93小話   「子供部屋」からこぼれた小話です。

「おそろいぱんつ」

2010年バレンタインデーのお話その後になります。
参考にこちらもどうぞ

 

−1−

 

「ジョー、待って!」

「うわあっ」


声と共に警告なく開かれたドア。
今まさにジーンズに片足をつっこんでいたジョーは、突然の闖入者に驚いて片足をけんけんさせた後、バランスを失って倒れた。

「いててて」

ジーンズと絡まりあって床に倒れたその姿。ぱんつ丸見えのなんとも情けない格好であった。
がしかし、フランソワーズはそんなジョーに全く構わず突進してきた。

「約束が違うわ!」
「はっ・・・やくそく?」

身を起こそうともがいたところを無下なく抑えつけられ、ジョーは必死に首を回してフランソワーズを見た。
彼女の目的はいったい何なのか。
それはすぐに明らかになった。

「どうしてあのぱんつを穿いてないの!」
「へ?」
「お揃いのハート柄のぱんつよ!」
「ハートの・・・ああ」

一瞬記憶を探り、そうしてジョーは全てを理解した。

「今日はお揃いにしようねって言ってたじゃない。だけどジョーのことだから忘れてるかもって心配になって」
「で・・・視たんだ?」
「ええそうよ!そしたら、ホラ!やっぱり違うぱんつだったわ」

さあ脱いで着替えてとぱんつに手をかけ脱がそうとするフランソワーズに抵抗しながら、ジョーは言った。

「忘れてたんじゃなくて、あれは勝負ぱんつだからっ」
「勝負?」

フランソワーズの瞳が細められる。

「そう、勝負。だから滅多なときには穿かな」
「何よ、それ!」
「えっ?」
「勝負っていったいどこの誰とどんな勝負をするっていうの!」
「え、あ、それは」

モゴモゴと不明瞭な言語を発するジョーを突き飛ばし、フランソワーズは勝手知ったるクローゼットを開けた。そうして目的物を取り出すと、

「ジョーのばかっ!」

それを彼の頭に被せた。

「ずっとそうやって勝負してればいいわ!」

そうしてつむじ風のように出て行ってしまった。
残されたのは部屋の主であるジョー。ハートのぱんつに視界を妨げられている。
が、しかし。

「・・・似合ってたな。フランソワーズ」

床に転がっていたから、眺めは抜群だったジョーは、しっかりと堪能していた。

お揃いのハート柄のぱんつを穿いた恋人を。

 

 

−2−

 

「・・・さて、と」


しばらくしてジョーは立ち上がった。穿いている途中だったジーンズを引き上げる。
頭にはぱんつを被ったままである。険しい眼光そのままに胸の前で腕を組み、沈思黙考した。

「やっぱり――だな」

小さくため息をつくと、無造作にぱんつをむしりとり傍らに投げ捨て――ようとしてやめて、そのままポケットに突っ込んだ。
そうして部屋を出て目指す場所に向かった。

そこは何度も通い慣れている場所、即ちフランソワーズの部屋の前であった。
ドアはぴったりと閉ざされている。
ノックをしようと腕を上げて少し考え、ノックはやめてそのままドアノブに手をかけた。


「フランソワーズ。いるんだろ?」

有無を言わさず侵入する勝手知ったる恋人の部屋。
部屋の主は在室していた。
ベッドの上に座り込み、膝を抱えて膝頭に頭を預け向こうを見ている。

「・・・僕の真似しなくてもいいのに」
「うつっちゃったのよ」
「ひとを病原菌みたいに言わないでくれる?」

ジョーは彼女の隣にそうっと腰掛けた。

「あのさ。つまり、トクベツな時だけにしてくれってことで他意はない」
「・・・」
「いつもは勘弁してくれ」

蒼い瞳がこちらを向いた。

「――勝負ぱんつって言ったの、気にしてるんだろう?」

が、ジョーがそう言った途端、ぷいっと向こうを向いてしまった。

「ああもう、メンドクサイなあ!そんなに気にする事じゃないだろう?」
「気にするわ。だからジョーはここに来たんでしょう?」
「う。・・・まあ、そうだけど」
「自業自得。口は災いのもと」
「そんな日本語よく知ってるね」
「勉強したもの」
「すごいなあ。秀才だね」
「あなたの母国語だからに決まってるでしょ」
「僕の知らないことまで知ってるからさ」
「それはジョーがおばかさんなのよ」
「ああ、そうだな・・・って、おい」
「知らない」
「顔見せてよ」
「イヤ。見せたらちゅーする気でしょう」
「いつもそうとは限らないよ。試してみる?」
「イヤ。騙されないわ。私はこういうことを有耶無耶にするのは嫌いなの」
「こういうことって?」
「ジョーが誰とどんな勝負をするのかってことよ」
「だから言ってるだろう?トクベツなときだけにしてくれって。そういう意味だよ」
「嘘よ」
「ほんとだって。――僕を信じられない?」
「そっ・・・」

ジョーの声の具合が変わったので、フランソワーズは思わず彼の顔を見てしまった。

そして。


「――んっ、ず」


ずるいわ、ジョー。と言わせず、ジョーはフランソワーズの唇を塞いでいた。

 

 

−3−

 

「で、トクベツな時っていつの何?」


しばらくして唇を離してからフランソワーズは問うた。

「ん――F1?」
「はあ?」
「レースの時」
「なにそれ」
「勝負だろ」

フランソワーズは呆れてまじまじとジョーの顔を見た。

「勝負って・・・ソレ?」
「ああ。他に何がある?」
「そっ・・・」

それは言えない。
だから代わりにこう言った。

「レーシングスーツの下にハート柄のぱんつ?」
「うん」
「・・・誰かに見られたらどうするの」
「どうもしない。勝負ぱんつだから」

真顔で言ってのけるジョーにフランソワーズのほうが赤くなった。

「駄目よそんなの。ハリケーンジョーがハートのぱんつ?そんなのっ」

イヤイヤをするフランソワーズを不思議そうに眺め、ジョーは更に言った。

「いいじゃないか。お揃いだしちょうどいい」
「えっ!?ちょっと待って。まさかレースの時、私も穿くの?」
「お揃いだろ」
「えっ、だって・・・それってなんだか落ち着かないわ」
「なんで。勝負ぱんつって言ったろ?」
「だって誰かに見られたら」
「フランソワーズとお揃いなんだ、って自慢する」
「ばっ・・・バッカじゃない!」
「別にフランソワーズは誰に見せるわけでもないからいいじゃないか」
「それは・・・そうだけど」
「それとも誰かに見せる予定でもあるの」
「それは・・・」

フランソワーズは頬を染めたままその元凶であるジョーを見た。

「それは――その日のウィナーにしておくわ」
「じゃあ誰よりも早く戻ってこなくちゃいけないな」

ぱんつを見るために?


今季のハリケーンジョーは最速かもしれない。