HOT BLOODED3
彼の提案する戦術に問題はなかった。
──ないのだろうと思う。確かに自分は未熟者だが、それでも用兵の基礎はアキレスに学んでいる。
それに、あんな平坦な地の、しかも攻城戦では、そうそう奇手奇策の用いようもない。否、あるのかもしれないが、それを用いるだけの権限がオデュッセウスにはない。
あの馬鹿がもう少し指揮権を渡してくれればな、と軍師は忌々しげに呟いた。
「あの馬鹿」、というのは、おそらくギリシア軍の総大将のことである。
ギリシアの覇王として名高い の王をこうまで平然とこき下ろせる男を見るのは二人目だ。一人目はもちろん、彼の従兄である。
当人を目の前にすれば、一通りの美辞麗句を並べることも出来るだろう分、イタケの王の方がより悪辣かもしれぬ。
それに、パトロクロスの見るところ、オデュッセウスは着々と「あの馬鹿」から実質的な指揮権を奪い取っていて、それを楽しんでいる風であった。
──なるほど、類は友を呼ぶのだ。
一見何の共通点もなさそうな二人が友情を結んでいる理由がわかった気がしたパトロクロスである。
まあ、それはいい。
それは別にいいのだが。
(──で、いつまでアキレスを乗せておくのかなあ。ていうか、いつまでアキレスは乗ってる気なんだろう)
二人とも、もう自分たちの不自然な体勢ににはまったく頓着してないようである。
オデュッセウスはトロイの攻略方法を熱心に考えているし、アキレスは聞いているのかいないのか、年上の男の巻き毛をひっぱったり、項を指でなぞったりしては叱られている。
オデュッセウスの示す数々の用兵術は謹聴に値するものばかりだったが、パトロクロスは少々居心地が悪くなってきた。
辞するタイミングを計っていると、そわそわした様子に気付いたのか、陣屋の主が顔を上げた。
「パトロクロス、どうかした?」
「あ、あの、えーと、エ、エウドロスが僕のことを探してるかも知れない、と思って──あの、行く先を告げてないし……」
告げてないどころか、この場所を言いだしたのはエウドロス本人である。しかしパトロクロスはミュルミドンの将に罪をなすりつけて、腰を浮かせた。
「──皆、本当に君を大事にしているね」
オデュッセウスは穏やかに微笑んでパトロクロスを見上げた。ギリシア一の知将は、ギリシア一魅力的な笑顔の持ち主でもあった。
──その背中にはやっぱりアキレスが張り付いていたが。
「パトロクロス、俺は今夜は帰らないからエウドロスにそう言っておけ」
オデュッセウスの上からアキレスが言った。返事をしたのはパトロクロスではなく、敷布代わりにされているイタケ王だった。さっきの笑顔はどうした、と言うほどに冷たい目をしている。
「──帰らないってどうするつもりだ」
「ここにいる」
「帰れ!」
「嫌だ」
「そういや、いつまで乗ってるつもりだ! 降りろ!」
「それも嫌だ」
(……もう勝手にやってて)
今さらというには今さらすぎる理由で不毛な言い争いを復活させた二人を見捨て、パトロクロスは陣屋を後にした。

「パトロクロス様」
驚いたことに、オデュッセウスの天幕を出た途端に、本当に自分を探しているエウドロスと出会った。
「エウドロスー」
久々にまともな人間を見た気がして、パトロクロスはエウドロスに駆け寄った。
「パトロクロス様? どうかされましたか?」
「うん、何か色々あったよ……疲れた……。あ、アキレス、今日は帰らないって」
とりあえず従兄の伝言を伝えると、彼の副官は驚いた様子もなく了承を示した。
「そうですか。──それは、オデュッセウス様に追い出されなければ、というところでしょうな」
「見てたの!?」
「見てませんが、大体わかります」
わざとらしく真面目ぶった顔をしてそらとぼけているエウドロスに、彼はあの二人との付き合いは自分よりずっと長いのだと気付いた。
(てことは、あの二人は昔からああのなのか……)
連れ立って自分たちの陣地へ帰りながら、パトロクロスはギリシア一の勇将と知将の子供じみたやり取りを思いだした。
「──ねえ、エウドロス」
「はい」
「僕は今日つくづく思ったよ。歴史に名を残すってさ──普通の神経じゃ、できないことなんだなあって」
「……はあ」
何かを悟ったような表情で言うパトロクロスに、あの二人は一体何をしていたのかと思う。
が、しかし、それを訊ねることはしなかった。エウドロスにはパトロクロスの気持ちがよく理解できたからである。
「そういえば、パトロクロス様のご用はお済みになりましたか?」
「え?」
意外そうに振り向いた青年に、エウドロスの方も意外そうな顔をした。
「アキレス様をお探しだったのでしょう。ご用がおありだったのでは?」
「あー……そうだ、アキレスを探してたんだっけ。でも別に用はないんだ。いないから見つけたかっただけ」
考えてみればこの暑いのに、あんな熱い人探すこともなかったなあ、と独りごちて、パトロクロスはてくてくと歩いて行く。
エウドロスは呆れた。
では彼は何の用もないのに、アポロンの神殿からイタケの陣営まで、従兄を探して歩き回っていたのだ。──誰しも、用事があってすら、陽の下へ出ることを嫌がるようなこの熱暑の中で。
まだまだ獅子の後継者というには未成熟な、ほっそりと優しげな後ろ姿を見ながら、この青年も充分『普通』の範疇からはみ出ているのではないか、と生真面目な副官は思った。

ちなみに、小アジア一帯を襲った猛暑が去るのにそれから半月、心身共に緩みきった両国が戦争をするだけの気力を取り戻すには、さらに三日の日数が必要だった。

END
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2004.07.29

──ブリセウスはどこだ?(自虐的ツッコミ)
パトロクロスがヘンな子になってしまいました……すいません(汗)。
私、ひっそりとパトロクロス→エウドロス(受攻はどっちでもいいけど)が好きだ。(笑)

アキレスの陣屋って暑いと思うんですが、地中海気候ならアレもありなんでしょうか。
アキレスとオデュッセウスの間の二人称は「あんた・お前」「君・お前」を使い分けてます。
お互い相手を「お前」と呼ぶときは善かれ悪しかれ神経が昂ぶってる時です。
そういやオデュッセウスの一人称は「私」です。映画と違うけど、どうも彼は「私」が似合う気がする……。