第二話「山震やまふるえ」後編




 地震。そして暗闇に包まれる空。
 地震が収まり、一瞬の闇が明けると、そこには再び真夏の晴天。
 山震―――それは25年ぶりに。

「いよいよ始まりおるか」
 見上げた空のまぶしい太陽に目を細めながら、芦鷹真輔は感慨深げに呟いた。宮司として、芦鷹として、厨子村に生を受けた者として、真輔はまさにこの時のために生きてきた。そしてその役目をもうすぐ全うする。
 準備のために、真輔は動き出す。次の山震―――大震(おおふるえ)―――が来た時に、真輔の厨子神社宮司として最後の大仕事が始まる。

 悲鳴を上げなかったのは、日頃の剣道での精神修練の賜物であると信じたかった。朝倉圭は両手で口元を押さえて、飛び出しそうになる自分の絶叫を押さえ込んだ。
 目撃した異常現象―――山震。それは体内に入り込んで心臓を鷲掴みにしたかのように圭を恐慌に陥れた。頭のてっぺんから足の爪先までを駆け抜ける小刻みな震え。膝を折ってしゃがみ込みそうになるのを必死で堪え、圭は自分を落ち着けようともがいた。平常心を保つことは剣道の練習で身体に染み込んでいる、はずだ。
 少し落ち着くと、津島幸乃に連絡を取るために携帯電話を取り出す。震える指先に我知らずイライラしながらも幸乃の携帯番号を呼び出す。
「早く・・・っ! 早く出てよぉ・・・」
 携帯電話を強く耳に押し当てながら、圭は幸乃の声を待った。

 墓誌の語った真実に、玉木司は身を震わせた。
 墓誌に刻まれた命日の、度重なる重複。少ない時で16名、多い時で53名、死亡年月日の一致した年がある。しかも、それは規則正しく25年周期で起こっている。偶然の一致で済ますには、余りにも・・・。
 25年周期で訪れる「死」。おそらくは、厨子夜婚の儀当日に起こるであろう、災厄。それは司自身にも降りかかる災厄なのか。時間は・・・残されているのか・・・?
 司は再び身体を震わせた。しかし、その震えは恐怖からくるものだけではなかった。むず痒いような高揚が自身の奥から湧き上がるのを押さえられない。「死」は人並みに怖い。しかし、震えるほどに、厨子夜婚の儀に参加したいのだと、司の細胞が全力で叫んでいる。

「・・・これも、か」
 墓誌に刻まれた命日の統計を取り、その異常なまでの一致を確認すると、楢須藤竜一は深く溜め息をついた。
 発端は何気なく見た隣の墓の墓誌だった。自分の父親と同じ命日が刻まれていることに気づいて、興味を持ったのだ。我ながら罰当たりだとは思いながらも、他の墓の墓誌も眺めてみたのが間違いだったのだと、今は思っている。
 気づかなければ良かった。「世の中には知らなくても良い事がある」というのは、どうやら本当だったらしい。
「取りあえず父の死について調べてみなければなるまい・・・」
 知らないままでいられるほど、竜一という人間は平和に出来てはいなかった。

 たまたま一緒に墓地に居合わせた竜一から“命日の一致”について指摘され、天野信一はそれに気付いた。こんな重要な事を見逃していた自分の迂闊さを呪ったが、結果オーライと言うところか。
 今更検死は不可能だとしても、聞き取りによってその死因の予測さえ付けば、謎の解明の手掛かりくらいにはなるかもしれない。そして、それが亡き母の失明の原因の解明になれば、信一にとっても遣り甲斐のある仕事となりそうだ。
 帰り際に見つけた脇道は時間の関係で調べられなかったが、もしかしたら誰かが事情を知っているかもしれない。逗留先の親戚に尋ねてみるのも手だ。
「最悪、あの男なら何か情報を握っているかもしれないな」
 昼間会った黒スーツの男の顔を思い出して、信一の顔は自然としかめられた。

「これは・・・ヘリポートか?」
 墓参りの帰り際に見つけた、脇道。それを奥に進んで発見した施設を、神崎浩輝は見渡した。ざっと見て回って分かったのは、倉庫の中には3機のヘリコプターがあって、いつでも稼動状態にあること。しかし、頻繁に使われている様子はないこと。言うなれば遊休施設といったところか?
「厨子村程度の規模の村に、遊休施設を建造する余裕があるとでも?」
 何でもないただの里帰りのはずが、まるで得体の知れない迷図に入り込んでしまったかのようだ。
 人目から隠されるように造られた山奥のヘリポートの真ん中に立って、浩輝は漠然とした不安にその身を震わせた。

 香住薫の前には祁堂礼一が座っている。
 噂どおり、落ち着いた雰囲気のある人物だ。今回の儀で来客慣れしたこともあるだろうが、老若男女の来訪を全てこの調子で出迎えているとすれば、同年代として感嘆を禁じえない。目の前で、来訪に対して感謝を述べる礼一の印象は、決して悪いものではなかった。
 確かに沙奈枝を不幸にするタイプの人物ではないだろう。きっと沙奈枝を大事にしてくれる。しかし―――
(彼女はどう思っているんだろう・・・?)
 確かめる術とてない疑問を、薫は捨てきれないでいる。

 噂どおり、神社の鈴はついていない。しかし―――
「不自然・・・。っていうか、ビミョ〜」
 噂とは違って、鐘(ベル)の取り付けられた鈴の緒を見上げながら、津島幸乃は首を傾げた。
 和洋折衷、とは言えない。明らかに不似合いだ。性質(たち)の悪い悪戯か、出来の悪いコントだ。これが、厨子神社の本来の姿だとすれば、かなりセンスが悪い。鐘には使い込まれた様子が浮かんでおり、急場凌ぎで吊るされたものではなさそうだ。
 顔をしかめてセンス悪い鐘を見上げていた幸乃は、境内に人の気配を感じてそちらへ注意を移した。巫女装束の少女と黒いスーツの男。一緒にいた圭と連れ立って、その二人の方へと向かう。
 幸乃が鐘の正体について知るのは、もう何日か後の事になる。

 寝静まった厨子村を、蒼い月が煌々と照らしている。
 月光の下、まるでゆらりと闇が揺れて人の形を取ったかのように、黒スーツ姿の蒼戸空也が姿を現す。
 空也は高台に立って厨子村を見下ろした。月明かりが厨子村を隅々まで照らし、黒と群青の絵画となって空也の目に映る。咥えていたPeace―――煙草―――を唇から離し、紫煙をフーッと吐き出して空也は月を見上げた。
「儀式の夜に見上げる空に、果たして月は出ているのか? いや、空を見上げることさえ叶うかどうか・・・」
 Peaceから吸い込んだ煙を月に吹きかけるように吐き出すと、空也は煙草を投げ捨て、その姿を闇に紛らわせた。

 山震と蒼戸空也。慄然たる事実を語った墓誌。まだ何も語らない厨子神社の鐘。芦鷹巧美。TV、携帯電話、子供たち、ヘリポート―――解明されない謎。香住姉妹。祁堂礼一。厨子夜婚の儀。
 様々な記号の絡まりあう、厨子村。その夜は更ける。