―6―

 

その後、しっかり風邪のうつった僕はベッドの上のひとになっていた。

とはいえ、不便はない。

なにしろフランソワーズがつきっきりだからだ。
それはそれで幸せなことではあるのだけれど、僕としては少々不満だった。

なぜかって?


それは・・・

 

「ねぇ、ジョー。日本では風邪をひいたら桃缶なんですってね。買ってきたの。食べるでしょう」
「うん」

フランソワーズが桃を盛ったガラスの器を手に部屋に入って来た。
僕が唸りながら体を起こすと慌てて押し留める。テーブルに器を置いて、そのまま僕に駆け寄り背中を支え心配そうに顔を覗きこむ。

「ジョー、無理しないで」
「平気だよ、このくらいっ・・・」

咳き込んだ僕に、ほらみなさいと怒ったように言う。

「もうちょっと甘えてくれていいのよ?私はそのためにいるんだから」
「いや、そんなわけにはっ・・・」
「いいの。だって愛してるんだから」


――出た。

僕は眉間に皺を寄せた。が、フランソワーズはそんな僕にはお構いナシだ。

「はい、どうぞ」

傍らに椅子を寄せ、桃の入った器を手にとりそして。
ひとくち大に切った桃を刺したフォークを僕の口元に運ぶ。

「どうぞ、って・・・」
「あーんして?」
「・・・フランソワーズ。僕は自分で食べられるから」
「遠慮しないで」
「そういう意味じゃなくて」
「あら」

フランソワーズは目を瞬く。
そして、にっこり笑った。

「いいじゃない。誰も見てないから恥ずかしくないわ」
「しかし」
「いいの。だって愛してるんだから」

僕は眉間を軽く揉んだ。
微かな気恥ずかしさと戸惑いとが混ざった妙な気持ち。
いったいどうしてこうなってしまったんだろう。

そう――フランソワーズは何かにつけて「愛してる」と言う。それも平気な顔で、当たり前のように。

もちろんその言葉は耳に心地良いのだけれど、こう何度も連呼されると安売りされているような気がして落ち着かない。僕は決死の覚悟で、それこそ一生に一度言うかどうかという思いで口にしたのに。
いくらアムールの国の生まれだとしても、おいおいそれはないだろうと何だか泣けてくる。

「ジョー?」

フォークを持ったままフランソワーズが首を傾げる。

「食欲ないの?」
「いや、そういうわけじゃ・・・」
「じゃあ、食べてみて。冷えてるから喉越しもいいわよきっと」
「うん・・・」

僕はフランソワーズが差し出す桃を口にした。

「おいしい?」
「うん」
「よかった。はい、あーんして」

第二陣が控えている。
僕は横目でフランソワーズを見た。風邪はすっかり治って、今は元気いっぱいのフランソワーズ。
その瞳はきらきら煌いていて、頬ば薔薇色に染まっていて。
うん。
やっぱりフランソワーズは元気なほうがいい。

「んもう、ジョーったら。そんなに見ないで。いくら愛してるからって恥ずかしいわ」
「う」

・・・確かにそうだけれど!
それ以外の何者でもないけど!!

でもさ、フランソワーズっ!

恥ずかしいんだよっ!それを言われると!!

「やだわ、ジョーったら真っ赤じゃない。また熱が出てきたのかしら」
「違う」

これは風邪の熱じゃなくて、きみのせいだ。

「もうっ、しょうがないわねぇ」

フランソワーズはフォークを置くと、腰を伸ばして僕の肩に手をかけた。そのままゆっくりと押し倒す。

「もう寝ましょう。桃は眠って起きたらまた持ってくるから」

そうしてすっかり僕を寝かしつけてしまった。


――と、思ったら。

僕の頬に自分の頬を重ねるようにして顔を近づけてきた。そして。


「ね、ジョー。愛してるって言って」
「えっ」

甘えるように言う。

「あのあと、一度も言ってくれないんだもの」

だって、今日は誕生日じゃないし。

「ね。言って」

鼻にかかった声で。頬を摺り寄せて。・・・ずるいよ、フランソワーズ。

「病人に無理を言うな」
「だって聞きたいんだもの。ね。ジョー」
「・・・」

なんだか汗が出てきた。


さて――どうしよう。
こんな正気な状態で、アイシテルなんて言えるだろうか。

 

――僕は。

 


 

―7―

 

フランソワーズが期待に満ちた目で僕をじっと見る。


僕は。


「・・・来年の誕生日をお楽しみに」
「んもうっ、何よソレっ」


僕はアムールの国の男じゃない。
日本男児だ。
だから、大事なことは何度も言わない。

自分が言おうと思った時に言う。そう決めている。


・・・決めているんだけど。


「ジョーのばかっ」

涙目で言われるとちょっと・・・ぐらつくなぁ。

「私ばっかり愛してるみたいじゃない。ジョーはちょっぴりも愛してくれてないのね」

ああもう。

怒って激情のまま言われたならこうも堪えないんだけど、涙目で小さな声で言われると・・・

 

・・・・ああもう、本当にきみって子は。

 

「――愛してるよ。きみが思うよりずうっとずーっとね」

 

また熱が上がりそうだった。