―3―

 

そう結論が出たのが朝の6時だった。

それから僕はネットを参考にしてドライブ計画をたてて、美味しいお店とかフランソワーズが好きそうな雑貨の店などをピックアップした。
完璧だった。
そして鼻歌混じりに部屋を後にしたのが、午前8時。もうフランソワーズはキッチンにいることだろう。

僕はまっすぐキッチンに向かった。

 

「おはよう、フランソワーズ。・・・あれ?」


いない。
まだ寝てるのかな。


僕は首を傾げるとリビングを覗いた。
でもそこには博士とピュンマしかいなかった。

「おはようございます、博士。ピュンマ。あの、フランソワーズを見ませんでしたか」
「おはよう、ジョー。フランソワーズなら・・・」

ピュンマが天井を指す。
自室にいるという意味だ。
僕は軽く顎を引くと踵を返した。ピュンマの言葉を最後まで聞かずに。

 


 

―4―

 

「・・・フランソワーズ」

ノックとともに声をかける。中から微かな声でどうぞと聞こえたので、僕はドアを開けて中に入った。

「フランソワーズ、今日だけどさ――」

僕は声を失った。

「あ、ジョー」

フランソワーズは真っ赤な顔をして寝込んでいた。頭の下には氷枕。
健気にも僕を見てからだを起こそうとし、咳き込んで中断された。

「フランソワーズ、いったいどうしたんだい」

僕はといえばなんとも馬鹿な質問しかできなかった。
どうしたも何も、一目瞭然ではないか。フランソワーズは寝込んでいるのだから、きっと病気なんだ。

駆け寄って顔を覗きこむ僕に、フランソワーズはにっこりと笑ってみせた。

「風邪ひいちゃったみたいなの、うつるから、あまり近寄らないほうがいいわ」

そう言って僕の肩を押した。

「さっき博士が検査してくださって、インフルエンザではないみたいだけど・・・」


・・・。

せっかくの誕生日なのに。

僕の「フランソワーズの誕生日計画」は水泡に帰した。外出するなんてとてもじゃないけど無理だ。
そうなると――僕はフランソワーズに何もプレゼントできない、ということだ。


いや。


いま問題なのはそんなことじゃない。そんなことは僕の問題であって、一番に考えなくちゃならないのはフランソワーズのことだ。誕生日プレゼントがどうこうなんてどうでもいい。いや、どうでもよくはないんだけど、何よりフランソワーズ本人の具合がよくなければ話にならない。

「――参ったな」

フランソワーズをそっと寝かしつけて、僕はベッドサイドにひざまづいて彼女の髪を撫でた。

「参ったって何が・・・?」
「うん?・・・いや、今日はきみの誕生日だし。ふたりでどこかへ出かけようかなって思っていたから」
「まあ。楽しそう。・・・行きたいわ」
「でもこの状態じゃ無理だよ。改めて別の日に行こうね」
「ええ。・・・残念だわ。せっかくジョーが誘ってくれたのに」
「またいくらでも誘うよ」

フランソワーズは微笑むと、目を閉じた。
頬に触れると熱かった。


フランソワーズ。
きみのなかの熱が僕にうつってしまえばいいのに。
でもこの熱はきみのなかの病原菌を消すための熱だから、簡単に僕にうつってしまっても困る。

僕がそんなことを考えながらフランソワーズの頬を撫でていたら、ふとフランソワーズが目を開けた。

「うふ。くすぐったいわ、ジョー」
「そう?」

でもやめない。


「ね。うつるから、もう行って」
「嫌だ」
「ジョーったら。お願い」


知るもんか。


だって今日はふたりで過ごすって僕は決めていたんだ。
それがドライブじゃなくなったって、僕はその予定を敢行する。

でも――


「フランソワーズ。僕がいたら困る?」
「えっ?」
「邪魔かな」
「そんなことないわ。でも・・・ジョーにうつったら困るわ」
「何故」
「だって、・・・喉が痛いし咳もでるしだるいし。ジョーがそうなったらかわいそうだもの」
「喉が痛くて咳がでてだるいんだ」
「ええ」
「そうか・・・」

僕はじっとフランソワーズを見つめた。
フランソワーズは僕と目が合うと、恥ずかしそうに笑った。

「ジョー。そんなに見ないで。恥ずかしいわ」
「そう?」
「ええ。顔に穴があきそうよ」
「それは困る」
「全然困った顔じゃないわ。もう・・・どうしてそんなに見るの」

半分拗ねたように言うのが可愛い。

「それはね、」

 

――きみが好きだから。

 

「えっ?なあに。聞こえないわ」
「うん――」

僕はフランソワーズの耳元に口を近づけると小さく言った。

「ずっと見ていたいんだ。だって僕はフランソワーズのことを――・・・・」

 

フランソワーズはぱっと頬を染めると、くるりとむこうを向いてしまった。

「もうっ、いやなジョー!どうしてこんな時にそんなことっ・・・」

咳き込んだから、僕はごめんと言って彼女の背をさすった。

「いやその。・・・他に思いつかなくて」

思いつかないって何が、と咳の合間に質問された。


「・・・誕生日のプレゼント」

 


 

 

――ずっと見ていたいんだ。だって僕はフランソワーズのことを、・・・アイシテルから――

 


 

―5―

 

シーツのなかで丸くなって頭まですっぽり埋まってしまったフランソワーズ。金色の髪だけが見える。

僕はその髪をそうっと撫でた。
こんなプレゼントじゃあまりに自己満足だよなぁと思いながら。
だって、フランソワーズが嬉しいかどうかなんてわからない。これはただ僕が言いたかったから言ったことで、それ以上でも以下でもない。従ってプレゼントだなんて押し付けがましいもいいとこだ。


「・・・ジョーのばか」

シーツのなかから聞こえてくる。

「どうして急に言うのよ」

小さい小さい声。

「もうっ・・・」


そして。

急にそのシーツが宙に翻ったかと思うと、シーツにくるまれていた中身が僕の首筋に抱きついた。
咄嗟のことに受け止めきれずしりもちをついたのは僕のなかでは一生の不覚である。


「ジョーったら!」


嬉しそうに言われたから、僕は僕のプレゼントがちゃんと彼女に届いたのがわかった。

 

 

end


 後日談