「フランソワーズに彼氏ができたらしい」 ・・・えっ? 僕は耳をそばだてた。表面では何も聞こえていないふりをしながら。 「彼氏?・・・ってジョーじゃなかったっけ」 僕はキッチンのドアの前からそうっと離れた。続きは聞きたくなかった。 ため息をつきかけて、やめる。代わりに大きく深呼吸をした。 とうとう、「その日」が来たというだけなのだから。 僕の役割は、彼女が――フランソワーズが、本当の相手に会うまで、彼女を大事に守ること。 だから、今どんなに近くに居ても、それはかりそめに過ぎなくて――恋人同士に見えたって、本当は違うのだ。 その役目が終わる時がきた。 「お役御免・・・か」 小さく呟いてみる。もしかしたら、開放感が得られるかもしれないと思って。 僕は明日からどうやって生きていけばいいのだろう? 目覚めても、フランソワーズはそばにいない。抱き締めて眠る事も、もうないだろう。 フランソワーズは、他の誰かのものになってしまったのだから。
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「ただいま」 可愛い声が聞こえて、軽い足音がして―― 「あらジョー。・・・どうしたの?」 蒼い瞳が輝く。海の蒼と同じ色で。 「どうって・・・別に」 「――ジョー?」 眉間に皺を寄せ、訝しそうに彼を見つめたフランソワーズは、そうっと彼の肘に触れた。 「ジョー?何か変よ、あなた」 そう言いながらフランソワーズは歩を進め、今度は彼の腕をがっちりと掴んだ。 「どうしたの?――具合が悪いの?」 ちらりと笑みを浮かべてみる。 「・・・ジョー?」 もちろん、フランソワーズがそんなぎこちない笑みに気付かないわけがない。 「やっぱり変よ。・・・何があったの?」 いつかもそうだった。 「・・・フランソワーズ。もう、いいんだ。僕の事は放っておいてくれ」 だるそうに、絞りだされるように言われる。ぎこちない笑みはそのままに。 「もういい、って――」 他のひとの事だけ考えていていいんだ。 そう言うはずだった。 ちゃんと彼女にそう伝えて、自分は大丈夫なのだとわかってもらわなければならない。 「・・・他の、ってなに?」 そんなのは、きみが一番良く知ってるじゃないか。 わかっているくせに聞き返す彼女が憎かった。 どうして最後の最後までそんな―― 「イヤよ。いくらジョーだって駄目。彼は私のものなんだから」
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