星(1)

「ねえ、先生。空にはこんなにいっぱい星があるでしょう。もしこの中の一つが僕の物だったとして、それが誰に分かるだろう。」                

 ケイン・マッキンジーは、こう言ったことがある。私と二人で通った、ある小さな丘の上で。まだその頃には、季節の空を彩るいくつかの星座が見て取れ、その夜空を見上げる彼の目には、まるで真珠のような、控えめだけれども美しいきらめきがあった。そして私は小さなその目を見て、夢見る少年の姿に心を打たれたものだった。

 私がまだファーストスクールの教師をやっていた頃。ずいぶん昔、教師を初めて6年目になった時だ。まだ若く、自分の情熱が子供たちの将来に何か有益な物をもたらす事ができるだろうと、固く信じていた。今よりもはるかに頑丈な体で、その内には活力があふれかえっていた。私は一緒に学校に入り、まさにともに6年間学んだ、小さな1年生だった子供達を、もうじき送りだそうとしていた。
 
 ケインはあまり成績の良い生徒とは言えなかった。しかも、他の生徒と違って、どこか規律から外れた部分があり、他の教師の覚えはあまりめでたくなかった。ところが、彼と私は何の縁か、6年間で3回あったクラス替えの度に、同じ教室にいた。彼は、毎年変わる環境の中で常に変わらない私の存在に、心のどこかで拠り所を見ていた。私の方もいつからか、同じように特別な親しみを感じるようになっていた。私達は仲の良い師弟で、私にとって彼のような生徒は二度と現れなかった。

 ケインは明るい夢想家で、胸のうちにある様々な夢を、私に話してくれた。それらは、同じ年代の少年達に比べて壮大であったり、とっぴであったりして、次々と現れる潤沢なイメージに、私はついて行くのが精一杯だった。後に私は、素敵な夢を彼の半分も見た子供に会う事すら、ほとんどなかった。ファーストスクールとは、子供たちに夢見る力を与える所だったはずなのに。
彼は自分が両親や自分自身の期待値ほど十分な点数が取れていない事を知っていて、4年生の中頃からよく学校に残って勉強をしていた。勧めたのは私だった。そして彼は私が手伝ってくれるなら、自分は喜んでその不得意分野に挑むと約束した。

 ほとんどの生徒は、ケインよりも一生懸命に勉強をしていたが、それでも彼ほど熱心な生徒は不思議な事に全くといっていいほどいなかった。彼らは、一見必死とも思えるほど、多くの課題をこなそうとしていたが、誰一人としてなにかを知ろうとは思っていなかったのだ。

 彼の居残り勉強を見るのは楽しかった。彼は実際はとても賢い生徒で、積極的に学習に取り組もうとすれば十分な成果をあげる事ができるのだ。彼は着実にあらゆる事を吸収していき、他の生徒達に追いつき追い越すのも、時間の問題だと分かった。

 夕方、放課後の授業が終ると私とケインはよく一緒に帰った。その時の気分に合わせて時に情熱的に、時にやさしく、美しい夕焼けの明かりに照らされた緑の丘を二人で歩いた。季節の折々の暑さや寒さ全てが私たちにとって、特にケインにとっては、愛で、慈しむべきものだった。彼の豊かな感性は、遠くに見える徐々に夜の活気を抱きはじめる町の姿やすれ違う人々の姿に、鋭く反応した。彼には、彼を囲む世界が私の何倍もの質感を持って感じられるかのようだった。彼は何にでも興味を持った。毎日同じ景色の中から何かしら新しい物を見つけて、その大きな青い目を輝かせた。

 そんな帰り道で彼はその星々への憧れの言葉を口にしたのだった。それはもうとうに日の暮れたかなり寒い冬の日だった。私たちは少し足早に、寂しくなった丘の道を歩いていた。町の明かりは少しぼやけて、全体が黄金に輝いているように見えた。見上げれば満天の星空で、星と星の間の黒い空間すら一つの芸術作品のように感じられた。ケインは頭上を見上げていたが、その憧憬の眼差しはまるで溢れくる涙をこぼさぬために夜空に向かっているようだった。私には、その無数の星の中に本当に彼の星があるようにすら感じられたものだった。

 卒業を迎えたケインはもう少しで優等生の仲間入りをするところにまでたどり着いていた。彼の移り気な心が働かなければそれは間違い無く成っていただろう。私が始めて送り出した卒業生の中でも特に印象的なその少年は、たくさんの生徒が私や学校、仲間たちとの別れに涙する中、はじけるような笑顔を見せた。

 彼は卒業してセカンダリースクールに入学し、その後も何度か私のところに姿を見せた。いつも面白い話を聞かせてくれて、疲れていた私の心を癒してくれる事もあった。彼の訪れは時がたつにつれだんだん減っていって、やがて全くなくなってしまったが、彼の姿を見る事で私は自分が教師としての力を得るのを感じ、もう言葉を交わす事が無くなった後も自分の教え子達がどこかで息づいている、という感覚を持ち続けていられた。

 

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