「――おい、フランソワーズ、電話・・・何やってんだ?」

キッチンへやって来たアルベルトは、りんご箱と仲良くなっているピュンマを呆れたように見つめた。
「まぁ、色々と」
鼻を押さえながら答える。
「それより電話がどうしたって?」
「ああ、そうだった。さっきジョーから電話」
「ジョーから?」
フランソワーズがぱっと顔を輝かせると、電話のあるリビングの方へダッシュしかけた。
「――待て、って。もう切れてるよ」
「えー!!」
酷いわアルベルト、どうして代わってくれないのよ――と泣き出しそうな顔のフランソワーズに構わず続ける。
「お前、携帯の電源切ってただろ」
慌ててエプロンのポケットから携帯を取り出し、画面がブラックアウトしているのを見てパニックになるフランソワーズを横目に
「ジョーからの伝言だ」
魔法の一言。
途端に、縋るような瞳に見つめられる。

「今晩遅くに成田に着くから、ここに戻るのは無理だそうだ。だから、今日は向こうに帰るという話だ」
向こうというのは、ジョーの自宅マンションの事である。
目を見開いたまま微動だにしないフランソワーズ。
「で、日本グランプリのための調整に入るから、そのまま出発すると言っていた」
「・・・・」
「わかったか?」
「・・・・」
「おい、フランソワーズ?」
「・・・帰ってこないのね・・・?」

先刻までの、うっとうしいくらいハイテンションで幸せオーラを振り撒いていたフランソワーズから笑みが消えた。
唇が震え、今にも涙の雨が降り出しそうな気配――に、アルベルトとピュンマが慌てた。

「うわ、えーとえーと、そう、ジョーに会えないってわけじゃないんだから」
「泣くなよっ。俺たちは奴じゃねぇ」
彼女が泣いたら、誰にもどうにもできないのだ。――ジョー以外は。

おろおろする兄二人。
「そ、そうだ。だったらフランソワーズも向こうに行けばいい」
「おっ、そうだそうだ。ピュンマの言う通りだ。こっちの事は心配しなくていいから。な?」
「・・・向こう?」
かろうじて目尻に留まっている涙をこぼさず、蒼い瞳がアイスブルーの瞳をじっと見つめる。
「そう。向こうでジョーに会えばいい」
「・・・でも」

ちら。とキッチンに満載の食材を見つめる。
「・・・これがないと作れないわ・・・」
せっかく、ジョーの好きなものをたくさん作ろうと思っていたのに。
顔が歪む。
「わー!えっとえっと、そうだ、ジェロニモに頼むといいよ。おーい、ジェロニモー!!」
ピュンマがリビングの方へ首を伸ばした。すると、思いもかけないくらい近くから声がしたのだった。
「――呼んだか?」
キッチンの入り口のすぐそばから、ぬっと現れる大きな影。
どうやら、ジョーの電話を受けるアルベルトの言葉から、フランソワーズを心配してここに来ていたようだった。
「あ、そこにいたのか、丁度いい。――そんな訳だから、ここにあるのを」
「向こうまで運べばいいんだな?」
ジェロニモは前回のジョーのCMで彼が乗っていたSUVを貰っており、事あるごとにそれを走らせたがっているのだった。
早速、りんご箱を両手に抱え、玄関に向かった。

「ホラ、フランソワーズ。泣いてる暇はないぞ。準備しなくちゃ」
「そんな顔してたら、アイツ驚くぞ。ん?」
「・・・ん」
こっくり頷いて。
「いつものように、笑顔で迎えるんだろう?」
アルベルトの声に、目尻にたまった涙を指先で拭う。
「――そうだ。いつものように」

笑ってごらん。フランソワーズ。