#『時と人』時間三部作


『スキップ』 北村薫 新潮社 1995/8 ♪:☆☆☆★★★
作品紹介 ▼▼時間と記憶を『スキップ』する
ある朝、目覚めた私は知らない場所にいた。
戸惑いと恐れ、だが周囲の人は私を知っている。 確かに私はここで暮らしていたようだ。
私は確かに私だったが、その肉体はもう若くはなかった・・・17歳だった私は、42歳まで時を『スキップ』したのだ。
人生の最も輝く時間と選択肢を失った私は。
誰か、教えてください。時は、取り返すことが出来るのですか。
17歳の私が42歳の今を生きる......時間のねじれの中で、25年の時空を超えて<17歳>の力が動き出す。
わたしは、一つの物語である。誰もが一冊の本であるように。
しかし、その本が落丁だったら、誰に取り替えてもらえばいいのか。
交換不可能なら、道は二つだけ。
本を投げ捨てるか、読み進むか、だ。
ただ一冊の本は捨てられない。
となれば、つじつまが合わなかろうとページをめくるしかないではないか。

〜ハードカバー版より抜粋〜 ・・・『時と人』の謎に挑む。書下ろし長編。
感想 少女だった私、妻で母親へ。
『時と人』時間三部作の一作目。内容は全く繋がっていない三部作です。

時間モノですね、記憶喪失じゃないみたいなんで。
彼女自身は「42歳の自分に17歳の自分の意志が飛んできた」と言ってます。 小理屈やパラドックス的な要素はありません。時の悪戯?の中で生きる真理子。
北村薫さんの作品らしく、暖かく希望を感じる物語です。「じわーっ」と後からくる感じ。「また何時か手にとって、読むと暖かい」そんな物語。 読後感も爽やかで、時間モノにありがちな難しい事、ややこしい設定もなくって読みやすいし。

17歳の心から42歳の彼女が接していく学校生活が物語の肝だとも思うので、 懐かしい感じで読ませていただきました。こんなに良いものでも無かったとも思いますが(笑)
感想(ネタバレ) 還らない時の中で
ハッピーエンド、だと思いました。
結局、彼女は25年という時間を失った。
今の自分は結婚もしていて娘までいる、教師には自ら望んでなったという。 でも自分の夫だという人とどんな恋愛をしたのか、どうして教師になったのか、 子供を産んだ時はどんな気持ちだったのか、それらの全てを彼女は知る事が出来ない。 思い出すことが出来ない、とも言うのかも知れないですが、その違いの明確な意味は自分には判らない。
そして、17歳だった頃にも、やはり帰れなかった・・・『スキップ』はしてもユーターンは出来なかった。

「昨日という日があったらしい。明日という日があるらしい。だが私には今がある」
どうせ戻れないから。そういった悲観的な意志や意味では無く、彼女自身の強さと優しさが今を選んだ・・・ 選ぶのが最良の選択だったからかも知れないとしても。少し切ない味ですが「戻れない」時間モノって好きです。
KeyWord:一之瀬真理子(桜木真理子) 17歳⇒42歳
「......ロビンソン・クルーソーは、最後に、うちに帰れたわよね.....」
「それぞれの人が、それぞれの思いを抱えて生きていくわけだよね」
「心をいれる入れ物は、しょせん体よ」

「......あなた、今、とても残酷な事をいっているのよ。
 それじゃあ、私は十八から今年の春まで、ずっと忘れしまいたくなるような生き方をして来たっていうわけ?」
KeyWord:桜木 真理子の夫
「坊主憎けりゃ、袈裟まで憎い...」※逆さの意味です
KeyWord:島原 大きく頷いた(謎)
「いわれてみて気がついたんですけど、片栗粉って、本当にぴったりの言葉だと思います。
 かたっ、くりっ、こっ、って袋を指で押した時、そのままです」



『ターン』 北村薫 新潮社 1997/8 ♪:☆☆☆★★
作品紹介 ▼▲誰もいない世界の時間が『ターン』する
事故から目覚めると、夢か現か誰もいない世界で同じ日を何度も繰り返してしまう。
翌日になれば、自分の記憶意外は何もかも戻ってしまう。
孤独な時間の檻の中に閉じ込められる。
自分の内なる声と語り合うわたし。そして鳴らない筈の、電話が鳴り響く・・・。
- 『時と人』三部作の第二作 -
車が衝突して、意識がとだえ.....真希は昨日に戻っていた。
繰り返す時間の記憶と、生きてゆく時間の意味を重ね合わせて<時と人>の謎を探る。

〜ハードカバー版紹介文より〜
感想 誰もいない牢獄
『時と人』の全てにいえることなのですが、一般的な「タイム○○」的な作品とは少し違います。
時間のパラドックスとかマジックとかトリック.....そういう要素ではなく、 『時と人』...時間の傍流、支流、言い方はなんでもいいです。
違う時の流れに触れた人......望まずして......望んでいたのかもそうでないのかも知れないけど....... とでもいうのでしょうか?心の葛藤とか、そういうものを描いています。

時間を扱う物語って、ややもすれば説明調になったり理屈っぽくなりがちですが、 この場合は、時間をどうしようとか、何故かこうなるかではなく、 私は何をどう思ったか、その中でどうするか........です。
時間は人にはどうしようも出来ないものですから。 「タイムマシンのパラドックス」とかではなく、 寿命とか命とかそういう意味で私達が触れる時とは少し違う、原則としての時の流れから 少し傍流?に流された人がいて。そして流された時......

「自分の内なる声と対話する」誰にでもある事だと思うのですが、それしか出来なくなった世界に閉じ込められた場合、 唯一の外界との少しの接触、それを切欠に何かに気づいていく主人公の物語です。 ただ「内なる声」の解釈が、捻くれた私には多少合わないのですが......

物語の流れの中での「この世界には医者がいない。このままでは生ゴミが一斉に腐って大変なことになる」 といって、近所の生ゴミを始末するあたりなど、 不謹慎かもしれませんが微笑ましいというかクスッしました。
神様の都合のいいルールを「氷が何故浮くのか?」のエピソード など、改めて読んだらずいぶんと想い深いです。

以前『スキップ』を読んだ後に、この『ターン』を読んで、その時は「面白いけど、普通かなぁ....」 と思ったのですが『リセット』購入したので、 改めて『時と人』をまとめて感想を書こうと思い読んだら、以前とガラリと違った印象を受けました。不思議ですね.....。
以前『ターン』はながら読みしたのですが(別にながら読みが間違ってるとは思ってません、基本です) 今回は一度読んだ本なので、軽く目を通して物語を追っていく位の気持ちで読んだのですが、 すーっと読みました。
不思議というほどでもないのですが、 以前読んだ時の記憶って曖昧ながらも残っていて、 それが意識しなくても自分の中で消化?されていたのかもしれません。
今回、北村薫さんの作品にしては珍しく悪人が出てきますが、 それでも暖かいです........
KeyWord:森真希 声、を捜して
「ひょっとしたら、わたし、今、孤独の権化なのかもしれない」

「ロビンソン・クルーソーは、島に一人だった。でも、この世に人間がいるとは、分かっていた。
 この世のどこにも、人がいないと知ってしまったら、ロビンソンはどうなったかしら」

「....私、あなたの声を、ずっと聞いて来たのです。いつからか分からない。
 ずっと、あなたと話をして来たのです。.....ひょっとしたら生まれた時から」

「....こんなに大事なものを、わたしはどう扱って来たのだろう」
KeyWord:泉洋平 聞こえてきた(いた)声
「会ってるじゃないか。面と向かったって、会ってない人たちはいくらもいるよ」



『リセット』 北村薫 新潮社 2001/1 ♪:☆☆☆
作品紹介 ▲▼何度も『リセット』がある
獅子座流星郡....三十三年に一度の流れ星。
まだ幼い頃「一緒に見れるのはこれで最後かも知れないから」そういう父と一緒に見た。
人魚姫のお話の「何時か両親よりも大切な人が出来る」そこを嫌いな友人がいた。

戦争が終って、わたしは今を過去と一緒に生きている。

想いは、時を超える、願いはきっと、かなえられる....
求め合いめぐりあう二人、そして月日は流れ、星はまた空に降る
ただ一度、二度とない、この時を生きて、
人は絶えることなく、それぞれの物語を、各々の言葉で語り続ける。

「この前は見なかったから、これが初めてだ」
「一緒に見ようと、とっておいたの?」
「そういうことさ。この目が見る、最初で最後の獅子座流星群だ」
「ただ一度、二度とない?」
「ああ」
「......また見ましょう。あと、三十三年、生きて」

〜ハードカバー版『リセット』帯より〜
感想 遠い道を歩いてきた
時間色すくないですね。『スキップ』『ターン』とは毛色が違う感じを受けました。 時代背景が現代じゃないから、とかとはまた別な感じで。
『リセット』というより『リーンカーネーション』..... というのは私が『リセット』という言葉に何かしら固定観念を抱いてるからなのですが.....。 こういう意味での『リセット』もありかな?とは思います。
本編の内容とは無関係なんですが、『時と人』三部作はハードカバーがかっこいいですよね......
基本的にケチなんで、図書館のお世話になってます。
愛蔵しようと思う本でもハードカバーの装丁が気に入らないと文庫を買います。
実際問題として、一度読んだ本を何度も読まないし、読んでも「ながら」で読むんで、 読むだけならハードカバーって読みズライんですよね、寝転んで読めないし.....。 あと収納の問題もあるし。実際文庫10冊とハードカバー10冊だと、 引越しなどであげる悲鳴が20デシペルは違うでしょう。
このHPの中でも☆を五つ以上つけてる本は基本的に愛蔵してるのですが、 それでも装丁が気に入らなくて、文庫や新書でさえ買ってない本もあります。 なんで?っていわれてもこれは心理の問題なんで困るんですが、 愛蔵となると、実際読むよりも並べて....インテリア的要素も、 自分としてはあるのです。 その中に○○○○○とか、なんつーか装丁が気に入らない(私見です) のがあると、「む〜」となるのです.....判る人には判る事ですが.....

とりあえず『時と人』三部作は、愛蔵版買いました。 地味かも知れないこの装丁が三つならぶとなんともいえない感じでニヤニヤ出来るので、 寝床の横の本棚に整列させてます(笑汗)
感想(ネタバレ) 色恋ネタ(いいすぎ)
『時と人』三部作の中でも少し浮いている.....という印象を受けました。
最後の最後まで全く時に関する話じゃないし、 そもそもこれは輪廻や前世の記憶であって時とは違うんじゃないかなぁ......とも思いました。
でも物語自体は綺麗ですし、やはり随所に「う〜あるある」と思う部分があって、 優しい.....ナイトキャップならぬ、ナイトブックにして何度も反芻してみたい、そんな本だと思いました。

.....寝転んで本を読むのは目に悪い、という事は重々承知してるんですが....。 そのまま寝れるのがお得な感じがして.....座椅子買おう、いい奴を。 それこそ素人探偵の安楽椅子のようなモノを...... 確かに目にも悪いし、寝転びクセが最近顕著かも(汗)
KeyWord:『日記』 記憶と記録
「毎日やって来る、こんな平凡な瞬間なんて、絶対に記憶に残らないなあ」
KeyWord:『ことばはいまも』 啄木かるた
「かの時に言ひそびれたる、大切の言葉は今も胸に残れど」

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