| DIVORCE 3 |
| 熱がひいても離れる気になれず、疲れた身体を投げ出したまま、二人はカーペットに寝転がっていた。ショーンの身体を片手で抱き込んで、汗に濡れた額に口付ける。ずいぶんと情熱的だった恋人は、目を閉じたままくすくすと笑った。 「眠い?」 「いや?」 そんなことないよ、とまぶたを上げると、お互い、思ってもみなかったほどシリアスな顔で見つめあってしまった。けれど、それは充分に予想の範囲内の出来事でもあった。 大事な問題を先送りにして抱きあってしまったことを、どちらもちゃんと知っていた。 「…………離婚の理由は訊かねェの」 ぽつりとブラッドが言う。 ショーンは考えるように、二三度視線をさまよわせ、すこしだけ笑った。 「聞いても何もできないから」 話せばブラッドが楽になるというのなら、話を聞くぐらいはできるとは思うけれど、公平でも客観的でもいられない自分は、その役割には向いていない。 それにきっと、ブラッドもそんなことを求めてはいないのだ。 「……あんたじゃないよ」 「もちろん! いくらなんでも、そこまでうぬぼれてないよ」 ショーンは驚いて目を見張った。 まさか、自分がそんなことを考えていたなんて、すこしでも思ったのだろうか。 目の前の恋人は。 肩から上だけを持ち上げて、ブラッドの顔をのぞき込む。そこには、しごく真面目な表情があった。 「ほんとうに違うから、ショーン」 ショーン、と何度も繰り返されて、ショーンは軽い困惑を覚えた。 「わかってるよ、ブラッド。いったいどうして……?」 ブラッドは、口元をなでて、ためらうように目を伏せた。 辛抱強く、ショーンは返事を待っていた。 「……その……もし、あんたがそんなふうに──つまり、俺の離婚は自分のせいだ、とか思ってるんだとしたら──あんた、俺と別れるとか、言い出しやしないかと」 ひと言ひと言を区切るように、ブラッドはゆっくりと言った。 「私が──?」 思ってもみなかったことばかりを言われ、ショーンはいぶかしげに眉を寄せた。 ブラッドは、気まずそうにちらりとショーンを見た。 「何、それは『道義的責任をとって』とか、そういうこと?」 「そういうわけじゃないけど……でも、なんかあんた、そんなこと言いだしそうだからさ」 今日の誘いにも、ショーンが乗ってくるかどうか、ずいぶんと心配したのだ、とブラッドは口早につけたした。 「……それは知らなかった」 電話越しの誘い文句はいつもの通りで──というより、むしろ、いっそう強引だったような気がする。今さらそんなことをいちいち不愉快にとりもしないので、さらりと流してしまったけれど。 「来たら来たで、何だかずっとおどおどしてるし、かと思えば、やたら積極的だし、それで」 それで、どうだというのか、言ってる内容がだんだんみっともなくなって来たような気になったらしく、ブラッドは途中で口を閉じてしまった。 つん、と唇をとがらせているさまは、まるきり子どもだ。 そんなつもりはなかったのに、すこしだけ、ショーンは笑ってしまった。 馬鹿だなあ、とつとめて軽く言ったつもりで、けれどどうしようもなく語尾が震えた。 じんわりと目元が熱を帯びる。 うっかりと泣いてしまいそうになって、慌ててまぶたに力を込めた。 人間てものは、何て。 「ショーン?」 「白状しようか、ブラッド。私は、とても不安だった──君からの電話をもらうまで。そして、今、君の言葉を聞くまで。私たちは……」 まるで鏡を挟んで向かい合うように、同じ不安を抱えていたのだ。 「………それって」 ブラッドの声が、光が射すように明るさを帯びる。けれども、ショーンの表情を見て、また、難しい顔をした。 「じゃあ、あんたは何でそんな顔をする? どうして泣き出しそうなんだ」 「どうして、だって?」 まるで何もかもを諦めた殉教者のような顔で、ショーンは微笑んだ。 「私はがっかりしたよ。人間てものは、何てあさましい生き物なんだろうね、ブラッド」 ブラッドにおきた身辺の変化を喜んだわけではない。 でも、今こうして、変わらず自分を欲しいという恋人の言葉を、失いたくないという気持ちを、自分は確かに嬉しいと感じたのだ。 その、ためらいのなさに慄いた。 自分たちのしていることは、すこしも正しくはなく、この感情さえもおそらくは肯定されるべき要素などほとんどないと言うのに。 「──ショーン、あんたちょっと変」 ショーンの怯えの理由を知って、ブラッドはかえって気を楽にしたらしい。いつもの、あの笑顔でショーンの目を覗き込んだ。 「それって、感じるならもっとずっと前に感じておくべきところだ。──で、いったん関係を受け入れたんなら、ここは普通に喜ぶところだろ?」 「……でも」 「でも、じゃないって。何だよ、あんたって、わかんねェなあ。『ブラッド・ピットは、俺のせいで離婚したんだぜ』って、言いふらしたっていいくらいだろうに」 器用にシェフィールド訛りを真似て言う。 「ブラッド、まさか。そう言ったことは……」 冗談にも口にすべきではない、とショーンは真面目な顔で言った。 「──いいけど。あんたのそういうところも好きだよ。でも、間違えないで欲しい。俺は欲求不満であんたに声をかけたんじゃないし、なるべく誠実でいたいと思ってる……ああそう、つまり、あれだ、あんたに対してはね」 とがめるような目線を向けられて、ブラッドは、考え考え付け足した。 「私に対しては? それって、都合のいい台詞だと思わないか?」 「思うよ。でも、それで何か悪いか?」 完全に開き直りの台詞を口にして、ブラッドはショーンの上にのしかかると、こつりと額を合わせて、いたずらのバレた悪童の顔で笑った。 「俺の離婚の理由はあんたには関係ないし、離婚が決まった以上、これは不倫じゃないし。だったらノープロブレムってことだろ」 「…そんなこと言ってると、最後の審判で下に落とされるよ」 「かもね」 信心深い家庭に育った割には、あっさりと言う。 まあ、二十歳にもならない子どもじゃあるまいし、家族の庇護から抜け出してずいぶんと経つのだから、当然、自分の人生観を持っててしかるべきなのだけれど。 いいのかい、と紛らわすように訊ねれば、「あんたと一緒なら、まあいいよ」と、またなんでもないことのように言った。 「そんなこと言って、ほんとうに落とされたら後悔するぞ」 「じゃあ、それはそのときにするさ。今は、あんたを離したら後悔する」 元々がそういう体勢だったのだから、キスに移るのは簡単で、さらに行為を進めるのはもっと簡単だった。 Try, again、とスポーツでも始めるように言って、長い腕が絡んでくる。 「……ここで?」 「ここで、今すぐ」 始める前と同じやり取りを繰り返して、ブラッドは「イヤ?」と訊ねた。 否定されるなんて、ちっとも思ってないくせに、だ。 「──寝室でなら、考えてもいい」 不承不承に見えるように、せいぜいしかめっ面を作ってそう言ったのに、ブラッドはさも了解した顔で笑って見せた。 それから「どうぞ」とまるで女性にするように手を差し出してくる。 いったい、誰を相手にしてるつもりなんだ、と、照れ隠し半分、腹立ちまぎれ半分で、むこうずねをひとつ蹴飛ばしてやった。 「てっ!」 端正な顔がゆがむのを、いい気味だと思いながら、ショーンは一人で起き上がり、さっさとその場を後にした。 END |
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| 2005.03.06 どんどん暗い方向へ走ろうとするのを何度も何度も書き直して、この辺で止めてみました〜(笑)。 しょせんドリームだから、あんまり現実の厳しさに目を向けたくはない……(^_^;) |