おハヤヤ様(2

 

 

 そんな美菜が本気でおハヤヤ様につながりたくなったのは最近のこと。中3の頃からつきあっていた彼氏とうまくいかなくなってからだ。

 そもそも彼が美菜と同じ高校を受験して落ちてしまった頃から、嫌な予感はしていた。お互いに別の高校に通っていて、近くの高校だから放課後に会ったり、休みの日に遊びに行ったりはしていた。毎日のように電話でも話している。でも、やっぱり2人の間に変な距離ができてしまった。お互いに違う学校で違う生活をしているのだから、それも仕方がないのかもしれない。なかなか会う時間も作れなくなってきて、携帯や携帯のメールでつながっているだけの日々が増えてきた。授業中に彼からメールが来るのは今でもドキドキするし、やっぱり彼のことが好きなんだなぁ、と思う。でも、なんとなくメールを読んでいると2人の間にずれを感じてしまうのだ。

 今彼はなにをしてるんだろう。不安になればすぐメールが送れる。大抵はすぐに返事が来るし、面倒くさがったり、浮気をしているみたいな感じだって無い。でもなにか、やっぱり違う感じがする。どんな気持ちでいるのか、自分が知らないところで何をしているのか。そんな簡単なことが不安になる。

 きっとお互いにそんな心配をしてるんだと思う。だから、直接会うたびになにかぎくしゃくしちゃう。そんな状態が半年くらい続いた頃、電車に乗っていて、ふと気づいたことがある。

 電車に乗って携帯電話を取り出すと、なぜか真剣な思い詰めた顔で画面を見つめている人がいる。1人に気がつくとすぐに何人も目につくようになった。バスで、街角で、喫茶店で。探してみるまでもなく、いろんなところで、携帯の画面を、まるでそこに一生を左右するようなメッセージが表示されているかのように。あんな小さなおもちゃみたいな機械のなかに、自分の運命が示されているみたいに。

 考えるまでもなく、美菜にはすぐにわかった。おハヤヤ様だ。あの人達はみんな、おハヤヤ様を呼んでるんだ。

 だからって、美菜がすぐにおハヤヤ様を呼んだわけじゃない。確かに2、3回(5、6回だったかな?)試してはみたけれど、結局は成功しなかった。電話からは「プーップーッ、プーッ」って音が聞こえてくるだけ。もちろん画面にはなにも表示されない。真剣に画面を見つめてる自分がばかばかしくなって、すぐに試すのをやめてしまったのだ。

 でもある日、美菜はおハヤヤ様に成功している人を見てしまった。いつも美菜が使っているバスに、3つ先の停留所から乗ってくる女の子。ブレザー型の制服を着た、ポニーテールの女の子が、やっぱりおハヤヤ様を試していたのだ。  その日、彼女はいつものようにバスに乗ってくると、彼女の近くに立って、揺れるバスにふらつきながら、すぐに携帯を取り出して、いつもの「儀式」をしていた。

 つい気になって、彼女の顔をじいっと見てしまうんだけど、成功したのを見たことがない。ところがその日、画面を見ていた彼女の顔がふと驚きで一杯になったのだ。

 心臓が「どきん」と強く打った。画面を見てる彼女と同じように、美菜も驚いた顔をしていたはず。ついに彼女はおハヤヤ様に成功したのだ。  彼女の顔から何かが読みとれないかと、美菜は今まで以上に熱心にその子の顔を見つめた。いったい何が書いてあるんだろう。彼女はおハヤヤ様に何を聞きたがったんだろう、と。

 その子は、驚いた顔をした後、不思議そうな顔をしてしばらく画面を見ていた。そんなにいっぱい書いてあったようには見えない 。おそらく多くても2行くらいの短いメッセージ。でも、彼女は何か考えながらその画面を見続けて、急に何かを決意したかのように携帯をポケットにしまった。

 そしてその日から、その子はバスに乗ってきても携帯を出さなくなった。毎日のようにおハヤヤ様を呼び出そうとしていた頃の深刻そうな顔に比べて、心なしか幸せそうに見えた。「お告げ」の効果は、噂通り、抜群だったのだ。

 美菜が本気でおハヤヤ様を待ち受けるようになったのは、その時からだ。  どんなに真剣に携帯に祈っても、どんなに気持ちを込めて番号を押しても、おハヤヤ様はなかなか美菜に答えてくれなかった。毎日何回も携帯を取り出しては番号を押し続けた。1日に何回もやるから、真剣味が足りないとおハヤヤ様に思われているのかと思って、1日3回と決めて試したりもした。番号を押す前に、1時間もかけてお風呂に入ってみたり、誰もいないところで電気を消して試してみたり。でもおハヤヤ様はなかなか答えてくれない。こんなに一生懸命なのに。どうかおハヤヤ様、私と彼の仲を救ってください。あのポニーテールの子にくれたようなアドバイスを、私にも教えてください。

 結局美菜は、1日に何度もおハヤヤ様を求めて携帯を開くようになってしまった。少しでも時間があれば、すぐに電話を取り出す。授業中は集中できないから、授業が終わるとすぐトイレに行って番号を押す。バスに乗っても、家に帰っても。祈っている途中に彼からメールが来て、ついつっけんどんな反応をしてしまったこともある。あなたのために頑張ってるのに、なんで邪魔するの?もちろん彼におハヤヤ様を試しているなんて事は言えない。だから急に怒られた彼も困ったと思う。でも仕方がない。おハヤヤ様が教えてくれれば、きっと全て解決するのだから。

 携帯のバックライトがついたとき、美菜はつい「あっ」と小さな声を出してしまった。いつものバスの中。ドアの近くのいすに座って携帯を取り出して、いつものように祈りを捧げていた。突然、画面のバックライトがついて、いつもの「プーッ、プーッ」という音が聞こえない。

 ついにおハヤヤ様が来てくれたんだ。心臓が急に早く動き出して、息が詰まってきた。「とくとくとく」という、猛ピッチで血液が押し出される音が聞こえてくるみたい。

「その携帯電話を捨てなさい」

 メッセージはそれだけだった。画面が明るくなって、そのメッセージ。10秒くらい表示されていたと思ったら、ゆっくりと点滅し出して、点滅が早くなったと思ったら消えてしまった。後には何も残らない。バックライトも消えてしまった。

 なんなのこれ、どういう意味?頭の中がすっかり混乱してしまった美菜は、心臓がまた急にゆっくりとして、全身から力が抜けていくような、体温が急に下がってしまうような感覚におそわれた。「その携帯電話を捨てなさい」ってどういうこと?いまこの携帯でおハヤヤ様を呼んだばっかりなのに、その携帯を捨てなさい、だなんて。

 信じるべきか、疑うべきか。美菜の心はまっぷたつになってしまった。携帯を捨てろ、なんてわけがわからない。でも、おハヤヤ様は本当にいたのだ。何度試してもダメだったのに、今日突然現れた。もしかして、と思って、もう一度同じ番号にかけてみた。あのメッセージの意味が分かれば、という気持ちもあったけど、おハヤヤ様が本物なのかどうか確かめたい、という想いが強かった。でも、もうおハヤヤ様は出てこない。今まで失敗し続けてきたときと同じように、何も起こらない。でもそのせいで、おハヤヤ様のメッセージを信じる気持ちに、迷いの天秤が少しだけ傾いた気がした。

 

(3)へ続く

 

 

 

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