■ Thanks God it's Friday
それは、ほんの偶然だった。
T.G.I.F──Thanks God it's Friday.
シェリーから誘いを受けて、ジョージーはパブへと向かっていた。
カレンは、父母に預けてきた。よろしく、と頼まれて、母親は「あらまあ」と苦笑したけれど、可愛い孫娘をまかされるとあっては文句もなく「いいわよ、ほどほどにね」と娘を送り出してくれた。むつりと口を曲げている父親の顔は、首をすくめて見ないふりをした。
ブラッドは、友達の家に泊まる、と夕方から出ている。
最近、彼はひんぱんにそうして出かけていて、ジョージー自身がそうであるように、すこしずつでも周りに受入れられているということなのだろう、と受け取っていた。
途中で、カイルも誘ってみようか、と思ったのは、特別な思案ではなく。妻を亡くして以来、独りですごしているだろう友人を慮ってのことだ。
わずかの時間だから、と道の端に車を止めて、玄関に向かう。ノックと同時にノブを回したのも、親しい付きあいならそれほど珍しくもない。
けれど。
「わっ!?」
「あ……」
「……え……?」
ジョージーの目の前、玄関先でキスをしていた二人は、まるで親にマズイところを見つかったティーンエイジャーのように──実際、一人はティーンエイジャーだったわけだけれども──慌てて身体を離した。
し……ん、と空気が沈む。
二度三度まばたきをしたジョージーは、今自分の見たものが、何かの弾みでそう見えただけではないのか、と自問した。
まだこぶしひとつ分ていどしか、お互いの間に空間のない二人は、そこにいる客が、幻か何かではないかというように、彼女を凝視していた。
そうして、メドゥーサを目にした旅人もかくや、といった風情で固まってしまった三人は、ギリギリと音がしそうなぎこちなさで、それぞれが呆然と呟いた。
「……母さん」
「ジョージー」
「……ブラッド……カイル」
一体、とひと呼吸置いて、エイムズ家の二人が同時に言った。
「何してるの……?」
***
「──それで?」
足も腕も組んだ姿勢でソファにそっくりかえり、ジョージーは、居丈高な調子で、そう切りだした。
向かいには、すっかり開き直ったらしく、同じくそっくりかえっている彼女の息子と、たいそう居心地悪げに指先を遊ばせている年上の友人が座っている。
「それでって、何?」
「あんたは私に説明するべきことがあるんじゃないの」
「俺が、いつ誰とキスしたか、とか、どんなセックスしたか、とか、いちいち母さんに報告しなきゃいけない理由はないと思うけど」
「ブラッド!」
「ブラッド」
二人の大人からたしなめられて、ブラッドは、むっと唇を尖らせた。
「だって、カイル」
「君がキスしてたのが同年代の女の子だったら、ジョージーだって、何も言わなかったと思うよ」
当事者でありながら、第三者のような穏やかさで、カイルは年下の──求愛者をそう諭した。
心の内でさえ、恋人だと思われてはいない、と、それくらいはブラッドも気付いている。あんなふうに玄関先でキスをして、一緒にベッドに入って、セックスだってするくせに。
「そんなの、差別じゃねえ」
「親なら当然の反応だ」
「じゃ、ちゃんと説明するよ。俺は、カイルが好きなんだってさ」
それでいいんだろ、とあごをあげて、挑戦するように母親を見た。
挑んでくる空色の瞳を正面から見返してやる。あたしより上位に立とうなんて、十年早いわ、クソガキ。
でも。
カイルが好き、だなんて。
一体いつから、と彼の母親は混乱する。同居させてもらっていたころは、むしろこの穏やかな男性を厭うふうですらあったのに。
「カイル。あなたが説明して」
どういうことなの、と、硬い調子で問いかけられて、カイルは正直に困った顔をした。
説明なんて。
現状を、正しく言葉にすることはどうしたってためらいがある。
常軌を逸脱している、とそればかりは自信がある上に、「それでも」と主張できるだけの、確固たる感情を持ちあわせていないからだ。好きだよ、とそれは嘘ではないけれど、ブラッドとカイルの間には、絶対的な温度差がある。
失敗した、と、ほんとうはそれが正直な気持ちだ。心を交わす前に肌を交わしてしまった。まだ、身体の衝動に気持ちがひきずられるような子どもを相手に、だ。
「……ああ、ええと……」
きょときょととせわしなく瞳を動かして、カイルは言葉を探した。翡翠色をした虹彩は、けっしてジョージーの姿をとらえようとはせず、まるで悪戯を見つかった子どものようだ。
ジョージーは、そんなカイルの様子を黙って見つめ、つまるところ、言われない言葉こそが、答えを導きだすための最大のヒントなのだと、否が応にも悟らないわけにはいかなかった。
「──つまり、私には言えないような状況だってことなのね」
さっき見たあれは、親愛のキスなんかではない、ということ。「友達の家に行く」と出て行ったはずのブラッドがここにいるのも、たまたまだとか、気まぐれなんかではない、ということ。
二人は──そういう関係、だということ。
My God、と呟いて、ジョージーは力なく首を振った。
はあ、と片手に顔をうずめた友人に、カイルはひどく申し訳ない気持ちになった。
ブラッドの言ってることは冗談だよ、と、そう言ってあげられれれば、どんなにか心が安らぐだろうに。
ごめん、と添えた言葉は、ジョージーでなく、隣にいた少年の神経を逆なでた。
「何で謝るんだよ。あんたは悪くないだろ。それに、俺だって」
謝らなきゃいけないようなことは、何もしてないはずだ。
「あなたは、黙ってなさい、ブラッド」
「黙らねえよ。母さんには関係ないだろ」
「関係ないですって? 私はあなたの母親よ!」
「だから、何? 俺たちのことに、口出す権利があるとでも思ってんの?」
黙るんなら母さんのほうだ、とまで言われ、何ですって、と眦を吊り上げた。気の長くないところは似たもの親子で、二人は、テーブルをはさんでキリキリとにらみ合った。
「ブラッド」
落ち着きなさい、とカイルが静かに割って入った。やっぱり、どこか茫洋として、緊迫感に欠けている。
「話し合う気があるなら、まずはちゃんと相手の話を聞くものだ。そうでなければ、君の話も聞いてはもらえないぞ」
「……母さんの方に聞く気があるなら、俺だって話をするよ。でも、」
「ジョージーは君を心配してるだけだよ。君を愛してるからだ。わかってるだろう?」
「俺だって、あんたを愛してる。母さんがどう言ったって、関係ない。だけど、あんたはそれを口実にしたいんじゃないのか」
ジョージーが「No」と言えば、それを理由にして、俺を遠ざける気なんじゃないのか、と全身で警戒してブラッドは問い詰めた。
好きだという言葉は、いつもいつもはぐらかされて、カイルの元へは届かない、とブラッドは思っている。年上の恋人は、言葉の持つ力も、触れ合う肌のぬくもりも、分かち合う快楽すら、信用していない。いつだって、彼のほうには、別れの準備がしてあるのだ。
カイルは、ブラッドがそのことに気づかないほど、子どもだと思っているのだろうか。
「口実にしたいなんて思ってない。でも、ブラッド。世界は自分たちの都合だけでは動かないものだ」
ジョージーは君の母親で、君は彼女の子どもなんだから。
「そんなことわかってる」
怒りよりも哀しみで、心臓のあたりがずきずきと痛んだ。
わかってるってことを、何故わかってくれないんだろう。
「どうして、そんなこと言うんだよ。あのとき、あんたが言ったんじゃないか。母さんは俺を産んだとき、俺と変わらない歳だったって。母さんに憎まれたり、手放されたりしなかっただけ、幸いだと思えって」
そうと教えられたことを、ブラッドは今だって感謝しているのに。
ジョージーが目を見開いて、カイルを見た。
本人は、ブラッドのほうに気を取られている。
自身を欲しいと請う、まだ幼さが残るほどの求愛者を見つめている。
子どものわがままを、何といっていなそうかと考える、大人の顔をして。
「──俺には、子どもを育てる勇気なんかないけど。でも、わかってることもある」
自分で思うほど大人じゃなくても、大人が思うほど何も見えてないわけじゃない。
なのに彼らは、二人して、世界を閉ざそうとする。そうすることで、ブラッドを護ろうとしているつもりなのだ。そんないたわりは、すこしも必要ではないのに。
「……本気なの?」
不意に、ジョージーは、ブラッドのことがかわいそうになった。
大切な息子だもの。応援してやりたくなるのは無理もない。
カイルを懸命にとらえようとしていた子どもは、ひどく不思議そうな表情を母親に向けた。
「何で。こんなこと、冗談にしない」
「──そうよね」
深々とついたため息は、いくばくかの呆れと許容の表れだった。
「ブラッド、ちょっとカイルと二人で話をさせてくれない?」
「……どうして?」
ピリッと肩をいからせて、ブラッドがきつい声を出した。じり、と動いたのは、カイルを守ろうとしてのことだろうか。
騎士
のつもりってわけなのかしら。失礼ね、私が腹黒い魔女か何かみたいじゃないの。
「大人の話があるってわけ? これは、俺たち二人の問題じゃないのかよ」
「あんたがいちゃ、話がややこしくなるからよ」
「……」
「ブラッド」
むっと唇を結んだブラッドに、カイルが小さく首を振った。
「俺も、ジョージーと話がしたい」
「……話って」
「長くはかからない。終わったら呼ぶよ」
「でも」
ブラッドは、まだ疑り深い表情で身構えている。かたくなな少年をなだめるように、カイルがふわりとやわらかな笑みを浮かべた。
「約束する。君の意志を無視したことを、彼女と二人で決めたりはしない」
「ほんとに?」
「絶対」
「──わかった」
ほんとは嫌だけど、という含みを充分に持たせた返事に、カイルが苦笑した。
「二階にいるよ」
「その前に、コーヒーを淹れて行ってくれると嬉しいけどね」
「あんたって」
ときどきすごくわがまま、と、まるで年下のガールフレンドをいなす調子でそう言って、ブラッドはキッチンに姿を消した。その背中は、すこしも怒っているふうではなく、むしろ、そういうカイルの態度を喜んでいるらしかった。
コーヒーを淹れる間に、あれはどこ、というような質問を一度もしには帰ってこなかった。勝手知ったる、と言うわけね、とジョージーは内心でひとりごちる。
愛想のない白いカップを、トレーも使わずに運んできて、ブラッドは心残りのあるふうに、二度三度と振り返りながら、部屋を出て行った。
のぼりたつ湯気に鼻先を寄せる。
「いい香り。インスタントじゃないのね」
「ありきたりの豆なんだけど。ブラッドの淹れ方がいいんだよ。彼は器用だね」
「そう? 知らなかった。うちじゃ、豆から淹れたりしないから」
インスタントで、しかもスーパーの安売り品って決ってるのよ、とジョージーは笑った。
「親なんて、案外見えてないものなのね。うちの親の気持ちが、ようやくわかった気がするわ」
「……すまない」
どう謝れば、とカイルは、言葉をさがしあぐねて、顔を伏せる。
「ブラッドはああ言ったけど、責任は俺にある。何を言われたところで、流されるべきじゃなかった」
「流されたの」
「──まあ……、そんなところ」
自分たちは、お互いに寂しかったのだと、今ならわかる。
ブラッドは、自分が独りきりだと思い込んでいて。カイルは、確実にやってくる孤独を思って。
一人では立っていられない人間が、目の前にいた相手にすがるようにして抱き合ってしまったのだろうと思う。
それがわかったところで、すこしも威張れたことではないのだけれども。
「あの子が嫌いなの?」
「……好きだよ。簡単に答えられる程度ならね」
「それ以上には?」
「それは、彼には重すぎるから」
自分ではなく、ブラッドにとって、重荷になる言葉だ、とカイルは言う。その感情こそを、ブラッドが欲しいと願っていることを知っていても。
「ブラッドは、たぶん、俺に父親を求めてるんだと思う」
「……そうかしら。父親とはファックしないわ」
「それは、俺たちが他人だからだ。同じ血を持ってないから、他のところで強いつながりを求めようとしてる」
「……ああ」
──そう、言われればそうかも、とも思う。
ブラッドが聞けば、傷つくことだろうけれど。
でも、逆に言うならそれは、そうと気遣うほどには、カイルが年下の恋人を想っている証ではないのかしら。
確かにカイルは優しい男だけど、それだけで、盛りのついたティーンエイジャーのセックスに、気長く付き合ってはくれるはずもないのだから。
「……グローリー」
「え?」
「グローリーが知ったらびっくりするかしら」
およそ、動じるということを知らないような豪胆な女性だったが、このことを知ったらさすがに驚くだろうか、と思ったのだけれど。
「いや……彼女は、知ってた、みたいだ」
「ええ!?」
「俺が聞いたわけじゃないんだけど……ブラッドにね……」
「グローリーに話したの、あの子?」
何を考えて、と怒ろうとしたグローリーを、カイルが慌てて止めた。
「違う、ブラッドが何か言ったわけじゃなくて、グローリーが察したみたいだった。いくらなんでも、そんなに無神経じゃないよ」
「……それならいいけど」
何て言ってたの、と訊かれ、カイルは気まずそうな顔をする。そんな表情をされると、かえって好奇心がうずくじゃない?、とジョージーは目の端で答えをうながした。
「俺から目を離すな、って言われたらしい。他は知らない」
それ以外にも、きっと何か大切な言葉を受け取ったのではないかと思うのだけれども、それについてブラッドは、頑として口を割ろうとはしなかった。
それは、彼が彼女から受け取った言葉だからだ。二人が愛してやまないカイルのために。
ふーん、とジョージーは真面目な顔で考え込み「じゃあ、やっぱりそうなのか」と独り言にうなずいた。
「何が?」
「私……一番最初は、ブラッドのほうが、あれかなと思ったの。何て言うの? 女役」
でも、逆なのね、と確信をこめて言われ、カイルはコーヒーを吹き出した。
***
はあ、と、隣でこぼれた吐息は濃密で、いったんはおさまったはずの衝動を簡単にあおり立てる。
カーテンの隙間から忍び入る光だけが光源の部屋は、不自由なだけの明るさしかなかったけれど、肌を触れ合わせる分には問題もない。
まだ熱のひかない身体に腕を伸ばして、その表面を指先でたどる。
「や……も、う……」
これ以上は無理だ、とカイルは泣き声を上げた。
身体がもたない、とか。年の差を考えろ、とか。明日、寝込むはめになる、とか。色んな言葉で、カイルは限界を訴える。
口先でそう言ってるだけのときも多いから、見きわめが大事だ、とブラッドは学習している。
返事をせずに、薄く汗の浮いたうなじに唇で触れたら、カイルはくしゃくしゃになったシーツの中、逃げるように身体を丸めて、嫌だ、と首を振った。どうやら、ほんとうに限界らしい。
しかたがない、と、ブラッドはそれ以上の行為は諦めた。
「わかったよ。もうしない」
そうと言いながら、ぴったりと背中を抱き寄せられて、カイルは肩を強張らせた。けれど、腰にまわされた両手は、とてもまっとうな位置にとどまっていて、不埒なふるまいにおよぶふうではなかったので、そっと力を抜いた。
丸い肩口に額をくっつけると、「くすぐったい」と、笑いを含んだ声で抗議がきた。
もう、背丈は完全に並んだ。いくらでも伸びる時期だな、とカイルは呆れたように笑っていた。確かに、測るたびに数値は増えている気がする。ときどき、骨がきしんで痛くてたまらない。でもまだ、縦にばかり養分を使っている気がして、それが、ブラッドにはもどかしかった。
もっと、骨や関節のしっかりした、大人の身体が早く欲しい。そうすればきっと、今よりずっと上手にカイルを抱きしめることができるのに。
そうやって、カイルの寂しさや、不安も全部、支えてあげられればいいのに。
そうしたらきっと、カイルだってあんなひどいことは言い出さないはずだと思う。
「……俺……、あんたを親父代わりにしてるわけじゃないんだぜ」
背中から聞こえた声に、カイルはちょっと目を見開いた。振り向こうとした身体は、戒められて動けなくなる。
「立ち聞きなんて、無作法だぞ、ブラッド」
「あんたはそうやって、俺たちがいつ離れてもいいように、始めっから境界線を引いてる。いっつもだ」
ずるい、と少年はまっすぐに言った。
それは非難の言葉であるのに、自分よりもはるかに長く生きている相手は、図星をつかれた、と恥じ入ることもしてくれない。何て可愛くないんだろう。
「そうだよ、俺はずるい大人だ。なるべく傷をつくりたくない。君が、もうちょっと大人になって、新しい彼女ができたり、この町を出て行くことになってもいいように、心構えをしておくんだ」
「それって、俺のことが好きって意味なんだろ」
絶対そうだろ、と繰り返した。
カイルは、やんわりと笑って答えなかった。
いつだって、彼は幾つもの逃げ道を用意している。ブラッドからの。
「今、俺はここにいるのに、あんたはなんで、そんな先のことばっかり言うの」
絶対に自分たちの未来は重ならないと確信を持って。
「それは、俺が君の三倍も生きていて、多少は人生のことを知っているからだ」
ブラッドが絶対に反論できないことを根拠に持ってきて、カイルは言った。これも、ずるさだと知っている。けれど、成長期にある少年を、毎回そんな論理で押さえ込めるはずもなかった。
「30年ばかりたくさん生きてるからって、えらそうにすんなよ」
「するさ。君の人生が二回分だぞ」
まだ君は何も知らないだろう。
取り返しのきかない過ちを犯すことも。
力で奪われる屈辱や、奪ってしまう怖さも。
二度目のない出会いや、再会のない別離も、だ。
「…………でも、辛いことばっかでもないんだろう」
あんたはそうやって、マイナス面ばかりを見ているけれど。
「いいことだって……あるだろ。信じられないようなラッキーとかも」
グローリーとだって、出会ったんだろう。
確かに、彼女は普通よりも早く召されてはしまったけれども、だからと言って、会えないほうが良かった、とは言わないはずだ。
「…………それは、そう、だけど」
言われてみればたしかにそうだ、とカイルは素直にうなずいた。
「だろ? あんたさ、きっと人生ってやつを長くやりすぎて、忘れてることがあるんだよ」
まだ訪れない時間を決め付けないで欲しい。
いいことも、悪いことも、起こりうる可能性は平等のはずで、だったら、始める前に逃げださなくったっていいだろう、とブラッドは思う。
「俺、がんばっていい男になるよ。ずっとあんたの側にいるし、あんたより先に死んだりしない」
一人ぼっちになんかさせないから、とずいぶん真剣なようすで言われ、カイルは何と答えたものか、と考え込んでしまった。
「……まあそりゃ……、どう考えたって、俺のほうが先に逝くと思うけどね」
ついでに言うなら、ブラッドは確実に、いい男になるだろう、と思う。
だから、その有望な未来を有効に使え、と言いたいのに、ブラッドは、ちっともわかろうとはしないのだ。
「なあ、俺と会えて良かったって、言ってもらえるようにするから」
「そういうことは、」
「〈他の誰か〉じゃなくて、あんたに言ってんの!」
「…………」
母親に知られて、逆に開き直ってしまったのか、今夜のブラッドはどうにもごまかされる気はないらしい。
とは言え、カイルのほうも、返せる言葉など持ってはいないのだから、これはたいそう不毛な会話である。
もうやめた、とばかりに、無言のまま、ごそごそと上掛けをひっぱりあげるカイルに、ブラッドが抗議の声をあげた。
「カイル!」
「眠い」
疲れた、と訴えられれば、原因であるブラッドは、強く出られなくなる。もちろん、わかっていてそう言っているのに違いなかったけれど、無理をさせている、という自覚はあるので。
「──いいよ、じゃあ明日また話すから」
一緒に布団の中にもぐりこみながら、未来を信じる子どもは、揺るがない声で言った。
「明日」
「そう。続きを話し合おう」
OKわかった、と簡単にスルーして、カイルはぎゅっと目を閉じた。ほんとうに眠い。
明日になったら気も変わってるさ。明日でなくとも、一週間後、三ヶ月後、一年後には必ず。
三年も経てば、こんな会話をしたことすら忘れているに違いない、と思う。
けれど。
眠りに落ちる寸前、ふと、ジョージーが別れ際にこっそりと耳打ちしていった言葉が甦った。
彼女は、何と言っていたんだったろう。
正しくは。
「あなたは──ブラッドの熱がすぐに冷めると思ってる」
だから、あの子を受入れている。そうでしょう。
でも。
「あの子、あれでかなり強情なのよ」
私の子ですもの、とジョージーはいたずらっぽく笑った。
「あなたが考えてるほど簡単に心変わりするかどうか、ちょっとあやしいと思うわ」
「…………」
まさか、と思いながらついた眠りの中で、夢を見た。
そこには、まるで、モデルか何かのように華やかに成長したブラッドがいて、そのくせ、彼は、今と変わらずカイルのそばにいて、カイルに触れて、抱きしめて、キスをしてきた。
そうして。
「起きた?」
「…………おはよう」
わずかに開いたカーテンから差し込む、朝の光に、カイルはまぶしげに目を細めた。
「──何時?」
「九時半。というより、十時前ってところかな。よく寝てたね」
「誰のせいだ」
「俺のせいだよ」
心底楽しそうにしているブラッドが小憎らしかったので、見当をつけてむこうずねのあたりを蹴ってやった。
子どもみたいなことすんなよ、君こそ子どもらしくしろ、と朝からけんか腰にじゃれあってから、二人でシーツに身体を伸ばした。
「起こそうかと思ったんだけど、何か楽しそうだったからやめたんだ。いい夢見てたの?」
うつぶせになって、顔だけをこっちに向けて、ブラッドが笑った。
いい夢、だろうか。
どうかな。
わからないけれど。
「……君が、」
「うん?」
「以前、君が、まだほんの子どもだったときに……、ジョージーに、キスしてるところを見つかったことがあるだろう? あのときの夢を見たよ」
「それはまた」
だいぶ昔の話だ、とブラッドは楽しげに口角を上げた。
いたずらっ子のようだ、とカイルは思うけれど、周囲の女性には、ずいぶんと人気のある笑顔である。
たしかに、子どもの頃からハンサムではあったが。
まるで、モデルか何かのように華やかに成長したブラッドは、けれど、あのころと変わらずカイルのそばにいて、カイルに触れて、抱きしめて────それから、おはよう、のキスをした。
【END】
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