−子供部屋−
(ジョー島村もしくはお嬢さんのお部屋)

 

1月28日    おやすみのキス

 

おやすみのキス。

――って、したことないんだけど?

そう言ったらフランソワーズに笑われて、ジョーはむくれた。

「だっていつもあなたは寝かせてくれないじゃない」
「えっ?」

フランソワーズは軽くジョーを睨み、彼の鼻をぎゅっとつまんだ。

「――もう!えっ?じゃないわよ。自覚症状、ないの?」

ジョーはフランソワーズの手をもぎ離すと、そのまま自分の胸に引き寄せた。

「ないよ。何?自覚症状って」
教えて?と、彼女の首筋に顔を埋める。

「――だから。ジョーのおやすみのキスってね・・・」

言いながら、フランソワーズは身をよじる。

「ちょっとジョー。くすぐったいわ」
「ん?くすぐったい?――おかしいな」
「おかしくないわよ、ちょっとやめっ・・・」

ジョーはやめない。

「ゼロゼロナイン。まだ話の途中よっ」

じゃれてくるジョーを引き離そうともがく努力も虚しく、羽織っていたニットが肩からすべり落ち、それからブラウスが足元に落ちてゆく。

「ジョー、ちょっと待って」
「イヤだ」
「だっ・・・」

フランソワーズは渾身の力でジョーの胸板を押し返した。
びっくりしたように見開かれたジョーの瞳と出会う。

「もうっ!待って、って言ってるでしょ!?」

フランソワーズの剣幕にジョーは黙った。

「いつもいつもこうなんだから!」

さすがにちょっと強引過ぎたかなと反省しかけたジョーのニットの裾に白い両手がかけられた。

「私ばっかり!寒いのわからないの?」
「えっ・・・」

そのままニットが捲り上げられ――ジョーはバンザイをさせられた。
ニットが頭から抜かれ、足元に放られる。

「ジョーも脱がなきゃずるいでしょう?」
「・・・積極的だなぁ」
「そういう意味じゃないわ」
「そうかな」
「大体、ジョーが論点をずらしてるんじゃない。「おやすみのキス」の話をしてたのに」
「ん――だって、したことないし、さ・・・」

フランソワーズのカチューシャを外し、髪に手を埋め引き寄せる。

「・・・してるわよ。いつも」
「――そう?」
「ええ。でも、いつも・・・」

言い切る前に、フランソワーズの声はジョーの唇に遮られた。

――いつもこうして、おやすみのキスをした後に寝かせてくれないんだもの。
だから、いったいどれが「おやすみのキス」なのかわからなくなっちゃうのよ――

それはジョーが悪いと思うのだが、あいにく彼は全く気付いていなかった。
そして今日も。

・・・一度くらい、ほっぺにキスして眠るっていうの、やってみてくれてもいいと思うのよ?
それが「おやすみのキス」よ、って教えてあげるから。

 

 


 

1月27日   白馬の王子さま

 

「ジョーは、騎士と王子とどっちがいい?」
「んっ??」

キスのあとの余韻もまだひかない距離で、いきなりの二者択一だった。

「・・・騎士」

とっさの不可思議な二者択一にもひるまないのはさすが009というべきか。――否。慣れているのだった。彼女の突然の出題には。

「ええーっ。騎士なの?王子じゃなくて?」
「・・・前から言ってるだろ。俺は王子って柄じゃない、って」
「んー・・・・」

不満そうに頬を膨らませるフランソワーズ。

「それとも俺が王子じゃないと何か困るわけ?」

彼は王子と言われたことはかつて一度もなかった。「王に」どうかと提案されたのは数回あったけれど。

「・・・だって、白馬に乗ったことあったじゃない」(注:第39話「大根役者に乾杯!」)
「あの白馬はグレートだよ?」
「でも白馬に乗ったじゃない。白馬の王子さまみたいだったわ」

ジョーは喉の奥でけっと変な声を出した。

「だから。俺は王子って柄じゃない」
「どうしても?」
「ああ」

大体、どうしてそんなに白馬の王子にこだわるんだ・・・と、ジョーは訝しげな視線を向けた。
どうせきっとまた雑誌に何か書いてあったのに違いない。

「・・・じゃあ、私の白馬の王子さまは誰なのかしら」
「ん?」
「だって、ジョーじゃないんでしょう?」
「・・・?」

自分が白馬の王子じゃないと何か都合が悪いのだろうか?
腕の中のフランソワーズは、何か考え込んでいるようだった。

「――あのね。女の子って、誰でも白馬の王子さまを待っているものなのよ」
「へえ・・・そうなんだ」

妙な生物だな――と、思う。自分を含め、男は別にお姫様を迎えに行かなくてはいけないなんて思ってはいないだろう。

「それが恋人だったり、その・・・運命の相手というか」
「ふうん」
「・・・ジョーがそうじゃなかったら、どうなるのかしら」

それに関しては、ずっと前からふたりには思うところがあった。

「――俺は運命の相手じゃないってことだろう」

この言葉を口にする時は、どうしていつも胸の奥が痛むのだろう?

「・・・そうね」

自分で言ったくせに、同意するフランソワーズの声を聞くと胸の痛みは更に増すのだった。

「じゃあ・・・騎士でいいわ。私は」

フランソワーズはジョーの首筋に頬を寄せた。

「前にも言ったけど、王子なんて要らない。私は騎士がいい」

確かに。
以前、眠り姫の話の時にそんな会話を交わした覚えがある。(その話はコチラ)

「誰よりも速く私のところへ来てくれる音速の騎士がいい」
「――ん。そう?」

ジョーはフランソワーズを抱き締め、髪に優しくキスをする。

「女の子の元へ来るのが、白馬の王子さまじゃなくてもいいのよね?」
「そうだね。――でも、その騎士だってたまたま白馬に乗ってるかもしれないけど?」

だったら、やっぱり白馬の王子さまじゃない――

お互いに顔を見合わせて、くすくす笑い合って。
王子でもなくお姫様でもないふたりはそっとキスを交わした。

 

 


 

1月26日    

 

「――ねえ、ジョー?私、思うんだけど・・・」

ここはパリ。
いま二人は向かい合ってオセロゲームをしていた。

「なに?手加減なしって言ったのはきみだよ?」

盤から顔をあげず、頬杖をついて余裕の表情のジョー。手でオセロのコマを軽くジャグリングなんかして。

「もちろんよ、手加減なんかしたら嫌いになるわよ?」

一方のフランソワーズはきらきらした瞳で盤を睨んでいる。頬は心なしか上気している。

「ふうん?待ったもナシだよ?」
「わかってるわ。ジョーこそ気をつけて頂戴」
「あ。ひどいなぁ。・・・で?どこに置くか決まったかい?」
「――ちょっと静かにして。いま考えてるんだから、気が散るわ」

ジョーはちらりとフランソワーズを見た。一生懸命な表情の彼女を認め、口元に笑みが浮かぶ。

「・・・ハンデあげようか?」
「いりません」
「でもこれじゃあ実力差がありすぎると思うけど」
「失礼だわ、ジョー」
「だってさ。赤子の手を捻るみたいで申し訳ないというか」
「・・・その言葉、後悔しないでね?」

フランソワーズがコマを置く。と、すぐにジョーがコマを置いてまたもやフランソワーズは窮地に立たされた。

「――ホラ。どこに置いたって無駄だよ」
「・・・・」

フランソワーズはジョーを睨むと今度はすぐにコマを置いた。

「・・・ふうん。そうきたか」

ジョーはちょっと真顔に戻り、座り直して盤を覗き込んだ。

「・・・ねえ、ジョー?それで、さっきの続きなんだけど」
「――うん?」
「よく「ご褒美のキス」とか「プレゼントはキス」とかって言うじゃない?」
「・・・うん?」
「でもそれって、相手と受け取る側の事情によるわよね」
「・・・ん。事情、って?」

ジョーは盤から目を離さず考え込んでいる。が、表面上はフランソワーズとの会話もこなしていた。今のところは。

「だから。相手によっては「罰ゲームのキス」だったり、「お仕置きのキス」だったりするわけ」
「罰ゲーム?」
「だって、嫌な相手とするのだったら、それは罰ゲームでしょう?」
「・・・嫌な相手となんでキスするんだ」
「だから、罰ゲーム」
「・・・ふうん」

ジョーがコマを置こうと手を伸ばした。

「ジョーは、したことある?」
「――えっ?」

指先が揺れた。

「何が?」

思わずジョーの視線が盤からフランソワーズに向く。

「罰ゲームのキス」
「なっ・・・」

危うくコマを落とすところだった。

「そんなの、したことないよっ」
「・・・そう」

フランソワーズはジョーの指先をちらりと見つめ、再び口を開いた。

「私はある、って言ったら?」
「えっ!?」

その瞬間、ジョーの指からコマがこぼれ落ちた。

「あっ!」
「だめよ、置き直しは!」
「いやでも、今のは」
「だめよ、ジョー」

フランソワーズはジョーの予定してなかったところに置かれたコマのその横に自分のコマを置いた。

「ばっ、ずるいぞ、今のは――」

伸ばされたジョーの腕をブロックしつつ、コマを反転させてゆく。

「ああっ、フランソワーズ――」
「形勢逆転!!」

あっという間の大逆転だった。

「ああもう・・・フランソワーズ。ずるいぞ」

頭を抱えるジョーに、フランソワーズはにっこり微笑んだ。

「あら、ずるくないわよ?私はなーんにもしてないもの」
「・・・嘘ついたじゃないか」
「嘘って?」
「――罰ゲームのキスをしたことがある、って。そんなの嘘だろ」
「嘘じゃないわよ?したことあるもの」
「――誰と」

頭を抱えたジョーが、その腕の隙間からフランソワーズを探るように見つめた。
ジョーの心中は複雑だった。フランソワーズがそういう罰ゲームがある遊びをしたということが許せなかったし、更にはそれを実行していたことも我慢できなかった。例えそれが過去のことでも。

――どうしてわざわざ俺に言うんだよっ・・・!

「さあ。誰でしょう?」

軽く首を傾げるフランソワーズに、ジョーは急に腹が立った。

「――ふざけるな」
「だって、遊びよ?」
「遊びっ・・・」

遊びとはいえ、誰かとフランソワーズがキスをしたことに変わりは無い。

「何なんだよ、罰ゲームのキスって!!」
「・・・知りたい?」
「ああ、知りたいね!言えるもんなら、言ってみろ!」
「ま。ジョーったら」

フランソワーズはさっと立ち上がると、そのまま身を乗り出し――ジョーの顔を両手で掴むとそのまま唇を重ねた。
この一連の動作はコンマ数秒の早業で行われた。

「――っ、なっ・・・!」

フランソワーズはジョーの唇にキスしたあと、両頬にもちゅっと音をたててキスを送った。

「――ね?」
「・・・・フランソワーズ」
「罰ゲームのキス」
「・・・・罰ゲームのキス、って嫌な相手にするんだったろ」

俺は嫌な相手なのかよ・・・と小さく言う。

「ん。名目上はね」
「名目上?」
「そう。オセロで負けたひとは勝ったひとからキスされちゃうの」
「・・・・いつ決まったんだ、そんなこと」

小さく言うジョーの声は無視された。

「だから、これが罰ゲームのキスよ?」

だから、俺は嫌な相手なのかよ?と呟く声に、フランソワーズはくすくす笑った。

「言ったでしょ?相手と受け取る側の事情による、って」

ああ、そんなようなことを言っていたな――というジョーの声。

「だから、これはジョーへの罰ゲーム」
「・・・俺は嫌な相手なのか」
「んん。ジョーは私とキスするの、イヤだった?」
「えっ」
そんなことがあるわけがない。

フランソワーズはテーブルに両手をつくと、身を乗り出してジョーの顔を覗きこんだ。

「イイコト教えてあげる。罰ゲームっていうのは今考えたの」
「えっ」
「だって、ジョーの顔を見てたら・・・」

キスしたくなっちゃったんだもの――

 

***

 

真っ赤になって撃沈したジョーを見つめ、ジャン兄はため息をついた。

――フランソワーズに手玉に取られてどうする。オセロよりフランソワーズに勝つことを憶えるのが先決だな。

 

ジャンは知らなかったのだが、ジョーがフランソワーズに勝つことは永遠にないのだ。
何しろ今までに一勝もしていないのだから。
そして、これからも。

 

でも、負け続けていたいのもまたジョーなのだった。

 

 


 

1月25日

 

「――フランソワーズ?」

自分でも聞き取れないかのような小さな小さな声。それでもおそらく、彼女には聞こえるはずだ――と、ジョーは思い、もう一度名を呼んだ。

「・・・フランソワーズ」

しかし、彼女は眠っている時に耳のスイッチを入れていただろうか?
改めて考えると、それはなかったようにもあったようにも思われ、ジョーには判断ができなかった。
隣に彼女がいる夜は、彼にはそんなことはどうでもいいことになってしまうのだ。それ以外に大事なことがたくさんあるし、どれも優先順位の上位にあった。彼女が寝る時に耳のスイッチをどうしているのかなぞ、優先順位100位くらいのものだった。
ジョーは無言の彼女を見つめ、しばし思案し――そうしてそっと手を伸ばした。

「・・・フランソワーズ」

そうっと肩を揺する。

「・・・・ん」

ため息のような声が洩れ、ジョーは一瞬、いま自分がここに何しに来たのか危うく忘れそうになった。

――そうじゃない。いまここにいるのは、そっちじゃなくて・・・

真っ暗なフランソワーズの部屋。
ベッドに眠るフランソワーズを見下ろし、ジョーは闇の中に立ちつくしていた。

 

***

 

フランソワーズの誕生日。

昼にレストランで食事をしたあとは、ジャンが彼女にプレゼントを買ったりあれこれして――部屋に戻ったのは午後7時を過ぎていた。
そのあとは、ケーキを食べたりワインを飲んだりしながら、フランソワーズの舞台の話をしたりしていた。
何しろジョーは、ジャンに弱みがある。彼に妹の舞台情報を流さなかったのがそれであった。だから、彼の最も苦手な分野――舞台の感想を述べる――をジャンは彼に課したのだった。
当然、それはフランソワーズも聞く機会がなかったので、ジョーはなぜか「アルヌール兄妹」を相手に窮地に追い込まれてしまった。
おかげで、ワインはどんどん進み――ジャンが爆笑したり、フランソワーズが怒ったり・・・そうしてジョーは窮地を脱出した。

そして今は、すっかり寝静まった深夜2時。

ジョーはゲストルームからそうっと抜け出し、こうしてフランソワーズの部屋にいるのだった。

 

***

 

「・・・フランソワーズ」

少しだけ声のボリュームを上げてみる。

「ん・・・」

フランソワーズの睫毛が震えて、静かに目が開いた。
ぼんやりとジョーを見つめる。

「・・・ジョー?・・・どうしたの」
「・・・うん」

フランソワーズはベッドに半身起こすと、上掛けをめくりジョーに座るよう促した。
ジョーは言われるまま素直にそこに腰掛けた。

「いったい、どうしたの?」

問うフランソワーズの声も、先ほどのジョーと同じように細く小さかった。

「――だめよ?むこうの部屋にはお兄ちゃんもいるんだから」

フランソワーズの部屋から二部屋ぶん先の、廊下の突き当たりが兄の部屋だった。

「そう決めたじゃない」

諭すように言う。が、ジョーの様子がいつものそれとは違うことにはとうに気付いていた。
もし、彼が夜這いをしかけてきたのだったら、こんな風には起こさない。それならば既にベッドに入っているはずなのだ。

「・・・違うよ、フランソワーズ」

ジョーは苦笑するとフランソワーズを見つめ、そうっと手を伸ばして彼女の髪を撫でた。

「――昨日が誕生日だっただろう?」
「ええ」
「・・・だから、だよ」
「だから・・・?」

フランソワーズはちょこっと首を傾げ――そうしてふっと笑みを洩らした。

「ジョー」

そのまま身体を伸ばし、ジョーの首に腕をかけて抱き寄せる。

「――ありがとう。嬉しいわ・・・」

 

誕生日とひとくちに言っても24時間あるうちの、いつ生まれたのか。
例えば、早朝に生まれたのなら、その日にお祝いをするのはわかる。が、もしも23時頃生まれたのならば、それ以前に祝うというのがジョーは納得がゆかなかった。
自分のように、確固たる「誕生日」がわからないならともかく、ちゃんと「いつ」かわかっているのなら――きちんと祝いたかったのだ。しかも、それがフランソワーズなら尚更。

だからジョーは、フランソワーズの誕生日が終わってすぐ――つまり、時計の針が24時を過ぎてから――フランソワーズにおめでとうを言うことにしていた。
数年前の昨日、生まれてくれてありがとう。
そして、新しいきみに一番先に出会うのは僕だ。
いつもそう言って抱き締める。それが常だった。

けれども今日は、兄妹三人でワインを飲みながら馬鹿話しをし――それなりに盛り上がったし、楽しかったのだが、気付くととうに24時は過ぎており、深夜1時を過ぎてから後片付けをしたりあれこれして各自部屋へひきとったのだった。
フランソワーズは、だから、ジョーは忘れていると思っていた。
酔っ払っていたし、別に24時を過ぎてすぐそう言われなくても構わないわよね・・・と。
一抹の寂しさは感じていたものの、毎年のように二人きりではなく兄がいるパリにいるのだとういう状況を考えるとそれも仕方のないことだと納得もした。
だから、ベッドに入ってからもすぐに寝入ってしまった。
アルコールの力と、あとは・・・きっと、明日の朝、起きたらジョーはすぐいつものように抱き締めて、いつものように言ってくれると信じていたから。

だからまさか、こんな夜中にわざわざやって来るとは思ってもいなかったのだ。

「――ごめん。わざわざ起こすこともないかと思ったんだけど」

ジャンが完全に寝入るまで待ったのだ。
彼の部屋を覗いたわけではないが、もし何かの拍子に彼が起きてきて、自分がフランソワーズの部屋へ行くのを見たらそれはやはり心穏やかではいられないだろうと思ったのだ。
だから、彼が部屋へ引き上げてから約一時間待った。
もちろん、気配を消して行動するのは009としては特に難しいことではなかったのだけれど。

「でも、やっぱりどうしても」
伝えたくて。

「・・・生まれてきてくれてありがとう。フランソワーズ」

 

 

*****
実はオトナバージョンも書こうと思ったのですが、昨年のお嬢さんバースデーオトナ編を読み返してみたら
ああ、ここで全部書いちゃってるからいいや。と。(「オトナ部屋」Eリクエスト です)
とはいえ、今年はジョーを独り占めしていないんですよねー、お嬢さん・・・。
・・・やっぱり展開はオトナにするべきなのでしょうか(悩)


 

1月24日

 

フランソワーズの誕生日なので、ジャンとジョーとフランソワーズの三人は昼食をレストランでとることにした。
とあるホテルにある三ツ星レストランなので、昼とはいえ三人はドレスアップしていた。

フランソワーズは新しいワンピースにご満悦だった。
何しろ、それは兄とジョーからのプレゼントだったのだ。

 

***

 

昨夜のことである。
部屋で荷解きをしている時に突然言われたのだ。明日の昼は三ツ星レストランでコースだぞ、と。

「嬉しい。ありがとう、お兄ちゃん」
「どういたしまして」

誕生日と、先日の公演「ジゼル」の成功のお祝いも兼ねているようだった。

「あ、でも・・・」

遅ればせながら、大変なコトに気付く。
前もって言われていたならともかく、普通のワンピースくらいしか用意してない。
もちろん、可愛くキレイにみえるようにおしゃれは頑張るつもりではいる。でも。

――知ってたら、もうちょっと頑張って服を選んできたのに。

クローゼットにかかっているワンピースを思い返し、小さくため息をつく。
もちろん、あれだって悪くはないけれど・・・でも・・・。

買ったばかりのそのワンピースは、薄いピンク色の長袖のワンピース。シルク混紡で動くと光沢を放ってとてもきれいだったから、試着してすぐに決めた。
だから、気に入っているのは確かだし、ちょっとした場所でも対応できるからいいかなと思っていたのだけど。

せっかくのお祝いの席なのに・・・ちょっと地味じゃないかしら。

「ん?どうした?」
「困ったわ。何を着て行ったらいいのかしら」
泣きそうになる。

「この前買ってたじゃないか。あのピンクの。可愛かったぞ、あれ」
「うん・・・」

でも、せっかくなのに。少しでもランクアップしたおしゃれをしたいと思うオトメゴコロ。を、わかって欲しいと思っても、兄とジョーの二人が相手では無駄な努力なのだろう。
軽く肩をすくめる。

「そうね。あれで大丈夫かな」
「お前は何を着てもキレイだから大丈夫だよ」

頭をポンポンと撫でてくれる。

「フランソワーズは何を着てもキレイだから大丈夫だよ」

ジョーもにっこり笑って兄と同じセリフを復唱する。
やっぱり、この二人にはオトメゴコロを理解しろなんて無理な相談だった。

フランソワーズはひとり自室に戻り、ワンピースを出してアクセサリーやバッグの吟味を始めた。

 

***

 

当日の午前中。
フランソワーズは出かけるための準備に余念がなかった。

せっかくの「おでかけ」だし。ちょっとでいいから、お兄ちゃんとジョーに「キレイだね」って思って欲しい。

髪をアップにしようかどうしようか迷う。

どっちがいいかしら。でも・・・確かジョーは首筋が出るのはあまり好きじゃなかったような気がする。
少しだけ後ろでまとめて、あとは毛先をカールさせたほうがいいかしら。

予約時間まであと二時間あるし、カーラーを巻く時間はじゅうぶんある。
フランソワーズはひとつ頷くと、ホットカーラーのスイッチを入れた。

と、そこへノックの音。

「フランソワーズ。ちょっといい?」

ジョー?

「ええ、大丈夫」
言いながらドアを開ける。

「あ。・・・似合うね」

ピンクのワンピース姿のフランソワーズを見つめ、言葉に詰まりながら言うジョー。
そういうジョーはまだシャツ姿で、何にも準備をしていなかった。

「ありがとう。で・・・どうしたの?」
「あ、ウン。これ・・・」

背後に隠し持っていたらしい箱が差し出された。結構、大きい。でも軽い。

「・・・え?」
「誕生日のプレゼント。・・・開けてみて」

いつもは、自分の選んだものが気に入ってもらえるかどうかが気になって、絶対に「後で見て」と言う彼にしては珍しい事を言う。
フランソワーズはそこはかとない違和感を感じつつも、彼の顔と箱を見比べながら、箱のリボンを解いた。
そして。

「えっ・・・・ジョー?」

箱の中には、薄紙に包まれ大切に容れられたワインカラーのドレスがあった。
そして、同じ色の靴も。

「・・・きれい」

思わず手に取り、胸にあてて鏡を見る。
キャミソールタイプの肩紐。胸元はドレープが入っていて、左胸の部分にはバラのコサージュがついていた。
そして裾はフレアーでシフォンと二枚重ねになっていて、動くたびにふわんと揺れそうな感じ。

「良かった。やっぱり似合うね」

ジョーはフランソワーズの後ろから、鏡に映った彼女を見つめ満足そうに微笑んだ。
しかし。

「ねぇジョー、どうして」
「うん?」
「・・・これ・・・あなたが選んだんじゃないわよね?」
「うん」
「じゃ、誰が」
「一緒に買い物に行ったおんなのこ」

さらりと言われ、胸にあてていたドレスを思わず離す。

一緒に買い物に行ったおんなのこって・・・誰?

いつ・・・出かけたの?

シーズン前のジョーは、まだそれほど忙しいわけではなかったから、殆どの日をフランソワーズと一緒に過ごしていた。出かける時は必ず一緒だったし、もちろん家にいる時も離れたりなんかしなかった。
なのに。
その合間をぬって、ジョーは誰かと出かけたのだ。

胸の奥がぎゅっと痛くなった。
自分の知らないおんなのこと一緒に歩くジョーの姿が脳裏に浮かび上がる。
そんなの、自分のくだらない想像にすぎないとはわかっていても、その映像は消えない。
このドレスを指差すおんなのこ。ジョーはにっこり笑ってこれに決めて、そして――いまここにあるのだ。

「あの、・・・ジョー?」

喉の奥が詰まる。

「せっかくだけど、このドレス・・・」

ジョーが他のおんなのこと一緒に選んだドレスなんて、とてもじゃないけど着られやしない。

「うん?――どうかした?」
「どうかした、って・・・」

ジョーは平然としている。

「・・・だって」

――誕生日に、他のおんなのこが選んだドレスを恋人に贈るひと。

「・・・私」
「絶対、似合うと思うんだけどなぁ」

悪びれないジョーの声が響く。

「あのね、ジョー。私、これは」
受け取れないわ――と言い切る前に、フランソワーズは背後からジョーに抱き締められていた。

「ジョー?」
「・・・バカだなぁ。その顔は何か誤解してるだろ。これは、この前一緒に行ったクイーンズスクエアで見てただろう?・・・それの、色違い」

そんなの覚えていなかった。何しろ、素敵な洋服はたくさんあったのだから。

「すごく気に入ったみたいで名残惜しそうにしてただろ。だから、君が買い物をしてる時にちょっとね」

サイズを言って、そのまま配送してもらっていたらしい。靴もその時一緒に。
全然知らなかった。

「――もうっ。まぎらわしい言い方しないで。心臓が止まりそうだったわ」

つまり、一緒に行ったおんなのこというのはフランソワーズの事で、服を選んだのも彼女という意味だったのだ。

「なんで」
「知らないっ」
「僕がきみ以外の子と出かけるわけないだろう?知ってるくせに」

こんなサプライズは要らなかった。ジョーが誰か他の女性と一緒に歩いたかもしれない・・・などと、思うだけで心がひんやりと冷たくなってゆくのだから。
けれども、こうしてジョーに抱き締められていると徐々に冷たくなった心も温まってゆく。

――もう。ジョーのばか。

「今日はこれを着て行かない?」

耳元でジョーが言う。かかる吐息がくすぐったくて、フランソワーズは身じろぎした。が、抱き締めている腕は緩まない。そのまま彼の唇が耳元を掠めた。

「そうしたいけど・・・サイズが合うかしら」
「それは大丈夫。なにしろこの僕が選んだんだから、サイズが違うわけがないじゃないか」

 

***

 

数週間前。

「・・・ああ、そうなんですか。・・・はい。そうします・・・えっ?」

しばし電話の向こうの相手の声に耳を傾ける。

「え、でも・・・」
『おいおい、アイツのサイズくらいわかってるんだろう?』

からかうような声音にジョーはいったいどう答えたものかと逡巡する。
本気で言っているのか。それとも冗談なのか・・・?

しばし沈黙。

『黙るなよ。いいか、俺は教えてやらないぞ』
そこまで面倒みきれんからな。と、声が続ける。

「は・・・はい。わかりました。・・・なんとかしてみます」
『そんな情けない声を出すな。お前が失敗したら元も子もないんだからな』

・・・そうだろうか?
なんとなく、なし崩し的に「失敗はお前の責任」にされてしまったようでやや憮然とする。

――そんなの、計画立案者の責任じゃないのか?

彼の心の声を聞いたのか、海の向こうの相手は軽やかに彼の弱点を衝いてくる。

『いいじゃないか。お前だってアイツの喜ぶ顔、見たいだろう?』

・・・この家系はどうして僕の弱点を知っているのだろう?もしかしたら、前世からの仇敵なのかもしれない。

などと妙なコトまで考えたりする。けれども。

「わかりました。僕も彼女の喜ぶ顔、見たいですから」

結局、そう答えてしまうのだった。

 

そんな打ち合わせがあって――そして、兄とジョーの連携でこのプレゼントがこうして今渡されたのだった。

 

「――じゃあ、着替えるからジョーは外に出て」
「なんで」
「なんでじゃないでしょ?ダメよ。お兄ちゃんがびっくりするわ」
「・・・着替えるの手伝えるのに」
「いりません」

フランソワーズに背をぐいぐい押されて、ジョーは部屋から押し出された。
が。
背後でドアが閉められる一瞬前。ジョーは肩越しにフランソワーズに言ったのだった。唇に笑みを浮かべて。

「男が女性に服を贈るのは、それを脱がせるためだ――っていうの、知ってる?」

冗談とも本気ともつかないジョーの言葉。――いや、100%本気だったろう。おそらく。
ともかく、ジョーの瞳のいたずらっぽい色を認め、フランソワーズは朱に染まった。

「知らないっ。ジョーのばか!」

 

 


 

1月23日

 

嘘みたいに、あっという間にパリにいた。

「・・・嘘みたいだ」
「何が?」

兄の迎えを待つふたり。飛行機は定刻に着いたはずだった。が、ジャンの姿はまだ見えない。
空港の出口でフランソワーズは道の向こうへ目を凝らしていた。
ジョーはぼんやりと空を見上げる。残念ながら快晴ではなく、分厚いグレイの雲に覆われていた。

「・・・嘘みたいに寒い」

冬のパリは、暖かい日本の関東地方から来た身にとっては極寒の地であった。

「寒いよ、フランソワーズ」
「ちゃんとコート着てるでしょ?マフラーはしてる?」
「うん」
「手袋は?」
「してる」

フランソワーズはジョーを一顧だにせず、道の向こうを見つめている。無視されたようなジョーは非常に不満だった。話し相手はしてくれるけれど、自分のほうを見てくれない。
いつもならこんな風に思わないのだけど、何しろ本当は――今日から明日にかけてふたりっきりで過ごすはずだったのだ。それが全部、反古になった。

「じゃあ寒くないでしょ?」
「・・・ココロが寒い」
「何よ、ココロって・・・あ、お兄ちゃん!」

フランソワーズがぱあっと顔を輝かせ、ジョーを振り返る。

「渋滞にはまってただけだったわ。いま抜けたところ。もうすぐ――ジョー?」

フランソワーズは振り返った途端、ジョーの胸に押し付けられていた。頬が彼のコートに触れる。

「――どうしたの?」
「・・・寒いから」

ちらりと見上げた顔は憮然としているようで――拗ねているようでもあった。

「――寒がりね。ジョーは」

そのまま抱き締めあって――ここはいったいどこなのか、いま自分たちは何をしていたのか――も、すっかり忘れるくらいお互いの体温で暖をとって。

 

***

 

「・・・アイツら」

数メートル前から、自分の妹とその恋人らしき人物を認めたものの、どうやらラブシーンの真っ最中のような影。
車を目の前に停めても気付かない。

ジャンはため息をつくと、そのまま頬杖をついて二人の姿を見守った。目を細めて。

――さて、いつ声をかけたものやら・・・

 


 

1月22日

 

「誕生日?」

夕食後の後片付けも終わったキッチンからなかなか戻って来ないフランソワーズを見に来たジョーに背後から声をかけられ、フランソワーズは肩越しに振り向いた。

「うん。ほら、もうすぐだろう?」

フランソワーズの誕生日は24日である。

「今年はどこへ行きたいかなーと思って、さ」

照れたように頭を掻きながら視線を彷徨わせ、問うてくるジョー。
毎年、フランソワーズの誕生日はふたりっきりで過ごすことになっている。
その日は、ジョーはフランソワーズのナイトもしくは下僕と化すのだ。つまり、フランソワーズの「言う通り」「望み通り」なんでもするのである。いったいいつからそういう決まりになったのか――は、ふたりとも忘れてしまった。案外、ジョー自身が言い出したことだったかもしれない。何故なら、下僕と化してもジョーは不満を言うどころかむしろ嬉しそうだったから。
ともかくその日は、二人で外出し外泊するのが常だった。そのためのホテルもちゃんととってある。
問題は、フランソワーズがどのくらいの遠出をしたがるかだった。それによってストレンジャーのチューンも変わってくる。

「――行かないわよ。どこにも」
「・・・へっ?」

フランソワーズはジョーから視線を逸らすと再び手元を見つめる。先刻からキッチンテーブルで何か作っているのだった。ジョーにはそれがいったい何なのか全然わからない。が、いまの問題はそれではないのだ。

「どこにも、って・・・」
「言ってなかったかしら?明日、パリへ帰るって」
「パリ!?」

しかも、

「明日!?」

フランソワーズは妙な声を出したジョーをきょとんと見つめた。

「・・・言ったはずよ?ちゃんと」
「き。聞いてないぞ、そんなのっ」
「ううん。ちゃんと言ったわ。――そう、確か一週間前に」

――今年のお誕生日はパリで過ごすの。・・・ホテルの予約をキャンセルするの、一週間前なら大丈夫よね・・・?

「・・・・そ」
そうだったっけ・・・?

「ほら、年末に帰らなかったでしょう?お兄ちゃんが帰って来い顔を見せろってうるさくって。「ジゼル」もどうして呼んでくれなかったんだ、って拗ねてるのよ」
「う・・・」

それを言われると弱かった。何しろ、フランソワーズが「ジゼル」を演じるのをついうっかりジャンに言い忘れていたのだから。彼女のファン第一号である兄は、彼女の初舞台からずっと、見逃すことなどなかったのだ。
それが――妹の一番の憧れだった「ジゼル」。しかも主役。その舞台を見逃して悔やんでも悔やみきれず、連絡をしてこなかった妹を責めるよりも、どうしてジョーお前が言わないんだと散々叱られたのだ。

「・・・もう。ジョーったら。その調子じゃホテルのキャンセルもしてないでしょう?」

フランソワーズは手元のボウルにラップをかけると冷蔵庫にしまった。
そうしてエプロンを外し、しょんぼりと肩を落とすジョーの腕に手をかけた。

「きっとそうだと思って電話しておいたわ。ホテルに」
「えっ」
「落ち込んでいる暇はないのよ。その様子じゃ準備も何にもしてないでしょう」
「――準備」
「あら。一緒に行かないの?」

蒼い瞳が笑みをたたえてジョーを見つめる。

「・・・行く」
「でしょう?ほら、早く準備しなくちゃ」

 

*******
・・・お嬢さんがいったい何を作っていたのか、私にもわかりません・・・


 

1月5日

 

「・・・フランソワーズはいつからレッスン?」
「来週から、よ」
「ふうん・・・」
「ジョーは?」
「んー・・・いつからだったかなぁ」
「覚えてないの!?」

呆れた、と軽くジョーを睨む。

「ちゃんと予定表を見ておかなくちゃダメじゃない」
「うーん。まだいいんだよ。・・・たぶん」
「たぶん、じゃないわ。御挨拶周りとか色々あるんじゃないの?」
「・・・今年は年末パーティにも出たし、いいんだよ。そもそも今まではまだパリにいる頃だし」
「それはそうだけど」

うるさいなあ、いいじゃないか。と呟きながら、ジョーはフランソワーズを抱き寄せ目をつむった。

「ちょっと、ジョー。もう起きなくちゃ」
「いいよ。みんなもまだ寝てるよ」
「起きてるわよ。もうお正月は終わったんだから」
「知らないの。日本では7日までは正月なんだぞ」
「意味が違うでしょう?」

けれどもジョーは答えない。目を閉じたまま眠ってしまったかのようだった。

「もうっ・・・とにかく私は起きるから」

ジョーの腕を押し退けて身体を起こす。
上掛けをめくり、するりとベッドから抜け出そうとすると――

「フランソワーズがいないと寒い」

妙に甘えた声で言われ、腰に腕を回された。

「ダメよ、ジョー」
「ヤダ」
「暖房つけておくから、寒くないわ」
「ヤダ、寒い」
「ジョー?」

そっと腕を解こうとすると、突然ジョーが起き上がった。
そのまま背後から羽交い絞めにされる。

「いやだ、って言ってるだろっ!」

フランソワーズは抱きついてくるジョーの腕をぴしゃりと叩いた。

「もうっ。朝から何威張ってるのよ!?」
「うるさい」
「ジョー?」
「俺のいう事をきけよ」
「イヤよ」
「フランソワーズ!」
「なあに?」

目が合った。

「・・・・卵焼きは甘くしてクダサイ・・・」
「はい、了解」

 

*****
お嬢さんの勝利♪


 

1月3日

 

〜カウンター10万ヒット記念&年末年始特別企画〜 

「温泉旅行」

 

Fガールズトーク

「こういうのって、何だかいいわよね」

枕を並べている三人の003。
既に夜も遅く、そろそろ日付も変わるかという頃だった。
夕食後も部屋で飲むといってきかない009たちを置いて、三人でお風呂に入り、そうしてもう一度009たちを見に行き――酔い潰れている009たちを発見した。彼らがワインをがぶがぶ飲んでお互いを潰し合ったことは明らかだった。否、潰し合ったというよりも、誰が一番酒に強いか大会をしていたらしい。その証拠にワインだけではなく、日本酒や、果てはウオッカ(宿の主人の秘蔵の品だった)の瓶まで転がっていたのだから。
酔い潰れて全く正体のない三人の009を、ひとりひとり布団に入れるのは大仕事だった。
何しろ、意識のない彼らは――いくら軽量化された最先端の金属を持つ体とはいっても――やはり、普通の人間よりかなり重いのだから。
三人がかりでひとりずつ運び、なんとか寝かしつけて部屋を出た。
そうして、こちらの女性部屋では、それぞれの009の話を何となくしながら時間を過ごしているのだった。

「そうね。滅多にないものね」
「ジョーたちはそれぞれ別々に部屋に入りたがっていたけど・・・でも、せっかく一緒に来たんだもの、それじゃあつまらないわよね」
「普段、一緒にいるから、旅行先くらい我慢すればいいのに」

くすくす笑いながら新ゼロフランソワーズが言うと、他の二人はちょっと黙った。

「・・・でも、私たちは普段離れてるから」
「あ。・・・ごめんなさい。遠距離恋愛だったわね。あなたたち」

日本とフランスと、ずっと離れているのは辛いだろう――と、新ゼロフランソワーズとスリーは思いを馳せた。

「――私たちは少しはマシかしら。同じ日本にいるから」
同居ではないけど、とスリーが言う。
「あ、でも、一緒に泊まりたいかっていうとそういうわけじゃないのよ?もしそうだったらどうしようって思ってたんだから」
真っ赤になって、慌てて言う。

「スリーったら。真っ赤よ?」
「そんなに慌てなくたって・・・相手は009よ?何も心配することなんか」
「でも、私たちは・・・そのう、そういう・・・関係じゃ、ないから」
「あら。あなたたち、まだ付き合ってないの?」
呆れた。と、新ゼロフランソワーズがため息をつく。

「聞いてよ、彼女たちはまだお互いの気持ちもわからないっていうのよ。どう見たって付き合ってるとしか思えないのに」
「――そうなの?・・・そうは見えなかったけれど」
「ち。違うわ、ちゃんと、・・・お付き合い、してるわ、よ?」

スリーがもじもじと浴衣の裾をつまむ。

「ただ、その・・・そういう関係じゃないというか、・・・」
「そういう関係じゃない、ってどういうこと?」
「だから、その・・・一緒に泊まるような仲じゃないというか」

超銀フランソワーズと新ゼロフランソワーズは顔を見合わせた。

「つまり・・・一緒にお風呂に入るような関係じゃない、ってこと?」
「ええ、まあ・・・そんな感じ」
やだわ、恥ずかしい――と、顔を覆うスリーに、他のふたりは小さく笑い合った。

 

**

 

「告白されたの?――いいわねえ」

クリスマスの出来事をスリーから聞いて、新ゼロフランソワーズはうらやましそうに言った。

「うちのジョーなんて、はっきりそう言ってくれたわけじゃないもの」
「えっ、じゃあ、どうやってお付き合いすることになったの?」

目を丸くするスリーにちょっと頬を赤らめる。

「・・・実力行使よ」
「実力行使?」
「・・・ええ。言葉では言ってくれないの。はっきりとは」
「言葉じゃない、って・・・」
「・・・まあ、いいじゃない。そちらはどうなの?」

スリーの視線から逃げるように超銀フランソワーズに話を振る。

「えっ?それは――うちも似たような感じ、よ?」

涼しげに微笑む超銀フランソワーズ。

「・・・どこの009も同じじゃない?元不良で悪いコトもたくさんしてきたみたいだけど、でも基本的にはとっても優しくて照れ屋さんなの」
「――そうね」
その上、やきもちやきで甘えんぼで泣き虫だけど。と、心の中で付け加える新ゼロフランソワーズ。

「・・・そうね。優しいわ」
でも元不良っていうのは違うと思うの。と、心の中で首を傾げるスリー。

いつも自信満々だけど、肝心なところはいつも自信がなくて。私がいつかいなくなってしまうのではないかと思ってるのよね――と、超銀フランソワーズは思う。
私が彼を思うのは当然、みたいな顔をしているけれど、本当はそんなに自信満々じゃない。何故だかわからないけれど。
きっとそれは、彼の生い立ちに起因しているのだろう。
一緒にいる、離れないと何度も繰り返したところで、彼の心の奥の方では不安が勝ってしまうのだ。
だから私は、繰り返し言ってあげるの。――好きよ。って。
それでも、彼の気持ちが見えなくなって不安になることもあるけれど。でも・・・きっと、彼は私から逃げないわ。

「・・・フランソワーズ?」

黙り込んだ超銀フランソワーズを心配そうに見つめるふたりの003。
超銀フランソワーズはにっこり微笑んだ。

「ごめんなさい。ジョーのこと考えてたら、ちょっと顔が見たくなっちゃって」
「・・・そうよね。会うの、久しぶりなんでしょう?」
「ええ。でもいいの、こういう機会がないとなかなか会えないから、今回は誘ってもらって良かったわ」
「でも・・・、だったら、二人っきりになりたかったでしょう?」
「ううん。けっこう二人きりになってたから大丈夫!」

とはいえ。

別室で高いびきの三人の009を思い浮かべ、やっぱり隣に彼がいないとちょっと寂しくて物足りないなと思ってしまう003たちであった。

 


 

1月2日

 

〜カウンター10万ヒット記念&年末年始特別企画〜 

「温泉旅行」

 

E参拝

神社はそれほど混んではいなかった。が、それでもふと目を離せば迷子になってしまう程度には人がいた。

「フランソワーズ、僕から離れるな」

ぎゅ、と腰を抱く手に更に力をこめたのは新ゼロジョー。
フランソワーズは先刻から、歩きにくいのと暑いのとで、ジョーがぴったりくっついて離れないのに閉口していた。

もうっ・・・これ以上、どう離れるなっていうの?

とはいえ。
ちらりと見上げた褐色の瞳は真剣そのもので、人混みから彼女を守る事しか考えていないようだった。

全く。ミッションじゃないのに。こんなに真剣にならなくても大丈夫なのに。――しょうがないひと。

フランソワーズの事となると、何をおいても一生懸命になる彼。
おそらく、ひとによってはそれが「重い」とか「窮屈」に感じることもあるだろう。まっすぐ一生懸命に真剣に向かってくる想いとはそういうものだ。
しかし。
もし、ジョーが自分に一生懸命ではなくなったら?
重いくらいの愛や、窮屈に感じるくらいの独占欲と全く無縁になってしまったら?
そう考えるとぞっとする。
そんなジョーはジョーではない。
だから。

・・・いいの。私はこのジョーがいいんだから。

愛情が重くたって平気。そのくらい何でもない。窮屈な独占欲は、時にはうっとうしいことだってあるけれど、けれど全く束縛されなくなったら――束縛してくれなくなったら、私はきっと悲しくて悲しくて毎日泣いているだろう。
つまりはそういうことなのだ。

「ん?なに?」

ぴったりくっついていると、さすがにジョーも暑いらしく額に汗が浮かんでいる。
フランソワーズの腰を抱いて人混みをぬうジョー。その瞳は周囲の状況を把握するのに忙しい。
が、フランソワーズの視線を感じたのか、すぐに注意を彼女に戻す。
ミッション中のように、生死にかかわる場合はそれはない。が、こうして平和な時は、ジョーは彼女が見つめていると必ず返事をするのだった。
フランソワーズはそれが嬉しかった。

「・・・ううん。なんでもないわ」

好きよ。ジョー。

「そう?」
「ええ、そう」

お互いに微笑みあって。
たわいもない日常が泣きたくなるくらい幸せだった。

 

***

 

きみは僕が守る。って言ったくせに。

スリーは周囲をきょろきょろしたが、何度見てもナインの姿を確認することはできなかった。

もうっ。肝心の時にいないんだからっ・・・

小さくため息をつく。
おみくじを引いたときまでは隣にいた。そして、「大吉」にあれこれ薀蓄を語り、その後、お守りを見たいと言った時に「僕は向こうにいるから」と超銀ジョーと甘酒を飲みに行ってしまった。
超銀フランソワーズとふたり、お守りをあれこれ吟味していたら声をかけられたのだった。
いま一度、背後に立っている若者二人組を見る。
大学生のようだった。いまどきの、格好いいんだか、だらしないんだか判然としないファッション。
スリーはそういう着こなしは好きじゃなかった。

あんなにズボンを下げて穿いたら、いざというとき走って逃げることができないわ。

それにしてもしつこい二人組だった。
それとなく断っても、日本語が通じてないのかにやにやするばかり。
超銀フランソワーズは先刻から完全無視を決め込んでいて、そこには空気しかないみたいに振舞っている。
スリーもそうしたいのは山々だったのだが――彼らの、超銀フランソワーズのうなじを見る目つきや、自分に絡みつく視線が鬱陶しくて不快だったから、何としてもどこかに行ってもらいたかった。

いったいどう言えばわかってくれるのかしら。

「――大丈夫よ」

超銀フランソワーズが視線を手元のお守りに向けたまま、小さい声で言う。

「すぐ来るわ」

誰が?と問う必要はなかった。
003のピンチに来ないのは009ではないからだ。

超銀フランソワーズがそう言った直後だった。
背後の若者ふたりが一瞬のうちに地に這ったのは。
自分たちに何が起きたのか把握できず、不思議そうな顔で周囲を見回し、そうして立ち上がろう――と、したその時。
彼らは自分たちの腕が背後に捻り上げられるのを感じ、次の瞬間、激痛に襲われていた。

若者二名の背後にいたのは、ふたりの009。
ひとりは顔色も変えず、笑みさえ浮かべて涼やかな声で言う。

「フランソワーズ、どれにするか決まったかい?」

フランソワーズも目を上げず、驚いた様子も見せず、まるで先刻からそこにジョーがいたのかのように返事をする。

「目移りしちゃって。ジョーはどれがいいと思う?」
「うーん。そうだなぁ」

 

もうひとりの009は、若者の腕を掴んだまま003を見つめていた。
もがく若者をものともせず、力を入れていないかのように軽くその腕を握っているだけだった。

「ジョー!どこに行ってたの?」
肝心なときにいないんだから――と言いかける。

「・・・きみは隙がありすぎる」

怒ったような低い声。眉間にかすかに皺を寄せて。
黒い瞳が怒るとそれはそれは怖いのだ。が、蒼い瞳の持ち主にとってはどうってことないのだった。

「ま。私のせいだっていうの?ジョーがいなくなるからいけないんじゃない」
「それにしても、だ」

捻り上げる腕にほんの少し力をこめると、その腕の主は汗びっしょりで顔色がすうっと引いたので、慌てて離した。
転がるようにその場を離れて人ごみにまぎれてゆく。
その姿を憮然と見送りながら、ナインは仁王立ちのままだった。

「もっと周囲に気を配れ」
「だって、お正月よ?平和だわ」
「それでも、ああいう輩に絡まれる隙があるというのは」
「酷いわ、私のせいだっていうの?」

そんなの、痴漢に襲われたら隙があるのが悪いと言われるのと同じではないか。
ナインがそんな考え方をするひとだと知るのはイヤだった。この場合、やっぱり悪いのは痴漢であって、襲われた側ではない。

「そうじゃないよ。もっと気をつけろと言ってるんだ」
「・・・守るって言ったのはジョーよ?」
「ああそうだ」
「だったら」
「だから!」

ナインはスリーの手を乱暴に引くと、その肩を勢いそのままに抱き締めた。

「言っただろう?今日の僕は変なんだ、って」

確かに言っていたかもしれない。

「――アイツ。フランソワーズをじろじろ見やがってっ・・・」
「そうね。気持ち悪かったわ」
「!!」

ナインの腕がびくんと揺れた。

「・・・ジョーに見られるのは平気なのにね?」
「フランソワーズ」

思わず手を緩めてスリーの顔を覗きこむナイン。

「僕は」
「――だから」

スリーは彼に構わず続けた。

「いつもちゃんと見ててくれなくちゃイヤよ?」

そうしてにっこり微笑んだ。

 

 ***
ナイン・・・。きみは一体、どこで何をしてたの?って、甘酒飲んでたのね。超銀ジョーと。・・・ううむ


 

1月1日

 

〜カウンター10万ヒット記念&年末年始特別企画〜 

「温泉旅行」

 

D初詣

朝食のあと、初詣に行こうということになった。
着替えるからと女性陣が部屋に引っ込んでからかれこれ一時間が経とうとしていた。

「・・・遅いな」

イライラと時計を見つめるナイン。

「女の子は出掛けるのに時間がかかるんだよ」

新聞を広げながら言う超銀ジョー。

「それにしても、コートを着るぐらいだろう?いったい何をしているんだろう」

新ゼロジョーも待つことに飽きたのか、煙草を吸いたいのか、煙草の箱を弄びながら言う。

更に数十分が経過した。

「いくらなんでも遅すぎる。何かあったのかもしれない、ちょっと見てくるよ」

止める間もあらばこそ。
ナインは決然とした表情で立ち上がっていた。

このふたりはブラックゴーストの本当の恐ろしさを知らないんだ。いつスリーが攫われるかわからないというのに。
だから自分がもっと注意しなければいけなかった、と唇を噛む。もしもスリーがいなくなっていたら?考えただけで胸がつぶれそうになる。
フランソワーズ・・・!僕が必ず助けてやるからな!

ぱっと飛び出そう――として、手は空を切った。
戸があったその場所は空間になっていた。

「――?!」

「あらナイン。どこに行くの?」

つんのめりそうになりながらも戸の脇の柱に手をついて体勢を整えているナインに、のんぴりとしたスリーの声がかけられた。
たった今、ここにあった扉は彼女の手によって開けられていたのだった。

「スリー。どこ、って、それはきみが」
心配で。

と言いかけて黙る。

「・・・フランソワーズ」

ただ呆然と目の前の彼女を見つめるしかできない。

「あの、・・・変?」

恥ずかしそうに頬をピンクに染め、うつむく。

「い、いや。でも一体・・・」

「うふっ。先に荷物は全部送っておいたのよ。スリーが着付けができるって聞いたから」

背後から超銀フランソワーズも現れる。
更にその後ろからは新ゼロフランソワーズも。

「夏に浴衣を着せてもらっていたから、今回もお願いしちゃった」

ナインはひとことも発せず、ただ呆然とするのみだった。
その話し声が聞こえたのか――というより、フランソワーズの声を聞き逃す彼らではないのだ――ふたりの009もこちらにやって来た。

「――へえ」

超銀ジョーが目を丸くする。

「えっ?・・・あ」

新ゼロジョーも呆然と立ち止まる。

彼らの目の前にいる三人の003は、全員が着物姿だったのである。髪もアップにして綺麗にまとめられていた。

 

***

 

「綺麗だなあ」

最初に声を発したのは超銀ジョーだった。歩を進めて、超銀フランソワーズの手を取る。

「・・・凄く綺麗だ。びっくりした」
「本当?」
「本当さ。これで初詣に行くのかい?――困ったな」
「困る?」
「そう。みんなきみに注目してしまう」
「そんなことないわ」
「そんなことあるよ。・・・参ったな。一緒に歩いたら自慢しているように見えてしまうじゃないか」

言いながらも前後左右からフランソワーズを眺めることに余念がない。

「もう。ジョーったら、さっきから何をしているの?落ち着かないわ」
「うん。・・・どの角度が一番綺麗かチェックしてる」
「何よそれ」

くすくす笑うフランソワーズに大仰に顔をしかめてみせる。

「笑いごとじゃないぞ。大事なことなんだからな」
「そうかしら。私はいつもと変わらないわよ?」
「言っただろう?――いつもより綺麗だ、って」

うなじにちゅっとくちづける。

「うーん。やっぱりここからの角度が一番可愛い」
「ジョー?だめよ、痕をつけたら」
「・・・ん。大丈夫」

名残惜しそうに顔を離し、にっこり微笑む。

「帰ってきたら、お代官様ごっこしよう」
「お代官様ごっこ?」
「そう。あれ?知らない?――こう、帯をとってくるくるーって」
「・・・脱げちゃうじゃない」
「それが目的だ」
「だめよ」
「なぜ?」
「忘れたの?お部屋は男子と女子に別れているのよ?」
「――あ。」

くっそう。と本気で悔しがるその姿にフランソワーズは苦笑すると言った。

「・・・帰る時も着物を着て帰るから、帰ってからできるわよ?それまで我慢、ね?」

 

***

 

「・・・ナイン?」

何も言わないナインを訝しげに見つめ、ふっと顔を曇らせるスリー。

「・・・似合わない、かしら」
そういえば、7月に浴衣を着たときもナインの反応は薄かった。自分には着物がよっぽど似合わないのだろうと思うと何だか悲しかった。

「――そ。そんなことは・・・」
ないよ。
と、語尾は聞こえないくらいの小さい声。
けれども、スリーの曇った顔を見て、言葉が足りないと気がついた。

「ええと、その――可愛い・・・よ」
きみはいつも可愛いけど。

「・・・そう?」

ナインの声に頬を染めて嬉しそうに微笑むスリー。

「良かった。ナインは着物なんて好きじゃないと思っていたから」
「えっ?そんなことないさ、好きだよ」
「だって浴衣の時だって」
「――あれは。だけど、後でちゃんと言ったじゃないか。・・・いつもより綺麗だ、って」

ナインの顔も真っ赤だった。

「・・・そうだったかしら」
「忘れたのかい?ひどいなあ」
「だって、ナインの言うのって難しいんだもの」
「難しい?」
「ええ。もう少し簡単に言って欲しいわ」
「・・・」

簡単に、って言われても。
こんなに可愛いスリーを連れて歩いていいのは僕だけなんだぞ、いいだろう?
とか
指いっぽん触るなよ。ちょっとでも触ったらコロス。見てるだけだぞ。少なくとも二メートル以上離れろ。
とか
ああもう、可愛くて可愛くて食べちゃいたいぞ!!
とか。

・・・・を、言うのか?本人に向かって?

「・・・ジョー?」

ナインは赤い顔をしたまま、スリーの手を取るとそのままずんずん歩き出した。

「――初詣に行くぞ」
「え。ちょっと、まっ・・・きゃ!」

足がもつれて転びそうになるところを、瞬時にナインが抱きかかえた。

「・・・気をつけるんだ」
「だって、ジョーが歩くの速いから」
「――いいかい?」

スリーの面前からじっとその瞳を見つめ、ナインは真剣な顔で言った。

「せっかく綺麗なんだから、いつもよりもっと気をつけないとダメだ。もちろん僕が守るし誰にも指いっぽん触らせないけど、そういう僕にも気をつけなくてはならない。何故なら、今日の僕はちょっと変だからだ」
「・・・?」
「きみがあんまり可愛いから、自分でも何をしでかすかわからない。だから、ずっと僕のそばにいて僕の具合がおかしくなったらすぐそういわなければならない。今日のきみの任務はそれだ」
「・・・はい・・・?」
「わかったな?」

こっくり頷くスリー。
それを確認してから、ナインは再び手を繋ぎ、今度は彼女の速度にあわせてゆっくり慎重に歩いて行く。

「・・・ねえ、ジョー?」
「何だ」
「誰にも指いっぽん触らせないの?」
「当たり前だ」
「でも、初詣は混んでるわ。きっとぎゅうぎゅうよ?」
「そんなの平気だ。僕を誰だと思ってるんだい?」
「・・・そうね」

いくばくかの不安を胸に、隣のナインをちらりと見つめると、優しい瞳で見つめられていた。

「――大丈夫。きみは僕が守る」

 

***

 

「・・・びっくりした」

小さく言って、新ゼロジョーはフランソワーズの体をそっと抱き寄せた。

「バレエの姿もいいけど、着物もいいね。――似合うよ」
「・・・ありがとう」

けれども両手を自分の体から離そうとしないジョーに、訝しげな視線を向ける。

「あの、ジョー?初詣に行くから、」
離して。

「――ウン。そのつもりだったけど」
行きたくなくなった。

「だったけど、って・・・まさか、また?」

以前、浴衣を着た時は花火大会に行くのを無理矢理中止させられたのだった。

「もう!だめよ、今日は初詣に行きますからね」
「ええっ」
「なに驚いてるのよ。――ホラ、みんな玄関の方に行っちゃったじゃない。遅れちゃうわ、私たちも行かないと」
「――どうしても行くのかい?」
「当たり前でしょ。せっかくなんだから。そのために着たんだし」

抱き締めたまま離してくれないジョー。その肩をあやすように優しく撫でる。

「ジョー?・・・団体行動なんだから。ね?」
まったくもう、不良なんだから!――というのは胸の中。本当に、どうしてこう単独行動を取りたがるのかしら?一匹狼気質とでもいうのかしら・・・

「ん。いま僕のことを不良って思っただろ」
「・・・思ってないわ、よ?」
「嘘だ。いま一瞬考えた」
「・・・もー」
どうしてこうメンドクサイんだろう?

「いいから、ジョー。ね?行きましょう」
「ヤダ。やめる」
「ジョー」
「俺は傷ついた」
「・・・何よ、『俺』って」

フランソワーズはため息をつくと、ぐいっとジョーの体を押し戻した。

「ジョー。いい加減にして!」
「フランソワーズ?」

おろおろと視線を彷徨わせる009。

「どうしていっつも急に行かないって言うの?」
「え。・・・それは」

きみがあまりに綺麗で可愛いから、誰にも見せたくないんだ。――と言うのはちょっと照れる。

「ちゃんとした理由を言って頂戴。納得できたら、あなたの言う通りにするわ」

綺麗で可愛いから外に出したくない・・・と言ったら納得するだろうか?むしろ、バッカじゃないと鼻であしらわれてしまうような気もする。

「――いいよ」

くるりと背を向けようとするジョーの腕を掴む。

「ダメよ。またそう言っていじける」
「いじけてなんか」
「だって。・・・ほら。――もう。どうして泣きそうな顔するの」
「うるさいな」
「ジョー?」

フランソワーズはジョーの正面に回り込んで、じっと顔を見つめた。

「怒っているわけじゃないのよ。理由を聞かせてってお願いしてるだけ」

顔を背けるジョーの頬に手をかけ、ちゃんと自分の方を向かせる。

「・・・ジョー?」
「・・・・・」
「だったら、私ひとりで行くわよ?」
「それはダメだ!」

それでは意味がないではないか。

「・・・あなたが行きたくないだけじゃなくて、私も行ったらだめなの?」

むしろきみだけ残って欲しい。――なんて言ったら殴られそうだから言わない。

「もう。ジョーったら。どうしちゃったの?」

心配そうに見つめる蒼い瞳。
ジョーは息をつくとフランソワーズの額に自分の額を合わせて言った。

「――きみを誰にも見せたくない」
「・・・・・え?」
「いつもより綺麗で可愛いから、・・・外に出すのがイヤだ」
「ジョー、何言って」
「他の奴もきみを見るのかと思うと僕は」
「ジョー?」

フランソワーズはジョーの背中に手を回して彼を抱き寄せた。

「もうっ・・・何言ってるのよ。大丈夫よ。誰も私のことなんて見ないわ」
「そんなわけない。見るに決まってる」
「だって、周りには着物を着たひとなんてたくさんいるのよ?」
「フランソワーズが一番綺麗で可愛いのに決まってるじゃないか」
「そんなことないわ」
「あるよ」
「ないわよ」
「ある。少なくとも僕にとってはそうだ」

抱き締めたまま一歩も動く気がなさそうなジョー。

「・・・わかったわ。でも、あなたが一緒なら何もないと思うんだけど」
「でも、きみを外に出すのはいやだ」
「そう。でも私は初詣に行くわよ?」
「フランソワーズ」
「あなたひとり残っててもつまらないでしょう?――大丈夫よ。あなたが一緒なら、誰も近寄らないわ」

怖くて、ね。

「・・・どうしても行きたいのか」
「行きたいわ」
「・・・・・・・・・・わかった」

そうしてやっと体を離した。が、すぐにフランソワーズの腰を抱き寄せる。

「その代わり、こうしてないと落ち着かない」
「もうっ、これじゃ私も落ち着かないわ。・・・攫われたりしないから、平気なのに」
「ダメだ。そうじゃなかったら行かせない」
「・・・わかったわよ、もう。・・・好きにしてちょうだい」

浴衣も着物も着る時は気をつけよう――と心のメモ帳に書き込むフランソワーズだった。