星(2)

 ケインの噂すら聞かなくなってから何年もの月日が流れ、私は教師の仕事を辞めた。人類は近くの惑星に旅をして、そこに建造物を立てるほどにまで発展していたが、私自身はその半分のスピードで進歩する事も出来ずにいた。私のまわりには私には到底理解できないテクノロジーが溢れ、自分のささやかな生活の中に閉じこもる事で、自分を守るしかなくなった。
 少しずつ私よりも若くなっていくまわりの教師だけでなく、私の教え子達すらも私よりはるかに物知りになってきていて、若い頃には想像もできなかったような疎外感の中で、教師を続けていく自信と力が少しずつ私の中から失われていった。

 自分の職場から出て行こうと決めた時、私は50を少し過ぎた頃で、現場教師の中では、もう何番目かの年寄りだった。そして私と並んで教壇に立つ者の中には人間ではない、機械の教師が現れていた。彼らは、最初は画面の中に現れる作り物の映像として授業を行っていたが、やがて遠くから見れば本物と区別がつかないくらいには精巧な、人間型のロボットになった。

 私はその新しい同僚について、微塵も理解する事ができなかった。私を含めた数人の時代遅れの教師達は、どうしてもそれを仲間だとは感じられなかった。共に子供たちを育ててきた古くさい仲間達の中に現れ、急速にその立場を主張し始めた道具としての教師などどうして信じる事ができるだろうか。
 
 彼らは単に動いて口をきく教科書にすぎない。政府は彼らにも心があり、子供たちの相手が十分にできる、対話をし、その魂を優しく包む事ができると言い張った。理解できないからといって否定するのは正しいやり方ではない。しかし私は彼らと共に働く事を拒否した。私の職場は、もはやかつて私が信じていた物とは違うものになっていた。

 私の判断は間違っていたのかもしれない。そんな教師が現れたからこそ、私は自分の職場と子供達を守るため、戦うべきだったのかもしれない。本当にロボット教師の存在を否定したいのなら、自分の活動によってそれをなすべきだった。本物の人間であるからこそ教師たる資格がある、と身をもって示すべきだったのかもしれない。

 しかし、24時間常に活動し続け、いつでも子供たちが必要な知識を引き出し、教えを得る事ができ、同時に何人もの生徒を個別に相手できる便利な彼らに子供たちもその親たちも寄って行った。ロボット教師達は子供たちに勉強をさせるにはもってこいのシステムだったのだ。変わったのは「教師」という仕事だけではなかった。子供たちも、私の頭の中のかつてそうであったものとは明らかに変わっていた。

 あるいは私は自分が時代遅れになっていることは我慢できたかもしれない。どんなにまわりが進歩し変化したとしても、教師の仕事はただ一つ、子供たちを育てることなのだと自分に言い聞かせ、その仕事にしがみつくことができたのかもしれない。私から見ればグロテスクでしかない新しい教師達とも、同じ方向を向いて歩んでいくことができたのかもしれない。

 だが子供たちの変化には、私は対応できなかった。私が感じていた子供たちの力は全く別種の物になっていて、私にはそれを受け止めることはできなかった。私を支えている何かが少しずつ失われていった。私は、自分の敗北をおとなしく認める以外になにひとつできなかった。

 学校を出た私は小さな花屋を始めた。人類は美しい花を愛でる心までは失っていなかったが、それが実物である必要をあまり感じなくなっていた。世話もいらずに常に咲き誇る偽りの花が世に広まっていた。それでもまだ、植物の尊厳を無視するようなそんな行為から目を背け、本物の花を育てる人々は残っていた。私は彼らのために、まだ機械と戦える場所がある事を喜んで花屋を始めた。そして心密かに、花を育てたり、花のような物を作る事はできても、花を愛する事のできない機械達への皮肉をこめた抵抗の気持ちを、その仕事に重ねあわせていた。

 ある日、その日の仕事を終えてテレビの画面を見るともなしに眺めていると、突然、その画面の中に懐かしい顔が出てきた。それはもう30をこえた、くましい男で、顔に刻まれたしわの一つ一つが、彼の経てきた苦難と、それにさらされてもなお消えることのない、穏やかな優しさを表していた。体はかつての倍以上の大きさになり、髪には白い物すら混じっていたが、この世の全てを視野に収めようとするような生気にあふれる青い目は、間違いなくケイン・マッキンジーのものだった。

 この世からほとんど隔離され、ただ自分の育てた花に囲まれて、新聞もニュースも見なかった私にとって、彼が宇宙飛行士になっていて、なおかつ3日後に飛び立つ初の太陽系外への有人宇宙船の乗組員の一人である、ということは、驚き以外の何物でもなかった。セカンダリー・スクールを出てからは、その消息すら分からなかった彼が、私の知らないうちに、私の予想の何杯も立派な人物になってテレビの画面に映っていた。

 すっかり一人前の顔になって、彼は3日後の出発に向けての意気込みを語っていた。声も力強く、全身から強い意志の力のオーラのような物まで見えた彼の、それでも出立に対する喜びから否が応にも溢れくる無邪気さが、かつての面影を雄弁に物語っていた。

 私は自分の顔が自然とほころぶのを感じ、同時に人類の進歩が、急に身近な、歓迎すべき物のように感じられる事を不思議に思った。それからの三日間は頭の中がケインの事でいっぱいで、やってくる客の全てに彼が自分の教え子なのだと言いたくてたまらなかった。仕事場に新しいテレビを置き、それに夢中になるあまりお気に入りのポインセチアを一つ枯らしてしまった。心の中にはあの頃の思い出が次から次へと浮かび、再び体の中に活力がわいてくるようにすら感じられた。
 
 そして三日後。

 早朝からクルーと一緒にビルの中に入ってしまっていた彼は、そのまま姿を見せることなく宇宙船に乗り込んだ。やがて全世界が見守る中で宇宙船は発射され、大気圏を抜た5分後に爆発、四散し、宇宙の塵となった。非常用の脱出ポットが発見されたが、その中に、私の教え子の姿はなかった。


その後一日、自分がどこで何をしていたのかほとんど記憶が無い。ただ、頭の中に大きな岩石が突如現れて脳味噌に取って代わったような、ものすごい力に押しつぶされるような感覚だけを覚えている。今まで自分が信じていた物に裏切られたような、いつまでも果てることのない奈落へ、ただ落ちていくようなあの時の気持ちを私が人生の中で味わう事になろうとは思ってもみなかった。そして気がついた時、私は家から遠く離れた海岸で酒瓶に囲まれて寝ていて、ひどい二日酔いと風邪のデュエットを力なく聞いていた。

 まだ私に若さが残っていたらきっとなにか別のやりかたも考えただろう。だが結局私にできたのは、おとなしく家に帰り、それからの3日間布団に入って、テレビのニュースで事故の続報を聞いたり、寝たりを繰り返す事だけだった。脱出ポットに乗って、奇跡的な生還を果たす事ができなかったのが私の教え子だけであった事が明らかになったが、たとえそれが10人であったとしても私にはどうでもよかった。さらに、問題の事故は開発計画に関わり損ねた、ある企業が仕掛けた爆発物による事が判明した。全世界の怒りがその企業に集中したが、私だけは違った。静かな喪失の痛みを激しい憤りに変える事は簡単だったが、私はそれすら必要としていなかった。

 私が再び店を開けるようになったのは数日後に一通の手紙が届いたからだ。その手紙によって、この世のあらゆる出来事に神の許しが与えられるという事を、私は初めて知った。それにはもう何年も目にしなかったケイン・マッキンジーの文字が書かれ、私の残りの人生に希望をもたらしてくれる物だった。

 私は正直な話、彼のその長い手紙に書かれていた内容を、そして、それが語る真相を完全に信じられた訳ではない。それほどまでにあの日のショックは大きかったからだ。けれども人は何かを信じようとする事で生きる力を得られるのだ。そしてその手紙は確かにその何かを与えてくれた。

 

 

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