第1回 召集





 9月8日 水曜日。
 奇妙な呼び出しの手紙に導かれて、第1白凰ビルの3階に11名が集う。
 建設途中のままに放棄されたビルの3階フロアは、露出したコンクリートの壁に四方を囲まれ、無機質で寒々とした雰囲気を醸している。填め殺しの窓が3つ、奇跡的にガラスが割れないまま残っていたため、吹き荒ぶ秋風に身を震わせる事を食い止めてくれている。天井からは赤いコードが剥き出しのソケットに嵌った裸電球が5つぶら下がっており、オレンジ色に近い光で仕切りのない3階フロアを弱々しく照らしていた。

 性別も年代も、まるで統一感のない11名の男女。一定の距離を置いて壁際に陣取り、これから始まる何かに対して身を固くしている。しかし互いの顔色を窺う様子で誰もが悟っていた。ここにいる全員が、陵世羅からの招待状によってこの場に導かれた事を。
 約束の時間を30分過ぎても、手紙の差出人・世羅は姿を現さない。悪戯か・・・? 嫌な予感が一同の間に流れ始めた時、茶色の背広を来た会社員風の男―――年の頃は30代半ばくらいで、この中では一番年上に見える―――がフロアの中央に進み出て、全員に向かって声を発した。
「皆さん聞いてください」
 フロアの空気が一変する。互いに対する警戒心と言い知れぬ不安感に満たされていた空気が、男への注目という唯一つの行動に集約され、ぴんと張り詰める。
 男は背広の内ポケットから1枚の紙片を取り出し、それに注視を集めるべく頭上に掲げた。フロアにいる誰もが見覚えのある紙片―――世羅からの「招待状」だ。
「これは私の想像なのですが、ここにいる皆さんは、これと同じ手紙の導きによって、ここへ足を運んだのではないでしょうか?」
 無言で頷く者数人。フロア全体が肯定の意でまとまる。少し安心したように表情を緩めると、男は手紙を頭上に掲げるのを止め、全員に文面が見えるように胸の高さに持ち直した。男の持つ手紙にも、あなたのもとへと来た手紙同様、短い一文が書かれているようだ。男はその一文を指差しながら言葉を継ぐ。
「この手紙に書かれた文字ですが、筆跡は陵君本人のものと酷似しています」
 短いながらも流麗な筆跡で記された一文を思い出して、頷く者もいる。世羅の筆跡を知らない者も、しかし、手紙が悪戯でない可能性が俄然高くなった事に、興味を惹かれていた。
「もしこの手紙が陵君本人から発送されたものだとしたら、私は彼女の知人の一人として、彼女の安否を確認したいのです。しかし、もしこれが手の込んだ悪戯だとするのなら・・・その犯人を見つけて何故このような事をしたのか問い詰めたい」
 男の声に微かな震えが混じる。それが何を意味するのかは、今のあなたには知る術がなかった。
「そこで提案なのですが―――」
 男は半歩乗り出すようにして一同の顔を見回す。 「ここに集った者同士、個人のできる範囲で陵君の行方に関する情報を集めてみませんか? 本当に彼女が生きているのか、それともこれが悪質な悪戯なのか・・・。私は真実が知りたい」
 男は言葉を切った。
 目的不明の招待状。世羅本人のものと酷似した筆跡。同封された、占い好きの彼女の趣味を表すような「幸運の水晶のお守り(フォーチュン・クリスタル)」。世羅、もしくは世羅を名乗る何者かは、一体なぜ11名の男女をこの廃ビルのフロアに集めたのか? あなたには知る由もない。しかし、知らないままで良いと割り切れるほど、世羅との付き合いは浅くない・・・。
「―――やります」
 誰かが声を発した。互いを警戒するように壁際に陣取っていた一人が、フロア中央の男に向かって歩み寄る。それに続くようにして、何名かが壁際を離れて中央の男に向かった。1分もしない内にフロアの中央には人の輪が出来上がった。
「君はどうする?」
 最初に声を上げた茶色のスーツの男が声をかけてくる。声音に強制の色は一切ない。しかし、意志は感じられる。真実に向かうための、揺るぎない決意が。
 あなたは歩を進める。フロアの中央、これから協力者となる真実の探求者たちが作る、その人の輪へ向かって。