夜桜見物に来ていた。
星空を背に降りしきる桜の花びらが綺麗でみとれていた。
愛しいひとと手を繋いでそぞろ歩く桜並木は美しく、そして――切なかった。
幸せだったはずなのに。
急に立ち止まった相手に、訝しげに目を向けたときそれは告げられた。
何の前触れもなかった。
思ってもいなかった。
だから――
フランソワーズは信じられないというように目を見開いた。
「――いま、何て言ったの。よく――聞こえなかったわ」
情けないほど声が震えている。
空耳だと思いたかった。
聞き間違いだと信じたかった。
けれど。
「僕は女王を選んだと言ったんだよ。――君ではなく」
「・・・嘘、でしょう?」
「――本当だ」
「冗談言ってるのよね・・・?」
答えはなかった。
唇を噛み締め、泣かないように堪える。
泣かない。
絶対に、泣かない。
私が泣いたら、ジョーは行けない。
本当に大切に思うひとのところへ行けなくなってしまう。
ジョーは優しいから。
泣いている私を置いては行けない。
だから、私は泣かない。
笑顔で彼を――送り出すの。
いっしゅん、目を瞑った。
――お願い。私に勇気をちょうだい。
改めて褐色の瞳を見つめる。
自分の姿を映していない、ジョーの瞳を。
「・・・わかったわ。あなたが選んだのは女王さまで・・・私ではないのね?」
その瞬間、風が舞い上がり桜の花びらが渦を巻いた。
吹雪のような花びらの中にふたりは呑み込まれていた。
微かに笑みを浮かべるフランソワーズ。
全てを諦めた静かな笑みだった。
震える頬が痛々しい。
けれどもジョーは彼女を見ない。
まるでそこに別のひとを見ているかのように虚空を見つめるだけだった。
――いま、彼の心のなかに居るのは・・・
フランソワーズの言葉を聞いた瞬間、ジョーの瞳に光が宿った。
先刻まで、フランソワーズを見てはいなかった瞳がまっすぐに彼女を射る。
「――フランソワーズ!!」
叫ぶように名前を呼ばれ、抱き締められていた。無茶苦茶に。
まったく手加減していない。身体が軋む。
「――ジョー、待って。壊れちゃうわ」
すると少しだけ腕が緩んだ。しかし。
「 そんなわけ、あるもんかっ・・・・!!
僕が好きなのはフランソワーズだけだっ。
僕が選ぶのはフランソワーズだけだっ。
僕が好きなのは・・・・・・・・」
うわごとのように繰り返されるそれは止まる気配がなかった。