web拍手ページに載せていた小話です。
「けんか」
「・・・寒くて眠れないの」
密やかなノックの音に、そこに誰が立っているのかじゅうぶん予期しながらジョーはドアを開けた。
「・・・そう」
ドアの枠に手を置いてジョーは言う。
「・・・で?」
びくんとフランソワーズの顔が上がり、ジョーと視線が絡み合った。 「寒かったら、暖房を消さないで寝ればいいんじゃない?」 フランソワーズはさっと顔を赤らめた。 「そうね。そうするわ!」 踵を返そうとする。が、ジョーに二の腕を掴まれ動きを封じられた。
「もう遅いよ」
真夜中だから。 逃げるのが遅いから。 ここに来たのが遅かったから。 どれを指しているのかわからない。 ジョーはそのまま腕を引いて柔らかい体を抱き締めた。
「・・・ごめんなさい」
フランソワーズが言う。が、ジョーは口元に笑みを浮かべたまま何も言わない。
「ごめんなさい」
裸足の足の裏からしんしんと冷気がのぼってくる。 「・・・ジョー。お願い、何か着てちょうだい」 風邪ひいちゃうわ・・・というフランソワーズの声は小さくて、冷たい空気に冷やされ消えてゆく。 「ねぇ、ジョー」 自分よりうんと薄着のジョーを気にする。 ジョーはフランソワーズの髪に肩に顔を埋める。 「・・・ジョー?」 ジョーが小さく何かを囁く。 「もうっ・・・ジョーのばか」
――きみとケンカすると僕はいつだって具合が悪くなるんだ。 治せるのはきみしかいない。わかってるよね・・・?
***
***
本当に風邪をひくとは思っていなかったジョーは、ベッドに寝かしつけられ至極不機嫌だった。 「どうしてフランソワーズは風邪をひかないんだ」 上掛けを鼻の上まで引き上げているジョーを見つめ、笑っているようなその瞳にフランソワーズはぱっと朱に染まった。 「――そんな事言うひとは、もう知りません」 が、立ち上がる一瞬、ジョーの手がフランソワーズの手首を掴んだ。 「行くなよ」 熱のせいか、潤んだ瞳。 「・・・もう。そんな顔するなんてずるいわ」 置いてきぼりをくらった子犬のような。 「しょうがないわねえ。ジョーは」 「――別に」
――素直じゃないんだから。
大体、ケンカの原因だって大した事ではなかったのだ。 ジョーはフランソワーズの手首を握ったまま。 そのうち、眠ったのか――薬が効いてきたのだろう――ジョーの手から力が抜けてフランソワーズの手が自由になった。
*** ***
「――で?ケンカの原因は何だったんだ?」
朝食の席でジェットが問う。 「くだらないから聞かない方がいいよ」 食事の手を止めず、さらりと答えるピュンマ。 「んなこと言わずにさあ。――ジェロニモ。お前さんもいたんだろ?」 極力関わらないようにしている彼は、苦虫を噛み潰したような顔で答えた。 「うー。やっぱりピュンマしかいないじゃないか」 ピュンマが手を伸ばして醤油を取りながら言う。 「聞かない方が幸せだって言ってるんだよ」 一瞬、その場にいた全員が考え込んだ。手を止めて。 が、すぐに時間は動き出す。 「ないな」 ピュンマは大きくため息をつくと、ジェットに向かって持っていた醤油をつきつけた。 「あん?俺は醤油は使わないぜ」 ジェットがみんなの顔を順番に見ていく。誰もがジェットの視線を受けると無言で頷くのだった。 「だっておい、・・・醤油でケンカすんのって何度目だ?」 「5回目だ」 ジェロニモが静かに言って、全員の注目を集めた。 「だから、昨日醤油を一ダース買ってきた」 なら、しばらくは大丈夫だな――と、誰ともなく、空席のふたつの椅子を見つめた。 話題の二人は、しばらく降りて来る気配がない。
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