〈Epilogue〉
朝。
ジェンセンは、まばゆいほどの光の中で目を覚ました。
「先生」
「ん、うー……」
ごろごろとベッドの上を転がってから、ようやくジェンセンはのろのろとまぶたを押し上げる。不浄なものが全部押し流されたあとの空気はどこまでも澄んで、網膜さえ真っ白に灼きつくされる気がした。
「ジャレ……?」
「おはよう、先生……ジェンセン」
嵐、行っちゃったよ。
カーテンを開いた窓に立つジャレッドは、逆光で表情が見えない。けれど、きっと微笑んでいるのだろう、と簡単に知れるやわらかな声だった。
「起こしてごめんね。でも、あんまりいい天気だから。──良く眠れた?」
「ああ」
不安のない、久方ぶりの深い眠りで充分な休息を与えられた身体は、一度目覚めれば、指の先までが力に満ちている気がした。顔色もいいね、と戻ってきてベッドの端に腰かけたジャレッドがジェンセンの顔をのぞき込んで、嬉しそうに言った。
ジェンセンのほうは、ちょっとばかり気まずい。後ろめたい思いがあるからだ。
「悪い、昨日……」
昨夜は一緒のベッドには入ったものの、結局最後まではいけなかった。どうしても、一年前のことを思い出してしまう。相手はジャレッドだとわかっているのに、身体は勝手にすくみ上がる。
がちがちに力を込めて身構えているジェンセンに気付いて、ジャレッドはそれ以上行為を進めようとはしなかった。
代わりに子どもにするような額へのキスをして、ジェンセンの髪を撫で、その腕の中に抱きこんだ。
男同士だから、それなりに盛り上がったところで投げ出されるのがどんなに辛いか、ということについてはよくわかる。ジャレッドのほうがどういう状態だったかも知っているし。あれはどうしたんだろう、俺が寝てからひとりでどうにかしたのかな、だったらものすごく申し訳ない。
いたたまれなくてうつむいたら、バカだねえ、と優しい声でののしられた。
「何考えてるかわかってるよ、でもさ、大丈夫だよ。ゆっくり、進んでいこう?」
ほんとは嫌なのに、無理させたんじゃ、俺だって楽しくないもの。
「でも……お前、辛いだろ」
まだ二十歳。健康な男子なら、ヤりたい盛りのはずなのだが。
「もー、先生が『盛り』とか言わないでよ」
甘ったるいことは平気で言うくせに、そういうことは恥ずかしいらしい。それとも、ジェンセンに対して何か変な夢を見てるんだったらどうしよう。
「もともと、後二年待つ気だったんだから、俺にしてみたら大進歩だよ。ある日突然、先生の結婚式の招待状が届いて泣く、なんて心配がなくなったわけだし」
「あー……その計画、まだ生きてるわけ」
「生きてるよ。二年後、ちゃんとプロポーズするからね」
今は予約、と左の薬指にキスされた。
盛りがどうこうとかヤるとかヤらないとか言うより、こういう行為のほうが恥ずかしいんですけど!
赤くなったジェンセンに、ジャレッドはあはは、と朗らかに笑った。
「ねえ、一緒にジムの朝ごはん食べに行こうよ。彼のごはんはそりゃおいしいんだから」
「……それはちょっと、図々しいんじゃないか」
「さっき電話で訊いてみた。いいから連れてこいって。電気はまだ切れたまんまだけど、ガスと水道は生きてるってさ」
代わりに店周りの片づけを手伝えよ、と言うのは、心理的負担を感じさせないためのジムの気遣いだろう。
「それに俺、ジムに先生を紹介するって約束したしね」
「……何て紹介する気だ」
「えーと、俺の好きなひとです、かな」
婚約者です、のほうがいい? と真面目に訊かれ、バカ、と枕をぶつけてやった。
窓の外では、昨日の嵐を耐え忍んだ蝉が、さっそく賑やかな鳴声をあげている。いつもより鮮やかな緑に目を細めて、ジェンセンは変わらず営みを続ける生き物の強さを思った。
──どれほど激しくとも、嵐は去るのだ。いつか。
その過程で、多くのものを奪い、傷つけ、哀しみを残したとしても、必ず。
「ジャレ」
「ん?」
相手の胸元をひっぱって、上を向いた。ジャレッドは、ちょっと目を瞠った後で、ジェンセンの望みを理解したらしく、うやうやしいほどの仕草で腰をかがめると、そっと触れるだけのキスをした。
END
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