「お手軽な幸せ」
「ねぇ、ジョー。青い鳥っていうお話、知ってる?」 ジョーはひとつ欠伸をした。 「――詳しくは知らないけど・・・なんだっけ、探し物の話だろ」 フランソワーズはジョーの答えに頬を膨らませた。 「青い鳥って幸せの象徴って言うでしょう?それを探しに行く話よ」 そうして、何かを思い出したのかジョーの顔つきが少し険しくなった。煙草を探すかのように無意識に手が辺りを彷徨う。 「だからちゃんと知らないのね?青い鳥がどこで見つかったのか」 険しいラインを描くジョーの頬をフランソワーズは指先でなぞる。 「実はとっても近くにあった、ってこと」 険しいままのジョーにフランソワーズは軽く唇を尖らせた。 「もうっ。――あのね、青い鳥っていうのはね」 勢い込んで説明しようとしたフランソワーズであったが、不意に彼の幼少期及び少年期が思い出され言葉を失った。 「ジョーの青い鳥は、大人になってから見つかったのでした」 子供の頃に青い鳥に出会わなかったのは、大人になってから出会うことになっていたから。 「ほら。目も蒼いし。ねっ?」 目の前に煌く蒼い双眸。 「安易だなぁ」 そうして伸ばしたジョーの腕に抱かれ、彼の胸に収まった。 「そういうものよ?」
「・・・青い鳥?」
「探し物、って・・・もう。確かにそうだけど、そういう言い方をしたら台無しじゃない」
「ふうん。なるほどね。だから俺はちゃんと憶えてないんだな」
「何よ、俺って」
「うん?・・・俺の子供の頃はそんなものとは無縁だった、ってことさ」
「ジョーが子供の頃?」
「そう。もしかしたらどこかで読んだか聞いたかしたのかもしれないけど、どうせ俺にはそんなもの見つからないし手に入りもしないって思ってたからさ」
フランソワーズはその手を握り締めると、自分の頬にあてた。
「うん?――さあ。知らないな」
「近く?」
「そう」
「・・・ふうん。それでも俺には無縁だったけどな」
「うん?」
「・・・青い鳥は」
実際に知っている訳ではない。が、何度か彼に聞かされていたので――なんとなく想像はできる。
彼にとって、青い鳥がどうとか悠長な事を言っている場合でもなければ、夢見ることができる環境でもなかった頃であったことを。あるいは、青い鳥が何を象徴しているのか知っていても――そんなもの、自分のそばにはいないと思うしかなかったのだろうということも。
全ては推測である。が、あながち外れてもいないだろう。
だから、フランソワーズはちょっと黙った。
そして――ジョーの目が不審そうにこちらを向いた時、微笑んでみせた。
「――ん?」
「つまり、私っ」
「・・・なんだよそれ」
「言った通りよ?私がジョーの青い鳥っ」
「・・・自分で言ってて照れない?」
「照れるわよ?」
「恥ずかしいだろ」
「でも本当のことだから、しょうがないでしょ」
そう思えたら――少しはジョーの過去も救えるかもしれない。気休め程度にすぎなくても、それでも、少しだけなら。
でも、はっきりそうと彼にわかってしまったら、彼の過去にまで口を出すおせっかいな女と思われるかもしれないという懸念もあったので、わざと冗談めかして続けた。
ジョーはそれを見つめて――ちょっとだけ笑った。
「いいじゃない。お手軽な青い鳥で」