キーパー:皆さんは國史院大学SF研究会に所属している事にしてください。
 今日は7月30日です。大学は夏休みに入っています。皆さんは「暇なんで集まろうぜ」という事で、元白凰区の旧駅前繁華街跡地に隣接する廃ビル交じりの区域にある友人のマンションの一室にいます。マンションは向かいが廃ビルになっていて、ちなみに名前は元白凰ハイツなんですが、そこにはSF研の面子が二人住んでいます。一人は蕪惣司郎(かぶ・そうじろう)、理学部2回生ですね。愛媛県出身。スポーツ刈りに丸メガネで、ちょっと歯が出てて、口癖が「フハッ」。無類の特撮好きです。もう一人が、呉正秀(くれ・まさひで)。彼は医学部の3回生です。福岡県出身ですね。彼は色白で線が細めで、いわゆる二枚目です。蕪君の方が6階に住んでいて、その真上の部屋に呉君が住んでいます。今日は下の方、6階に住んでいる蕪君の部屋に皆集まって、酒を飲んでいるという状況ですね。
 そんな中で色んな事くっちゃべっているんですけども、そのうち話題が「自分の怖いもの」についての話になります。それで皆「俺は何が怖い、俺は何が怖い」という話をしていくんですけど、呉君の番になったときに、彼は「地下だ」と。「地面の下だ」と話を始めます。
相原ほぉう。
キーパー:彼は福岡県出身なんですけど、彼の故郷というのが炭鉱で栄えた町なんです。
一同:ああ。
キーパー:今でもボタ山とか地下の坑道の跡とか残っているわけですね。そういった地下の坑道にまつわる怪談とかも小さな頃から聞かされているので、地下にはそういう怖いものがいるという事が植えつけられてしまっているわけですね。そんなような話をした後で、「田舎はそんな怖い事があるんだけど、都会もよくよく考えると怖いんだよね。例えば地下鉄だったり、地下街だったり、マンホールであったり。普段歩いている場所の、その地下では何が起こっているか分からない恐怖っていうのが都会ではあるんだよね。昔の漁師は船板一枚下は地獄という言い方を良くするんですけど、僕にとっては地面も船板も変らないんじゃないか? って思う時があるんだ」。
そんな事を話している内に夜も更けてきたから、思い思いの場所でゴロンと眠り始めます。
織本はい。
キーパー:皆さん眠るんですけど、夢を見ます。

 気が付くと、PCは大きな広い座敷にいる(皆でいるのではなく、1人の視点)。
 そこにはたくさんのお膳が並んでいて、各々に人が座って酒を飲んでいる。ネクタイをせずにスーツを着込んだ人や、紋付袴の人など全員が男性である。酒が振舞われているらしく、ガヤガヤとした騒ぎ声が聞こえている。笑ったり、大声を出したりしているのだが、ワンワンと耳に響くばかりで、1つも意味が判らない。それでも時折、「そがん夢のきゅうさくのごたる話のあろうか」とか「よそわしか、そりゃちゃーがつかね」等と言う言葉が切れ切れに聞こえる。
 その酒盛りの中を、詰まらないような淋しいような気持ちで、所在なさげに歩いて行く。何人か、自分と同じ子供がいたように思うのだが、辺りを見回しても酔っ払った大人しかいない。そんな酔っ払いに声を掛けられる事もあるが、酒臭い息が嫌でたまらず、逃げるように縁側に出た。

 広々とした日本庭園が広がっている。直ぐそこに大きな池があって、山から樋で引かれた水が注ぎ込んでいる。池の中には、大きな鯉がたくさん泳いでいる。赤いのや黒いのや、白いのも見える。
 たくさんの靴や下駄が並んでいるが、大人用のものしかない。しょうがないので、大きな下駄を履いて庭に降りてみた。
 ミンミンゼミやツクツクボーシが鳴いている。燦々と陽が降り注いでいるが、直ぐそこまで山が迫っているので、木漏れ日しか庭には入って来ない。涼しげな風が吹いていて、とても心地良い。
 しかし、ふと池を見ると、池の鯉が全部腹を上にして、ぷかぷかと浮かんでいる。全て緋鯉になっていて、見ている内に絵の具を溶かしたように鯉の区別が付かなくなり、池は血のように真っ赤に染まる。
 凄く嫌な気持ちになって、縁側から家に上がろうとするが、いつの間にか座敷にいる全員が黙ってこちらを見ている。無表情にこちらを向いており、誰一人身じろぎもしない。
 怖くなって、縁の下に潜り込む。ひんやりとして、土臭いような埃臭いような空気。そこかしこで纏わり付いて来る蜘蛛の巣を払いながら、奥の闇へと這って行く。
 鼻を摘まれても判らないほどの闇だが、少しも怖くは無い。それよりも、さっきの血の池や黙ってこちらを見ている大人たちの方が怖かった。

眼

 無我夢中で這っていく内に、ぼんやりと明かりが見えて来た。近付いてみると、石を積み上げて作られた井戸のような物がある。円筒状に地面から突き出しており、両手を広げても円周の半分にも満たないほど大きい。その井戸のような石組みに、蓋をするように大きな板状の石が載せてある。ぼんやりとした光は、その円盤状の板の上面から放たれている。
 覗きこんで見ると、そこには巨大な眼が描かれている。彫り込まれている訳ではなく、触ってもすべすべとした肌触りだ。まるで墓石のようだと思う。
 夢中になって撫で回していると、指先にちくりと痛みが走る。石の上に落ちていた木のささくれが、指に刺さったらしい。引き抜くと、血がこんもりと盛り上がり、石の上に落ちる。と同時に、光が消えた。
 悪い事をしてしまった。直感的に、そう思う。
 再び真っ暗になった世界で、泣きたいような気持ちになるが、動けないまま立ち尽くす。

 どの位たったのか判らないが、やがて闇の中で音がした。
 ……カタ
 硬い、石がぶつかるような音。
 カタ……カタ
 間隔は短くなり。
 カタ…カタ…カタ
 段々と小刻みに。
 カタカタカタカタ……
 やがて大きく。
 ガタガタガタガタガタ!!
 ついには唸りを上げて。
 ガタン!! ガタン!!
 生暖かいのか、切るほどに冷たいのか判らない風が、叩き付けるように吹き抜けて行く。
 大変な事になった。申し訳ない。
 ゴワン!! ゴワン!!
 みんなにすまない、悪い事をした。罪悪感で一杯になり、いたたまれなくなる。
 ゴトン!!
 一際大きな音を立てて、重い物が落ちた。砂埃が舞って、むせ返りそうになる。
 一瞬の静寂の後…

キーパー:
「テ〜レ、テレテレレ〜♪、『ジョワーッ!!』」。ウルトラセブンの音楽&叫びで、全員眼を醒ましました。
村瀬(弟)ああ、携帯の(笑)
キーパー:蕪君が「スイマセン、スイマセン」といいながら携帯のアラームを必死に止めている所です。皆さんは今見た夢の内容を克明に覚えています。
相原「何か変な夢を見たな〜」
村瀬(弟)ジットリと汗をかいたので「洗面所貸してくれぃ」といって顔を洗いに行きます。
相原自分で自分の夢を<精神分析>する事は出来るんですか?
キーパー:できますよ。
相原やってみましょう。(コロコロ)成功。
キーパー:成功…普通に考えれば、これは幼少期の記憶でしょう。所々象徴的な事を織り込みつつも、多少捏造された事も後から盛り込んで、原体験となるべき幼少期の何らかの経験・体験といったものがあるはずだ、という風に思います。
相原「何だろう、昔こんな事あったっけなぁ?」
キーパー:そういう分析は成り立つんですが、少なくともあなたに思い当たる事はありません。

村瀬(弟)顔を洗ってサッパリしたら、「酒残ってねぇよな? うんうん。うん。…ウン?」という訝しげな顔で戻ってきます。
相原この話をしちゃいますけど、皆に。「いやぁ、変な夢見たんだわ。あんな体験に覚えは無いんだけど、妙にリアルだったよなぁ」
キーパー:鷲羽さん、では<アイデア>ロールを。
鷲羽これ失敗したら、勘弁してください(笑)。(コロコロ)01。成功した(笑)
一同:おお〜。
キーパー:鷲羽さんは分かるんですけど、あなたは家柄が家柄なんで。極稀になんですけど、何らかの強い感応力を持った人が傍にいた場合に、その人の夢を受信してしまう事があります。更に言うと、元になっている人の感応力が桁外れに強い場合は、あなたが受信したものを更に周りの人間に送信してしまう場合があります。
織本中継局になっちゃうのか。
キーパー:ある程度限られた空間の中に、一定以上の人間がいる、まさに今の状況の場合にですね。
鷲羽ふむ。
キーパー:あなたは少なくとも、これは恐らく誰か他人の夢じゃないかな? という風に思います。
鷲羽なるほど。
村瀬(弟)プレイヤーとして聞くんですけど、鷲羽さんが桁外れの感応力があるから誰かの夢を拾って周りに撒き散らした?
キーパー:逆。鷲羽家の人にもそういう能力はあるんだけど、周りにいる誰かの中に感応力の高い人間がいた場合、その人の夢を受信しちゃうわけよ。
村瀬(弟)それは鷲羽が単体で受信する場合が多くて、更に(感応力が)桁外れに高い場合は…。
キーパー:周りに向かって送信しちゃう。アンテナが無い状態でテレビを受信しちゃうようなもの。これはかなりレアなケース。
相原ちなみに夢の話には皆どう言ってんの?
鷲羽「何言ってんの?」(笑)
チェ「何言ってんの?」(笑)
一同:(爆笑)
キーパー:チェが「見なかった事にして話をあわせてくれ」と書いた紙を回しています(笑)
鷲羽まぁ、そりゃ皆「おかしい」って言い始めるだろ。私が皆に「こういう話があるんだけどよー」と言って状況を延々と講釈たれます。酒飲みながら(笑)。「でよー、その時言ったのさ、俺は――」
織本(笑)
チェ「なるほど」。朦朧としてきます(笑)
鷲羽CON 5だからすぐに眠くなっちゃう(笑)
村瀬(弟)「そうすると、誰か強い感応力を持っているという事で…誰ですか?」
相原「誰か原風景で記憶のある人はいるの?」
鷲羽我々は知らないような気もするので、あとは呉と蕪?
キーパー:二人とも「全然覚えが無い」。
一同:ほうほう。
キーパー:そこで全員<心理学>ですね。(鷲羽&織本&相原が成功)成功した人は蕪君がアラームで皆を起こしてしまった事を心のそこから反省している事が分かるんですけど(笑)、呉君が明らかに何か知っていそうな印象を受けます。他の人は皆自分から「俺も見た、俺も見た」って言っているんですけど、呉君だけは自分が見たとも見なかったとも話そうとしません。
チェ蕪君は見たって言っているの?
キーパー:蕪君は見ています。
チェさっき夢の中に出てきた叔父さんたちの言っていた言葉って覚えているんだよね?
キーパー:覚えていますね。
チェあれって何弁なの?
キーパー:夢の中では何の違和感も無かったんですけど、今思い出すと「何だあの呪文は!?」と言う感じになりますね。
鷲羽夢野久作とかって言っていたよね?
織本そうそう。
キーパー:今ここで明かされるんですが、呉君はSF研というよりは怪奇幻想系寄りなんですけど、一番好きなのが夢野久作の『ドグラ・マグラ』です。
相原(読めませんでした。最後まで読めませんでした)
キーパー:結局その単語(夢野久作)だけでも呉に繋がるじゃん? みたいな話だよね。
鷲羽じゃあ「呉、お前なんじゃないの? 寝る前にしていた話でも地下が怖いって言ってたしさ」
キーパー:「いや…そんな事言いましたっけ?」
相原それは必死に隠したいような感じ?
キーパー:あまり言いたくないな…と。この段階に及んでも彼は自分が夢を見たって事を明かしません。
チェ「この人数が全員で同じ夢を見るって言うのは…」
相原「珍しいよね」。特に追求しなくても良いかな?
キーパー:呉君は「ちょっと気分が悪いんで、僕は先に帰るよ」とか細い声で言うと、逃げるようにそそくさと部屋を出て行きます。

相原「しかし面白い経験をしたねぇ。彼は本当にあんな経験をしたのか? 鯉が溶ける?」
織本「まぁ、夢だからそのままじゃないんじゃないの?」
鷲羽「聞かされただけ話かもしれないし、呉が本当に体験したかどうかも…」
チェ「どちらかというと体験した出来事って言うよりも、その時の心理状況みたいなものが共通している所が、非常に面白いというか…」
相原「呉はかつて犯罪を犯した…?」
チェ「それで後ろめたい。さっきの蕪くらい」(笑)
キーパー:蕪は「すまない事をした」という気持ちが強烈に夢の中とリンクしていますからね(笑)。ただ、鷲羽さんはこういう事が起こりうる事自体は分かっているんで、この夢の主はほぼ呉で間違いないと確信は持てます。
鷲羽その事は皆に言っておきましょう。「呉で間違いない」
チェ「俺たちが夢を見たっていう事には何か理由があるわけ?」
鷲羽「それは呉に聞いてみない事には分からないけど、何でこのタイミングで? というのはあるな」
相原「怖い話をして思い出しちゃった、とかね」
織本「ああ。トラウマに触れちゃったのかもね」
チェこういった事って、同じ夢を見た俺たちの方に何かそういう事を感じるものがあるのか、それとも、もし呉の過去の出来事がこういう事に繋がっているんだとしたら、それを発信する彼の方に何か問題というか、そういうものがあるのか?
相原昨日の呉の様子は普通だったんですよね?
キーパー:まぁ、至って普通に。普段からあまり騒ぐキャラじゃないんで。
鷲羽今のは彼の体験した事の夢で、俺をアンテナとして配信してしまったと。彼は日常的にあの夢を見ているんじゃないか?
一同:ほおぉ〜。
鷲羽で、彼はやってしまった事に非常に罪悪感を感じているので、忘れられない。
相原そうだろうねぇ。
鷲羽で、「一番怖いものは何?」というお題の中で言うくらいだから、非常に根深くトラウマとして残っているんじゃないの?
相原つまり、あの夢には続きがあるんだよなぁ?
鷲羽そう。多分あると思うんだけど、それを我々がどうしてやれるのか?
相原どうしてやれるものでもないから触れないでおいてやるのが一番良いのかなぁ?
キーパー:そんな話をしている間にも、もう良い時間ですね。朝の8時になっています。その日はそれで解散して、といっても基本的にはそんなに忙しくないんですけど、かと言って田舎に帰るのもなぁという。鷲羽さんなんかは田舎帰る必要はないですよね。
鷲羽そうですね。でもなるべく家には友達とか呼ばない。あまりそういう付き合いとかはしたくないので(笑)



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