春ある国に生まれ来て-1

──父の『友人』だという青年が訪ねて来たのは、サンジの24歳の誕生日直前だった。

アッシュグリーンの髪と、涼やかな目元が印象的なその青年は、サンジとさほど変わらない年齢に見える。
そんな彼と自分の父が友人関係にあったというのは、普通なら奇異に聞こえるだろうと思う。けれどサンジは、3年前に亡くなった母親と、顔も覚えてない頃にいなくなった父親の離婚の原因が、彼の『そういった性的嗜好』にあるというのは知っていたので、さして驚きもしなかった。
むしろ、その青年からはそういう雰囲気は微塵も感じられないことの方を、意外に感じたくらいだ。
同世代の人間──例えばサンジの友人や、サンジ本人──と比べてみれば、この青年の方が余程に禁欲的で清廉に見えた。

飾り気のないシャツと慣れてなさそうなネクタイで身を包んだ青年は、『ロロノア・ゾロ』と名乗り、付け焼き刃でない礼儀正しさでサンジと、サンジの祖父に頭を下げた。
そして、サンジの父がここ数年、病に臥せっていたことと、先月亡くなったことを告げ、故人の意志を尊重して生前には連絡をとらなかったことを静かな声で詫びた。 並んで座ったサンジの祖父は、「そいつァ、難儀だったなあ」と感慨深気に言った。
責められるのを覚悟していたのか、ゾロは一瞬目を見開いて、再び深々と頭を下げた。

以前から不思議だったが、ゼフは極めつけに失礼な理由で自分の娘を捨てた男を、さして悪くは思っていないらしい。
それをいうなら、サンジの母も同じで、普通なら怒り狂って刃物でも持ち出すか、あるいは莫大な慰謝料でも請求するかしそうなものを、サンジの親権だけを主張して、あっさりと実家に帰って来たと言う。
離婚の理由を知ったのは、丁度サンジが反抗期のころで、当然のように彼は母にくってかかった。 何故そんな男を許すのか、と。
けれど母は困ったように笑って言ったのだ。
「そういうひとなの」
そうとわかっていて自分は惹かれたし、そう続きはしないだろうことを知りながらも、彼は自分との結婚に踏み切ってくれたのだ、と。
「あなたから見れば、お母さんだけが損をしてるように見えるのかもしれないわね。……実際、世間はそう思ってるみたいだし?」
そう言って悪戯っぽく笑った母は、サンジがどこから自分たちの離婚の理由を聞きつけてきたのかを充分に承知しているようだった。「でも、間違えないで欲しいわ。私は幸せだったのよ。……そりゃ、普通の幸せとはちょっと形は違ったかも知れないけど。でも、幸せだった。…………今もね」

──だって、あなたがいるもの。

母と祖父の愛情を充分に知っていたサンジは、いくら反抗期とはいえ「産んでくれなんて頼んでない」なんて安っぽい台詞を吐く気にはなれず。
ただ頑なに「わからない」と首を振り続けた。
母はそんなサンジに無理強いしようとはせず、ただ、本当に自分は幸福なのだと繰り返した。けれど、いくら母と祖父が許しても、サンジは父を許す気にはなれなかった。
上手く行かないとわかりながら結婚するなんて、ひどく不誠実なことだと思ったし、そもそもそのこと自体が、母への甘えだと思った。
長じて、サンジが大層なフェミニストになったのは、その辺りに原因があるのかもしれない。
二十歳もとうに越え、母を亡くし、自身もそれなりの経験をつんだ今なら、あの時の母の言葉が少しはわからないでもない。
善悪でなく、常非常ではなく、そういった人間がいるのだと。
ただ己の欲するままに生きる、そのエネルギーが他人を惹き付けてやまない、そんな人間が確かにいるのだと。
もっとも、だからといって全てが納得いくかというとそんなことは有り得なかった。
今さら進んで関わりをを持ちたいとは思わなかったが、何かの拍子に出会うことがあるのなら、蹴りの一つもいれてやらないと気が済まない、と、心のどこかでそんな風に思っていた。

ところが、何年かぶりに父の名を聞いたと思ったらすでに鬼籍に入ったと言われ。
(……何だかなー)
結局、最後の最後まで肩すかしばかり食わされたという印象は否めなかった。
自分の父親に向かっていうのもなんだが、自分とは縁が薄かったとしか思えない。
「……てェと、ミホークの遺品はお前さんが預かってくれてんのかい?」
「はい、お預かりするといっても……あの、そのまま遺してあるだけなんですが」
この青年がわざわざ訪ねてきたのは、父の遺品の整理について相談するためらしい。
もしもゼフやサンジが望むなら共に来て、形見分けに何なりと持ち帰って欲しい、とそう言った。
「そいつァどうも、ご丁寧なことだ。わざわざすまねェなあ」
「いや、こっちこそ図々しく押し掛けて……」
「おい、サンジ」
「やなこった」 何を言われるか見当のついているサンジは、先回りして返事をしてやった。
父親の遺品など興味もないし、行ったってあの男が生きている訳ではないのだ。
位牌に蹴りを食らわしても仕方ない。
「何だと、このチビナス!」
「チビナスっていうな!行きたきゃてめェで行きやがれ、クソジジイ!その間店はオレが立派に切り回しといてやらァ!」
「てめェなんぞに店を任せたら30分で潰れるわ!」
「んだと、この野郎!言うにことかいて30分たァ何だ!ガキのマス掻きじゃねェんだぞ!」
「どういう例えだ、馬鹿野郎が!」
怒鳴り声と共に、拳骨が落ちてきた。
普段なら容赦ない蹴りを食らっているところである。
来客の前だということで、ゼフなりに気をつかったらしい。
ふざけんな、と口の中で呟きながら顔を上げたら、驚いた顔のゾロと目が合った。

そういえば、彼が来てから、真直ぐ視線を合わせたのはこれが初めてだ。
常盤の森を思わせる、深い緑が綺麗だと思った。
「……母さんの代わりに線香の1本でも上げてこい」
静かな声でそう言われ、さすがにそれ以上抗弁することもできなくて、サンジは不承不承うなずいた。

novels top

next