うふふふっ。もうすぐジョーが帰ってくるっ。
我慢しても我慢しても、心の底から、身体の奥から、嬉しさがこみ上げてきてしまう。
頬は緩み、口角は上がり、満面の笑みなのはもちろん、歩くのさえ軽くステップを踏んでいるようだった。
朝食の席でフランソワーズの頬は緩みっぱなしであり、会話も上の空。時々、「うふっ」と何かを思い出しては頬を染めて。
それを見ながらの食事となったゼロゼロメンバーだったが、全員が全くそれに気付いていないような完全なスルーだった。
何故なら――慣れているのだ。
この、全身にピンク色の幸せオーラを纏い、体中からハートマークが溢れているようなフランソワーズの姿。
実は、コレを見た事がないのは、ジョーひとりだけなのだった。だから、彼は知らないのだが、彼が遠征して――そして、帰ってくる日は、フランソワーズは朝からこうなのだった。
――ま、平和だしね。
――可愛いしな。
どこかフワフワとして夢うつつなフランソワーズを見つめ、お兄さん組は目を細めるのだった。

「ねぇねぇ、ピュンマ、聞いて聞いてっ」
午後になって、買い物に行っていたフランソワーズは帰ってくるなりリビングのドアを開け、ピュンマがいるのを見つけると嬉しそうに言うのだった。買ってきた食材を運ぶのは、一緒に行っていたジェロニモに任せて。
「何かあったのか?」
頬を紅潮させ、嬉しそうなフランソワーズに苦笑する。
「ん。あのね。りんごっ!」
じゃーん。と、自分で効果音を言いながら、目の前に差し出したのは赤い果物。
「紅玉だね」
それが?と眉を上げる。
「あのね、八百屋さんでね、今日ジョーが帰ってくるのよ、って言ったら、おまけしてくれたのっ」
「へぇ・・・良かったじゃないか」
そうか。ジョーが帰ってくると宣伝して回ったんだな。
「それから、スーパーでは卵もっ」
「スーパー?」
スーパーでフランソワーズだけにおまけはないだろうと首を傾げる。
「店長さんとお話しててね、ジョーは卵焼きの甘いのが大好きなのって言ったら、たくさんくれたの!!」
・・・ジョー。今頃、お前の好物はこの界隈の誰もが知るところとなってるぞ。
「そう。良かったね」
「うんっ。ああもう、何から作るか迷っちゃう」
両手を両頬にあてて、困ったわと楽しげに言う。
「・・・全部作るんだろう?」
「もちろんよ!作る順番を考えなくっちゃ」
そのまま、スキップしそうな勢いでキッチンへ行ってしまう。
その後ろ姿を微笑みながら見送っていたピュンマは、フランソワーズと入れ違いに入って来たジェロニモに目を遣った。
「――どうかしたのか?」
珍しく――普段から滅多な事では動じないのが彼だった――困ったようにこめかみを掻いている。
「イヤ・・・ちょっと、な」
歯切れが悪い。
ジェロニモはピュンマの対面のソファに腰掛けると、目の前のテーブルに残されたりんごを見つめ――言うべきか言わざるべきか、考えあぐねているようだった。
と。
「うわっ。何だこりゃ」
キッチンの方から、アルベルトの――彼にしては珍しく大きい――声が、聞こえてきた。
フランソワーズの声が続く。
「何って、りんごじゃない。――食べる?」
「いらんっ!!」
プリプリしながらリビングに入って来た彼は、ジェロニモに目を留めると
「おいっ。アイツと一緒に買い物に行ったんだろ?どうして止めなかったんだ!」
ったく、今のアイツはマトモじゃねーんだから、お前がフォローしなくてどうする、と説教を始めた。
「おいおい、何だよ急に。――止めるって何をだ?」
ピュンマの声に、苦虫を噛み潰したような顔をする。
「あっちを見てきてみろ」
「?」
ピュンマはアルベルトを見て、ジェロニモを見た。
ジェロニモは、やっぱり困った顔のままだった。そして
「止められるものなら、止めてる」
ボソッと言う。
「力づくで止めりゃ―良かっただろうが」
イライラとアルベルトが言う。
「今までの中で一番酷いぞ。どうするんだ、ああ?」
あれを消費する手伝いをするのは、俺はゴメンだね。と続ける。
「――お前なら止められるのか?」
静かなジェロニモの声に、アルベルトはもちろん、ピュンマも言葉に詰まった。
――そんな事が出来る訳がない。
リビングは静寂に包まれた。

とにかく、見てくるよ――と席を立ったピュンマが数分後にキッチンで目にした光景は。
りんごの入ったダンボール3箱。
冷蔵庫に入りきらない卵パック数十個。
砂糖1キログラムの袋が山積みになり、他にも、小麦粉、バターetc。
何なんだこれは。店でも開く気か?
「あら、ピュンマ」
食材の影から、白いレースの縁取りがついたピンクのエプロン姿のフランソワーズが顔を覗かせた。
「凄いでしょう?ぜーんぶ、おまけしてもらったのよ」
「・・・全部?」
「そう、全部っ」
にっこり嬉しそうに笑うフランソワーズを呆然と見つめる。
えーと。普通、「おまけ」っていうのはサービスであって、量も少なめなのが本当で・・・
「アップルパイもケーキも卵焼きも、も、たっくさん作れるわ!」
嬉しいっ。と頬を緩ませるフランソワーズ。
「――そんなにジョーが帰ってくるのが嬉しいんだ?」
全く、しょうがないなぁと笑いながら訊く。
「もちろんよっ」
「でも、ジョーが遠征してから確か・・・二週間も経ってなかったと思うけど」
一ヶ月くらい会えないということもざらではなかったか。
「ん・・・そうなんだけど、その」
ピュンマの言葉に、さっと頬を染めて俯いてしまう。もじもじとエプロンの裾をいじりながら。
「・・・昨夜のレースのジョーが・・・」
あんまり格好良かったから。と、消え入りそうな声で続ける。
「――なんだ。つまり、惚れ直したってわけ?」
「ヤダ、ピュンマっ」
瞬間、肩を軽く押されたはずのピュンマは、傍らのりんご箱に抱きつく羽目になった。
――あーあ。手加減を忘れてるよ。フランソワーズ。

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