奇鰐譚



 この魔道書『奇鰐譚』は冊子ではなくCD-ROMの形態をしており、「復活した四鴛義景に関する事件の記録」という副題が付されている。著者は複数おり、それが一人の編者によって纏め上げられている。著者の半数以上は既に死亡していると言われている。2006年に製作された。
 内容はある探偵事務所の関係者が関わった事件の経過、顛末を書き連ねたものである。鰐神セベクに関しての記述があり、それを扱った『妖蛆の秘密』、『暗黒の儀式』からの引用が散見される。
 某県白凰市万座区にある探偵事務所に1枚、同様の内容のものが元白凰区の鴻家の「鴻文庫」に1枚所蔵されているが、コピー版が謎の経路で流出したとも言われている。
 正気度喪失:1D4/1D8;〈クトゥルフ神話〉に+6%;研究し理解するために平均4週間/斜め読みに8時間。
 呪文:《セベクとの接触》、《鰐に命令する(クロコダイルの召喚/従属)》、《プリンのアンサタ十字》、《旧き印》。
 その他の利益と効果:『奇鰐譚』を読んで研究した者は〈考古学〉の経験ロールのチェックをすることが出来る。



(編者:鸛坂 怜衣
 以下は依頼人:四鴛圭一郎氏の案件(仮称:四鴛事件)に関する報告書である。本件解決に当たり当事務所所属の所員および外部からの協力者が残した調査報告書、手記の類を以下にまとめる。
 本件に携わった調査員および依頼人、関係者のほとんどは故人となっており、資料の真偽について確認を取る方法はない。以下は残された資料を時系列的に並べただけのものである。
鸛坂 怜衣



第1次中間報告(~四鴛義景復活まで)

各務 響也 「私的捜査記録」(記:各務 響也
 紫苑美弥子の屋敷。我々にとって事件の発端となった屋敷だ。ここで紫苑美弥子が死体となって発見された。
 その死は四鴛義景によるものと推測されるが、その真偽も未だ明らかではない。
 また、それ以外にも謎がある。屋敷のまわりにあった何かを引きずったような水痕。これはいったい何なのだろうか?
 四鴛家の鉛蔵の中で我々は鰐のミイラが動くのを目撃した。義景に関わる物で這いずる物と言えば、まずこれを思いつく。
 しかし、ミイラはミイラ。水痕を残すものだろうか……。

淵沼 順哉 「取材メモ」(記:淵沼 順哉
・美弥子宅にあった水の痕はどこに続いているのか? 四鴛本家と鉛蔵に水の痕はあったのか?
・四鴛圭一郎の素性調査(信用していいのか?)
・四鴛義景の遺体は本当に分割されていたのか?
          ↓
    旧四鴛本宅の調査を忘れるな

深沢 正徳 平成1×年×月×日
白凰市内で発生した女性殺人事案について
【下記のように報告する】
作成者:白鴎警察署刑事課強行犯係
    巡査長 深沢 正徳
 ……これは私的な覚え書き、備忘録だ。私が手前勝手な義務感で死亡した際、続くものがあることを信じて記す。
 本職は勤務時間外とは言え、指定司法警察職員との義務感から、×月×日、かねて交友のあった白凰リサーチの人々とある奇怪な事件に遭遇した。本職が不本意に調査を終えるという結末を迎えたときのために、この備忘録を記す。後に続くものがいることを確信し、少しでも役に立てて欲しいのとの思いからである。
・犯人は鰐
・襲われた女性と某旧家の惨劇
・封印された過去
・復活したモノ……

古海 誠 ※日記より抜粋(記:古海 誠
 まったく大変な事件に巻き込まれたものだ。しかし、考えようによってはあれほどの狂人に接する事が出来るというのは幸運な事なのかもしれない。
 あの狂人を知るためには依頼人である圭一郎氏に色々と話を聞かなければならないだろう。紫苑美弥子が亡くなった今、彼が最も四鴛義景に近しい存在だ。表も裏も、全てを聞き出す必要がある。
 そして沢渡真雪。四鴛義景と深い関係を結ばされた紫苑美弥子の側にいた彼女からは義景に関して有意義な話が聞けるかもしれない。しかし、沢渡真雪には何か引っかかるものを感じる。考えすぎかもしれないが、義景に向けられた彼女の憎悪の表情は果たして美弥子の仇に向けられたというだけのものだったのだろうか?
 何にしろ、この事件に関係する人間については一度徹底的に調べなくてはならないだろう。

遠山 悠乃 ※私的メモか?(記:遠山 悠乃
 紫苑美弥子の死因は手足の損壊による失血死、だと思う。
 ──でも、あんなに腕と脚が原型を留めない程潰せるのかな……。
 人の骨や皮膚って、そんなに脆かったかな? なんかふつーじゃない。
 そういえば、美弥子さんの遺体には男のひとの精液がついていた……。
 行為の最中に手足を引き千切られたのか、それともあとだったのか。
 他に防御痕、あったかなあ、……思い出せない。
 そういえば美弥子さん、キレイな顔してたかな? やっぱり思い出せないや。
 真雪さんは第一発見者で、一人で美弥子さんの遺体を見つけたと言ってたけど、すごく気丈なひとなんだな。



第2次中間報告(~鬼別郡涼ヶ淵村第1次調査終了まで)

淵沼 順哉 ※日記より(記:淵沼 順哉
○月×日
 あのおぞましい洞窟のあの光景が脳裏からなかなか消えてくれない。
 目を閉じると胸のむかつく臭いと乾燥した空気とともに、深沢さんの最後の光景が蘇える。
 四鴛義景の目的がなんであろうが、止めなくては。
 だがどうやって止めればいいのか? プリンのアンサタ十字だけでは不安が残る。旧四鴛本宅から切り札になるようなものが見つかれば良いのだが。まだ情報不足だ。もっと詳しく調査しなければ。
 四鴛義景の20年前の事件。私たちの知らないことが残っているかもしれない。当時のことを知っている人を探すべきか。そして四鴛圭一郎。深沢さんは彼のことを随分調べていたようだ。私も調べてみよう。とはいうものの素性調査は専門外だ。紫苑美弥子の遺体から採取された体液のサンプルの解析とも併せて、警察の協力があれば良いのだが。
 本来ならば今回の事件も四鴛が内々で処理すべき性質のものだ。それを部外者である我々に任せるというのはなぜなのか。
 まだ問題はある。水澱に潜む四鴛義景においそれとは手出しは出来ない。住民全員が義景の崇拝者と言っていい。下手な手出しをしようものなら激烈な反撃を受けるだろう。あの二人の姉弟もそうなのだろうか? 田村花梨と俊二。二人は義景を直接知ってるわけではない。一ヶ月前に水澱に来たばかりだ。周りの雰囲気についていけるのか? 白凰の高校に通っているという田村姉弟に話を聞けないだろうか。
 それとは別に引っかかってることがある。あの鉛蔵の中にあった鰐のミイラ、あれは誰が入れたんだ? 遺体と供に安置する必要などないはずだ。セベクの呪いを恐れたのか? だとしても腑に落ちない。
 それにしてもあの神聖鰐、触りたかった。遠山さんはデジカメに撮っているだろうか?

深沢正徳 ※県警より提供あり(深沢 正徳に関する記録)
 事案の根は、やはり過去にあった。
 某旧家(にして権力者)関係者が二十数年前に起こした事件は、単に猟奇事件ではなく、我々はその調査に赴いた。凄惨な犯罪現場となった山村で、解決の糸口がつかめるかと思ったのも束の間、当該担任地域の派出所・勤務員の案内で我々が面談した人々は、奇妙に義景に同情する村人達だった。
 この備忘録は、到着した村に到着した夜、仲間が寝静まってから、ひとり懐中電灯の灯りで書いている。
 なんとなく不吉な予感がする。
 明日は地下の迷宮(遺跡だろうか?)を調査の予定。
【これより以後の記載は無し。県警白凰署、刑事課強行犯捜査、深沢正徳警部補(死後二階級特進)は上記の迷路内で事故により死亡した。行政・司法いずれの解剖もされてはいない。死体検案書については部外秘とされ、遺体の状況は不明である】

遠山 悠乃 ※私的メモか?(記:遠山 悠乃
 深沢さんが死んだ……。
 何か頭が混乱して、よく思い出せない。
 大きな鰐が尻尾を振って、それを各務さんは避けて深沢さんに当たって、それから……。
 やめよう……。
 いつ、わたしがそうなるかだってわからない。わたしが無事だったのだって、ただの運だ。
 それにしても涼ヶ淵村の住人たち……。四鴛義景を心から崇拝しているようだ。カルト?
 20年前の事件。
 四鴛義景と直接面識のない、あの田村姉弟は、どういう立場に置かれているのだろう……。

古海 誠 ※日記より抜粋(記:古海 誠
 彼は運が悪かったのか?
 見知った人間の死はこんなにも心を揺さぶるものなのか。
 考えが上手くまとまらない。こんな状態では彼の姿は明日の私の姿になりうる。冷静にならなくてはならない。生き残る為に、深沢さんの仇をとるために、四鴛義景を止めるために。
 そのためには四鴛義景について集められるだけの情報を集める必要がある。かつての義景については圭一郎氏から何か情報が得られるかもしれないが、あの人はどこか胡散臭い。気をつける必要があるかもしれない。
 現在の義景について知るのは難しそうだが、水澱地区の田村姉弟は突破口となるかもしれない。
 生き残らねば。

各務 響也 「私的捜査記録」(記:各務 響也
 やる前は自分に自信があったが、あの鰐に身を挺して囮になったのは、いま考えても寒気がする。それなのに、一人仲間を失ってしまうとは……。
 義景はあの集落のあたりに身を潜ませている。しかし、彼の目的がセベクの布教である以上、ずっとあそこにいるとは思えない。すでに集落の住人のほとんどは信者なのだろうし。
 今までの謎についても何も解明できていないも同然だ。遺体にあった精液、家のまわりの濡れた痕なども……。



第3次中間報告(~元白凰区旧四鴛家本宅第1次調査まで)

先沢 遙 ※県警より提供あり(先沢 遙に関する記録)
 真実が知りたい。……この思いが私を強く動かしている。
 私は県警監察官室の統括監察官より、ある調査事務所の内偵捜査専従になるよう、下命された。白凰リサーチ……それが、その事務所の名だ。市内で起こる超常的事案では時折耳にする名前だ。いまも、市内で隠然たる勢力をもつ旧家からの依頼を受けて、活動しているらしい。私の派遣は、当該旧家の意向もあって、超常現象事案の調査も含まれている。
 だが――、私を義務感以上に駆り立てるのは、白凰リサーチに関わった警察官三名のことだ。ひとりの捜査員は精神科への長期療養を余儀なくされ、また駐在所勤務員と白鴎署捜査員は殉職した。……そして、二人の捜査員は私と警察学校同期、同じ教場で学んだ仲間であり、――最後の、上層部がひた隠す深沢正徳は、……私の恋人だった。
 監察という業務柄、思うように逢うこともできなかった。深沢の寂しそうな笑顔が、私の心を締め付ける……。それが、私を奮い立たせるのだ。
 ――真実が、見極められますように。どうか、深沢さん、私を守って……。
【分厚いノートは、この1ページで終わっている。先沢巡査部長の復命書は、ついに一通も提出されかった。なんらかの事故に巻き込まれたと思慮されるが、現在行方不明である】

各務 響也 「私的捜査記録」(記:各務 響也
 またもや震えが止まらない。今回も生き残れたのはただの運によるもの。宗教を信じるものなら「神の導き」というところだ。あいにく私は邪神を含めて、なにも信じないが。
 あの吐き気がするビデオ。男の私でさえあれだ。悠乃さんなんかはどう思ったことか。
 あの母体のうち一つは奇形。八つは義景の復活に使われた。一つはあの地下のプールのあわれなもの。一つは戦った鰐頭。17本のビデオ。11体が確認済み。残り6体は? 悪く考えれば、6体の鰐頭が……。
 武器をもっていても、訓練がなければ無意味。今回思い知らされた。しかし、訓練の暇は無い。
 義景はアンクを恐れていなかった。あれは真実? はったり? 十分な意志があれば追い返せるのか? 結局、奴への対策は見つからない。
 どうすればいいのか?

淵沼 順哉 ※日記より(記:淵沼 順哉
○月×日
 病院で包帯を替えてもらう。傷は時間の経過とともに目立たなくなるとのこと。だが四鴛本家で目にしたことは、この傷のようには消えてくれそうにない。
 四鴛義景を放っておくわけにはいかない。この事件で命を落とした人たちのためにも、なんとかして止めなくては。だが力ずくでどうにかなるのだろうか? 力ずくでは前と同じことになるの公算大だ。あの本『De Vermis Mysteriis』に何か手掛りがあればいいのだが。
 それ以前の問題がある。どうやって水澱に近づけばいいのか。水澱は義景を教祖とするカルトのようなものだ。四鴛圭一郎に何らかの支援を要請するべきなのだろう。気は進まないが。
 四鴛義景は水澱で何をしようとしているのか。四鴛本家で発見したものから推測(憶測か?)はできるが、どれもろくなものではない。水澱で会った田村姉弟に何もなければ良いのだが。
 今回の事件で思い知ったことがある。この白凰市の風通しの悪さだ。手を出してはいけない領域のなんと多いことか。わが社は元々クサカベには逆らえないわけだが、旧家にも御同様らしい。社員がこんなことを言ってはいけないのだろうが、わが社の存在意義はどこら辺にあるのだろうか。

古海 誠 ※日記より抜粋(記:古海 誠
 今、吐き気をもよおすような胸のむかつきと共に奇妙な興奮に包まれていることを正直に記しておく。
 川岸の恐怖の王、これがセベクだろうか。川岸の子供たち、砂漠の死肉喰らい、猫たちの女神そして砂漠の無貌の主。
 拾い読むこれらの単語はこの上なく不吉のものを仄めかしているように思えるが、同時に、なんてことだろうか、たまらなく魅力的なものにも思えるのだ。
 四鴛義景を止めるために彼の持っているであろう知識に近づくのは間違いではないはずだ。
 だが、深淵を覗き込んでいる私は、いつの日か深淵に落ちることになるのかもしれない。



第4次中間報告(~鬼別郡涼ヶ淵村第2次調査終了まで)

深崎 明日香 ※私的メモか?(記:深崎 明日香
 それは、不可解な命令と言えなくもなかった。
 本官こと、深崎明日香は急な人事異動を発令され、県警本部監察官室に即日赴任した。警察官には異動に際して、資格保持が必要とされる部署が多い。捜査課ならば刑事講習履修、鑑識なら鑑識初級、交通部にしても通称・黄色免許など。……恥ずかしながら、私は警察官としては拳銃射撃の特練生として拳銃射撃中級(上級にはもう少しの筈だ)がたったひとつの特技であり、治安が悪くなったとは言え、警察官が発砲する事態は、まだまだ多くはない。
 けれど、私が異動に際し選考されたのはこの特技のためだという。……一体私の任務はなにか? 拳銃の腕が見込まれて任される任務とは……。掛け値なしの危険に直面するのではないか――?
 けれど私は二つ返事で引き受けた。なぜなら先沢先輩が命を落としたと噂される事案だからだ。上層部がどう言おうと、私みたいな馬鹿にも、それくらいは察せられる。そして、旧家のからんだ事案は、水殿での地下遺跡で恐るべき終局を迎えた。死人が甦り、甦らせた死人は(ややこしい話だ)この世を思うがままにしようとした。結果は――いや、ここに記すのは止そう。ただ、殉職した三人の警察官の仇をとった、とだけ記すにとどめる。
 深沢さん、先沢先輩……天国で、仲良くね――

古海 誠 ※日記より抜粋(記:古海 誠
 事件は一応の決着を見たと考えていいのだろうか?
 あの日から今まで、そのことについてはなるべく考えないようにしてきた。突然降って湧いた忙しさは、今まで私から考える時間を奪ってくれた。その忙しさがいかに不自然なものであろうとも、余計な事を考えずにすむ時間はありがたかった。しかし、こうしてふと立ち止まる時間が出来ると、考えずにはいられない。
 義景の最期の言葉。真雪くんの不可解な行動。拭いきれない圭一郎氏への疑念。
 今日、事務所からあの事件にかかわりのある品物が無くなったという話を聞いた。
 きっと、私はまだ安らいではいけない。忙しさにかまけて頭を鈍らせてもいけない。まだ、向こう側に居なくてはならない。 
 あの日以来、触れていなかった書物を開こう。幸い、酒はたっぷりとあるのだ。
 深淵を覗き込む。きっとそこに何もかもがある。

淵沼 順哉 ※日記より(記:淵沼 順哉
○月×日
 どうにもよろしくない。
 精神状態はもちろんのこと、ここしばらくの多忙を極める仕事のせいで体調もよろしくない。クサカベからの横車にどこまで上が本気になって庇ってくれるのかも、わかったものじゃない。特集記事が紙面に載る前に四鴛家が手を引けば、ババを引くのは確実に俺一人。今回の特集記事は四鴛家なりの謝礼のつもりなのかもしれないが、手枷足枷重り付きを世の中では謝礼とは言わない。どうせなら長期休養をくれたらいいのに。
 だが本当によろしくないのは、今回の事件がまだ終わっていないような気がすることだ。白凰リサーチから消えた(盗まれた?)ウアス杖と姿を見せなくなった真雪君、そして義景の死に際のあの言葉……。事態の進展とともに脇に追いやってしまった当初の疑問が再び頭をもたげる。
 誰が義景を甦らせたのか?
 俺を甦らせたやつならすぐに答えられるのに。
 ああ、また壁の染みや物の影がやつらの姿に見えてきそうだ……
 頭が割れる。

各務 響也 ※私的メモか?(記:各務 響也
 最近は目が回るように忙しい。会社も零細から、一応会社の体裁があるくらいには拡張してきた。以前はたったの一人だった社員も少し増えた。そんな中で、以前はいりびたりだった白鳳リサーチにもあまり行かなくなってきた。そう、あの世界が日常に紛れて風化していくのだ。いや、むしろ仕事が忙しいのをいいことに、風化させたいのかもしれない。
 ……しかし、忘れようとしてもときどきフラッシュバックする記憶。元々の死に様を見たことはない義景はまだいい。惨殺されていたはずなのに、よみがえった美弥子。そして、戦死したはずの仲間二人すらよみがえった。それ自体はうれしいことのはずなのに……。
 生と死の境はどこにあるのだろうか。元々自分はそんなことをくよくよ考えるタイプではなかったはずなのに。



最終報告(~元白凰区旧四鴛家本宅第2次調査まで)

(記:鸛坂 怜衣
 以上の記録をもって著者たちの記録は途切れる。
 最後の後始末をつけに行った彼らは、しかし、どうにか正気を保った一人が気の狂ったもう一人の手を引いて生還するだけに留まった。元白凰区へ走らせた鵠井の始末部隊が旧四鴛本宅地下で発見したのは、古海誠、各務響也、深崎明日香の遺体と、気を失った(そして後に完全に発狂していると判明する)沢渡真雪だった。
 生還した二人の関係者の内、淵沼順哉は精神に重度の傷を負って現在も入院中である。
 保護された女性、四鴛真雪(敢えてこう記す)も同様に療養中だが、回復の見込みは薄いとのことだ。自らを取り巻く権力争いに気付くこともなく巻き込まれていく彼女を、個人的には少し不憫と思わなくもない。
 生還した二人の内のもう一人、遠山悠乃は多くを語らない。
 そして、これが一番気がかりなのだが、△月×日現在、いまだに失われたウアス杖は発見されていない。
鸛坂 怜衣