コーヒーの香りがふんわりと自分を包む。
いつもの日曜日の、いつもの昼下がりだった。
開け放した窓の外には蒼い海が光っており、潮風がふんわりと部屋に舞い込み、レースのカーテンを膨らませている。

 

「ジョー?コーヒーがはいったわよ?」

「ウン。今行くよ」

見つめていた写真から目を離し、屈んでいた身体を伸ばした。
膝の上には開いたままのアルバム。

――あの時の花嫁姿のフランソワーズ。今見てもキレイだった。

知らず、頬が緩む。

「何見てたの?」

一行に姿を現さない彼を探し、やって来たフランソワーズの声が至近距離で聞こえ、内心ちょっと焦る。

「何でもないよ。ホラ、冷めないうちに行こう」

しかし、慌てて閉じようとしたアルバムを一瞬の差でフランソワーズに奪われてしまう。

「…アラ。――懐かしいわねぇ…」

立ち上がろうとするジョーを制し、そのまま彼の隣に腰を降ろす。
ジョーはといえば、なんだか気恥ずかしくて立ち上がろうと試みるものの、膝の上にアルバムを広げられ動きを封じられてしまっていた。

「ふふ。憶えてる?この写真を初めて見た時のこと」

何か言おうと口を開いたけれども、すぐにフランソワーズが話し出したので何も言えず。
どうやら、彼の答えを聞きたいわけではないらしい。

「アナタったら、私が誰かと結婚するんじゃないかって誤解しちゃって」
「うるさいな。ほら、行くよ」
「ほんと、ばかよねぇ。どうしてそんな誤解をしたのかしら」
「知らない」
「私があなたと誰かをフタマタかけてる――とでも思ったの?」
「…イヤ、そんなコトは」
「どうかしら」

蒼い瞳に睨まれ、一瞬絶句する。

「――と、ともかく。昔の話だろ。――ホラ、コーヒーが冷める」
「待って」

ジョーの腕に手をかけ、腰を浮かした彼を再び座らせる。

「この次のページを見たいの」

ぱらり、とめくった先にあったのは――

 

ジョーは諦めて天を仰いだ。

隣のフランソワーズは彼の腕に寄り添い、そのままじっと写真を見つめている。

ふ、と彼女が顔を上げて彼を見つめた。
彼もその視線に気付いて彼女を見つめた。

 

――あの誤解した夜に。
いつかその時がきたら、ちゃんと言えるようにしようと心に誓った、「おめでとう」と「幸せに」。
忘れたことはなかった。
が。
それの出番はとうとうこなかった。
代わりに

――言われる側に、なった。

 

「――みんな泣いちゃって、大変だったのよねぇ」
特に博士が。と続ける。
「君だって、泣いちゃって大変だったくせに」
「泣いてないわよ?」
「泣いてただろ。何回もメイクさんに直してもらってさ」
「もー。いいじゃない。だって」

幸せだったんだもの。

「アナタだって、ずーっと泣いてたくせに」
「泣いてまセン」
「泣いてました」
「そう見えただけだよ」
「アラ。私の眼はごまかせないわよ?」

知ってるでしょ?といたずらっぽい目で見つめる彼女を抱き締める。

全くもう…!
だから、このページを見るのは嫌なんだ。

言わぬが花ってことだってあるだろう?