―3―

 

「・・・フランソワーズ」

どうかなってしまいそうだった。
亜麻色の髪と白い肌。そして、海のような空のような深い蒼い瞳。珊瑚色の唇。どんなに恋焦がれたことか。
初めて彼女を見た瞬間に恋に落ちてしまった。
自分のような身分の者が到底届くはずがないひと。彼女は伯爵の妹なのだから。
集めた情報によれば、彼女はこれから社交界にデビューし、夫を見つけるのだという。今はどうやら思い人はいないようだった。
自分は「子爵」だったから、彼女が社交界にデビューしたなら、一緒に踊る機会くらい回ってきただろう。
食事を共にすることだって可能なはずだった。
しかし。
自分とそうできるということは、彼女は他の紳士ともそうするだろうということに違いなかった。
そんな事は、想像するだけで胸の奥が焼け付くように痛んだ。

彼女を自分のものにしたい。

女性に対してこんなに強く思うのは初めてだった。
実際、直接アルヌール伯爵に会って段取りをつけようと思い手紙を書きかけたことも何度もあった。が、自分に対する周りの評判を考えると二の足を踏んだ。手紙を書いたって取り合ってもらえるわけがない。何故なら、自分は下層階級の卑しい出だからだ。そんな身分の者が伯爵家とつきあえるはずもなかった。
諦めよう。何度もそう思った。が、日に日に増してゆく思いに蝕まれ、いらいらと眠れない夜ばかりを数えていた。

そんな中、黒い幽霊団に攫われた。
不幸もここまでくると、いっそ滑稽だった。
正確な生まれもわからず、下層から這い上がってきた自分。生きるためなら何でもやった。そうして自分ひとりの力でここまでのし上がってきた。そんな人生の仕上げがこれかと思うと嗤いしか出てこなかった。
そして――改造された。
初めは、便利な体になったものだと思っていた。早く走れるし、跳べるし、ケガをしない。
しかし、そののち内臓全てを機械と交換されると知った。
どうでもよかった。
いっそ、そこまで堕ちてしまえばすっきりするとさえ思った。しかし、状況が変わった。
何と彼らはフランソワーズ・アルヌールを攫ってきたというのだ。しかも、彼が知った時には既に――耳を改造したという。

その時だった。どうでもいいと思っていた自分の人生に意味があったと思ったのは。
自分は、もしかしたら――彼女を助けるために生まれてきたのかもしれない。そう思う事は勝手な自己満足にすぎなかったが、それでもその考えにしがみついた。
そして、黒い幽霊団の首領を倒し――フランソワーズを救出した。

今考えても、どこからそんな力が湧いてきたのか不思議だった。ただ彼女を助けることしか考えていなかった。

そして、今。
その彼女が目の前にいる。

しかも、自分を怖がるどころかもう少し一緒にいてくれと言う。
彼女は、自分が何を差し出そうとしているのか気付いてないのだろうか?
こんな荒れたひとけのない邸に二人きりで。しかも、乱暴者で有名な男と一緒にいるのだ。身の危険を全く感じていないとすれば、もしかしたら知能に偏りがあるのかもしれない。が、彼女の瞳には間違いなく知性が宿っている。だとすれば、この状況がわかってないわけがない。だとしたら、いったい彼女の意図は何なのか。

――そんなことはどうでもいい。

頭の片隅で考えたものの、それらは全て自分の内側から湧き上がってくる熱い思いに押し流された。

どうなってもいい。

いま、彼女を自分のものにしなければ、一生後悔して過ごすだろう。
これから先、毎晩毎晩、彼女に焦がれ、胸が焼ける苦しみと戦わなくてはならない。
もちろん、いま彼女を自分のものにしたからといってその苦しみから逃れられるものではないとわかっている。むしろ、自分のものにしてからの方が――苦しいだろう。
いま彼女を自分のものにしたからといって、伯爵が自分と彼女の婚姻を認めるわけがないのだ。

まだ社交界にもデビューしていない無垢な女性。
果たしてそんな彼女をいま、抱いてしまってもいいのだろうか。

――否、駄目だ。それはできない。

どうしたって彼女の評判に傷がつく。ただでさえ、こんな自分のような者と一緒にいたというだけで醜聞になってしまうのだ。
しかも、今日この夜にそういうことになってしまうのは、まるで助けた自分への褒美を要求しているようにも思えた。
だとすれば、彼女は自分を拒めない。どんなに嫌でも。

しかし、いま、彼女の手をはねのけることはできそうになかった。