「僕の知らないきみ」
きみはどういう女の子だったんだろう。 僕はたまに――何かの折にふっとそう思うことがある。 ブラックゴーストに攫われる前のきみ。ちょっぴり気が強くて、たぶん…けっこうお転婆? きっとそんな感じだったのだろう。 きらきらと輝いて。 明日を見つめて。 好きなひとはいたのかな。 ボーイフレンドは? 恋人は? 片思い、それとも進行形?あるいは失恋だってしただろうか。 そんなきみに会ってみたかった――というのは無理な相談であり、そもそも会えるわけもなかったけれど。 僕の知らないきみ。 そんなきみを見て、僕はきっと恋に落ちるだろう。焦がれて焦がれて、でも手が届くはずもなくて、辛く切ないやりきれない日々を送るのだろう。 きみがいま、こうして僕の隣にいるのはただの勘違いで同情なんだよ。って。 でも僕は――それでも、こうしてきみがそばに居てくれるのなら、それでいいと思っている。 うん。 それでいい。 僕の知らないきみだったら、きっと僕のことなんか気がつきもしないだろう。 棲む世界が違いすぎる。 きらきらまばゆいばかりのきみの世界と闇に閉ざされ冷たく荒んだ僕の世界。絶対に交わることはない。 僕の大切なきみ。 きみだけはいつまでも輝いていて欲しい。 僕と出会う前のきみの輝きが、どうぞ失われませんように。 僕は胸のなかで祈りを捧げ――捧げる対象なんていやしなかったから、自分自身に誓ったようなものだけど――そうして目を閉じた。
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「ジョー!待った?ごめんなさい、レッスンが長引いてしまって」 息を弾ませ駆け寄ってきたフランソワーズ。頬が赤い。 「別に走ってこなくたっていいのに」 対する待ち合わせの相手のジョーはそっけなく言い放った。 「だって、ジョーったら平気で何時間も待てる変な人種でしょう――あら?」 変な人種で悪かったな、君のことなら何時間でも待てるんだからしょうがないだろ…と声には出さず胸の裡で言った時、蒼い双眸がこちらを注視したことに気付いた。 「ジョー?」 先刻までの可愛らしい甘えるような声とは一転した険を含んだ声。 「またケンカしたの!?」 フランソワーズがジョーの右手をがっしと掴み、持ち上げる。 「ほら、ここに痣ができてる。いったい何をしたの?また誰か殴ったの?」 暴力反対、と言うフランソワーズにジョーは冷たく言った。 「――俺のせいじゃねーよ」 痣だけではなく擦り傷もあり、微かに血が滲んでいた。 「ええと、タオルが奥のほうにあったはずだわ」 肩にかけたバッグの底をさぐってフランソワーズはタオルまたはハンカチを探した。が、レッスン後に急いで着替えた上に無造作に着替えを突っ込んできただけだったから、タオルの行方は杳として知れなかった。 「いいよ、こんなの」 フランソワーズはジョーの右手を持ったまま、その手の甲にある傷をぺろりと舐めた。 「なっ…!」 ジョーが慌てて手を引く。が、離さない。伊達にバレエで鍛えているわけではないのだ。そこらの女の子とは筋力が違う。 「離せっ、何をするっ」 まるで乱暴な男子のような言い草にジョーは少なからずショックを受けた。見たところ可憐な少女なのに。とてもこんな雑なことをするようには見えないのに。 「…意外とオトコマエだな。フランソワーズ」 上目遣いに意味ありげに見つめるフランソワーズにジョーは知らず頬が熱くなるのだった。
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「……」 ジョーはぱっちりと目を開けた。 妙にリアルな夢だった。 どう見てもサイボーグではない、15歳くらいの自分とフランソワーズ。 昨夜眠る前に、サイボーグとして出会う前のフランソワーズはどんな女の子だったんだろうと思っていたから、こんな夢を見たのだろうか。なんだか楽しそうなふたりだった。 僕とフランソワーズは…付き合い始めたばかり、っていう設定なのかな。 押されっぱなしで不良形無しだなぁと思ったところで、隣のフランソワーズが身じろぎした。どうやら目を覚ましたらしい。ジョーは再び目を開けると小さく言った。 「おはよう」 フランソワーズはじっとジョーの顔を見ている。 「なに?何かついてる?」 オトコマエなフランソワーズとオトメなジョー。 もしかしたら、本当にそんなふたりだったのかもしれない。
2009.12 「子供部屋」初出 |