−子供部屋−
(ジョー島村もしくはお嬢さんのお部屋)


5月31日           健診A

 

ふと。

目が覚めた。

と、いうより――アラームの音に起こされた。と言った方が正しいだろう。

フランソワーズが目を開け、身体を起こすと周囲はアラーム音に包まれていた。
ジョーのモニターに「警告」を示す赤い表示が浮かび上がっている。

「――なに?」

握っているジョーの手は先程と変わりなく――発汗もしていなければ冷たいというわけでもない。
顔を見ても、別段変わったところはなかった。あくまでも穏やかな寝顔だ。

再びモニターを見る。

「・・・なにこれ」

ジョーの心電図に乱れがあった。不整脈なのではなくTachycardiaなのであった。

「え?どうして――だって、ペーシングされてるはずなのに」

彼らの心臓は人工心臓であり、当然のことながら内臓されているペースメーカーにより律されているのである。
したがって、例えば何らかの原因によりTachycardiaもしくはBradycardiaになってもすぐにペーシング優位となり脈拍数は一定に保たれる。
それが、機能していない――ように、見える。

「いったいいつからTachyなの?」

再度、横たわるジョーを見つめる。
が、あくまでも静かなのだった。
苦悶の表情すら見られない。睫毛ひとすじも先程と変わりがないのだった。

「・・・心臓に不具合が」
あったのに違いない。
あまりに長い間、Tachycardiaが続くと心臓に負荷がかかり血圧は低下しそして――

「・・・博士を呼んでこないと」

部屋を出ようとし――その瞬間、アラームが止まった。
唐突に静まり返るメディカルルーム。先程までのけたたましい警告音に慣れた耳には、随分と静謐に感じられた。
画面を見ると、完全ペーシング下の波形が並んでいた。

「ジョー・・・」

ほっとして彼の髪を撫でる。

「いったい、どうしちゃったの?」

規則正しい波形を刻むモニター画面を見つめ、安心しつつもそれが自己脈ではないのが少し気になった。
何しろ彼は、普段からペーシング下におかれることはなかったのだから。

「・・・ジョー?」

彼の頬に手をあてる。
と。
閉じられた瞼からひとしずくの涙が流れた。

「ジョー?」

けれどもやはり彼の表情は穏やかだった。

「・・・何か・・・嫌な夢でも見てる・・・?」

脳内検査の後に悪夢を見てしまうメンバーは多かった。しかし、その内容を覚えている者はいなかった。
フランソワーズも見た事がある。が、どんな夢だったのかというとわからない。ただ、恐怖心だけが残る。
だから、脳内検査は――必要不可欠な検査とわかってはいても、誰もが嫌がる検査のひとつだった。

「・・・そばにいる、って言ったでしょう?何も怖くないのよ」

再び両手で彼の手を握る。

「怖くないわ。大丈夫。・・・ここにいるから、ね?」

するとジョーの指に微かに力がこもった。
もうすぐ覚醒するのかもしれなかった。

 

***********
あくまでもメンテナンスのお話です。生身の脳と機械の脳をいじられた後は、やはりあれこれ嫌な感触が残るのではないでしょうか。
と、勝手にいろんな設定を書いておりますが、あくまでも捏造です。



5月30日         健診

 

「――まったく。ちっとも検査を受けんから、時間がかかったわい」
「お疲れさまです博士」

メディカルルームのドアが開いて、中からギルモア博士が出てきた。しんどそうに頸を回したり肩を回したりしている。
フランソワーズは戸口から中の様子をそうっと窺った。

「まだ寝とるよ」
「寝てる、って・・・博士?」
「ちょいと検査項目を増やしたからのう・・・明日の朝までは眠ってるはずじゃ」
「じゃあ、脳内検査も・・・?」

意識を落として行う検査といえば、補助脳と生身の脳との接続チェックしか心当たりがなかった。

「うむ。それから加速装置をな」
「加速装置・・・」

ジョーの場合、加速装置の点検というのは通常の健診項目に入っているのだが、その点検がイヤなために彼は健診を受けないのだった。
おそらく・・・とてもデリケートな調整なのだろう、とフランソワーズは勝手に思う。
ジョーも博士もその件に関しては何も言わなかったから。

自分たちの身体の保守点検に関しては、博士はもちろんメンバー全員もお互いに自分の話はしないのが常だった。そして、お互いの事も訊いたりはしない。それは、もし捕えられて記憶を探られた場合に備えてのことだった。
少しでもお互いの情報が洩れる可能性は排除しなくてはならなかった。
だから、自分以外のゼロゼロナンバーサイボーグの機能について、細かい検査結果や数値は全く知らない。
それで良かった。

「あの・・・ジョーのそばについていても良いでしょうか?」

そんな訳で、誰かが点検を受けている時は中には誰も入れないのだった。

「ああ、構わんよ。モニターは全てオフにしてあるし、データもイワンが片付けたからのう。ジョーは、ただ眠っているだけじゃから」
「ありがとうございます」

そうして中に入ってゆくフランソワーズをギルモア博士は笑顔で見送り・・・疲労に沈む身体を引き摺り、自室に向かった。

 

***

 

だだっ広いメディカルルームの中のベッドのひとつにジョーは横たわっていた。
検査の名残の小さな電子音が渦巻いている。
その音の洪水にフランソワーズは顔をしかめ――ジョーの傍らに向かった。

モニターはオフにしてあるって言ってたのに。

目の前にはジョーの心電図と呼吸のモニター画面が広がっていた。
もちろん、これは特殊モニターの一種などではなく、脳内検査を終えたばかりの者は安定するまで必ず装着するバイタルのモニターだった。フランソワーズも脳内検査の時は一昼夜これに見守られている。

「・・・・」

黙って心電図を見つめる。
規則正しい波形を刻むそれは、血圧も脈拍も安定しているのだった。

「・・・・」

やや目を細めて更に見つめる。

「・・・あ」
自己脈がちゃんと出ている。

波形に棘波が出ていないのを確認した。
これは、ペーシングリズムではなく自己脈に他ならなかった。
つまり――彼の生体機能は機械に頼らず独自の調律に守られているということである。
呼吸の曲線も緩やかで安定しているようだった。

「・・・お疲れさま」

そうっとジョーの前髪を額から除ける。
そして、彼の額、頬・・・唇を指先でなぞる。
ジョーの表情は穏やかで、閉じられた瞼にも苦悶の影は見られなかった。
指先に触れる彼の膚から伝わる体温も通常の温度に違いなかった。体温もすっかり回復している。

彼の保守点検の結果がどうだったのかは知らない。
けれども、おそらく・・・なんともなかったのに違いない。
博士は結果を言いはせず、フランソワーズも訊きはしなかったけれど。

「今晩は、ここにいるね」

ベッドサイドに椅子を持って来て腰掛ける。
そうしてベッドの端に上半身をもたせかけ、彼の顔をじっと見つめる。
手を握ろうとして――アラーム音に邪魔された。
何事かと見れば、酸素飽和度を示すモニターが彼の指に装着されているのだった。

「ん、もう」

構わず外し、反対側の手につけなおす。

「これでいいわ」

モニターの示す数値をいま一度確認し――バイタルは安定していた――そうしてやっと、彼の手を両手で包み込んだ。

「そばにいるからね」

彼の指先に軽くキスをして――目を閉じた。

 

********
「脳内検査」っていったいナニ??と訊かないでください〜。
なんとなーくメンテナンスっぽいかなぁ・・・。
機械部分の点検はよくわからん。



5月29日                モナコグランプリD

 

2位だった。

優勝を狙っていたジョーとしては甚だ不本意な結果ではあったけれど、それでもフランソワーズが大層喜んでくれたので――それに関しては満足していた。
クラッシュ・リタイア続出の波乱のレースだった。完走できただけでもよしとしなければならなかった。

 

***

 

「――ねぇ、ジョー。これは?」
「ん・・・いいんじゃない」
「じゃあ、これは?」
「・・・いいね」
「じゃあ、こっちとこっち、どっちがいい?」
「フランソワーズの好きなほうでいいよ」

欠伸まじりに言った途端。
目の前に蒼い瞳が出現し、ジョーは一歩後退した。その蒼い双眸に睨まれると退却せざるを得ないのだった。

「ジョーってば!あなたの意見を聞きたいの!」
「だから・・・」
僕はどっちでもいいよ。と言いかけ慌てて飲み込む。
「『どっちでもいい』はナシよ」
「じゃ」
「『両方買えばいい』も、ダメよ」
まさにそう言いかけていたところだったので、改めて黙る。
「いい?『ジョーは』どっちがいいと思う?」

難問だった。
何しろ、フランソワーズが両手に掲げているドレスはどちらも――彼女によく似合っていたから。

――どうせ両方買うんだろ?

と内心思う。が、それを口にしたら最後、彼女の機嫌がナナメになるのは明らかだった。

「――どっちもダメ」
ため息まじりに言う。

「ええーっ。似合わない?」
ひどく落胆して、両手に持ったドレスを交互に見つめる。どっちも好きなのに・・・とぶつぶつ言いながら。

「そ。どっちも似合わない」
「・・・じゃあ、ジョーはどれがいいと思うの」
しょんぼりとしたフランソワーズに思わず笑みがこぼれる。

「・・・コレ」

彼が指差したのは。

「――いま着てるのがいいの?」
思わず自分がいま着ている服を見回しながら訊き返す。

「そうじゃなくて。――着てるものなんかどーでもいいよ。中身が一緒なら」
「え?」
「だから。・・・僕はフランソワーズがフランソワーズなら、あとは何でもいいってこと」

いたずらっぽく笑う彼を見つめ、軽く頬を膨らませ――けれども、彼の首筋にそっと腕を回す。

「もうっ・・・ジョーのばか」

――モナコにある某服飾店だった。
レースの翌日、ふたり揃って買い物に繰り出していた。既にジョーの車は大小さまざまな大きさの箱や包みに占拠されつつあった。直接ホテルに届けられる分もあり――それはそれは買い物タイムを満喫しているのだった。フランソワーズが。

フランソワーズを抱き締め、彼女の髪にキスをしてからジョーは店員に合図をし――

「――いま彼女が見てたもの全部お願いします」

と言い切ったのだった。

 

*******
店ごと買ってしまいそうな勢いですが、まぁF1ドライバーですしこのくらいの事はするかなぁ・・・と。
でも・・・いいなぁ。こんな買い物してみたいです。



5月27日            モナコグランプリC

 

その日の夜――つまりレース前夜である。

レースセッティングを終えたジョーは、フランソワーズとともにホテルの部屋で夕食を摂っていた。
ホテルの部屋といっても特別スイートルームなので広い。
モナコグランプリではいつも二人一緒に泊まることに決めていた。

食事を終えたところで、おもむろにフランソワーズが切り出した。
「――そういえば、出てくる時に博士に言われたんだけど」
レースの話は一切しない。
「博士に?」
なんだろう・・・と訝しげなジョーを、食後のコーヒーをひとくち飲んでから見つめ返し
「そろそろ、ちゃんと受けなさい。って。伝言」
その言葉を聞いた途端に、うえっという顔をするジョー。
「またそんな顔をして。――ジョーだけよ?ずうっと逃げてるの」
「だってさ」
「メンドクサイ――なんてダメよ?」
「う。・・・でもさ」
「『どこも悪くないし』?」
「そう、それ」
ジョーがコーヒーを飲むまで待って。そして、テーブルに身を乗り出して彼の顔を見つめる。
「悪くなってからじゃ遅いの、知ってるわよね?」
「・・・・」
「ね?」
蒼い瞳にひたと見据えられ、視線を逃がすにも逃げられず――
「・・・・ハイ」
諦めたように頷くのだった。

「確かジョーは・・・半年以上受けてないはずよ?」
「・・・・」
そんな事は十分わかっているので答えない。
「他のみんなはちゃーんと受けているのに、いったい何がそんなにイヤなの?」
「そりゃ・・・」
加速装置をいじられるのがイヤなんだよ。とは言うに言えず。何しろ、あの「加速装置の不具合」の件は彼女には言っていないのだ。一生、言う気もなかったが。
「知らないうちに磨耗しているトコロがあったりするかもしれないのよ?」
「わかってるけど」
「・・・私だって、できれば受けたくはないわ。だって、サイボーグだっていうのをあれほど突きつけられることってないもの」
思い出して目を伏せる。
と、ジョーの手がそっとフランソワーズの髪を撫でた。
「・・・そうだね」
「うん・・・だから、――だけど」
不意に席を立って、テーブルを回り込みジョーのそばへ行く。待っていたかのように腕を広げ、フランソワーズを膝の上に抱き上げるジョー。
「・・・心配なのよ。あなたの身体が」
「うん・・・」
自分の胸に頬を寄せるフランソワーズを抱き締めながら、わかってると小さく呟く。
「私だって、平気ってわけじゃないのよ?でも・・・」
もし自分の目や耳が故障して使い物にならなくなったら。そしてそれが戦闘中だったら。仲間全員の命を危険に晒すことになってしまう。自分の苦痛と全員の命を比べたら、後者の方がずっと重い。
そしてそれ以上に、ジョーの身体のことが心配だった。

「――このレースが終わって日本に帰ったら・・・受けるよ。ちゃんと」
「ホントに?」
「うん。・・・約束する」
「絶対よ?」
「うん」
「ほんとにただの健診なんだから。そんなに心配しなくても大丈夫よ?」
「・・・そうだね」
フランソワーズは知らない。彼の加速装置の一件を。
しかし。
ジョーもまた知らなかった。検査後に彼女の耳と眼が一時的とはいえ全く利かなくなったという話を。
お互いの胸にそれぞれの不安を抱きつつ――とりあえず、明日は本戦なのだった。

 

 

*********
メンテナンス=機械などの保守点検。ですが、ここは「人間」ということで敢えて「健診」という扱いにしました。
どーしても「メンテナンス」というのはやっぱり納得がいかないというか使いたくないというか・・・。
余談ですが、ここのところそのへんが気になって気になって、結局あれこれ調べてしまいました。
で、フランソワーズの場合ですが(網膜や視神経が何で代用されているのかというのは措いておいて)
眼の検査って普通に数えただけで25項目以上あるのでした!
眼だけでもそのくらいあるのだから、そりゃもう「ちゃんとしっかり」調べるとなったら一日で終わるわけがありません。
そこで思ったのですが、彼らの場合「不具合があってから治す」のでは遅いわけで、となると一度に全部調べるのなんか毎回やっていたら
どんなに時間があっても足りないわけです。と・なると・・・ざーっと全身を診る「健診」が妥当ではないかと。
そして、基本健診で問題があった部位を重点的に診る。という遣り方が効率的かなと。
そんなわけで当サイトでは、半年ごとに基本健診があり、それで何かあれば精密検査を行う。ということにしました。
ちなみに、各特殊部位(ジョーだったら加速装置、ジェットだったらジェット噴射部位)は基本健診に含み、不具合があれば後日精密検査のちに調整ということにしました。半年ごとの健康診断・・・なんだか「普通」の人間ぽいぞ!!



5月26日            モナコグランプリB

 

「――で?何番手なの?」
「・・・え」
「ポールを獲るって言ってたわよね?」

ジョーの腕にぶらさがりながら彼の横顔を見つめる。
対するジョーはその目線を直視できず、そのまままっすぐ前を見つめたままずんずん歩いてゆく。

「ねぇ、・・・まさか予選ノックアウトじゃないわよね?」
「違うよ」
「だったら教えてよ」
「・・・4番手」
「よんばんんん??」

その声に一瞬のうちに頬を朱に染める。

「仕方ないだろっ・・・」
モナコのコースは難しいんだっと口の中で呟く。
「・・・ふぅん?」
探るような蒼い瞳から逃げるように視線を他へ飛ばす。
けれども、フランソワーズは少し小走りになるとジョーの腕を離し、彼の正面に回りこみ――下から彼の視界に入った。
「な、なに?」
ジョーはというと、不意に出現した目の前の蒼い瞳にすっかり呑まれてしまい思わず正面から見つめてしまった。
ポールポジションを期待していた彼女に責められることを覚悟しつつ身構えると――
「頑張ったね」
「・・・え」
「うん。凄いわ。4番手!」
「い、いや・・・凄くないよ」
もごもごと小声で言う。
「ううん。凄いわよ。だって、順位を上げていく楽しみができたもの!」
「・・・そうかなぁ」
「そーよ!トップぶっちぎりじゃジョーのテクニックを見せ付けられないじゃない。どんどん抜いていきつつ、後方をブロックするというむっずかしー技術が求められるわけでしょう?」
そうかなぁと合いの手を入れるものの、フランソワーズは全く聞いていない。
「それができるのは『ハリケーンジョー』だけだものっ!」
冗談で言っているのかと思いきや、彼女の目は真剣そのものだった。
「ジョーのカッコイイところが全世界に配信されるのよっ」
自分の言葉に酔ったのか、フランソワーズのテンションはますます上がっていくばかり。
「きゃーん、どうしようっ」
「どうしよう、って何が」
「だって、またファンが増えちゃうじゃない!絶対、優勝するもの!」
「そんなの、走ってみなくちゃわからないよ」
「わかるもん!ジョーが勝つって」
「・・・フランソワーズ」
「絶対、勝つわ。・・・そうよね?」
「え、あ・・・」
じいっと見つめる蒼い瞳に気圧されてしまう。
「・・・ハイ」

 

********
このまま何も起きません・・・たぶん。



5月23日              モナコグランプリA

 

「あのー・・・・」

おそるおそる、迎えと思しき運転手に声をかける。

「・・・日本のF1チームの」

シマムラです。って言わなくてはいけないのだろうか?

と躊躇していると、運転手は大仰なアクションで破顔した。

「お待ちしてました!!お荷物はこちらですね?御預かり致します」
「あ。ハイ」

あっという間に荷物を取り上げられ、フランソワーズ自身もさっさと車の後部座席に収められてしまった。

――まだ何にも名乗ってないのに。

軽く首を傾げていると、バックミラー越しに運転手が笑顔を見せた。

「シマムラさんの大事なお客さまでしょう?――わかりましたよ。すぐ。何しろ――」

その理由を聞いて、フランソワーズは顔が熱くなるのだった。

 

サーキットで降ろされた。
荷物はそのままホテルに運んでおくというので任せ、ぶらぶらと辺りを見回す。
何度来ても、胸の奥に軽い痛みが走る。
あの砂漠越え事件は、今もなおフランソワーズの記憶から消えてはくれない。
あの砂漠で。
ジョーが、どんなに傷ついたのか忘れていない。
心無い言葉で傷つけられた心。そして、そんな心を抱えたまま立っていた砂漠の地。自身は立っているのがやっとの状態だったのに一歩も退かずに戦っていた。そんな彼を――あの子は見捨てた。
なのにジョーは、彼女を一言も責めず、あまつさえ救助までしたのだ。仲間の制止を振り切って。
――ジョーはばかだ。
でも。
そんな彼だからこそ、好きになったのだ。
もし、あの砂漠であの子をそのまま見捨てるような彼だったら好きになどならなかっただろう。決して。
しかし。

もうイヤよ。あんな思いをするのは。
だから、ジョーがうっかり事件に巻き込まれたりしないように――私は見張ってなくちゃいけないの。そう決めたの。

そしてもしも、どんなに気をつけていても事件に巻き込まれるような事態になったら。

その時は――私がジョーを守る。一人でなんて戦わせない。傷つけさせたりしない。誰にも。
だって、ジョーは私の・・・・

「おーい、フランソワーズ!!」

自分を呼ぶ声に、遠い夢想は破られた。

「ジョー!!」

負けないくらい大きく彼の名を呼ぶ。
走り出した先には、大好きな彼の姿があるはずだった。

 

*******
実はモナコのサーキットがわかりません。市街に在るという事くらいしか(汗)
なので、週末のレースを見てからじゃないと・・・とはいえ、別にレースそのものを書くわけでもないのですが。

<オマケ>
「ジョー、明日のレース頑張ってね」
「ああ、頑張るよ!!」
と、軽くキス♪
 ↓     
♪ツンデレ93の場合♪
「ジョー、明日のレース、負けたら許さないんだから!」
「ええっ・・・もし負けたら?」
「その時は、オシオキよ♪」



5月22日              モナコグランプリ@

 

「――ウン。全部、準備万端、待ってるから」

 

「――本当に一人で大丈夫?」

 

「――心配だなぁ・・・やっぱり迎えに」

 

「――フランソワーズ?聞いてる?」

少し怒ったような心配そうな声に顔を上げる。
ハンズフリーにしていた携帯から聞こえてくるジョーの声が少しいらついていた。

「もしもしっ」

部屋を数歩で横切り、携帯を掴み耳に当てる。

「ちゃんと聞いてるわよっ?もぉ――心配しすぎ」
「そんな事言ったって」
心配じゃないか――というジョーの声にため息をつく。

「大丈夫よ。コドモじゃないんだから。一人でだって、ちゃあんと行けます」
「違うよ。僕が心配しているのは――」
着いてからなんだけど。と、小さく聞こえる。

「だいじょーぶだってば。もう。ジョーはレースに専念して?」
「だけど」
「平気平気。着いたらわかるようになっているんでしょう?」
「ン・・・そうだけど」

空港に迎えの車が待っている手筈だった。

「あのさ。・・・ちゃんと『シマムラです』って言うんだよ?」
「あら。『ハリケーンジョーの関係者です』じゃ、ダメなの?」
「だめ」
「どうして?」
「それじゃ中に入れてもらえないよ」
「どうして?」
「それは――」
僕がそうしたからだ。とは言わず。

「それは、そう言って中に入ろうとするひとがいるから。――いい?ちゃんと運転手に『シマムラです』って言うんだよ?
で、着いたら荷物はそのまま彼に任せて、フランソワーズはスタッフに『日本から来たシマムラです』って言えばわかるようになってるから」

どうして「シマムラです」を連呼しなくちゃいけないんだろう?
唇を微かに尖らせて、ジョーの言葉に不満な様子を示してみる――が、遠く離れた日本とモナコ間では言葉にしないと伝わらないのだった。

「もしもし?フランソワーズ?」
聞いてる?
「・・・聞いてマス」
「わかった?」
「ん・・・。ねぇ、ジョー?そもそも、パスやチームジャンパーは出発する前に渡してくれるってことだってできたんじゃないのかしら?モナコに行くの、急に決まったわけでもないんだから」
「――まぁ、それは色々と。それより準備は済んだ?」
「ジョーが電話で邪魔するからできてない」
膨れっ面で答える。
「ああ。そりゃ失敬」
にやりと笑った気配だけが伝わってくる。

「でも――待ってるから」
「ん・・・ジョーも前のほうのグリッドにいられるように頑張ってね?」
「え」
「ポールポジションでスタートするジョーを見たいなぁ」
「・・・頑張りマス」

 

***

 

電話を切ったあと、部屋の惨状を見つめフランソワーズは途方に暮れた。
何しろ、クローゼットから出された服が所狭しと投げ出されており、他に靴やらバッグやらアクセサリーやらが散乱し、床には大きく開いたトランクが鎮座している。まだなかには何も詰められていない。

本当に、明日の便に間に合うだろうか?

 

モナコグランプリを見に行くというのは、随分早くに決まっていた。もちろん、ジョーも知っている。
モナミ公国での開幕戦はジョーに内緒で行ったのだけど、今回のモナコはそうではなく、全てジョーが手配をした。
本当は一緒に行ければよかったのだが、そうも行かず――明日、向かう事になった。

モナコグランプリ。

ここでのレースだけは、欠かさず行っている。もしこの時期に公演があってもフランソワーズは休みをとるのだった。
そのくらいの覚悟もあるし――何より、彼をモナコでひとりにする気はさらさらなかった。
別にモナコが好きなわけではなく、そうするのには訳があった。
それは。

だって、また「昔のカノジョ」にでも会ったら大変だもん!!
も、絶対、あんな目には遭わせないわよ。――下手したら死ぬところだったんだから!

何年か前。彼がひとりでモナコグランプリに行き、そこで――モトカノに会い、単身砂漠越えをすることになった。その際、重傷を負い、心身ともにボロボロになったのだった。言うなれば、因縁の地である。
それ以来、モナコグランプリには一人で行かせるなというメンバーの強い希望もあって、フランソワーズは必ず行くことになっていた。
ただ。
最近では、ただ行って観戦するだけではなく色々と――つまり、彼とゆっくり過ごすバカンスのような意味合いも含まれていて、それに伴い持っていく荷物も増えるのだった。
ともかく、ジョーも普段にはないくらい浮かれているし、それはフランソワーズも同様だった。

 

**********
まぁ、因縁の地ですから。とはいえ、コレ、いったいどんな話になるのやら?
おそらくただの・・・らぶらぶな話になると思います。事件性は皆無(のはず)



5月17日             ジョーの誕生日J

 

「――で?どうだったの?」

その時、テーブルについている全員が身を乗り出した。

「ど、どうって・・・」

アイスティーのストローを意味もなくくるくる回す。

「・・・その、・・・・・・」
「何?聞こえませーん」
「・・・意地悪っ」
「いいから、どうだったのよ?」
「あの作戦したの?しなかったの?」
「し、・・・したわよ」
「で?」
「で、って・・・・」
「ジョーくん、怒らなかったでしょ?」
「・・・・う、うん・・・・」
「ってことは!」
「きゃーん、甘ーい恋人同士の夜っ!!」

きゃーっと騒ぐ声に、一瞬店内の客やスタッフの視線がこちらを向く。

「しー!!・・・もう、追い出されちゃうわよ」
「まま、いいからいいから――それにしても」

フランソワーズの顔をまじまじと見つめ。
お互いに顔を見合わせ。
そして。

ぎゃははははっ!!

「あー、もうだめっさっきから我慢してたのに〜」
「ああ苦しいっ・・・も、フランソワーズってば!」

身を乗り出していた全員が、余すことなく噴出した。お腹を押さえて悶絶している。

「――はははっ・・・・、ああ、もうっ。ほんと、アナタって」
目尻の涙を拭いながら、

「本当にやるとは思わなかったわよ!!」

 

・・・・・・。

 

「・・・・え?」

「ばっかねー、信じたの?日本の恋人たちはみんなそうしてるなんて、嘘八百に決まってるじゃん!!」
「そんなの、恥ずかしくってしないわよ〜」
「ひゃはははは、ほんとーにする人がいるとは思わなかった!!」

状況を把握するのに数秒かかった。
「・・・ひ、」
そうして、あっという間に頭に血が昇り――

「ひっどーい!!」

「あらら。フランソワーズったら真っ赤!」
「やーん。か・わ・い・いっ」
「これならジョーくんもトリコよ、と・り・こ!」

やだもー、ばかばかっと言いつつ、隣にいる彼女をぽかぽか叩く。

「痛いなーもー。いいじゃん、熱い夜を過ごしたみたいだし!」
「だってだって・・・ひどいわっ」
「あららら。泣かなくてもいーじゃん」
「だってだって・・・・恥ずかしい〜〜〜」
もおっ。どうしてくれるのよ!と言って、両手で顔を覆ってしまう。

「まぁ、いーじゃん。ジョーくん怒ってなかったでしょ?」

・・・それはまぁ、そうだけど。

「で――ただの好奇心から訊くんだけど――ジョーくん、どんな反応したの?」
「どんな、って・・・」

それは。

まさか、大喜びでリボンを解いた――なんて言えるわけもない。

「・・・・知らないっ。絶対、教えないっ」

 

***

 

「――あのさ。コレ、貰っていいかな?・・・っていうか、僕のだよね?コレ」
「・・・好きにしてクダサイ・・・」

解かれた蒼いリボンを手に持って、じーっと見つめているジョーを直視しないようにして。

みんなと会っていた喫茶店を出てからも――ジョーのいる部屋に帰ってからも――ずっと頬は赤いままだった。
しかも、部屋にいたジョーの第一声がこれだったのだ。

「やった。――うん。こういうのだったら、誕生日っていうヤツも案外いいかもしれないな」
ひとつのイベントとしてさ。ね?と言うジョーに、知りません。と言ってキッチンに消える。
昨日まではずっと暗かったのに、その反動なのか妙に明るい彼に首を傾げつつ。

今朝は「普通」だったのに。どうして今こんなにハイなのかしら?

ともかく、夕食の準備だった。
「ね、ジョー、ゆうごはんは簡単なものでいい?」
くるりと振り向くと――

「きゃっ」
真後ろに彼がいてそれはそれは驚いた。

「なに??」
「ん――」
にやりと笑う彼に、これはヨカラヌ事を考えている――と思ったが遅かった。

次の瞬間、彼の肩に担ぎ上げられていた。

「ちょ、・・・なに?」
ヤダ、降ろして降ろしてと足をバタバタさせるけれども、そのままどんどん運ばれてしまう。
「何って――僕のだから」
「僕の、って・・・」
「好きにしていいんだよね?」
「そ、それは」
昨日一日だけの話で。

「それは――何?」

ベッドの上に降ろされて、その目の前にジョーの顔があった。

「僕のだよね?」
「う・・・・」
「そうだよね?」
「・・・それは、昨日だけの話ではないかと」
「えー!!」

がっくり。

自分の上で脱力するジョーの重さに一瞬息が詰まった。

「もー。ジョー、重いー」
「・・・・ショックで立ち直れマセン・・・」
「・・・ばか」

ジョーの頭を撫でながら。

「・・・そんなに嬉しかった?」
「ん。――毎年、同じのでもいいくらい」
「――アラ」

彼が自分から誕生日の話をするなんて。

「・・・じゃあ・・・来年も同じプレゼントでいいの?」
「ウン。同じのがいい。でも、来年だけじゃヤダ」
「その次の年も?」
「ウン」
「その次も?」
「ウン」
「そうしたら、お誕生日が楽しみ?」
「・・・ウン」
「お誕生日がきてもこわくないわね?」
「ウン・・・フランソワーズがいれば、――たぶん」
「いるに決まってるでしょ」
あなたへのプレゼントなんだから。

 



5月16日          ジョーの誕生日I

 

「今日はジョーのいう事を何でも聞くわ」

朝食の席でフランソワーズが宣言した。

「だから、何でも言ってね?」

ジョーは思わず箸を止めて、まじまじと目の前の彼女を見つめた。

「・・・どうしたの、急に」
「急に、って、だって今日はジョーの」
「・・・いいよ別に。無理しなくても」

興味なさそうに食事を再開する。
その言葉に一瞬詰まり、けれども挫けず、何とか笑顔を作って続ける。

「無理なんてしてないわ。ホラ、私の誕生日にジョーがそう言ってくれたから、だから今度は」
「そういうの、」
「迷惑だなんて言っても聞かないわよ。私がそうしたいからそうするだけ。だからジョーは何にもしなくていい」
「・・・・」
「・・・ね?」
「・・・好きにすれば」

何ともテンションの低い会話である。誕生日の朝なのに――と思いつつ、そうではなくて、誕生日の朝だからなのだと思うフランソワーズだった。
毎年、こんな会話が展開されている。
それでも、随分マシになった方だった。
何しろ、朝からいない時もあったし――ふらりと出ていったきり夜中まで戻らない――行き先を言わずに姿を消した事もあった。
ジョーの誕生日イコールフランソワーズはひとりぼっち。という図式。
かといって、待っていないと更にジョーは落ち込むので――いつ彼が帰ってくるのかわからないので、どこにも出かけられずただひたすら待つしかなかった。

「じゃあ、今日はまず一緒にお買い物に行って――お昼にはジョーの好きなものを作るわね。それから午後はお散歩して、夕ごはんは・・・」

嬉しそうに今日の予定を挙げていくフランソワーズを見つめ、ジョーはふっと笑みをこぼした。

「・・・それって、フランソワーズのしたい事だろ?」
「そうよ?好きにしていいって言ったじゃない」
「僕のいう事を何でも聞くって言ってなかったっけ」
「だから、好きにしていい、って言ったでしょ?」
「・・・それってそういう意味になるのかな」
「なるのよ」

なるかなぁと言いつつくすくす笑うジョーを見つめ、幾分ほっとするフランソワーズだった。

大丈夫。
今年は――大丈夫よ。

 

***

 

誕生日だからといって、何か特別なコトをするわけでもなかった。
ジョーのリクエストで食事を作ったりするくらいで。
あとは、いつもの普通の一日と変わりはなかった。
ただ一点を除いては。

「・・・こっちに居ると静かね」

波の音がしない。
鳥の声もしない。
人の生活音も聞こえてこない。

「二人しかいないからね」

膝の上から声がする。

「・・・眠い?」
「うん――ちょっとね」
「いいわよ、寝ちゃっても」
「重くない?」
「平気」

その会話を最後に、ジョーは目を瞑り・・・眠ったようだった。
フランソワーズの膝枕で。

 

今日のフランソワーズはいつにも増して可愛かった。
瞳と同じ色の蒼いワンピースと、以前彼が買ったパールが並んだアイボリーのカチューシャをつけていて。
何より、彼女の体温を身近に感じることが嬉しかった。

今までだって、身近に居なかったわけじゃない。
ただ、――今日は。
この日が終わるまでは――誰かがそばにいなければだめだった。

今までは、その「誰か」というのは誰でも良かった。むしろフランソワーズと一緒に居るのが辛くて、家を出た時もあった。
何を確認したかったのか、自分でもわからない。
自分の事を知らない誰かと一緒に居て――自分は大丈夫なのだと知りたかったのかもしれない。
ただ、帰ってきて彼女が待っていてくれるのを見ると安心した。
自分には待っていてくれる人が居る。
もしかしたら、それを確認したくてひとり家を空けていたのかもしれない。

自分でもヤヤコシイ思考回路をしていると思う。
けれど、なんとなく――彼女にはそうやって甘えてもいいような――気がしていたのだろう。
何の根拠もなかったけれど。

誕生日。

今でも、「誕生会をしましょう」「お祝いをしましょう」と言われると心穏やかにはいられなくなる。
自分にある瑕を否応なしに思い出させてしまうからだ。
けれど。
フランソワーズは――彼女は、その瑕を知っているけれど、そこを見ない。
知らないふりをするのではなく、瑕に手を当てて隠してしまう。彼から見えないように。彼が思い出さないように。
そうして「大丈夫よ」と笑ってくれる。
「要らない子」と烙印を押された子供ではなく、島村ジョーとしてここに居ていいんだと――必要としているのだと言ってくれる。
誰かに必要とされるのは少しくすぐったくて――幸せだった。
そんな思いを味わったことはなかった。
自分の存在が、自分ではない誰かのために在り、そこに居るだけでいいと言ってもらえる。
いなくなったら寂しいと泣いてもらえる。
それが――どんなに幸せなことか。

僕はずっと、そう言ってくれる誰かが欲しかった。
欲しくて欲しくて、仕方なかった。

僕の瑕はなくなりはしないけれど、だけど――僕はここにいてもいいんだよね?

 

髪を撫でる手がくすぐったくて目を開けた。
蒼い瞳が彼を迎える。

「・・・どうしたの?」
「うん・・・」

 

ジョーの表情は穏やかだった。
前髪をよけて、そうっと髪を撫でる。
すると、眠っていたはずの彼が目を開けた。起こしてしまったのかもしれない。
けれども、その表情を見て――安心したのだった。

 

「――あのさ。今朝からずっと疑問だったんだけど」
「なに?」
「その、首に結んだリボンって・・・流行しているの?」
僕はそういうの、わからないけどさ。と続ける。
「ん・・・・。――内緒」
「何だよ内緒って」
「後で教えるわ」
「何で今じゃないの」
だって、今はまだこうしていたいもの。
こういうゆったりした時間を過ごしていたいんだもの。――あなたのお誕生日なんだから。

「いいの。後で言うから」
「ふぅん?」

だって、今言ったら絶対――

 

************
こんな感じでジョー誕終了です。暗くてスミマセン・・・。
しかも、あんまり王道!って感じもしないし。
ちなみに、誕生日の謎はSS「誕生日」
でどうぞ!



5月15日 その2         ジョーの誕生日H

 

「ジョー!?」

ただいま、という声が聞こえて、慌てて出るとそこにはジョーが立っていた。

「え?――帰るのは先になるっていう話じゃ・・・」
「うん。でもちょっとね」

ああ疲れた。僕の分のゆうごはんはあるのかななどと言いながら靴を脱いでリビングへ向かうジョーの後ろ姿をただ呆然と見つめていた。

だって、帰って来るのは16日って言ってたのに。

ジョーからは何にも連絡がなかった。
だから、当初の予定通りに帰国するものとばかり思っていた。

「ジョー、いったいどう」

リビングのドア口で、中に入ろうとするフランソワーズと外に出ようとするジョーがぶつかった。

「――どうもしないよ。早く帰っていいって事になっただけだから」
「そ、――」
「手を洗ってくる」

傍らをすり抜けようとするジョーのシャツの裾を掴む。

「――何?」
「待って」
「ん?――ああ、急に帰ってきてごめん。困るよね」
「そんなの何とかなるわ」
そうじゃなくて。

「――顔を見せて」

手をのばし、ジョーの頬に触れる。
が。

「――っ」

ジョーが身を引いた。

「ちゃんと見せて」

けれども負けない。両手で彼の両頬を包み込んで自分の方を向かせる。

「・・・フランソワーズ」
「私に隠せると思ったの?」

何よ、この目。

なるほど、早く帰されるはずだった。
少しでも彼に近しい者なら――彼のこの瞳を見れば、いまどういう状態なのかわかるであろうから。

「いったい、どうし――」

言いかけて気付く。

――誕生日が近いからだわ。だから・・・

毎年、大小の波はあるけれども、この時期のジョーは非常にナーバスになるのだった。
だからいつもフランソワーズは必ず予定を空けておく。
彼と一緒に居るために。

「・・・ねぇ、ジョー?一緒に帰りましょう」

 

***

 

それが三日前のことだった。

レース直後に帰国したジョーは、帰宅してすぐフランソワーズに連れ出された。
彼の自宅に。

しばらく帰ってなかったから、何にもないよとごねるジョーをなだめすかして、行く道すがら買い物をし――そして部屋に落ち着いた。
案の定――ジョーは部屋に着いてからはすっかりおとなしくなり何も喋らなくなった。
フランソワーズのそばに居るだけで何も話さない。
ともかく、ずっと傍に居る。手を握っていないと落ち着かない。
まるで大きな子供だった。

これは隔離よ。
他の人と接することが出来なくはないけれど、今はだめ。
だって今のジョーは――赤ちゃんみたいなものだもの。

お誕生日は、今年はここで過ごすしかなさそうだった。

 

 

**********
ジョー島村、帰国してからずっとフランソワーズに甘えっぱなしです。
いいんです。ジョー誕ですから!
というか、ウチの「王道」ってコレですか・・・?(既に「王道パターン」がどういうものかすっかり忘れてしまってました)



5月15日             ジョーの誕生日G

 

「で、結局どうすることにしたの?明日なんでしょう、誕生日」

いつものメンバーでレッスン後のお茶会――ではなく、更衣室での会話だった。

「うん・・・」

歯切れの悪い返事をするフランソワーズをちらりと見つめ――次の瞬間、数人が彼女の周りに殺到した。

「ねえねえねえ、言いなさいよっ。するんでしょう?私がプレゼントよ作戦っ」
「で?明日はどこかに行くの?レッスンもないし」
「お泊り?お泊り?」

肩や背中をぐいぐい押されて、着替えなぞできるわけがなかった。

「――もうっ。ジョーはそういうの、好きじゃないの!だから」
「ジョー?」

「あっ・・・」
しまったと思った時は遅かった。

「フランソワーズのカレシってジョーって言うんだ?」
「もしかしてレーサーの島村ジョーだったりして!」

「えっ・・・・」
どうしよう。

以前から、「フランソワーズのカレシはちょっと見F1レーサーの島村ジョーに似てる」と言われていた。「まさか本人」とは誰も思っていなかったから、安心してはいたものの不用意に彼の名前を言ったりしないように気をつけていたのだが。
今日はぼーっと考え事をしていたせいか、つい口が滑ってしまった。

「あの、」
「すごーい!!」
「見た目が似てるだけじゃなくて、名前も似てるんだ?」

「・・・え?」

名前が・・・「似てる」???

「似てるからジョーって呼んでるの?」
「やぁだ、フランソワーズがフランス人だからって、合わせて外国っぽい呼び方してたりとかしてないよね?」
それってらしくない・いや、意外とらしいかもよー!などなど勝手な話で盛り上がっている。

「で?そのジョーくんが何だって?」

話題の移り変わりにほっとするやらついていけないやらで、無言で固まっていたフランソワーズの肩がつつかれる。

「プレゼントは私です作戦がだめってこと?」
「あ。・・・うん。たぶん、そういうのはちょっと」
「ジョーくんって何者??」
「だめな訳ないでしょ、好きに決まってるじゃん!!だって相手は知らない人じゃなくて、彼女だよ!?」
ねーっ。と殆ど全員が頷きあう。

「・・・そうかしら」
「そうよ!いいから、言う通りにしてみなって。絶対、大丈夫だから!」
「そうそう!蒼いリボンを首に巻いて!」
「・・・本当に大丈夫?・・・嫌われたり、しないかしら」

だってもし嫌われたら。
ジョーに、君なんか嫌いだ。なんて言われたら、生きていけない。

実際に言われたわけでもないのに、そう言った時のジョーの顔まで思い浮かべ、あまりの切なさに涙が浮かんできてしまった。

「――やっぱりだめ。そんな事、できないわ」

いつか――遠い遠い未来に、彼が誰かと一緒に行ってしまう日が来るのだとしても。それだって、フランソワーズが嫌われたわけではなく、彼にもっと大事な人ができたということのはずだった。
嫌われるわけではない。だから、もしそうなっても――ひとりでも生きていける。
だけどもし・・・嫌われたら。

「・・・嫌い、って言われちゃったら私・・・」
「もーっ!!フランソワーズったら、何て可愛いのー!!」
「ああんもうっ、アタシがオトコだったらこの場で食べてるねっ」
「そそ、だからカレシだってイチコロだって!」

抱きつかれたり、ほっぺをむにっと引っ張られたり、散々な目にあう。

イチコロ・・・。
って、どういう意味かわからない。

「ん?イチコロの意味がわからない?あのね、一撃でコロリ、って意味よ」
「一撃でコロリ・・・」
「そ。一撃で」
「・・・死んじゃうの?」
「だーかーらー、比喩だってば。例えば、そうね・・・ジョーくんがフランソワーズの可愛さに瞬殺ってことよ」
「そうそう!絶対、落ちるね」

それって・・・

「・・・そんなの、ダメよ。だって・・・」

――食べられちゃうかもしれないもの。

 

 

***

 

 

「君には僕の誕生日を祝うことなんてできないよ」

そう笑って言っていた。

――どういうこと?

誕生日を祝うなんて・・・簡単な事でしょう?おめでとう、って言ってプレゼントを渡して――彼がこの世界に生まれてきた事を祝って。無事に今まで生きてこられたことを喜びあって。何も難しいことなどないはず。

サイボーグなのと何か関係があるのかしら。

それだったら、自分にはどうしようもない事かもしれない。だけど――そうでもないかもしれない。

だって。
私と彼――ジョーが一緒に居る意味は・・・彼が、「自分がサイボーグである」ということを忘れることができるからで・・・。
ただの、ひとりの人間になって。

だから、サイボーグであるから一緒に誕生日を祝えない。などという理屈は到底理解できるものではなかった。

また――彼女、003と一緒に過ごすのだろうか。
サイボーグの。

サイボーグ同士一緒に居たって・・・あなたの傷は癒せないのよ?
お互いを見つめるたびに自分はサイボーグであることを自覚せざるを得ない。
お互いを見つめるたびに思い出してしまう。忘れることができない。

間違ってる。

ジョー、あなたは――間違っているわ。

あなたを癒せるのは彼女じゃない。人間である――この私。

 



5月14日            ジョーの誕生日F

 

6位だった。

なんとか入賞した。
走りはやはり、最低だったけれども――それでも諦めず、レースを投げず、食いついた。
その結果の入賞だったから、ジョーとしては満足だった。

ピットにはキャサリンが待っていた。

「ジョー、お疲れさま。――今日はこのあと」
「悪い、キャシー。今日はだめなんだ」

さっさと更衣室に向かうジョーの表情はすっきりと晴れやかだった。

「――今日の便で帰るから」
「帰る!?どこに?」
「日本さ。決まってるだろう?」

さらりと笑顔で言うジョーを、周りのスタッフもにやにやと見つめている。

「帰る、って・・・だって、あなたはモナミで私と一緒に」
「すまない、先約があるんだ」

更衣室に向かう足は止めず。
キャサリンはその後を小走りに追いながら。

「だって、あなたは約束」
「してないよ。約束なんて」

一瞬、足を止めて。

「――してないよな?キャシー」

静かに言うジョーの表情は、キャサリンには見覚えがないものだった。

声もなくただ彼の顔を見つめているキャサリンを後にして、ジョーは更衣室に姿を消した。

 

***

 

レースが終わったら、すぐ日本に帰る。

これは今朝、ジョーがスタッフに願い出た事だった。
もちろん、通常であれば受理されるわけがない。レースの後、すぐにエンジンの調整に入り――次のレースに向けて細かいセッティングをしなければならず、日程も足りないくらいなのだから。
しかし。
先日の予選からの彼の走りを見て――彼を休ませる必要があるという声が出ていたのも事実。
いったいジョーに何があったのかは知る由もないが、ただ、彼が今絶不調であるということは誰が見ても明らかだった。
だから、彼が帰国するのは誰もが当然必要な処遇であると思ってはいたのだが。
条件が出た。
やはり、いかにトップレーサーとはいっても勝手気ままが許されるはずもない。
そして、その条件というのは。

今日のレースでポイントを獲ること。

自身のコンディションが悪くとも、マシンの状態は最高だったから、「チームのために」勝ちが必要だった。
自分勝手を通したいなら、チーム全体の利益を出せ。
そういう条件だった。

 

***

***

 

ジョーの誕生日プレゼント。――どうしよう?

まだ何にも決まっていなかった。
決まっていることといえば・・・

蒼いリボン。

傍らの紙袋から出し、そうっと首に巻いてみる。
鏡に映った自分は――

ヤダ。
こんなプレゼントってやっぱり変!!

しゅるっとリボンを解く。

それに、これがプレゼントなんて言ったら、ジョーは何て思うんだろう?
――はしたないとか、・・・下品とか、って・・・思うんじゃないかしら。

ヤダヤダ、そんなのダメっ。と言いながら、リボンを紙袋に突っ込む。

そんなの、・・・ジョーはそういうの好きじゃないもの。・・・たぶん。

実行したことがないからわからなかった。

ジョーが欲しいものって一体何だろう?
何か欲しいって言ってなかったかしら。

彼との会話を思い返してみるものの、――「誕生日プレゼント」に関する話題は出ていなかった。
そういえば、彼と「お誕生日のお祝い」の話などしたこともなかった。ケーキを焼いた覚えもない。
そもそも、彼の誕生日会というものも――したことがなかった。
ただ、毎年フランソワーズがひとりで勝手に決めて、ジョーと過ごしていただけで・・・。
特別な事も何もしない、普通の一日。
ただ、彼女の気持ちが「特別な」感じの日。というだけだった。
他のメンバーも何も言った事はない。
ジョー自身が望まないなら、誕生日会はする必要もないだろうと――ジョーが、望まないというより強く拒絶していたので――そうなったのだった。

その理由はわかっていた。

しかし。

だけど、私にとっては特別な日なんだもの。――たぶん、ジョーにとっても。だから・・・

何かしたかった。

 

*******
F1レースのあと更衣室に行って着替える・・・のかどうかは知りません。大目に見てやってください・・・



5月13日             ジョーの誕生日E

 

どのくらいそうしていたのか。

手の震えは止まらない。

誕生日を祝う――あなたの生まれた日をお祝いしたいの――お誕生会を――

ぐるぐる回る言葉。
その渦が頭の中を占領し――切れ切れの言葉が乱舞した。

――拾った日を誕生日にしよう――おめでとう――みんな誕生日があるのにどうして君には――
どうでもいい、そんな日なんか――誰も俺のことなんて――
――拾われた日なんて、俺が・・・――お前は、要らない――嘘を重ねるくせに――

気持ちが悪かった。

眩暈がした。

ぐるぐる回る部屋。

全てが歪んで、歪んで、そして――

――もうすぐ僕も歪むのだろう。

 

 

***

 

脇に放り出していた携帯が振動した。
こみ上げる吐き気を我慢しながら手を伸ばし――画面を確認する。

メールがきていた。

開く。

――文字を見ると眩暈は更に酷くなり――冷や汗が流れた。

「―――、」

ゆらゆら揺れる視界と格闘しながら、何とか文字を追い・・・そして。

 

 

コール1回で繋がった。
「――もしもし」

電話の向こうで息を呑む気配。

「――フランソワーズ?」

答えはない。

「――起きてるよね?」
たった今、メールを送信してきたのだから。

「――驚いたわ」

やっと声が聞けた。

「驚いたって、何が?」
「だって・・・ジョーこそ、疲れてもう寝ているものと思っていたから」
「そんなに早くは寝ないよ」
「ん・・・でもやっぱり、疲れてるでしょう?明日に備えてもう寝なくちゃ」

通話を終わらせようとする気配に焦る。
待って。
まだ――切るな。

「備えなくても関係ない」
「あら、そんな事言って。――自信家ね」
「違うよ。そんなんじゃなくて」
そんな話をしたいのではなくて。

「――さっきのメール」
「んっ・・・?」
「――本当に?」
「・・・そうよ。こっちは真冬みたいに寒いの。春なのに」
「そうじゃなくて」
天気なんかどうでもいい。

「そうじゃなくて・・・、そうなのかい?」
「そうなのって、何が?」
恥ずかしそうな声が響く。小さく、直接なんてずるいわと聞こえてくる。

「聞こえてるよ」
「やだっ・・・ジョーったら」
ジョーのばか、と言われる。

「フランソワーズ?」
「・・・なによ」
「そっちに行けないのが残念だよ」
「も、――ばかっ」
もう知らないっ切るわよ?と言われるけれど、彼女が切らないのはわかっていた。
「・・・フランソワーズ」
――僕の、大事な。

 

電話を切ったあと、さっきのメールを読み返す。

『今日の日本はすっごく寒くて、冬に逆戻りしちゃったみたいなの。
ひとりで眠るのは寒くて大変よ?
ここにジョーがいたらいいのにな』

 

きっともう予選の放送があったはずで――観ていたのに違いない。そして不甲斐ない結果も目の当たりにしただろう。
情けない、自分の走りを。
だけど。
彼女は一言もそれらに触れなかった。

 

いつの間にか眩暈は治まり――部屋の歪みもなくなっていた。
手の震えも止まっている。

気分は完全ではなかったけれど、数段、良くなっていた。

――そうだね、フランソワーズ。
僕も――君のそばに行けない事が残念だよ?

 

********
お誕生日なのにな〜・・・なんか暗くてスミマセン。
暗いのは好きではないのだけれど、ジョーの誕生日って・・・突き詰めれば一筋縄ではいかないようなんです。



5月12日・その2            ジョーの誕生日D

 

キャシーの頬が自分の胸にくっつく前に、ジョーは身を退いていた。

「ジョー?」

驚いて傷ついたような瞳で見つめるキャシーにも注意を払わない。目を見ない。

「・・・冗談じゃない。勝手に決めるな」

低い声で言う。

「スポンサーだからって・・・何をしてもいいって思ったら大間違いだ」
「ジョー?」
「こんなの脅迫じゃないか。――冗談じゃない。俺は降りる」
「脅迫なんて、そんなっ」
「そうだろう?俺の身柄を拘束したいだけの、ただの君のわがままじゃないのか」
フランソワーズのワガママなら可愛いけど、他の女性のわがままなんて面倒なだけだった。

「ジョー。・・・いったいどうしたっていうの?気に障ったのなら謝るわ。――そうね。主軸はあなたのお誕生日ですものね。公私混同したくない気持ちもわかるわ。そう・・・だったら、マシンの調整はお好きなところでしていいわ。だけど、あなたのお誕生日のお祝いはさせてもらいますからね?」
「キャシー、頼むから」
「ダメよ。そんな顔したって?――ね、いいでしょう?私はあなたのお誕生日を一緒にお祝いしたいのよ」
「――だけど」

誕生日。
その意味を――彼女は本当にわかっているのだろうか?

再び彼女の腕に捕えられて、ジョーは不本意ながら彼女を胸に抱くカタチになっていた。

「いいでしょ?ジョー、お願いよ」

可愛らしい甘えた声で、ジョーの胸元で囁き顔を見上げてくる。

――彼女の目を見たらダメだ。

ジョーは見ない。

「ねぇ、いいって言って?」

キャシーは、俺の誕生日のことを――何一つ知らないんだ。だから、無邪気に祝いたいと言ってくる。
――滑稽だ。

「ジョー?」

ジョーは再度、彼女の肩を押し遣った。

「・・・君は、本当の俺を知らないから」
「本当の、あなた?」
「そうだ」
「サイボーグということ?」
「――サイボーグになる前の・・・ことだ」
「知ってるわよ?あなたの過去のことなんて」
調べさせたもの。と続ける。

「人を刺して鑑別所に入ったんでしょう?そして脱走した。鑑別所では――ケンカばっかりして、誰とも馴染まなかった、って」

ジョーが知らないことまで知っているようだった。

「それがどうかしたの?」
首を微かに傾げて無邪気にジョーを見つめてくる。まっすぐな視線で。

「――ともかく」
彼女の顔から視線を逸らす。

「俺は自分の誕生日なぞ誰にも祝って欲しくはない。――例えそれがモナミ公国の女王であってもだ」

 

***

 

それが昨日のことだった。

――どうかしてる。

たったそれだけの事で、自分のコンディションに影響が出るなどと信じられなかった。
キャサリンに会ったからというわけではない。
モナミ公国に来るよう強制されたからでもない。
脅迫まがいの招待をされたからでもない。
そうではなく――自分の誕生日を祝いたいと言われたことが――彼のなかの瑕(キズ)を自覚させたのだ。

自分自身の触れられたくない瑕。

島村ジョーという個人に、永遠についてまわる瑕。

傷ならばいつかは癒える。けれど、瑕は。
瑕を持っている本体自体が壊れない限り消えないのだ。

いつもはちゃんと遣り過ごしていた。そこに瑕があることも忘れてしまうくらい、距離を置いて。
けれど、今は――

自分自身の瑕を自覚すると手の震えが止まらなくなった。
考えたくなかったのに。
他人に「祝う」と言われた、それだけで何故こんなに動揺するのか。

――フランソワーズ――

手を握って欲しかった。そうすれば震えは収まる。いつもそうだった。
けれどいまここに、望んでいる白くて優しい手はない。

自分の両手に顔を埋め、頭を抱きかかえる。

――フランソワーズ。――僕は・・・

・・・走れない。

 



5月12日              ジョーの誕生日C

 

「ジョー、お久しぶり・・・会えて嬉しいわ」

目の前のひとを見つめ、声も出ない。

なぜ――ここにいる?

「――不思議そうね。スポンサーですもの、来てはいけない?」

それにしたって。

「公務の合間を縫って駆けつけたのに――どうして一言もおっしゃらないの?」

その視線と――周囲の視線を気にして、ますます言葉が出てこなかった。

「モータースポーツでは、巨額の金が動く。だから、スポンサーがいなくては――走ることもできない。違って?」

ちらりとジョーを見つめる。

「いまは特にその話で持ちきりでしょ・・・知らないとは言わせないわ」

言うわけがない。
今回のトルコグランプリに於いて、何がトップニュースかというとまさにソレだったのだから。

「――スポンサーを怒らせないほうがいいわよ?・・・ハリケーン・ジョー?」

「――お久しぶりです・・・女王陛下」

しぶしぶといった風情で声を絞り出す。

「やだ。怖い顔。いつものように呼んでくださらなくっちゃ。――ね、ジョー?」
「・・・キャシー・・・」

途端に焚かれるフラッシュ。その間合いを見計らって、ジョーの腕に寄り添うのはモナミ公国女王・キャサリン。
ジョーたちのチームは、グランプリを前にして今季からスポンサーになったモナミ公国の表敬訪問を受けているのだった。

表敬訪問――と、いうよりは。

ジョーに会いにきた女王。

という図式だった。
国内的にも対外的にも、彼女とレーサーのハリケーン・ジョーの親密さはその界隈では暗黙の了解事項であった。

 

***

 

「一体どういうつもりだ、キャシー」

女王が二人で話をしたいというので――ドアの外にSPを立たせ、ジョーはひとり室内に残された。

「どういうつもり、って・・・自分のチームの応援に来てはいけない?」

きょとんとした顔で答えるキャサリンに見つめられ、ジョーは視線を逸らしため息をついた。

「――レース前だ。いくら今日はテスト走行のみとはいっても、明日は予選なんだ。そのセッティングとか色々――俺達は忙しいんだ」
だから邪魔しないでくれ。

暗にそう言ったつもりだった。
が、キャサリンには言外の意を汲む気はさらさらないようだった。

「だから、ちょこっと来ただけよ?何をピリピリしているの?」
くすくす笑って、ジョーの顔を下から覗き込む。

「もうすぐお誕生日でしょう?――準備も整っているから、レースの後は我が国にいらして?」
「えっ・・・」
そんな話は聞いていない。

「あら。言ってなかったかしら?今回のレースの後のセッティングは、うちで――モナミ公国で行う、って」
「し・・・」
知らなかった。

「そうねぇ・・・何日くらいだったかしら?――ともかく、次のレースまでのオーバーホールも兼ねて。でね、お誕生日だからちょうどいいわ、って」

にっこり微笑むその顔には――邪気は全く見つけられず、彼女の心からの気持ちに違いなかった。

「私ね、あなたと一緒にあなたのお誕生日をお祝いできるのがとても嬉しくて・・・」

そのまま、ジョーの腕に手をかけ、そっと胸に寄り添う。
「――長かったわ。ここまでくるのに。・・・もう、離れるのは嫌よ」

 

***********
F1用語の齟齬はアタタカイ目でみてやってください・・・。



5月11日・その2      ジョーの誕生日B

 

「――くそっ」

乱暴にドアを閉め、持っていた荷物を床に叩きつけるように放り出す。
そしてそのままソファに全体重を預けるように座り込んだ。

この俺が、ノックアウト?――17番手だと?

順位を見た時、何かの冗談かと思った。
しかし――

マシンは最高のコンディションだった。セッティングも上手くいった。だから、何が原因かと問われれば、それは自分のドライビングテクニック以外に他ならなかった。トラクションコントロールが全面禁止になった今季から、ドライバーの腕が如実に現れる。だからむしろ、それはジョーにとって有利な条件だったのだけれども。
今回のようなミスは全て自分に跳ね返ってくる。どこにも理由を見つけられず――逃げ場はなかった。

確かに今日の俺は・・・

素人かと思うような散々なデキだった。
自分でもわかっている。わかっているだけに気持ちは収まらなかった。

なぜこうなってしまったのか?
昨日のテスト走行の時はこうではなかった。
ちゃんとコースも下見したし――むしろ、カーブの続くコーナーは得意とするところだった。
だから。

――イケる。

そう思った。
久しぶりの表彰台を狙える。いや、狙っていく。
スタッフも、チーム全体としての雰囲気も良く、チームメイトともうまくやれていた。全てがプラスに作用しており、後は走るだけ――だったのに。
だからこそ、いったいどうしてこうなってしまったのか、怒りの矛先は自分自身に向いた。

しばし目を瞑り――考える。

 

 

――やはり・・・アレか。

それしか原因は考えられなかった。が、その程度のことで動揺する自分が情けなくもあった。

いや。
違う。
俺が動揺するということはおそらく――その程度のこと、ではないんだ。

そう思わなければ遣り切れなかった。

 

******
荒れてます。落ち込んでます。ハリケーン・ジョー。
やはり何かがあったようです・・・



5月11日    ジョーの誕生日A

 

「――ああっ!!もうっ。一体何やってんのよ!」

その日の深夜である。
リビングでは、音量を絞ったテレビの前に陣取っている人影。
絞った音量よりも自分の声の方がよっぽど大きいということをすっかり失念してる。

「ん、もう・・・何かあったのかしら」

画面に映っているのはF1・トルコグランプリの予選だった。
ジョーはなんと予選1回戦でノックアウトになったのだ。最終予選に残れないなんてことは彼にとっては珍しく――解説者もアナウンサーもしきりに「どうしたんでしょう」を繰り返している。

「どうしたんでしょう・・・って、ほんと、どうしたんでしょう?よっ」

ぶつぶつ言いながら、手元の携帯に目を落とす。

電話――くるだろうか?

そんなわけはなかった。
何しろ、本当は数時間前に予選は終わっており――これは録画なのだから。
電話がくるなら、もっと前にきているはずであり・・・それがないということは、そういうことなのだった。

「別に落ち込んでいるわけじゃない・・・か」

息をついて、ソファの背もたれに寄りかかる。コーヒーでも淹れて気を落ち着けようか・・・と思い、立ち上がろうとした時、テレビ画面はジョーのインタビューに切り替わった。
思わず座りなおす。

『今日の結果をどう受け止めますか』
『――マシンの調子は悪くなかったので・・・全ては自分の責任です』
『予選ノックアウトというのは珍しいですよね?何かあったんですか?』
『――別に』

ここまでの遣り取りで、インタビュアーの顔も見ていなければ、カメラも見ていない。どこか別の方を向いて仕方なく――といった風情で答えている。

「ジョーったら。態度悪いわよ?」
ファンが減っちゃうわよ?

と要らぬ心配なぞしてみる。

『明日の本戦はどう戦いますか?』
『――頑張ります』

ポツリとそう言って、さっさと彼らを後にする姿だけが映像に残った。機嫌が悪いというより――最悪だった。それがまだ国際映像ではないだけ救いがあったが、それでも日本のF1ファンは見ているわけで・・・

「もうっ。もうちょっと愛想よくできないのかしら?」

確かに、彼らしくない走りだった。いつもはコースを読み切って危なげないハンドルさばきでロスなどないのに。
今日はまるでコースが頭に入っていないかのような、コンマ数秒遅れるブレーキング。そのためカーブごとにタイムを落とし――結果、17番手という今季最悪のスタートグリッドだった。

「・・・何か、あったのかな」

電話してみようか?
それともメールする?

でも――何て?

慰める・・・というのも変だし。頑張れっていうのも変だし。だって、彼が頑張っていないわけはないのだから。
気にしないで明日のことを考えて?というのも――なんだか他人事のような言い方で、ぴったりこなかった。

本当に――何かあったのだろうか?

 

 

*********
スランプを脱したら、なんだかあれこれ書きたくて仕方ありません。
この続きは・・・明日になるか、もしくは今日中かも?!


 

5月10日       ジョーの誕生日@

 

ジョーのお誕生日まで一週間。

・・・困った。

だって、何をしよう?

何を準備したらいい?

――毎年、どうしていたんだっけ・・・?

 

***

 

「――ねぇ。みんなカレシのお誕生日ってどうしてるの?」

バレエのレッスンのあと、みんなでお茶をしていた。
今、ジョーはトルコグランプリ参戦で日本にはいない。だから、レッスン後も迎えには来ない。
なので、みんなとゆっくり話す時間はたくさんあった。

「なに?フランソワーズのカレシ、お誕生日なの?」
「うん・・・」
「いつ?」
「一週間後」
「だから悩んでるんだ?」
「う・・・ん。まぁ、ね」

紅茶をひとくち飲みながら、みんなの顔を見回してみる。

「――カレシの誕生日っていったら、そんなの決まってるでしょー!」
「そうそう。フランソワーズったら一体何を悩んでいるのよ!」

両脇から肘でつつかれる。

「決まってる、って・・・?」
「もー。わかってるくせに!」
「そ。プレゼントは『自分』しかないでしょっ」

・・・・自分・・・・。

「じ、じぶんっ???」
「そうよ――なに赤くなってるのよ。いいじゃない、そのまま自分の首にリボンでも結んでさ、プレゼントは私でーすって言えば」
「――またそうやって適当なコト言って。そういう自分はそういう事してるの?」

ぷうっと頬を膨らませ、反撃に出る。が。

「してるわよ?当たり前でしょ?――ねぇ?」

反撃は不発に終わった。

周囲の者もみんなうんうんと頷いている。

ちょっと待ってよ――本当に??
首にリボン??

「フランソワーズは目が蒼いんだから、蒼いリボンなんか素敵よきっと」
「これから選びに行こうか」

今にも席を立ちそうな勢いなのだった。

「ちょ、ちょっと待ってよ――」

 

***

 

絶対、騙されてる。
だっておかしいわよ。それが日本の流儀だ――なんて。そんなの、ジョーだって教えてくれなかったし。今まで聞いた事もないし。だから絶対、騙されてるのよ。日本の恋人同士はみんなそうしてるのよ・・・なんて。
絶対、嘘。

ギルモア邸までの長い坂を上りながら、さっきまでの会話を反芻してみる。

絶対に、嘘なんだから!

――右手には、蒼いリボンの入った紙袋を提げて。

 

 

*******
ジョーの誕生日まで一週間になったので、それらしいお話・・と考えておりました。
が、どうなることやら(泣)ちゃんと16日に帳尻が合うのかどうか、わかりません。


 

5月8日     ケーキの行方A

 

コーヒーとケーキが載っているテーブルを挟んで座る二人。

ジョーの仕事が終わったのは、フランソワーズが彼の邪魔をしに行ってから約30分後だった。

嬉しそうにケーキを頬張る彼女を目を細めて見つめる。

「――おいしい?」
「ええ。とっても!」

言うと、フォークで一口すくい、ジョーの口元に差し出す。

「食べてみて?」
「――ん」

そのまま素直に口を開けて、彼女の差し出すケーキを食べる。

「――本当だ。おいしいね」
「でしょ?・・・やっぱり新作を試すのはやめられないわ」

彼女のお気に入りのあの店は、不定期に新作ケーキを出しているのである。
だから、行った時にいつでも手に入るというわけではないのだった。もちろん、常時置いてある定番のケーキも好きなのだが、それとこれとは別なのだった。

二種類のケーキを前に、笑顔のフランソワーズをテーブルごしに見つめる。
両肘をついて。組んだ手の上に顎をのせて。
ただ、じっと彼女を見つめる。

「――なぁに?そんなに見たって、もうあげないわよ?」
「ケチだなぁ。もうひとくちくらいくれよ」
「ダメよ。この前なんか、ジョーが半分以上食べちゃったじゃないの」
「フランソワーズがどんどんくれたからだろう?」
「だって、ジョーが欲しそうだったんだもん」

そんな会話も楽しかった。

平和だなぁ・・・としみじみ感じる。
空は晴れていて、リビングの窓からは蒼い空と蒼い海が見える。庭には洗濯物がはためいていて。開け放した窓からは潮風がふんわりとカーテンを揺らしていて。
こういう日々が続くなら、自分たちの身体のことなどいつか忘れてしまいそうだった。

「――そういえば、ずいぶん静かだけど他の連中は?」
「みんな出掛けたわよ」
「へぇ・・・そう。全然、気付かなかったな」
「だって、ジョーってば何にも聞こえてなかったじゃない。さっきまで」

ぷうっと頬を膨らませる。

「お昼ごはんの時だって、みんな午後はどうするのって話になったのに、ジョーだけ上の空で」
「ゴメンゴメン。資料整理の事が頭にあってね」

そうか、みんないないんだと小さく呟く。

「――もぅ。ゴメンって顔してないわ」

拗ねる彼女の顔を見つめ――そうっと右手を伸ばす。

「――なに?」
「ホラ。クリームがついてる」

フランソワーズの口元に残っていたクリームを指で拭う。

「――あ。やだ」

ナプキンナプキン・・・と卓上を探すフランソワーズの腕を掴み、そのまま身体を乗り出し――

 

 

*****
あうう。どうもこのふたりは「ケーキを普通に食べる」というのができないらしいです。
オトナ部屋の「その@」に続きます(?)というか、そういう感じな展開になっていることでしょう!!おそらく!!
それにしても最近のジョー島村は何だかかなり強引な感じになっているような気がしなくもないのですが(汗)お誕生月なのでまぁいいかな・・・と


 

5月7日   ケーキの行方

 

「――そうだ、ケーキ食べない?ジョー」

午後になって、家事もひと段落したフランソワーズは、ジョーの部屋にやって来てその肩に甘えるように腕を回した。

机に向かってパソコンで資料の整理をしていたジョーは、突然の闖入者に怒ることもなく大きく息をついた。

「食べるのはフランソワーズだけだろう?」
「いいじゃない、付き合ってくれたって」

背中から彼の肩に腕を回し、彼の頬に自分の頬を摺り寄せる。

「一緒に食べようよぅ」
「ダメ。今忙しいんだ」

ジョーの言葉に、頬を膨らませながらパソコン画面を見遣る。
なにやら難しげな英字が続いており――目が痛くなった。

「ふーん。ちゃんと仕事してるんだ」
「当たり前です」
「とかいって、私がいない時にエッチなサイトとか見てるんじゃないでしょーね」
「見てないよ」
「アヤシイ」
「――フランソワーズ」

ため息をついて、背もたれに寄りかかる。

「いくら構って欲しいからってそんな濡れ衣を勝手に着せるなよ」
「ふーんだ。濡れ衣じゃないかもしれないじゃない」

更にため息をつく。

「――フランソワーズ。いい加減に・・・」

回された腕を解こうと手をかけるが、それはがっちりと組まれており本気を出さないと解けないようだった。

「こら」
「イヤ」
「フランソワーズ」
「ヤダ」
「もうちょっとで終わるから」

しぶしぶ、腕が外される。

ジョーは椅子の向きを変えて、フランソワーズを正面から見つめた。
俯き加減のその顔は、頬を膨らませ怒っているような――否、拗ねているのに違いなかった。
蒼い瞳にジョーを映しつつも、寂しげだった。

「・・・怒らなくたっていいじゃない」
「だって、邪魔するから」
「私のことが邪魔なんだ」
「実際、邪魔してただろう?」

それは確かにそうだったので、フランソワーズは黙った。肯定するのも否定するのも悔しかった。

「・・・ジョーのばか」
「――またそれ?」

呆れたように言う声に、一瞬詰まり――
「ばかだから、ばかって言ってるんだもん」

言い放ち、身を翻し――翻そうとして、捕まった。
手首を掴まれ引き寄せられる。

「――全くもう。ばかだなぁ」
「ばかじゃないもん」

拗ねる声にくすりと笑って、彼女を自分の膝の上に抱き上げた。

「もう少しだけ待って、って言ってるだろう?待てないかい?」
「だって・・・」

黙り込んでしまう。

もちろん、全部自分のただのワガママなのはわかっていた。でも、それでも――彼に構って欲しかったのだ。
何しろ、いまの時期に彼がこの家にいるのは珍しい。それでも数日後にはレースのために出発してしまうのだから。

「――わかってるよ。でも、ほんとにあと少しだから」

そう――わかっていた。
何しろ、彼女の言う「ジョーのばか」という意味は「ジョーが好き」というのと同義なのだから。

「終わったら、そのあとの時間は全部、フランソワーズにあげるから」
「――ほんとっ?」

ゲンキンにも急に元気になる彼女にやや苦笑し
「ほんとほんと。だから、あと少しこれやらせて」
「わかったわ」

ひょい、とジョーの膝から降りる。
きらきらと蒼い瞳を輝かせつつ、ジョーの頬にキスをひとつ。

「お茶淹れて待ってるから――早くね?」
「ん。わかった」

やっと仕事をさせてもらえる・・・とは思いつつも、さっきまで膝にあった重みがなくなると、それもなんだか寂しいような気持ちになるジョーだった。

 

*********
なんだか「激甘!!」なふたりを書きたかったんです。無性に。甘甘な93になってるでしょうか・・・?
そして、続きがあります。たぶんもっと甘いです。虫歯注意です。


 

〜ゴールデンウィーク特別企画〜

 

5月5日 そのD

 

翌日の午前6時。

なにやら庭が騒がしくなり、新ゼロ・ジョーは眠い目をこすりこすり、何事かと窓から外を見た。

そこには
旧ゼロ・ジョーと旧ゼロ・フランソワーズ、そしてピュンマとジェロニモが居て――元気良くラジオ体操を行っていたのだった。

「・・・なんだ、あれ」

呟きつつ、ベッドに戻る。
昨夜はナインの歯軋りがうるさくて眠れなかったんだよなぁ――と思いつつ。
上掛けをめくり、身体を滑り込ませ目をつむる。
やっぱり、隣にフランソワーズがいないと熟睡できないよ。

・・・・・・・・。

ぱっと目が開いた。

――忘れてたッ!
昨夜、キスしてないじゃないかっ。あんなに――約束してたのに。

瞬時に完璧に覚醒した。
ベッドから降り、意味もなく部屋の中をぐるぐる歩き回る。

まずいなぁ・・・フランソワーズ、絶対にあらぬ誤解をしているのに決まってる。僕にはわかる。

そういう誤解を解くのってメンドクサイんだよなぁ参ったなとぶつぶつ言いながら、ともかくキッチンにいると思われる彼女の元へ行くことに決める。
ドアを開けようとして――

「ジョー?いつまで寝てるの、朝ごはん――」

いきなりドアが開けられた。

「わっ」
「きゃ!」

コーヒーの香りとともに部屋に入って来た彼女を胸に抱き留め、そうして――

「――ん!なによ急に――」

構わず続ける。

「ちょっ・・・離し・・・」

――暫くののち。

「もうっ。ずるいわ、ジョー。起きてたくせに」
おはようのキスは、彼がまだ目を醒ましていない時に起こすためにすると決まっていた。

「ずるくないよ。これは昨夜のぶん」
「これは、って・・・朝のぶんはないわよ?」
「ええーっ」
「だってもう起きてたでしょ?」
「・・・起きてなかったよ。寝惚けてたんだ」
言いながら、彼女を抱き締める。
「何しろ、寝不足でね。それというのも――」
君が隣にいなかったから。

「僕は君がいないと眠れないんだ」
「嘘ばっかり!もぅ・・・」
ジョーのばか。

でも好き。

 

 

***

***

 

朝食は大人数だった。
予備の椅子を出してもギリギリであり――仕方ないので、ダブル009とダブル003は後で食事をすることになった。

そうして、第1陣の食事が終わりその後片付けをしてから、自分たちの食事のセッティングをする。
ふたりのジョーは意外にもかいがいしく手伝いをしたのだった。

キッチンでお味噌汁を温め直すふたりのフランソワーズは、お互いに顔を見合わせくすくす笑った。

「――単純よねぇ」
「本当に」

普段、朝食時間に間に合わない事が多い新ゼロ・ジョーは、そもそも「朝食の手伝い」などという意識がないのだ。
そして、一緒に住んでいるわけではない旧ゼロ・ジョーも、当然の如く手伝いなんてするわけがなく。
そんなダブル009に対してとったダブル003の作戦というのは、あまりにも単純なものだった。
つまり――

「普通、好きなおかずがあるからってお手伝いなんてするかしら」
「アラ、逆よフランソワーズ。お手伝いしてくれたら、好きなおかずを作ってあげるって言ったのよ」

子供よねぇ・・・と頷き合う。

「でも・・・」
「ええ。・・・わかるかしらね?」

再び、お互いに笑みを洩らす。

偶然にもふたりのジョーが好きなおかずというのは同じものだったのだ。
それで、ちょっとしたイタズラを仕掛けたふたりのフランソワーズ。

「もしわかったら、そうねぇ・・・ちょっと嬉しいわよ、ね?」
「そうね。とっても嬉しいけど・・・わかるかしら?」

 

***

 

並んで座るふたりのジョーの正面には、こちらも並んで座っているふたりのフランソワーズ。
一緒に食事をしながらも、ちらちらと目の前のひとを見つめてしまう。
見つめる先は――それぞれのジョーの箸の動き。
いつそれを食べるか、いつそれに気付くか――もしくは、全く気付かないか。

「――なに?」

新ゼロ・ジョーが優しく問う。
「なんかついてる?」

「――ううん。大丈夫」

見つめながら、にっこりと応える新ゼロ・フランソワーズ。
「味はどうかしら?」
「うん・・・美味しいよ」
「そう。良かった」

お味噌汁はふたりのフランソワーズが一緒に作ったので、若干いつもの味と違っているのだった。

「たまにはいいよ。こういうのも」

でも僕は君の作ったのが一番合うけどね――という感想は慎ましく己の胸の裡にしまい込んだ。

一方、旧ゼロのふたりはというと――

「――ん。フランソワーズ。ここ。ごはん粒がついてる」
「え?」

ナインが箸を置いて、フランソワーズに手を伸ばす。

「――ホラ。ごはん粒」
「あら」
「何年日本にいるんだい?まだ箸の使い方が――」
「失礼ね。たまたまよ」
「ふふん――そういうトコロが子供だな」

いいながら、手にとったごはん粒をぱくりと食べてしまう。

「――ナインったら」

頬を染めつつ、俯いてしまう。
そんな彼女をじっと見つめるナイン。

――というふたりを見るともなく見つめていた新ゼロのふたり。

何よ、こっちが照れるくらい仲良しじゃない。
と、何故か頬を染めてしまう新ゼロ・フランソワーズ。

一方の新ゼロ・ジョーはといえば、フランソワーズはごはん粒つけたりなんかしないから、ああいう事はできないんだよなぁ・・・とぼーっと思っているのだった。

そうして、目の前の卵焼きをひとくち。

「――ん?」

一瞬、訝しげな顔をして

「――おい。ナイン。ちょっと君も卵焼きを食べてみてくれないか」
「え?」

真面目な顔で指示を出す新ゼロ・009に、これは卵焼きに何かしこまれているのかと判断し、こちらも大層真面目な顔になって、目の前の卵焼きを口に入れた。

「――あ」

ぱっと新ゼロ・ジョーの顔を見る。

「――なるほど」
「だろう?」

お互いに頷き合って、そうして――

自分の目の前に置かれている卵焼きの載った皿を手に取り、お互いのものと交換した。
そして、改めて交換したばかりのそれを口に入れ

「――うん。合ってる」
「だな」

お互いに頷き合って、にやりと笑った。

その様子を固唾を呑んで見守っていたふたりのフランソワーズは――

「――!!!」
「!!!」

声にならない声を上げて、お互いに顔を見合わせ、きゃーっと抱き合った。

「なに?」
「なんだい?」

食事中は静かにしなくちゃダメじゃないか――という憮然としたナインの声が響いた。

 

 

*******
種明かしはしなくても・・・だ、大丈夫でしょうか・・・?
そんな訳で、ゴールデンウィーク企画は終了です。(オチも何もなくてスミマセン〜〜〜〜)
ゴールデンウィークはあと一日残っているのですが、明日からは別のお話です。たぶん・・・
それにしても、こうして並べてみると、ウチの旧ゼロジョーくんは何だかとっても不憫に思えてしまうのです・・・ごめんね、ナイン。


 

〜ゴールデンウィーク特別企画〜

 

5月4日 そのC girls talk and boys talk

 

「ね、そちらのデートはどうだったの?」

その日の夜のギルモア邸。
フランソワーズの部屋では、ふたりのフランソワーズがパジャマパーティを開いていた。

旧ゼロ・フランソワーズの問いに、
「んー・・・そちらのジョーって優しくないわ」
ぷうっと頬を膨らませ、拗ねたように言う新ゼロ・フランソワーズ。
「えっ・・・優しいわよ?」
びっくりして目を丸くする旧ゼロ・フランソワーズ。
その表情にやれやれと首を振り、
「優しくないわよ。だって、ひとりでずんずん歩いて行っちゃって、私のことなんか無視よ、無視」
もう、ウチのジョーと全然違うんだからっと握り拳で続ける。
その姿を見つめ、旧ゼロ・フランソワーズはふ、と笑んで目を伏せ――
「――ナインはいつもそうよ。私のことも・・・女の子扱いしてくれないの」
寂しそうにそう言った。

新ゼロ・フランソワーズはちらりと旧ゼロ・フランソワーズを見つめ・・・心の中でため息をついた。

全くもう、どうしてそうなっちゃうわけ?
彼はあなたの事しか考えてなかったのよ。一緒に居る時も、目の前の私なんか見ちゃいなかったんだから。
あの、浜辺で貝殻を探す彼の姿を見せてあげたいわ。あと、私の質問に耳まで真っ赤になった彼の顔も。

ベッドの縁に座り、ベッドカバーをいじくっていた旧ゼロ・フランソワーズがふと顔を上げた。

「そうそう、思い出した」
くすくす笑いだす旧ゼロ・フランソワーズに怪訝そうな目を向ける新ゼロ・フランソワーズ。
「なに?変なこと?」
「ううん。・・・あなたたちって本当に仲がいいのね、ってこと」
「・・・?」
首を傾げ、質問者をじっと見つめる。

ジョーが何か言ったのだろうか?

「ケーキ、いっつもひとくちあげてるんでしょ?」
「――あ」
ジョーったら、そんな事言ったの?やだわ、――もうっ、ジョーのばかばか。

頬に手を当ててジョーのばかと繰り返す新ゼロ・フランソワーズを見つめ、旧ゼロ・フランソワーズはほうっと息をついた。

いいなぁ・・・うらやましい。だって彼ったらずっとあなたのことばっかり話して、私のことなんて眼中になかったもの。
一緒に居ても、まるであなたも一緒に居るみたいな雰囲気で。そんなに愛されているなんて、うらやましいわ。
いいなぁ・・・。

先刻から、お互いに今日のデートの話をしているものの、話すほどに新ゼロ・ふたりの仲のよさをいやというほど知らされ――それに比べて自分とナインは。と比べてしまっていた。そうして、気持ちはだんだんと落ち込んでいった。

「――フランソワーズ?」

新ゼロ・フランソワーズの声に、はっと物思いから醒める旧ゼロ・フランソワーズ。

「どうかした?」
顔を覗きこまれ、ううん何でもないわと答える。――ただ。

「・・・うらやましいな、と思って・・・」
「うらやましい、って何が?」
「気持ちが通じ合ってて」

つい、あなたたちだってそうじゃない。と言いそうになり口をつぐむ。
危ない危ない。これは言ってはダメよフランソワーズ。彼女たち二人の問題なんだから。
――って、ピュンマが言っていた。絶対に余計なコトはしちゃだめだ、って。
ジョーはそれを聞いてもぽかんとしていて、全然、わかっていなかったけれど。

フランソワーズったら、どうして気付かないのかしら。彼があなたのことを凄く好きだっていうの、私から見れば一目瞭然なのに。
あんなに判り易いひとっていないわよ――私のジョーも、あんな風に言ってくれたら、私たちだってもっと早く――

そう心の中で呟いている新ゼロ・フランソワーズは、自分たちも第3者から見れば「一目瞭然なのにそれを全くわかっていないふたり」であった事には気付いていない。

ともかく、ふたりの恋の行方をちゃんと見守らなくちゃ!
同じフランソワーズとして――同じ「島村ジョー」を好きになった者として――これは「義務」なのだわ!

 

***

 

同じ「フランソワーズ」として、同じ「島村ジョー」を好きになった者同士。

ふと、自分の考えに何かひっかかりを感じた新ゼロ・フランソワーズ。

なんだか落ち着かなくなった。
自分の言葉を反芻してみる。

――「フランソワーズ」として「島村ジョー」を好きになった者――

――あ。これってもしかして・・・

もしかして、組み合わせは幾通りもあって、例えば私のジョーを彼女が好きになってしまうということだってあってもおかしくはない訳で・・・

――そうよね。彼は「島村ジョー」で、彼女は「フランソワーズ・アルヌール」なんだから。お互いにお互いを好きになったって、ちっともおかしくなんかないわ・・・!

途端に、急に心配になってきた。

ジョーが、彼女を好きになってしまうことだってあるのかもしれなくて。

――ヤダ。

そんなの、イヤ。

絶対、ダメ。

私のジョーは、私のだもん。
誰にもあげないもん。

――とはいえ・・・彼が彼女を好きになることは止めることなどできないのだ。もしも、そんなことがあるとするならば。

ちらりと傍らの旧ゼロ・フランソワーズを見つめる。
同じ「フランソワーズ」として贔屓目に見ても――ライバルとして辛口で見ても――やっぱり彼女は美しくて、そして可愛かった。

こんなに可愛い彼女と今日一日、ずうっと一緒に居たのよね。
ジョーは・・・彼女のことをどう思ったんだろう?
好きに・・・なってしまっただろうか?
だから、帰宅した時も挨拶程度のキスしかしなくて、その後も恋人のキスをしてくれなかったのだろうか。
約束したのに、それもすっかり忘れて。

――ジョーのばか。

本当は、同じ「003」とはいえ、自分以外のオンナノコとデートする彼を見るのはイヤだった。
だって、もし彼が彼女のほうを好きになってしまったら?
そうしたら、私は・・・

「ねぇ、ちょっと訊いてもいいかしら」

おずおずと旧ゼロ・フランソワーズに声を掛ける。さすがに、こんな質問をするのは恥ずかしく――かといって、訊かずに済ますのも落ち着かない。

「――何かしら?」

旧ゼロ・フランソワーズが髪を後ろに払い、新ゼロ・フランソワーズを見つめる。
その視線に少し赤くなり、ためらいがちに切り出した。

「今日、デートして、その・・・私のジョーのこと、好きになったりとか・・・した?」
『私のジョー』のところを強調して言ってみた。

もし、ちょっとでも好きになっていたらどうしよう・・・。ジョーだって、まんざらでもないはずよ。だって、彼女はカワイイんだもの。とっても。
思わず両手を握り締める。
ええ好きになったわという答えに対し、心理的に身構え彼女の答えを待つ。
もしそう言われても、平静を保てるように。

が。

「まさか」

あっさりと否定する旧ゼロ・フランソワーズをぽかんと見つめる。
肯定されるのもイヤだったけれど、否定されるとそれも納得がいかず――なんとも複雑な気分だった。

「え、何で?どうしてジョーのこと好きにならないの?」
あんなに優しくて、頼りになって、だけど私がそばにいないと途端に泣き虫になってしまう可愛いひとなのに。
なのに、好きにならないなんて信じられない!

「んー・・・。だって、フランソワーズはナインの事を好きになった?」

逆に訊かれる。

「ううん。全然」

即答。

「――でしょ?おんなじよ」

ちょこっと首を傾げて旧ゼロ・フランソワーズが笑む。

「私は・・・ナインが好きだから。他のひとなんて興味ないの」
きっぱりと言ってから、やだ言っちゃったわと顔を覆ってしまう。やだもう、あなたたちにつられて言っちゃったじゃないのーと足をバタバタさせて。

「・・・言えばいいのに」
「言えないわよ。・・・女の子から告白なんて、バレンタインでもないのに。それに、フランソワーズは自分から告白したの?」
逆に話を振られ、一瞬言葉に詰まる。
「んっ・・・?・・・あれ?どうだったかしら・・・?」
憶えていなかった。

「告白なんて――別に宣言なんてしてないと思う・・・わ。流れというか・・・何となく?」
「何となく??」
「うん」
「『なんとなく』なのに」
キスとかしちゃうんだ?

呆然と新ゼロ・フランソワーズを見つめる旧ゼロ・フランソワーズ。
そういうもんなのかしら――と、自分のなかで半ば強引に納得する。けれども、では自分たちはどうかというと全く想像ができなかった。

「大体、自分からなんて――、ナインに嫌われてしまうわ。そういうの、好きじゃないのよ彼」

それに――

「ナインは私の事を仲間として思ってくれているだけで、女の子としてなんて見てないし・・・きっと恋人だっていると思うわ」

諦観な顔で寂しそうに言い放つ旧ゼロ・フランソワーズを見つめ、同じ「フランソワーズ」としてはやはり心が痛むのだった。
「――そうかしら。そんなことないと思うけれど・・・」
だって、今日一日一緒に居た彼は。

納得がいかない。
だったらどうして、彼女が好きそうな貝殻なんかを探して歩いていたというのだろう?
誰がどう見ても、彼が彼女を想っているのは明らかだった。それも、「仲間」などではなく――もちろん「妹」でもなく。

きっと、大丈夫だと思うんだけどな・・・どうして気がつかないのかしら?

 

***

 

「――ねぇ。いま聞き捨てならないことを聞いたような気がするんだけど」

旧ゼロ・フランソワーズのほうに身を乗り出し、じっと顔を見つめる。

「ジョーに恋人がいると思う、ってどういうこと?」
「どう、って」

新ゼロ・フランソワーズが何故そこに食いついたのかがわからず、その迫力に押され、彼女が乗り出したぶん身を退いてしまう。

「だって、デートしているみたいだし」
「デート!?」
「しー。声が大きいわ。――聞こえちゃうでしょ?」

旧ゼロ・フランソワーズがたしなめるが、新ゼロ・フランソワーズは全く意に介さず、続けた。

「だって、デートってどうして!?」
彼はあなたのことが好きなのに。

言えないのがもどかしい。

「フランソワーズの勘違いじゃないの?」
「ううん――本当よ?合コンとかも頻繁に行ってるし」
「合コンんん???」
「だって、ナインにはナインのお付き合いがあるからそれは」
「どうして黙ってるの!?」
「え・・・・」
「ちゃんと言わなくちゃダメでしょ!?行っちゃイヤ、って」
「えっ、い、言えないわよそんなこと」
「どうして!」
「だって、私がナインにそんな事を言える立場じゃないし、彼には彼の自由があって――」
「何よ、ソレ。じゃあ、ずーっと我慢するわけ?」
信じられないっ。と言い捨てる。

「自分の気持ちを抑えて我慢するのなんておかしいわよ。だって、あなたはそれで平気なの?平気じゃないでしょ?だったらちゃんと――」

・・・・あれ?

勢いで言っている途中で、ふとある事に気付く。

――あれ?
なんか・・・変じゃない?

こめかみに人差し指を当てて考える。

えぇと、ナインはフランソワーズの事が好きなのよね?でも、彼女には言ってない。・・・だとすれば、フツウは、他の女の子とデートしてるとか、合コンに行くとか、そういうのって・・・内緒にするもんなんじゃないの?
少なくとも、私のジョーは言わないわ。――そういうことをしているのかどうかは知らないけれど。

「えっと・・・ちょっと聞いてもいい?」
「どうぞ」
「えっと、ナインは『デートしてくる』って、あなたにわざわざ言って行くの?」
「ええ。そうだけど」

きょとんとしている旧ゼロ・フランソワーズに、やや眩暈を覚える。

「じゃ、合コンもわざわざ言うわけ?」
「ええ」

――わからない。あちらのジョーの気持ちが、ぜんっぜん、わからない。

「言って行くだけじゃなくて、どうだったのかの報告もしてくるわ」
「――え!?」

思わず旧ゼロ・フランソワーズを見つめる。ますます意味がわからなくなった。

「デートの後も、うちに寄ってコーヒー飲んで行くし」
「毎回?」
「んー・・・八割くらいはそうかな」
「で、あなた、フツウにコーヒー淹れるだけ?」
「ええ」
「何にも訊かないの?」
「だって、デートや合コンの話は黙ってたって勝手に喋るし」
「――そうじゃなくて」

眩暈を抑えるように、額に手を当てながら。

「どうしてウチに来るの、って――訊かないの?」
「だって、コーヒーを飲みたいからって」
「そう、言ってたの?」
「ええ」
「彼が?」
「・・・そうだけど?」

なんだか気力を使い果たしたような気分になりつつ、もうひとつ訊いてみる。

「あなたは彼にヤキモチやいたりとか――しないの?」
「んー・・・私は、ナインと話ができるだけで嬉しいから、ヤキモチなんてことは――」
ないわ。と、小さく言う。頬を赤くして。

――おかしいわ。
この二人、絶対、おかしい。

じっと彼女を見つめ――

「・・・もう寝るわ」

言って、上掛けをめくり身体を滑り込ませてしまう。
そして、ひとり考えるのだった。

だって、おかしいわよ?
どう見たって――ナインは彼女に会いたくて来ているのに違いなくて、それに――デートの話をわざわざするのだって、フランソワーズにヤキモチやいて欲しいからでしょう?
なのに、どうしてそれがわからないのよーっ。
あなたがヤキモチ妬けば、それでぜーんぶ収まるところに収まるのに。
なのに、ナインに会えるだけでいい、なんて、全くもう――

旧ゼロ・ジョーのことが酷く不憫に思えた。

だってもし、私のジョーが同じ事をしていたとして――私が、ちっともヤキモチを妬かなかったら。
ジョーは落ち込んで、泣いてしまうもの。――メンドクサイのよ?そうなったら。

それとも、むこうのジョーはメンドクサクないのかしら?

それはそれで、物足りないかも――・・・・

 

***

 

***

 

 

一方、その頃ジョーの部屋では――

新ゼロ・ジョーと旧ゼロ・ジョーが何やら語り合って――は、おらず・・・

早々に消灯して眠りに就いているのだった。

 

 

 

*******
ま、そんなもんです。オトコノコたちは。
それにしても、「デートの間じゅう誰のことを考えていたのか」なんて、お嬢さんたちは「ジョーはあなたのことしか考えてなかったわよ」などと言ってますが
実は自分たちも、自分のジョーと目の前のジョーを比べて――どんなに自分のジョーのほうが素敵かを考えていた――のには、気付いていません。


 

〜ゴールデンウィーク特別企画〜

 

5月3日 そのB

 

浜辺から戻る途中、ストレンジャーがふたりを追い越してギルモア邸に入ってゆくのが見えた。
どちらからともなく、少し足を速めて――ちょうどガレージから戻ってきたふたりと玄関前で出会った。

 

「ジョー!」

名前を呼ぶなり、傍らの黒髪の彼を躊躇なく置き去りにし――そのまま、金髪の彼の腕の中にすっぽりとおさまった彼女。
甘えるように顔を見上げ、

「――ね。ケーキは?」
「うん。ちゃんと買ってきたよ」

彼女の突進から守っていたケーキの入った箱をかざす。
腕の中の彼女はそれを見つめ、満足そうににっこりと笑った。

「ん。――すぐにお茶淹れるわね」
「何だ。僕よりケーキを待ってたんだ?」

少し拗ねたような声音の彼を再度見上げ、小さくばかねと言った。

「そんなわけないでしょ?」
「うん、でもさ・・・」
「なあに?」
「――お帰りのキスは?」
「ダメよ、ふたりが見てるわ」
「見てないよ」
「見てるわよ」
「見てないって」

そういう彼の視線を追うと、確かに二人組は全くこちらに注意を払ってなぞいなかった。

「――見てないわ、ね」
「だろ?」

そう言うと、彼女の顎をついっと持ち上げ、唇を重ねてしまう。
けれども、一瞬の出来事だった。
すぐに離される唇。

「・・・これだけ?」

小さく不満そうに言う彼女にくすりと笑い、耳元で後でねと囁く彼。後でね、って忘れないでね約束よ?と何度も念押しする彼女の頬に、はいはい約束ね――と、キスをして。

「――ただいま」
「お帰りなさい。――ただいま」
「お帰り」

お互いに目を合わせて微笑み合い――やっぱりあなたが、君が、いいな――と思うのだった。

 

****

 

「デートは楽しかった?」

何故か赤い顔をしているナインに近付く。

「ン――別に」
「そう?」
「うん・・・あ、そうだ」

何か探すみたいにポケットをごそごそしている。
そうして、差し出された手のひらに載っていたものは――

「――まぁ、キレイ。どうしたの?ジョー」
「浜辺を歩いているときにたまたま見つけたんだ」
「・・・キレイ・・・ね、触ってみてもいい?」
「あげる」

無造作に私の手のひらに落とされたそれは、きらきらと光を反射して本当にキレイだった。

「君のほうはどうだった?――楽しかった?」

唇を結んで、怒ったような顔で訊かれる。
私はナインの顔を見つめて――その黒い瞳に安心して――

「・・・ケーキが美味しかったわ。今度はナインも行かない?」

そう言うと、ナインはふいっと視線を逸らした。

「――ケーキなんて女子供の食べ物だろ」
「まあ。いつも私の作ったお菓子はぱくぱく食べちゃうくせに」
「それとこれとは別なんだよ」
「同じよ?」
「違うよ」
「何が違うのよ?」
「・・・味が」
「当たり前でしょ?プロが作ったほうが美味しいもの」
「そうじゃなくて」

そのまま、ナインはこちらを見ないで小さく言った。

「フランソワーズのが一番だから、他のは要らない」

――お世辞がうまいのね。ナインったら。

手のひらの中の貝殻を見つめ、そういえばナインって必ずお土産をくれるけれど、それってつまり・・・ナインにとって、私って・・・コドモっていうことなのかしら?
全く、いつになったら、子供扱いをやめてくれるんだろう?

ナインの横顔を見つめ――でも、まぁいいか・・・と貝殻に視線を落とした。

 

*********
まだまだ続きます。
明日は「ガールズ・トーク」&「ボーイズ・トーク」の予定です


 

〜ゴールデンウィーク特別企画〜

 

5月2日 そのA

 

「――危ないっ」

いきなり腕を掴まれた。

「ホラ。ダメじゃないか。こっち側を歩いて」

言いつつ、車道側を歩こうとした私をさっさと内側にして、そうして――とんでもなく早足で歩きだした。

「え、ちょっ・・・待って」

なにこれ。
女の子の歩く速度を全然、考えてくれていない。しかも、手を引いてエスコートしてくれるわけでもなく――最も、そうされたらされたで困ってしまうのだけど。ジョー以外の男の人と手を繋ぐなんて考えられないし、する気もない。
そんな事を考えている間も、どんどん彼は歩いて行ってしまう。
もー。
ちょっとくらい、立ち止まってくれるとか、もうちょっとゆっくり歩いてくれるとか、いろいろあるでしょ?
ジョーだったら、私に合わせて歩いてくれるのに。

 

ギルモア邸を出て、砂浜に降りてきていた。
陽射しは強く、海はきらきらと陽光を反射していて――暑くて眩しかった。

「もう・・・日焼けしちゃうわ」
日傘も持ってこなかったし。

やっと追いついた彼の背に文句をぶつけてみる。

くるりと振り向いた彼は陽光をバックにしており、逆光でどんな表情をしているのかぜんぜんわからなかったけれど。

「女の子はそんな風に怒っちゃだめだよ」
びしっと言われる。
「女の子は、って・・・そんなの差別じゃない」
「だって君は女の子だろう?」
「――そうです、ケド」
「ほら。そんな風に拗ねるのも良くないな」

・・・私、このひととは合わないかも。

「せっかくのカワイイ顔が台無しだぞ」

・・・そうでもないかもしれない。

ジョーだったら、絶対にそんな事をさらっと言ってはくれないので、なんだか新鮮で――ドキドキしてしまう。
そうよね。
よく見ると、漆黒の瞳も素敵だわ。――黒い瞳に映る自分というのは不思議な気分だった。

 

並んでそぞろ歩く海辺。

彼は、歩く速度を合わせてくれたわけではなく――波打ち際を何かを探すようにしながら歩くので、必然的にゆっくりになったのだった。

「何か探し物?――手伝いましょうか?」
「えっ・・・あ、イヤ」

途端に耳まで赤くなってしまう。

「――いいんだ、これは」
「これ、って?」
「――なんでもないっ」

ぷいっとあさっての方を見つめ、小さく、もういいや。という投げ遣りな声を洩らす。
――と。

「あっ!」

急に大声を出し、数歩先の波打ち際にかがみ込む。
靴が濡れるのにも全く構わず、拾い上げたものは――

「――貝殻?」

意外だった。
こんな少女趣味なところがあるとは思わなかった。
それに――確かに、薄いピンク色で綺麗な貝殻だけど――海辺に住んでいれば、そんなに珍しいものでもない。
私の注視に気付いたのか、更に赤くなってしまう彼。

「――これはっ僕のじゃなくて、フランソワーズに」

あら。そういうことだったの?

「フランソワーズはこういうの、好きだから――」

後はもごもごと口のなかで呟いてしまい聞き取れない。

もう――やーね。
彼の頭のなかって彼女のことばっかりなの?
でも、そういうのってうらやましいわ――

 

ねぇ、フランソワーズ。
片思いっていうの、嘘でしょう?

 

**********
そろそろ「どういうからくり」なのかわかって頂けているでしょうか?
(とはいえ、「からくり」というほどのものでもないのですが>汗)
しつこいようですが、「ジョー&フランソワーズ」の何者でもありませんので御心配なく!


 

〜ゴールデンウィーク特別企画〜

 

5月1日 その@

 

「さぁ、着いた」

その声とともに車が止まった。
結構、苦労して車を降りる。――手も貸してくれない。
いつもなら――ジョーだったら――すっと私の手を取ってくれるのに。
四苦八苦して車から降りて、改めてその奇妙なデザインの派手なペイントが施された車を見る。
やっぱり、何度見ても変だった。
これなら、ジョーのオープンカーの方がぜんぜんマシ。

少し憮然としつつ、彼の後に続いて喫茶店のドアを通った。

ここは、海が眼下に広がる丘の上の喫茶店。いっけん民家のようであり、知る人ぞ知るお店らしい。
ケーキがおいしいのよと彼女が言っていたので、期待していた。一緒に居る人はともかく。
喫茶店のドアを手で押さえて私が通るまで待っていてくれていた。今度は合格。
彼の伸ばした腕の横を通るとき、一瞬目があってその褐色の優しい瞳に不本意ながらドキドキした。

そうね・・・彼は優しいわ。少し、気が利かないけれど。

窓際の席に座り、テーブルの真ん中に置かれたメニューを一緒に見る。おでこがくっつきそう――あれ?

「あの、何度も来ているんじゃなかったの?」
確かそんなような事を来る途中の車の中で喋っていたような気がする。
僕はそりゃもう何度も行っているから、いつも何を飲むかも決めているんだ。・・・・って。メニューも暗記しちゃったよ。と。

「えっ・・・あ」

言うと、途端に赤くなって乗り出していた身を退いた。

「――新作のケーキが確かあったはずだと・・・」
「ケーキ?」
そうは見えないけれど、ケーキも食べるのだろうか?――別にいいけど。

「うん。――今月の新作をまだ食べてないって言っていたから、買って帰ろうかなって・・・」

真っ赤になって、しどろもどろに言う。
――ふぅん。確かに、ちょっとカワイイかも。
出掛ける時に言っていた彼女の言葉を思い出す。

ケーキをオーダーしている時、彼はびっくりして私を見つめた。
「何?なにか変?」
「あ、イヤ。その、一個でいいのかい?」
「?ええ」
「遠慮、してない?」
「してないわ」
「――なら、いいけど」

ケーキを一個しか頼まないのって変なのかしら?

目の前のひとの行動というか反応というか――が変で、思わず笑ってしまった。

「何?」
「ふふっ・・・ごめんなさい。あなたって――全然、違うのね。ジョーと」
「え。そう・・・かな」
「そうよ」
くすくす笑いが止まらない。
「だって、ジョーはもっと威張っていて、何でも自分で決めちゃうのに、あなたは何だかとても気を遣っているみたいだし」
「――そりゃ・・・女の子と出歩くのは緊張する」
「あら!それは嘘でしょう?」
確か、けっこう手慣れているようだと聞いている。

「酷いな。誰が言ったんだい?」
軽く膨れて前髪をかき上げる。
褐色の瞳が両方見えて――なんだか急にドキドキしてきてしまった。やだわ、どうして・・・静まりなさい、心臓。
「そりゃ、昔の事は否定しないけど・・・今は、僕には」
フランソワーズだけなんだから。と、小さく言って窓の外の海へ視線を投げた。

 

***

 

「ねぇ。ケーキを一個しか食べないのって変?」

店を出て、車の中で運転手に問う。
後部座席には新作ケーキの入った箱が大切に置かれている。中身は2種類のケーキが3個ずつ。

「うん?別に・・・普通じゃない?」
「あら。だってさっき、びっくりしてたでしょう?私が一個しか頼まなかったから」
「ああ、それはね――」

くすっと笑みを洩らし、何とも幸せそうな表情で彼は言った。

「フランソワーズがね、いつも2個頼むから」
「そうなんだ?」
「うん。で――いつもひとくちくれるから、僕はケーキを頼まなくていいんだ」

――これって、遠まわしに私がケーキをひとくちあげなかった事を当てこすってるのかしら?
けれども、その横顔は照れたように笑んでいるだけで他意はなさそうだった。

「あの、ケーキだけど」
後部座席の新作ケーキをちらりと見つめて訊く。
「全部で6個でしょう・・・六人ぶんなの?」
確か、全員がギルモア邸に住んでいると言っていたはずだけど・・・思わず人数を数えてしまう。えっと・・・ジェット、アルベルト、フランソワーズ、ジェロニモ、ピュンマ、グレート、張々湖、博士・・・やだ、全然足りないじゃない。間違えちゃったの?
私がちょっと焦って彼を見ると、彼はちらりと視線を投げ返し――次の瞬間、ぶはっと噴き出した。
「ろくにんぶんっ・・・そうだよな、普通そう思うよね?」
ひとりで大受けしている。ちゃんと前向いて運転して欲しい。
しばらくひとりで大笑いしたあと、
「あのね、それ・・・ひとりぶんなんだよ」
「ひとりぶん??」
6個のケーキをひとりで食べるっていうの?
「そう。――フランソワーズがね、必ず2個ずつ食べて、翌日に1個ずつ食べるから・・・」
後は笑ってしまって声にならない。
切れ切れに聞こえるのは、フランソワーズに言ったらどんな顔するかなという独り言のような声ばかりだった。
――もう。何かっていうと彼女の事ばっかり思い出すのね。
私は少し不満に思いつつ・・・でも、同時にふわっと胸が温かくなった。

 

ねぇ、フランソワーズ。
あなたはとっても愛されているみたいよ?

 

****
ご安心ください。ちゃんと「ジョーとフランソワーズ」であって、決して第3者ではありません。