―6―

 

なんだろう、フランソワーズのおねだりって。

最初は、高価なものかなとか無理難題かなと思ったけれど、ちょっと待てよと思いなおした。
何故なら、今は真夜中だからだ。
こんな時間帯に「何か買え」とか「どこかに行って何かを持って来い」なんていくらなんでも言わないだろう。
しかも、僕の部屋のなかだ。ということは、この部屋でこの僕単体で完結する――遂行可能な「おねだり」ではないだろうか。
しかもなにやら言いあぐねてもじもじしているのだ。言うのを恥らうようなこと――と、いえば。
それらから導き出される結論は。フランソワーズのおねだり、即ち彼女が欲しているものは!

「フランソワーズっ」

みなまで言うな。言わなくていいんだよ、女の子なんだから。そう、そうだよ――幾ら今まで何度も愛を交わしあってきたからといって、きみのほうから言うのは照れるよね。恥らうよね。清楚なきみのことだ、言いにくいに決まっている。でも、それでも僕を求めているんだよね?誕生日だから。そういうことなんだよね?誕生日だから、誕生日に、僕と……
だからみんなに『ジョーからは後で貰うの』ってわざわざ言ったんだよね?それこそ、お金で買うことのできないプライスレスなものだから。なんだまったく、そんなに恥ずかしがることなんかないのに。そんなことでいいのなら、幾らでもプレゼントするのに。僕ならいつでも準備万端、きみのために頑張れるのだから。

さっきまでの落ち込んだ気持ちはどこかへ行ってしまった。目の前のフランソワーズが可愛くて仕方がない。
抱き締められているけれど、こちらから抱き締めても構わないよね?

「ふ――」

フランソワーズ、と言って抱きしめようと腕を回したその絶妙な瞬間。


「腕まくら、して欲しいの」

 

……む?


うん?


「あ。えっと……正確には、抱っこして欲しい……かしら」

抱っこ?

「え。こ。こう……?」

抱き上げようとしたら、

「ううん。違うの。そういうのじゃなくて」

やんわり拒否された。

「だからね、ジョー。ちょっとこっちに来て寝てちょうだい」

さっきまで彼女がごろんとしていたベッドの上に転がされる。いったい何がしたいのか意味がわからない。

「え。こう……?」

言われるがまま寝転がる。

「ええ。そう」

フランソワーズは嬉しそうに言うと、寝転がった僕の隣にころんと身を横たえた。
髪の香りが僕の鼻先をくすぐる。腕を伸ばして抱き寄せようとしたら、

「そうじゃないの」

またまた拒否された。なんだよもう、いったい。

「ジョーはじっとしてて」

はいはい。

「手はこうして伸ばして」

左手を伸ばす。と、その上に――というか、その腕のなかにフランソワーズがおさまった。
腕まくらと言うわりには、彼女が枕にしているのは僕の胸だ。

「そのまま腕を曲げてみて」

曲げるとフランソワーズを左手で抱くかっこうになる。

「……うふ」

なんだろう。なんだかよくわからないけど――嬉しそうだ。

「ね。いいでしょう?」

なにが?

「今夜はこうして寝て欲しいの」

なんだと?

「こうやってジョーに抱っこされるの好きなの」


………ええと………


「心臓の音も聞こえるし。安心するのよ、凄く」
「……それは、よかった……な」
「ええ」


で。


……で?


え。

まさか今夜ずっとこのまま……?

「――フランソワーズ?」
「なあに?」
「このまま寝るのかい?」
「そうよ?」

満足そうな顔。安心しきった瞳。

「ジョーから欲しいのってこういうのなんだもの」
「こういうの……?」

僕の顔がよほどおかしかったのだろう、フランソワーズはくすくす笑い出した。

「ミッションの時の野宿とか、そういう時しかしてくれないでしょう。こういう寝方って」
「それは――」

言われてみれば確かにそうだ。

「こうして眠ると安心するの。守られてるって感じがして」
「……そうか」
「そうなの」

だから、いつかふつうのときにやって欲しかったの――と小さな声で言った。

 


―7―

 

フランソワーズの寝息が聞こえる。
そっと寝顔を盗み見ると、本当に満足しきった顔をして眠っていた。彼女が言っていたことは本当のことなのだ。

こうして眠ると安心する、っていう。


――でもなぁ。


僕は天井を見つめ、ため息をついた。
きみは知らないだろうけど、ミッション中の野宿の時はきみをこうして傍らに抱いて星の数をかぞえてみる。
邪心を抱かないようにだ。今は星が見えないから、天井のしみを数えたりしているけれど。

僕はどのくらい我慢できるだろうか。

否。

できるだろうか、ではなく 我慢しなくてはならないのだ。
そういうことなのだ、これは。
だってフランソワーズは「腕まくらで抱っこされて眠りたい」と言ったのだから。

だから。

だからこのまま朝まで――そうしなければいけないのだ。

 

「……誕生日、おめでとう。フランソワーズ」

 

僕は小さく言って髪にキスすると再び天井のしみを数え始めた。
普通の誕生日は全然普通じゃなく過ぎていった。

 


続きあります。オトナ部屋の「誕生日の翌朝」