〈Epilogue〉
目覚めは快適だった。──初めて同性の恋人とセックスをした翌日にしては、という意味においては、だが。
下肢の関節はがくがくするし、その中心、明るい日の中ではちょっと口にするのもはばかられるような場所は、今でもまだ何か挟まっているような気がする。起き上がることも出来ずに枕に頭を預けたまま、ジェンセンは、泣きすぎてはれぼったいまぶたをそっと押えた。
ただ、痛みはどれも疲労から来るもので、ゆっくり休めばいずれ消えてなくなるはずだ。少なくとも、目の前にある広い背中に残された掻き傷みたいに流血沙汰にはなってない。シーツや上掛けに残った赤い染みは、全部ジャレッドの背中からついたものであり、ジェンセン自身の血は一滴もなかった。
背中の爪跡は男の勲章、なんて古くさい言い方もあるが、少なくともこれはただの傷害だ、とジェンセンは自分のやらかした事態にため息をついた。
「……痛いか?」
「ううん、今は平気。シャワー浴びたときにちょっと染みたくらい」
すぐ治るよ、大丈夫、とジャレッドは安心させるようにジェンセンの手を叩き、Tシャツで視線を遮ってしまった。
大丈夫、大丈夫、と、昨日からこの男は何回繰り返したことだろう。他愛もない言葉だ。ただの無責任になることもある。なのにジャレッドが言うと、ジェンセンは条件反射のように安心する。子どもみたいに指先を握りあって、ジェンセンは上目遣いに恋人を見上げた。甘ったるい行為にジャレッドがくすぐったそうに笑う。いつまでもこうしていたいくらいに、平和な朝だ。
しかし。
「ね、朝ご飯にしよう? 俺、すっごくお腹空いちゃった」
「あー、俺も」
昨日は、一日まともに食事をせずに働いて、挙句、帰ってきてからあの騒ぎだ。意識すると今さらのように空っぽの胃が食べ物を求めた。
「昨日買って来た料理がいっぱいあるけど、朝からピザとか平気?」
「今日なら食える──って、あ、ヤバイ、ケーキ!」
「ケーキ?」
「昨日買ってきたの、テーブルに出しっぱなしだ」
元々売れ残り気味だったものだから、もしかするともう食べられないかもしれない。ジェンセン自身は特に甘いものに思い入れがあるわけではないが、せっかくジャレッドのために、と思って買ってきたのに。
「あー、赤い箱のアレ? あれなら冷蔵庫入れといたよ。夜中に咽喉渇いて、目が覚めちゃってさ。その時見つけたから」
「マジで?」
「マジで。あれ、やっぱり先生が買って来てたんだね。帰り遅かったのに、売ってるとこあったんだ」
サンタクロースじゃなかったのか、と言うから、期待外れで悪かったな、とジェンセンは唇を尖らせて見せた。
「とんでもない、すごく嬉しいよ。それに、考えてみれば、サンタじゃなくて良かったよね」
「何で」
首をかしげたジェンセンの上に覆いかぶさると、ジャレッドはふふ、と機嫌よく笑いながら、「昨日みたいな先生の声は、さすがにサンタにだって聞かれたくないもん」と、そっと秘密を囁いた。
ジェンセンの顔が一瞬で染まる。昨日、さんざん泣き明かしたという記憶はあって、だからこそ、それをこんなかたちで指摘されてはいたたまれなさすぎる。
「ジャレ!」
「え、何で? 怒んないでよ、ほんとのことなのに」
「ほんとのことでも何でも……てか、ほんとのこととか言うな!」
馬鹿、と罵られても可愛いばかりで、ジャレッドはあはは、といつもの笑顔で機嫌よく笑った。
アフター・クリスマスにふさわしく、冷えきってしまったピザやチキンを温めて、その後ケーキを食べよう。多少苺がへたってたところで気にはならない。それから、ジェンセンにプレゼントを渡して、DVDを観る。
ジェンセンの体調がいいようなら、午後からは出かけるのもいいかもしれない。忙しない町はもう新年の準備に切り換わっていて、クリスマスの名残を見つけることはできないだろうけれど。
「……ジェンセン」
「ん?」
「メリークリスマス」
昨日言いそびれた言葉を伝えれば、年上の人は美しい瞳をちょっと見開いて「……アンド、ハッピーニューイヤー」と微笑んでくれた。
END
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