreフランソワーズ。
対するスリーは何かを思いつめたような真剣な顔である。頬が紅潮し瞳がキラキラしていて大層可愛らしい。
ナインがこの場にいたら、惚れなおしていること間違いない。

「前に雑誌で読んだんだけど、……reフランソワーズさんには秘密がある、って。その秘密って、いったい何なの?」
「えっ……」

それはまだ映画公開前なので言えない。
しかし、スリーは物凄く真剣だった。そして、reフランソワーズはスリーと仲良しになりたいのだ。

困った。

が。

そんなreフランソワーズの戸惑いをよそに、スリーは言葉を継いだ。

「映画『スーパーマン』のリメイクって知ってるかしら」
「ええ。地球を離れたスーパーマンが数年後に戻って来たら彼の子供がいたのよね」
「その映画の題名が『スーパーマンリターンズ』っていうのよ」
「それが……?」
「同じ意味でしょう?reって。だから、……そのぅ、あなたの秘密ってもしかして」
「!?」
「ジョーと30年ぶりの再会なんでしょう?ジョーと会わない間にそんなことがあってもおかしくないわ!」
「え、ちょっと待って」

いまやreフランソワーズはくらくらめまいがしていた。
いったいスリーは何を言いたいのだ。この003は思いつめたら一直線に暴走する子なのだろうか。

実はその通りなのだが、いかんせん、いまこの場に彼女の暴走を止められる者はいなかった。

「re:cyborgのreって、そういう意味じゃない?」
「え」
「記憶の戻らないジョーに、この子はあなたの子よ、って見せると記憶が戻るとか!」
「………あの、」
「いいのよ、隠さなくても。わたしとナインにも子孫がいるもの。未来から来て、会ったこともあるから知ってるの」
「……はぁ」
「ね?だから、そういう展開でもわたしたちは大丈夫よ!」
「……ありがとう……?」

そこで誰かの噴き出す声がした。
完結編フランソワーズだった。

「ああ、ごめんなさい。つい」

しかし、笑いを堪えきれない。

「……だって、」

目尻に浮かぶ、笑いすぎて出た涙を拭いながら、

「そうしたら二人の子供は30歳近いわ。そんな大きな子供を連れていって見せるの?」

しかしスリーは怯まなかった。

「だから、本当は……reさん。アナタはジョーとフランソワーズの娘なんじゃないの?」
「……」
「それが、あなたの本当の秘密」

見つめ合うreフランソワーズとスリー。
reフランソワーズが何を思っているのか、その表情からは窺えない。

「やあね、そんなわけないでしょう」

完結編フランソワーズが笑う。

「だってキスシーンがあったじゃない。まさかジョーが娘とあんなキスするわけないわ」
「あれはreフランソワーズさんとのキスで、回想シーンなのよ。30年前の」
「仮にそうだとしても、だったらreフランソワーズさんはどこにいるの?」
「映画の予告ではreさんと娘が並んでいるシーンはわざと隠されているのよ」
「……なるほど、ね」

reフランソワーズをちらりと見る。が、やはり彼女は無表情だった。

 


―7―

 

女子会でスリーがとんでもない仮説を披露している頃、男子会では陰気な酒宴が続いていた。

最初から予定されていたのか、飛び入り参加なのかいまひとつ読めない七人目の009.
完結編ジョーだった。
遅れてごめんと言って入ってきたところをみれば、やはり最初から誘われていたと考えるのが妥当だろう。

至極当然のように空席におさまり、さっさと自分の飲み物を注文しくつろいだ雰囲気である。椅子にもたれ、座卓を見回し、あれまだ全然食べてないんだねと笑った。

「いや、まぁ……色々あってな」
「ふうん」

ナインが言うのに曖昧に頷く。

「確か今夜の主題は映画の話だったと思うけど」

完結編ジョーがちらりとreジョーを見る。
reジョーはというと、人見知りなのかそわそわ落ち着かない様子である。

「009作品初のラブシーンについて……だろ?」
「――よく知ってるな」

今夜の集いの目的を知っているのならば、やはり完結編ジョーは最初から声をかけられていたのだろう。
とはいえ、彼が今日やって来るとは知らなかったナインである。さて幹事は誰だったかなと記憶を手繰った。

「――僕だよ」

そんなナインの耳に地を這うような低音が聞こえた。
呪詛かと見紛うその声音は、隣に座る俯いたままの原作ジョーそのひとから発せられていた。

「僕が声をかけたんだ」
「ええっ!?」

いやだって、ちょっと待て。
お前、さっきまで自分と完結編が同じ人物だと思われているのが不本意だとさんざん嘆いていたじゃないか。
その完結編本人がやってくるなんてひとっことも言ってなかっただろうが。

そんなナインの心の声が聞こえたかのように、呪詛は続く。

「……来るとは思っていなかったんだよ。電話をしたのはフランソワーズだったし……」

まさかのこのこやって来たりはしないだろうと高を括っていた。会えば、原作ジョーである自分と何かしらぶつかることは目に見えていたからだ。

「そうかい?僕は嬉しかったけどなあ」

そんな原作ジョーとは裏腹に完結編ジョーは妙に明るい。

「映画の話も聞きたいしさ」

ね?とreジョーに笑いかける。

「お前……」

完結編のくせに明るいなとナインは眉をひそめた。
ナインもいちおう完結編には目を通している。そして、その内容の凄惨さも知っていた。だから、当事者の完結編ジョーの妙に明るいところは正直言ってついていけないような気持ちになっていた。
もちろん、悲惨な目に遭ったからといって常に暗くしていろというわけではない。そういうわけではないが、かといって全然何にも気にしてないよと明るいのもどうにも理解に苦しいのだった。

「――僕が気に入らない?」

そんなナインの複雑な心境を知ってか知らずか、テーブルの向こうから完結編ジョーが身を乗り出した。
眼光鋭くナインを見据える。

「僕が、アンナコトをしたから」
「――っ……!」

それは禁句中の禁句だった。
ナインでさえ穏やかならざるものがよぎったのだから、原作ジョーに至っては危険な空気を身に纏わせたままゆらりと立ち上がってもおかしくなかった。

「……?」

全く事態が飲み込めていないのはreジョーだけであった。