「例えばきみに恋人ができたら」

 

 

「フランソワーズ、洗濯物取り込んだけど」
「ありがとう、ピュンマ。――悪いけど、こちらに持って来てもらえる?」
「ああ、いいけど・・・」
「ありがとう。畳むのはできるから私がやるわね」
「ああ、――うん」

首を傾げながらリビングを後にするピュンマ。
ドアのところで肩越しに振り返るが結局何も言わずに出て行った。

 

***

 

「――わかったアルネ。今日と明日の当番交代、と」
「ごめんなさい、張々湖。せめて後片付けくらいできるといいんだけど」
「無理することナイね!ジェットにやらせるから心配しないでゆっくりするアルヨロシ」

にこにこしながらキッチンに向かう張々湖。
ドアのところで肩越しに振り返る――のはできず、身体ごと振り返った。
そうしてひとつ頷くと部屋を出て行った。

 

***

 

「――夕食くらい向こうでみんなと食べられないか?」
「ごめんなさい、アルベルト。ちょっと無理みたい」
「――そうか。ま、仕方ないか」

テーブルに夕食の載ったトレイを置いて、アルベルトはやれやれと息をついた。

「で、食うのは大丈夫なのか?」
「ええ。それは大丈夫よ」

にっこり笑うフランソワーズを見つめ、アルベルトは胸の前で腕を組んだ。

「しかし・・・」
「ん?」
「いや――何でもない」

 

***

 

「ここで寝るのか?」
「だって・・・仕方ないじゃない」
「オイオイ。部屋に行けばいいだろうがよ」
「・・・行けたらとっくに行ってるわ」
「ま、そうだろうけどよ」

言われた通りにリビングに毛布を運んできたジェットは改めてフランソワーズを見つめた。

「他に要るもんないか?」
「ん・・・たぶん大丈夫だと思うわ」
「何かあったらすぐ言えよ」
「ありがとう。――おやすみなさい」

 

***

 

「――戸締りは済んだ。問題ない」
「ありがとう、ジェロニモ」
「・・・・」
「心配ないわ。大丈夫よ?」
「・・・そうだな」

それでも心配そうに、振り返り振り返り、ジェロニモはリビングを後にした。

 

***

 

「今夜はイワンの世話は任せとけ」
「悪いわね、グレート」
「なぁに。たまには我が家のプリンスとサシで語り合う機会も持たなくては」

イワンを抱っこしながらグレートが胸を張る。

『僕ハ、ドチラデモ構ワナイケド』

「構うんだよ。オトナはな」
「やだわ、グレート。変な言い方しないで」
「おっと、こりゃ失敬。――さ、イワン王子よ。そろそろ寝所へ向かいましょうぞ」

 

***

 

深夜0時。

邸内は静まり返っていた。
もちろん、各自自室で何をしているのか定かではないのだが、少なくともここリビングは静かだった。
そしてその周辺も。

リビングのほぼ中央に置かれているソファ。
その上には毛布や枕やクッションが置いてあった。
傍らのテーブルには、水差しやコップが置いてあり――フランソワーズの読みかけの本も届けられていた。

いま一度、ソファでフランソワーズは身じろぎした。
電気はさっきグレートが切って行ってくれた。が、壁際の間接照明の柔らかい光が妙に眩しいように感じたのだ。
そっと身体の向きを変えて、影になるように試みる。が、それも無理な話だった。
何しろ動けないのだから。

小さく息をつくと、そっと名を呼んでみた。

「・・・ジョー」

 

***

 

熟睡しているのか返事はなかった。
チャンスとばかりにソファから立ち上がろうとするが、すぐに力強い腕が腰に巻きつき引き戻された。

「もう・・・ジョー、起きてたの?」
「・・・いま起きた」

不機嫌そうに言われ、顔をしかめる。

「別にどこにも行かないわよ?」
「・・・イヤだ」

そのままフランソワーズの腰を抱き締め、彼女の膝の上に頬を摺り寄せた。

「・・・甘えん坊ね、ジョーは」
「・・・ウルサイな」
「ずっとじゃない」

それには答えず、ジョーは目をつむった。

フランソワーズはヤレヤレと息をつくと、諦めたようにソファに身を預けた。
そっとジョーの髪を撫でる。
前髪を分けて――彼女しか見られない、彼の素顔を見つめる。
と、ぽっかりと目が開いた。褐色の双眸がこちらを見つめている。

「何?」
「ううん。何でもない」
「・・・誘ってる?」
「誘ってないわ。――大体、ここはリビングなのよ?誰かさんのせいで」
「――知らないな」