「ふつうの誕生日」
今日はフランソワーズの誕生日だ。 毎年、プレゼントには悩まされる。僕は女心というのがからっきしわからないからだ。 彼女がいま一番欲しいものは何か。何をあげたら喜んでくれるのか。 考えれば考えるほどわからなくなる。 そんなことは考えたさ。百万回くらい。考えた上で悩んでいるんだ。まったく、なんにも参考にならない。 で。 結局、なんにも思い付かず、とりあえずこれならいいかなどという間に合わせなありきたりのものを用意する気にもならず、誕生日当日を迎えてしまった。
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普通にみんなでお祝いして。 普通にケーキを食べて。 みんながフランソワーズにプレゼントを渡して。 そんな感じでフランソワーズの誕生日会は終わった。
僕は何も準備していない。 期待されているのか、僕は。 やばい。 まずいぞ、これは。 だって本当に僕は――なんにも用意していない。 変な汗が出てきて、風呂から上がったばかりなのに僕は汗びっしょりになっていた。 時刻は夜11時40分。
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「ジョー?起きてる?」 ノックの音がして、フランソワーズの小さな声がした。 「え。あ。うん。起きてる」 汗びっしょりのまま慌ててドアを開けた。 「え…と、どうかした?」 彼女を部屋に招き入れながら、僕は内心首を捻っていた。 と、いうことは。 僕はこれから叱られる? 「……ええと、フランソワーズ。その……」 きみの誕生日なのに何も準備していなくてごめん。 心のなかで言うべき文章を組み立て、僕はじっと待った。 「あー。気持ちいい。ね。ジョーも寝なさいよ」 ごろんと向きを変え腹ばいになって僕を誘う。 「ジョーのベッドなんだし」 そうだけど。 そうなんだけど。
なにが起きようとしているんだ?
僕から何かを貰いにやってきたのだろうか。 でも。 無いのだ。
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「あの。フランソワーズ……たんじょうび」 おめでとう。
「時間切れよ。ジョー」 指差されたのは時計。無情にも長針と短針が重なろうとしていた。 「もう25日よ。お誕生日は過ぎたわ」 過ぎた。 過ぎてしまった。フランソワーズの誕生日。 普通にみんなと食事して。みんなと一緒にお誕生日おめでとうなんて言って。普通にケーキを食べ、普通にフランソワーズの誕生日会は終わった。 僕は。 僕はフランソワーズの恋人なのに。僕にとってフランソワーズは特別なのに。そんな特別な恋人の誕生した日に、僕は何も特別なことをせず普通に一日を終えてしまった。贈り物も何もせずに。 ……フランソワーズ。 さぞ、がっかりしたことだろう。せっかくみんなの前で『ジョーからは後で貰うのよ』なんて言って庇ってくれたのに。まさか本当に「何も無い」なんて思ってもいなかったに違いない。テレビでは「大切なのは気持ち」なんて綺麗事を言っているが、実際にこうして「なんにも無い」状況では絵空事だ。 「ジョー」 うなだれたまま動けずにいる僕の頬にフランソワーズの柔らかな手が触れた。 「……貰ってもいい?プレゼント」 ――え? 目を上げるとフランソワーズの蒼い瞳が見えた。じっと僕を見ている。 「でもフランソワーズ。誕生日はもう」 過ぎたのに。 「やあね、ジョーったら。何言ってるの?」 フランソワーズはくすくす笑うと、僕の首筋に腕を回しふんわりと抱き締めた。 「お誕生日のすぐあとの新しい私をお祝いするんだって毎年言っているのはあなたでしょう?」
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そうだった。 確かに、僕は今までの彼女の誕生日はそうしてきた。 誰よりも先に。 ……でも。 今日は何の予定もなくて、ちゃんと彼女の誕生日当日に祝うことができたのに。 フランソワーズに抱き締められながらもなお、僕の気持ちは沈んでいた。そんな僕の心を見透かしていたかのように、フランソワーズは僕の顔を覗きこんだ。笑顔だ。 「ジョー。おねだりして、いい?」 フランソワーズはちょっと迷うみたいに黙った。なんだろう。フランソワーズのおねだり、って。 僕は腹に力をこめた。 どんな高価なものだとしても。 叶えてやろうじゃないか。 滅多にしない、フランソワーズのおねだりなんだ。ここで受けずにどうする。どんとこいだ。 僕がひそかに覚悟を決めたのを知ってか知らずか、フランソワーズは少しの間もじもじすると(いやもうその可愛さといったら!)意を決したように口を開いた。
「あのね、ジョー」
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