#4 日下部 矢尋ルート





出羽 清虎
【ルート選択】
 清虎は【日下部矢尋ルート】を選択し真実を教えていただきます(礼)。雲を呼ぶ声や世羅さんが黄泉帰ってまでしようとしている事、彼女の背後にいる者はいったい何なのか? 知りたいです!! 真実を!!




 様々な施設が立ち並ぶ新駅前でも際立つその威容。光を反射するミラーガラスによって、あたかも自身から光を放っているかのように見える高層ビルが、新駅前のシンボル、株式会社クサカベの本社ビル「K3ビル」である。
 40階のフロア一面を使ったオフィス。だだっ広いそこは、しかし、ほとんど人気がない。万座殿の第13期開発計画を担うB13区画開発チームの中枢は、今回の崩落事故を受けて完全凍結されていた。
 フロアの一番奥の、窓を背にしたデスクに付いている人物が一人。更にその奥、窓ガラスに背をもたれさせて両肘に手を添えて立つ人物が一人。小声の会話が二人の間で交わされているような気配がする。デスクに付いているのはスーツ姿の日下部矢尋。そして窓を背に立つ人物は―――

 ロングヘアーを大きく三つ編みにして一房にまとめ、左肩から前に垂らしている。整った形の鼻の付け根には、半分ずり落ちるようにして眼鏡がかかっており、そのレンズ越しに覗く切れ長の目があなたたちを値踏みするように見つめている。
 白い上等なブラウスの襟元には、いささか少女趣味とも思える大きな黒いリボンが結ばれている。タイトスカート、ストッキング、パンプスと続くボトムは全て黒でまとめられて襟元のリボンと対をなしているが、無造作に羽織られた白衣が黒の占有率を下げている。クロムのクロスが飾られた黒いチョーカーが黒白の彼女の雰囲気を締めているが、まるで水墨画に押された朱印のように唇のルージュは赤い。
 あなたを見たその女性は二言三言矢尋と小声で言葉を交わすと、その紅唇をキュゥと吊り上げた。笑ったのかもしれない。

「良く来たね」
 矢尋は笑顔であなたを迎えた。あなたは今回の件(陵世羅からの手紙や赤室翔彦の死)に関しては部外者と思える背後の女性に目を走らせるが、女性は怖じる様子もなくあなたの視線を受け止め、薄く笑顔を返してさえ見せた。
 緊張し始めた雰囲気を和らげるべく矢尋が口を開く。
「紹介する。こちらは國史院大学付属病院精神科に勤務されている松本葵(まつもと・あおい)医師だ。今回の件で協力してもらったんだ」
 紹介された女性―――葵は今度はハッキリと笑顔を浮かべると、「こんにちは」と親しげな挨拶をよこしたのだった。

 挨拶が済むと、他に余計な時間を割くことなく、矢尋は本題に入る。デスクの上に2冊の書物(表題は英語だ)を置いて、それを見るように促す。葵は矢尋の背後からデスク上をのぞき込む形だ。
「周知と思うが、この本は赤室さんの部屋で見つけたものだ。ただし二冊とも彼の所有物ではない」
 そう前置きして、矢尋は二冊の書物がここにある経緯を語りだす。
 年代が古い方の書物のタイトルは『ヤディスからの幻視』。1927年にアメリカの精神病院に収容されていたアリエル・プレスコットという女性が、夢の中で見た「ヤディス星」の光景を詠った詩集であるという。『ヤディスからの幻視』は國史院大学・形而上学部所蔵の資料だったが、一ヶ月ほど前に何者かによって無断で持ち出され、所在不明になっていたのだと言う。
 もう一冊の、前述の『ヤディスからの幻視』よりは最近出版されたように見える書物のタイトルは『ジーン・モーガンの幻視』。1943年に狂死した米国ダンウィッチの牧師、ジーン・モーガン師が「ヤディス星人に精神転移していた時期に垣間見た異星の様子」と主張する陳述を書き収めた医学書なのだという。こちらは國史院大学・医学部資料室の蔵書だが、数日前から行方が分からなくなっていたらしい。
 結晶化して死亡した赤室翔彦の部屋でこの二冊を発見した矢尋は、学生時代の先輩であり、精神科医でもある葵に相談を持ちかけ、その内容についての助言を求めた。そして、その結果見えてきた二冊の書物の共通点が「光無き暗黒星ムトゥーラ」という言葉である。
 『ヤディスからの幻視』の著者であるプレスコットは、夢の中で見たヤディス星に程近い暗黒星の様子を“ムトゥーラの支配者(The Lord of Mthura)”という詩で仄めかしている。また、モーガン師は陳述の中で「ヤディス星人になっていた時期」に訪れた光無き星ムトゥーラについて言及している。
 そしてそれらに含まれるムトゥーラの民の頂点に立つものの存在、真闇にのみ輝く“結晶化した知性”クィス=アズについての言及。
「これは実に暗示的な符号だとは思わないか?」
 矢尋は緊張に頬を引き攣らせつつ、世羅から送られてきた幸運のお守りを取り出し、そこにはまった水晶を指さした。“結晶化した知性”=“The Crystalloid Intellect”。結晶化して死んだ赤室翔彦と月辺鈴姫。
 クィス=アズがナニモノかは分からない。しかし、水晶・結晶化で結ばれた認めがたい真実を引き起こすものが、クィス=アズという存在と関連あるものだとしたら―――。

「我々が慄然たる事件に巻き込まれているのは間違いない」
 不気味な沈黙を破ったのは、またしても矢尋であった。しかし、その表情は絶望に塗り潰されてはいない。帝王学を修めた日下部の人間は、人の上に立つ者として弱みを見せないように教育されている。だから矢尋は絶望を見せない。そして、彼は困難に立ち向かえる優秀な人間でもある。
「しかし幸いな事に、我々にはまだチャンスがある。赤室さんの残してくれたヒントを入手できたし、おそらくそれが意味する事を解読出来てもいる」
 二冊の書物とそれらが語る事実。ムトゥーラとクィス=アズ。水晶と結晶化。未だに点でしかない情報も、“我々”であれば線に繋げる事が出来るのではないか?
「ともかく、今後幸運のお守りに頼るのはやめておいた方が良い。今、水晶の化学的解析を巳堂君に頼んでいる。今夜中には何らかの成果が得られるとの事だ」
 國史院大学・理学部地質学研究室の巳堂英一。彼も矢尋の言う“我々”の一員という事らしい。豊富な人脈も日下部の力という事か。
「この後、更に書物の内容を調べてみるつもりだ。新たな事実が分かったら君にも知らせるので、君も何か分かったら知らせてほしい」

 同盟者としての要件は終わったらしい。矢尋は乗り出していた身を椅子の背もたれに預けるとフーッと一つ息を吐いた。そして背後に立っていた葵に笑顔を向ける。
「松本先輩のおかげで助かりました」
 矢尋の感謝の言葉を葵は笑顔で受け止めた。しかし、続いて彼女の唇から出た言葉には、その笑顔は凍りついた。
「アリエル・プレスコットの幻視を真実と仮定するのならば、それは今のあなたたちの身に迫った危険を真実として受け止めるということよ。そして私の見立てだと、その危険はほんの身近な所まで迫ってきてしまっているみたい。耳元に吐息が感じられるほどの、そんな身近な所まで、ね」
 凍りついたあなたたちの横をすり抜けて、白衣のポケットに手を入れた葵がフロアから立ち去る。黒いパンプスの立てるコツコツという足音が破滅へのカウントダウンのように聞こえ、あなたは身を震わせる。
「松本医師の言うとおりだ。我々にはまだチャンスがある。しかし、それをゆっくり待つだけの時間はない」
 矢尋の声で再び時間の歯車が回り出す。

【出題】
 3APが与えられます。1アクション目=午前、2アクション目=午後、3アクション目=夜として行動を決定し、アクション申請してください。

共通行動:
白凰市の各地へ赴く(背景舞台「白凰市」を参考にしてください)

特別行動:
赤室翔彦のマンションに行く
陵世羅のマンションに行く

 上記以外の行動も可能です。どこへ行って(場所)、何をするのか(具体的な行動)を明記し、判定ダイス(サイコロを5回振って出た目)を添えてメールにてキーパーに送信してください。
 よろしくお願いします。